自宅の規制テープが解錠された翌朝。
警察署から連絡が来て、遺体を引き取りに来るよう言われ、昨日買ったばかりの喪服を着た後に必要な物を持参して、転弧を家に置いて光代さんの運転で向かった。そこで弟の“個性”事故として処理され、書類に署名したり頂いたりして、葬儀社の方にお願いし、弟と合流するために火葬場に直行する。そこには、両親の親戚や友人知人。さらに彼らの恩師達もいた。華だけでなく、自分と転弧の友人家族と担任の先生も来て下さっている。案の定、転弧の友達のみっくんとともちゃんは、幼さからくる無邪気さゆえに髪や瞳の色が変わった理由を問い、口ごもる弟を守るために輪から一緒に外れた。
「いつき姉ちゃん……。吐きたい」
「わかった。トイレ行こう。まだ我慢できる?」
「ん……」
昨日発現したばかりの念動力で転弧を浮かせたら、浮遊感でさらに吐き気が悪化しそうなので、洗面所の縁まで到達するために自分の膝が汚れ、否応なしにのしかかる弟の体重も構わずに肩車をする。全て吐き出すのを待ち、口元を綺麗にしてから下からハンカチを手渡した。
「……ありがとう」
「どういたしまして。それ持ってていいよ」
「うん」
男子トイレから手を繋いで出てから、また吐くと思うと、会場に戻るのが得策ではないように思えて、一時的に外の空気を吸うことを提案する。転弧は訳が解らないながらも聞き入れ、階段に隣同士で座った。
不安な顔で見上げられて、弟を安心させるために微笑みを浮かべる。
「転弧に、いい事教えてやろうか」
「いいこと?」
「うん。ここに来る前に、警察の人達が“個性”事故で片付けてくれたよ」
「“個性”事故?」
「母さん達がああなったのは、わざとじゃない。転弧の“個性”がうまくコントロールできなかったから起きたことで、たまにそういう子がいるんだって」
「……そっか」
「……あれから、他に思い出したことある?」
「う、うん。あの時、お母さんが、僕を抱き締めようとしてくれた。でもね、その前にバラバラなったんだ。それとね。お父さんは、殺したくて殺した。全然かゆくないんだよ」
ストレスの原因が父だったとしても、嬉々として告げる様子に異常性を見たけど、ここできちんと感情を整理して言葉に出さなければ、性格が歪んだまま育ってしまう。
「転弧は、父さん達が嫌いだったんだね」
「嫌い……?」
「殺したいほど憎いって言葉があって、解りやすく言うと、殺したいくらい嫌いって意味なんだ」
「殺したいくらい、嫌い……。……」
考える時間を与え、幼いなりに解釈していき、やがて腑に落ちたらしく、ぽつりとつぶやいた。
「僕、みんな嫌いだ……。あっ! モンちゃんと、いつき姉ちゃんは大好きだよ!」
「ありがとう、転弧。なんで嫌いか、教えてくれる?」
あわてて訂正する姿がかわいくて思わず笑ってしまいたいところだが、感情が昂って“個性”が覚醒し、今座っている階段を伝って自分が壊れやしないか、内心ハラハラしている。しかし、そこから堰を切ったように今まで我慢していた不平不満を、唯一の肉親になった自分にぶつけてしゃべり始め、同時に首や目の周りを小さな手でガリガリと掻きむしっていった。
「は、華ちゃんは、お父さんの部屋にあったおばあちゃんの写真を見せたのに、それを僕のせいにしたの。おばあちゃんとおじいちゃんは、僕といつき姉ちゃんが庭に出されても、いつもたすけてくれなくてね。お母さんはお父さんに『らんぼうはやめて』って言うのに、お父さんの味方して、お父さんは、ヒーローごっことかおもちゃも全部ダメだって言って、嫌だった。あの日、華ちゃんが見せてくれた写真でね。おばあちゃんがヒーローだって知って嬉しかったけど、いつき姉ちゃんと僕を叩いたでしょ? だから……、だから、みんな嫌いだ」
「そっか。……本当はね。あたしも、転弧と同じ理由で、父さん達のこと大嫌いなんだ」
「そうなの!?」
「うん。だから、あたしは父さん達が死んでも全然悲しくないし、いなくなって心が軽くなったよ。でもね。嫌いだからってなんでもかんでも壊したら、『志村転弧君は
「え? ……わ、わかった。僕も、悲しくない。けど、捕まるのはやだ」
「よし。じゃあ、一緒に、感情と“個性”の制御の仕方を勉強して、ヒーローになろう」
「うん!」
「……もう大丈夫?」
「うん。ありがとう、姉ちゃん」
「どういたしまして。でも、戻る前に薬塗ろうか」
「? かゆくないよ?」
「父さん達のこと話してる時、ずっと掻いてたよ」
「……そう?」
ガリ、とまた首を掻いたため、話題を『写真のおばあちゃん』に変えて気を逸らし、手が離れた隙に愛用しているライフガードの黒いリュックから、転弧が使っている痒みを抑える塗り薬を取り出す。興奮して語る弟の話に相槌を打ちながら蓋を回転させて外し、適量を指先に取って首や目の周りに塗りこんでいった。
上機嫌になった弟と手を繋いで会場に戻り、遺族として責任を持って、参列して下さった方々から順番に香典を受け取る。遺体が完全な骨になるまで、まだ最低でも1時間弱あり、頭の中で総額をざっと計算しても、転弧の将来のために残せる分は無い。全て葬儀費用に消えていくのが判り、胸中で嘆息した。その折、職員の方が見えて、お骨をどうするか。墓は立てるのか尋ねてきた。すぐ頭に浮かんだのは、弟の精神的ストレスになりうる物品は、できる限り無くし、骨壺も手元に置かないほうがいいという事で、こう返答する。
「墓は立てません。骨は……、海に撒けますか?」
「散骨ですね。できますよ。専門の業者の方がいますので、ご自宅に帰られてからインターネットで探されてみて下さい」
「解りました。ありがとうございます」
職員と別れて弟の姿を探していると、友達と手遊びやおしゃべりを楽しんでいた。かたや、自分の数少ない友達といえば、遠巻きに会釈するのみで多くは語らずに、ただ返礼する。
葬儀の翌日。
会社を休んだ光代さんと、総合病院と区役所へ行く。
午前中に“個性”把握検査を受けた病院はともかく、区役所が平日しか開いてない事は知っているが、ここは敢えて小学生らしく、初めて知ったという反応を示してみた。
警察から死亡届と検案書をもらったので、それに基づいて1週間以内に行わなければならない手続きを、窓口で手渡された一覧表を見ながらある程度片付けた。その帰り際に弟の“個性”届の用紙を頂き、控えの診断書を基に“個性”名に『崩壊』と書いて提出して、新たに発現した自分の“個性”『念動力』を追記し、無事、担当の方から受理される。
昼食後に、再度自宅だった瓦礫を念動力の“個性”で浮かせ、祖父母と両親の通帳を探し出して、必要な書類を持参し、これまた光代さんの運転で複数の銀行と郵便局に行く。解約の手続きと残高を払い戻してもらい、10日から2週間後に総額を一括で受け取る話を担当者としたものの、それが大金らしい。これを機に、三菱UFJ銀行で口座開設をしようとしたが、今日は本人確認書類や印鑑を持って来ていなかったから、14歳以下の開設の説明を受けて銀行を出た。
疲れきったあたし達を気遣って、光代さんが帰路にあるセブンイレブンに寄って下さり、好きなアイスをそれぞれ購入するついでに、あたしは歩き回って絆創膏を探した。でも、たった10枚入りで値段も高いせいで諦め、外で完食してから飯豊家へ帰宅する。
“個性”事故から8日が経過した日。
平日だが、少ないながらもご近所の方々の協力を得、次々と瓦礫の撤去作業を始めていく。瓦礫と壊れてしまった家具家電類は、数台の軽トラックの荷台に積み込んで、無事な物は亀裂が入ってない場所へまとめて集め、自分と弟の所持品と、故人達の遺品を大まかに分けていく。途中で、昼食とお菓子の休憩を挟みつつ、夕方になる頃には跡地になっていた。
深々と頭を下げて再度お礼を告げ、長い1日が終わる。
しかし、間借りしている向かい側の家に帰っても、疲れからなかなか食欲が湧かず、頭に浮かぶタスク処理とノートに書かれた項目の一覧を改めて見て、手伝いをする気力が起きない。
「明日は服と本を売って、司法書士と税理士を紹介してもらって……。あ。散骨業者も探さなきゃ……」
「樹ちゃん。散骨業者見つかったよ」
「ありがとうございます……」
飯豊さんご家族が頼んだ出前であっても、転弧は初めてのファストフードに目を輝かせ、あたしは数ヵ月ぶりに食べる照り焼きハンバーガーを前に幸せを感じ、オレンジジュースで喉を潤した。
志村樹 11歳
“個性” 浮遊。念動力