父達の葬儀と同日にモンちゃんの火葬も済ませ、司法書士と税理士にこれから支払う総額と、2ヵ月後に合同散骨を執り行う業者の代金を差し引いても、まだ遺産に余裕がある。だが、これで専門的な事を抜きにして手続きが一段落し、事故が起きた今月中に片付いて、ようやく心に余裕ができた。
「…転弧。幼稚園行きたい?」
「っ! うん!」
「いつにする?」
「いつでもいいよ」
「うーん……。……月曜日にしようか?」
「うん」
「よし。園長先生に電話してくる」
税理士が帰った後で転弧と二人で遅めのおやつを食べている最中に尋ねたところ、前向きな返答をもらって、食べかけも構わずに弟が通う幼稚園に。その次に自分が通学する小学校に連絡し、来週の月曜日に行く事を伝える。
明日は葬儀から一週間が経つ日で、そろそろ引き取り先が話題に上ってくる頃だろうと考え、夕食後に『母方の親戚に』と飯豊さんに希望した。なぜ父方では駄目なのかと当然訊かれ、正直に答える。
「父方の親戚だと、極悪
「お父さんから聞いたの?」
「いえ。父方の祖母が父宛てに手紙と写真が遺されてたので、それで知りました。それに、今の転弧を独りにすれば精神的に不安定になるんで、二人一緒じゃなきゃ行きませんって伝えて頂けますか?」
「わかった。伝えておくよ」
彼はそれ以上何も言わず、自分達の代わりに親戚に連絡を取って下さった。聞こえてきた会話の内容から、司法書士と税理士に依頼した相続継承業務が終わるまでは飯豊家で預かってくれるらしく、大叔母の嫁ぎ先の谷藤家もそれで合意する。そうなると、引っ越しは2ヵ月先になり、どんなに遅くても夏休み明けになりそうだ。
翌日に光代さんの都合がつき次第、故人の大量の本と服を売る予定で、自宅で見つけた絆創膏の残りが30枚ほどしかなく心許ない。そこで、古着屋から近いスーパーで弟と自分用に二つ購入し、帰宅してから売った総額を数え、転弧と二人で分けた。
登校した週の水曜日に、足裏と肩口の抜糸をして下さる。さらに、1週間後。口座開設した銀行から連絡を受けて大金を受け取り、翌日に半額を同様に入金し、7月中に宿題と解体業者による自宅の整地などをできる限り終わらせる。
8月初旬には、両親の車と整地した実家があった土地を売る段取りがついた。
お盆の前日。
飯豊家のお宅に、大叔母の谷藤小百合さんがお迎えに来た。母方の祖父・千津夫の妹だと葬儀時に教えてもらっていて、会うのは2回目になる。
「久しぶりね。樹ちゃん。転弧君」
「お久しぶりです。小百合さん」
「元気そうで良かった。では、飯豊さん。樹ちゃん達をお預かりします」
「はい。行ってらっしゃい」
『行ってきます』
4日分の衣服を2人分詰めたキャリーケースを転がして、転弧と手を繋ぎ、出発しようとした矢先、小百合さんが向かい側の土地を指して尋ねてきた。
「ねェ、樹ちゃん。あそこだけ家が無いけど、どうしたの?」
「実家が建ってました」
「え?」
「……」
「僕の“個性”で壊れたの」
「! そう…。ごめんね。辛いこと訊いて」
「つらくないよ。僕も樹姉ちゃんも、あんな家族嫌いだから」
『これ以上は詮索するな』という意味で黙ったが、まさか転弧が自分から説明するとは思わず、あたしはそうさせて心の傷が広がるんじゃないかと眉間に皺を作る。『あんな家族』と酷評した事で、不和を察した大叔母は、申し訳なさそうに話題を変えた。
「…今日ね。本当は車で来たかったんだけど、私もうおばあちゃんだし、免許証返しちゃって運転できないから、バスと電車を乗り継いで来たわ」
「どこから来たの?」
「横浜よ。住んでる場所からすぐの場所に、海があるのよ」
これから谷藤家に行き、明日は顔合わせの意味も含めて息子二人とその家族が集まると言う。
道中で家庭環境をかいつまんで話すと、彼女は突然寄り道を提案し、訳も解らずについて行くと、2ヵ月ぶりに訪れた駅の近くにある大型ショッピングモールに到着した。そこでようやく彼女の意図に気付き、転弧は初めてオールマイトのヒーローグッズをひとつだけ買ってもらい、あたしは特に憧れの人はいないが、弟の手前でそう振る舞う事もできず、場所を取らない手の平に収まるベストジーニストの丸っこい人形を選んだ。
上機嫌の転弧と手を繋いで、今度は自分から谷藤家の家族構成を聞く。すると、年齢も併せて教えて下さり、前期高齢者の夫の雄之助さんと小百合さん。後期高齢者だが夫の両親と父と1歳違いの長男家族が母屋で同居しており、あたし達は迎えられた後の予行練習の意味も込めて、離れで過ごしてもらうと言われた。
理解を示した後、自分達を引き取ることになった経緯を大叔母に直接尋ねれば、彼女は戸惑う様子も変に隠す様子もなく、率直に答えられる。
「葬儀後に、遺骨の状態から遠縁の親戚が気味悪がっててね。それを聞いて、私ってば無性に腹が立って、勢いのまま、夫と一緒に飯豊さんに『樹ちゃん達を引き取ります』って言ったの」
「そうですか…。……ありがとうございます。小百合さん」
「どういたしまして。さァ、駅に着いたわ。ここから歩くよ」
「はい」
彼らには言わなかったが、彼女達が事件や事故に巻きこまれた場合、順当にいけば、長男で従伯父の雪之丞さんの世話になる。しかし、それでも駄目な時は、熊本在住の長女夫妻と明日来る次男夫妻の家族にたらい回しにされるだろう。たらい回しと言えば、父の書斎にあった大量の本をブックオフで売った際、夏目友人帳を1冊100円で見つけたが、引っ越しの荷物が増えるので諦めていた。小百合さん達に引き取られた後に、改めて古本屋を探してみよう。
そんな思案顔を体調が芳しくないと判断した彼女は、『駅の近くで昼食を食べようか』と提案し、転弧の要求でラーメンに決め、食後の運動がてら30分ほど歩き続ける。
「ここが谷藤家。離れは、この奥ね」
「……」
「でっかいね。いつき姉ちゃん」
「うん…」
数時間前の会話の時点で豪邸だと想像はついたが、石畳と共にそびえ立つ立派な門構えの向こうに広がる日本家屋と日本庭園を前に、開いた口が塞がらない。今度は転弧に手を引かれ、大叔母の隣で母屋の玄関に立つ。
「お帰り、小百合。ああ。樹ちゃんと転弧君だね。はじめまして。小百合の夫で、
「よろしくお願いします。今日からお世話になります。お邪魔します」
「お、お邪魔します…」
うがいと手洗いを済ませ、まず案内されたのは、母屋の居間にいる長男夫妻とはとこ達だった。
はとこ達とは年が近く、今年で97歳と100歳になる雄之助さんのご両親とも会い、谷藤家全員に歓迎される。夜は、みなとみらい大盆踊りに連れていって下さり、夏祭りの効果もあって、それなりに良好な関係を築けた。志村家の
こうして、初日の移動や緊張。夏祭りで疲れ果てて、その日は転弧のお願いにより、離れの2階で自室になった隅の部屋で布団を隣同士に並べて眠った。
お盆初日の翌朝。
小百合さんの次男・春之介さん夫妻が、子連れで大分県から到着したようだ。
はとこで同い年の
「樹ちゃん。昼飯食った後にさ、転弧君連れてってもいい?」
「どこに?」
「横浜市電保存館。200年前の電車が保存されてる場所で、俺は何回も行った事あるし、はとこ同士もっと仲良くなりたいんだ。お願い…!」
両手を合わせて頼みこむ彼も弟と同じく鉄道好きで、あたしは留守番の間、彼らの妹の
帰宅直後の興奮冷めやらぬ弟を母屋の洗面所にやってから、早口になる話を遮らずに聞き手に回って相槌を打ち、終わってから土産の袋を開封すると、中身は電車の絵が描かれたリングノートが1冊ある。何かとメモを取る癖がある自分には、とてもありがたい土産だ。
お盆2日目は、午前中からはとこ同士で横浜元町ショッピングストリートに行き、飯豊家や谷藤家へのお土産を和菓子店で選んだり、文房具屋や服屋を見に行く。その中で、転弧がランドセル販売店の前で足を止め、再来年購入するために好みを把握しておこうと、手を繋いでいる転弧の視線に合わせてしゃがんだ。
「ランドセル、見に行きたいの?」
「うん!」
「まだ早いんじゃね? 転弧君、何歳?」
「5歳だよ」
「来年年長さんだけど、どれが良いか見とく。だから、翔之君はここにいてね」
「百音も行きたい」
「……わかった。一緒に行こうぜ。樹ちゃん」
様々な種類に目を輝かせ、幼いなりに悩んで選んだのは『つむもの』シリーズの『鎧・真朱』で、値段はほぼ8万円。
当然、手持ちが無いのでスマホでランドセルと外観の写真を撮って、夏祭り同様『欲しい物は自分のお金で買う』事を約束する。そして、夕食時に大叔母と従伯父達に話すと、『買い与える』と言って聞かなかったが、気持ちだけありがたく受け取る。
お盆3日目は、昨日に引き続き親達は休み、はとこ達だけで八景島シーパラダイスに行った。
翔之君は、先月1歳になったばかりの末の弟を。剛之君は、2歳の妹の面倒を引き受け、忙しい親達に束の間の休息を与える。初めての水族館にあたしと転弧ははしゃぎ、バーベキューに舌鼓を打ち、カワウソにはまった転弧に、ノートの礼にカラビナ付きマグカップを。これから、自分達の親代わりになる谷藤家にきんつばを土産に購入した。
お盆最終日は帰省ラッシュに乗じて、春之介さんご家族と玄関先で別れ、年末年始に会う事を約束した後に、徒歩で駅に向かう。
「どうだった?」
「小百合ばあちゃんのとこなら、毎日楽しいと思う」
「そっか…」
葬儀の日以降、転弧の髪は青白いままだが、徐々に元の優しさと年相応の反応を示す様子を観察していた。
恐らく、現場見分での記憶の荒療治と、葬儀場での感情の整理。ヒーローを否定しない飯豊家と谷藤家の家庭にお邪魔する事で、精神的に落ち着いたのだろう。今のところ、“個性”が発動する様子も、暴走する様子も見受けられない。
9月2日に、幼稚園や小学校でささやかなお別れ会を済ませたあたし達は、その週の土曜日に飯豊家から谷藤家に居を移し、改めて家族にご挨拶する。はとこ達と同じ幼稚園や小学校に転入する手続きは、大叔母のほうで済んでおり、今日は下見も兼ねて行き、幼稚園から小学校まで徒歩5分と近かった。
谷藤家 千津夫の妹が嫁いだ家
雄哉 100歳。雄之助の父
葉月 97歳。雄之助の母
雄之助 70歳。小百合の夫
小百合 65歳。樹、転弧の大叔母。
雪之丞 38歳。樹、転弧の従伯父。長男。
雄之助の会社を継ぐ。ホワイト企業。
琴音 35歳。雪之丞の妻
翔之 11歳。小学5年生。鉄道好き
百音 4歳
響丞 1歳
春之介 32歳。次男。大分県在住
美桔 30歳。春之介の妻。
剛之 5歳。鉄道好き。
桜 2歳
※ 谷藤家長女は、別の機会に登場させます。