幸せをつかむために   作:白天竺牡丹

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プロローグ

 あたしは、志村樹。

 6歳。去年、幼稚園を卒園した。

 得意な教科になりそうなのは、国語と音楽と体育。

 趣味は、辞書をひく事と、漫画と小説を読む事。あとは、インターネットサーフィン。

 あたしの父親は、歪んでいても愛してくれている。

 この家には両親と祖父母。妹と犬のモンちゃんがいる。

 父さんの名前は弧太郎。母さんが直。爺ちゃんが千津夫。婆ちゃんが真子。妹が華。

 幼稚園に通ったけど、落ち着いた性格でなかなか友達ができなくて、その中で自分の名字が志村ということを知った。

 妹の華が生まれた後、自分の“個性”の浮遊が発現して、両親の表情で良くないことだと察した。でも、診断した医師によれば、他に二つの“個性”を宿しているものの、まだ発現していない状態らしい。帰り道で、能力の使い道が思いつかないことで父を安心させたけど、『ヒーローは、人のために役立って凄いね』と言うと、車内の鏡に眉間にシワを寄せた父が映って、こう質問した。

 

(父さんは、どうしてヒーローが嫌いなの?)

 

 父・弧太朗は、はっきり答えてくれなかった。

 弟が4歳になって成長し、彼がヒーローの話をした時に聞き役に回っていた自分も父に怒られ、庭に出され、『ダメだ』の一点張りでまともな説明をしない彼を嫌悪する。

 

「ヒーローの話をして遊ぶくらい良いと思うけどなァ」

「なんで樹ちゃんも怒られるの? ぼくの話聞いてただけなのに」

「知らない。なんでダメなのか、ちゃんと言ってくれないから。あと、あたしは転弧の友達じゃなくてお姉ちゃんだから、樹姉ちゃんって呼んで」

「え? え、っと、い、樹姉ちゃん」

「うん。よくできたね」

「華ちゃんも、おんなじふうに呼んだほうがいい?」

「んー……。そうしようか」

 

 弟と妹をできるだけ褒め続け、遊び相手になったが、ヒーローになることを諦めない弟の盾になることが多くなり、それを減らすためにヒーローものは姉である自分の部屋に全部保管するようになった。

 

 

 翌年のある日。

 小説を読んでいる最中に、父の書斎に入ったことを転弧から聞き、勝手に持ってきた幼い頃の父と、自分から見て父方の祖母が写っている。この後の事を想像できるからこそ、頭の中で嘆いた。

 

「いつき姉ちゃん。ぼくもヒーローになれるかな?」

「もうなってるよ。仲間外れにされてたみっくんとともちゃんを、自分から誘って遊べる。それだけで、人を助けてる事になってる。だから、転弧なら、あたしよりすごいヒーローになれるよ」

「いつき姉ちゃんもすごいよ。父さんに見つからないように、私と転弧と一緒に遊んでくれるもん」

「ありがとう、華。ひとつ聞いてもいい?」

「ん?」

「なんで入っちゃいけない所に入ったの?」

「て、転弧に、おばあちゃんの写真見せてあげようと思って……」

「また華が父さんに怒られるから、もうしないで」

「うん……」

「わかったら、二人で写真を戻しておいで」

『はーい』

 

 キリのいい所まで読み終わってから、あたしは母に相談しに行く。

 

「母さん。転弧の(かゆ)い原因、ストレスだと思う」

「え?」

「家だと痒いなら、外だと痒くない。この家にあるのは、ヒーローに関係する馬鹿げたルールだけだよ」

「樹! 馬鹿って言っちゃダメ!」

「なんで? 父さんに言われてるから? 言いなりにならないで守ってよ。ヒーローに憧れるのも、話をするのも、遊ぶのも、絵を書くことも、おもちゃを買うのも全部ダメ。あの人にどんな理由があるのか知らないけど、ヒーローに憧れない子どもなんていないんだ…!」

「っ! ごめんね、樹。我慢させて」

 

 初めて今まで溜めこんだ思いを吐き出し、転弧が生まれて以降、初めて母に抱き締められたけど、『そうされてもなんの解決にもならない』とは言い出せず、諦め、期待した自分が馬鹿だと思った。

 数時間後の夕方。

 予想通り、華は帰ってきた父に怒られ、書斎に入った理由で嘘をついた妹を叱るより先に、走って弟に手を上げようとする父の背後に近づき、股間を思い切り蹴り上げる。痛みに苦しんで体をくの字に曲げた隙に、正面に回りこんで初めて買ったジャンプを顔面に叩きつけた。

 本来なら、転弧に向かうはずの平手打ちは自分に振りかかり、それでも泣かずに反射的に父のシャツを掴んで左頬を思いっきり殴る。

 

「やめて、樹! 弧太朗さんも樹を叩かないで!!」

「やめないよ、母さん。書斎に勝手に入って転弧に写真を見せたのは華だし、大事な物が入ってるなら、引き出しに鍵をかけなかった父さんも悪いッ」

 

 今度は、首の骨が折れるんじゃないかと思うくらい全力の平手打ちを食らって、庭に左肩を下にして倒れた。意識はあるものの、あまりの衝撃にすぐには起き上がれず、母は泣き叫ぶような悲鳴をあげながら。転弧は今にも泣きそうな声で、あたしの名前を呼ぶ中、弟が父に叩かれたのを辺りに短く響いた音で知る。

 『ごめんなさい』と何度も涙声で謝る母に抱えられ、居間のソファーに寝かせられて横になった後で、華の悲鳴と地面が揺れたのを感じ、ゆっくり上体を起こした。

 その横を父が通り過ぎた時に状況を把握し、割れたガラスを踏んで枠だけになった窓から庭に出て、崩壊を免れるために“個性”を使って浮かぶ考えは無く、父が枝切り(ばさみ)を振り上げたのが見え、転げこむようにとっさに割って入る。

 

「て、いッ…!」

「ッ!?」

「ッ! 死ねェ!!」

 

 右肩に痛みが走った瞬間、反射的に体が硬直し、弟が自分を迂回する形で駆け抜け、思い描いていた最悪の結果が起きてしまった。

 背後で自宅が崩壊する轟音を聞き、土埃が晴れていく中で誰かの咳が聞こえて我に帰り、振り返って駆け寄ろうにもでこぼこになった地面につまずいて、バランスを崩して前のめりに倒れる。

 

「いッて…。……転弧。…転弧、聞こえる?」

「……あ、いッ、いつ、いつき姉ちゃ、ぼくッ」

「あたしは大丈夫。……暗いな」

 

 ズボンのポケットに入れていたスマホの存在を思い出して、起床時から録音しっぱなしだったボイスレコーダーを停止させて保存し、ライトを灯して液晶画面を下にして太ももの上に置く。

 

「自分の手を握ってて。こんなふうに」

「う、うん…」

「おいで。転弧」

「ッ…! いつき姉ちゃん!」

 

 自分の真似をして手を握ったのを確認し、優しく抱き締めてから、次に呼吸を真似するように言ったものの、片手で背中をさすっても、なかなか呼吸が安定しない。とにかく、父を思い出させる叩く行為をやめてさすり続け、時間をかけて深呼吸を繰り返していると、徐々に荒かった呼吸が普通になってきた。

 静かになって、どれだけ時間が過ぎただろう。

 改めて弟に会話を試みる。

 

「…“個性”を使うのが初めてで、コントロールできなかったんだよね」

「こせい……? これ、ぼくの“個性”?」

「うん。物を崩して…。…ボロボロにして壊す“個性”」

「……ぼくの」

「そうだよ」

 

 それから惨状を思い出したのか、『ごめんなさい』と繰り返し告げる青白くなった弟の髪を撫でながら、スマホのライトを頼りに服の裾で吐瀉物で汚れた口を拭き、灯りを消して膝の上に座らせる。でも、恐怖から転弧から触れて来ない。

 

「どうしよう…! ぼく、ぼくどうしたらいいの!? たすッ、助けていつき姉ちゃん!」

「大丈夫。あたしは転弧のヒーローだから、何があっても助けるさ」

「ほんと…?」

「本当だよ。華みたいに嘘はつかない」

「……」

「……ちょっとだけ、電話してもいい?」

「…? うん…」

 

 手探りで自分の電子端末を探して警察に通報し、事故だと言った上で問われた事に答えていく。最後に、弟と一緒に庭にいると言ってから通話を切って、二人でぼーっとしていると、遠くからパトカーのサイレンの音がして、家の前で停車した。

 

「ど、どうしたの…?」

「あたし達を助けるために来たんだよ」

 

 ドアが閉まり、警察官が懐中電灯で辺りを照らし、庭に座りこむ子供達を見つけて、この惨状に絶句する。だが、懐中電灯で照らされて反射的に目をつぶってしまった自分達に、毛布を抱えて謝りながら片膝をついた。

 

「こんばんは」

「あッ…」

「…こんばんは」

「お名前言える?」

「志村樹。弟は、転弧です」

「佐々木です。樹ちゃんの足の裏、怪我してるね。先に病院行こうか」

「はい」

 

 パトカーの中で、警察官から『大丈夫だよ。もうすぐ病院につくからね』などと慰めの言葉を頂いているうちに、たまに世話になる総合病院に到着した。

 当然、時間外で夜勤の先生に応急処置をしてもらった後、看護師に発現したばかりの転弧の“個性”を告げ、血濡れた状態を見かねてお湯で濡れたタオルで指を一本一本拭き、最後に手首まで血拭き取り、試しに親指をガーゼで覆ってからテープでとめてくれる。そして、一階のベッドがたくさん並ぶ部屋に車椅子で案内された。

 

「もう大丈夫だから。今日はおやすみしようか」

「はい…」

 

 警察官は一旦帰り、代わりに弟にガーゼを被せてくれた看護師が部屋に入ってきて、今夜はここで寝ることになると教えてくれた。

 

「あの…、お水もらえますか?」

「うん。持ってくるね」

「自分で取りに行きます」

「気持ちは分かるよ。でも、樹ちゃんは足の裏と右肩を怪我したばかりだから治りにくくなるの。……だから、私に任せてくれないかな?」

「……はい。…お願いします」

 

 歯切れの悪い言葉にも、彼女は笑顔を浮かべて部屋を一時的に退室する。そして、紙コップを二つ持ってきた方にお礼を言って受け取り、あたし達の間にあるカーテンを開けたままにして、外側だけを閉めてくれた。

 喉を潤してからやっと一息ついたものの、まだ気が張っている。

 

「…転弧。大丈夫。姉ちゃんがいるよ」

「うん…」

 

 予想通りの事が起こったため、おそらく精神的なショックから記憶喪失になっていて、罪悪感だけが残っているだろう。

 今は、それでいい。

 自分が代わりに覚えているから。

 ベッドから降りて改めて転弧の青白い髪を撫でながら、眠るまで胸を軽くゆっくりと一定の速度で叩き、空いた手で弟の手を握り続ける。先ほどの紙コップが壊れなかった事で、五本指で触れない限り“個性”が発現しないと解っただけでも安堵できた。

 穏やかな寝息が聞こえた頃にそっと手を離して、明日のことなどどうでも良くなり、自分のベッドに戻らずに目を閉じた。




志村(いつき)

誕生日 10月9日
年齢 10歳(11歳になる年)
“個性” 浮遊

 前世は記憶が曖昧だが、日本人で女性ということは覚えている。
 あと二つの“個性”は、まだ発現していない。
 枝切り鋏の傷は右肩につき、弟には無い。


志村転弧

誕生日 4月4日
年齢 5歳
“個性” 崩壊

 いつも庇ってくれた一番上の姉だけは信頼している。
 原作と違い、右目を引っ掻いた痕はあるが、口元の傷が無い。
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