幸せをつかむために   作:白天竺牡丹

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第4話 姉ちゃん

 僕には、姉ちゃんが二人いる。

 ううん。一人はいたし、一人は今生きてる。

 でも、僕は、もう二度といたほうの姉ちゃんを、姉ちゃんと呼ばない。

 お父さんのお母さん。僕からみて、もう一人のお婆ちゃんの写真で、嘘をついて僕のせいにしたから、昔みたいに華ちゃんと呼ぶことにしている。樹姉ちゃんは、その事に気づくと、悲しそうな顔をしても、僕に『ダメ』とは言わないで、『転弧が決めた事なら、それでいい』と認めてくれた。

 

「転弧。みんなに、さよならしよう」

「…さよなら」

 

 今日は9月最後の土曜日で、小百合お婆ちゃんと樹姉ちゃんと一緒に、モンちゃん以外の家族だった骨を。粉になった骨を船の上から海にまく。僕達の他に何人か一緒に乗って、花びらとかお酒をばらまいていった。

 他の家族は悲しそうだったけど、僕達は違う。

 嫌な人が沈んでいなくなると思ったら、お葬式の時より心が軽くなっていく。

 そして、僕の“個性”でバラバラになった家を片付けた夜の事を思い出していた。

 

(…転弧。父さん達の骨を持って船に乗るのと、乗らないの。どっちがいい?)

(…? なんの話?)

(葬式の時、骨を海にまき方を従業員の人に聞いたんだ。明臣さんが調べたら、海にまいてくれる会社の人達が、あたし達の代わりに粉にした骨をまくか。それとも、あたし達の手でまくか。どっちか選べるらしくてね。大事な話だから、転弧にも選んで欲しいんだ)

(……。姉ちゃんは、どっちがいい?)

(…あたしは、会社の人に任せたい)

 

 少し怒った声で姉ちゃんが言ったのは、僕達二人を守ってくれなかった大人が嫌いだから。

 本当は、骨が入った小さなつぼにも自分から触りたくない事を知ってる。

 

(僕は……)

 

 モンちゃんの骨をお葬式やさんが焼いた後、灰を入れてくれたペンダントを見て、樹姉ちゃんの言葉が頭に浮かぶ。

 

(船に乗る。僕が殺したんだから。最後まで、ちゃんとお世話する。せきにんってヤツでしょ?)

(っ! …そうだね。…わかった。明臣さんに伝えてくるよ)

 

 ワンワンが欲しいと、華ちゃんがまだひらがなを書けなかった僕の代わりに、サンタさんにお願いする手紙を書いてくれる。その時、樹姉ちゃんが『ワンワンが来たら、死ぬ最後の時までちゃんとお世話するんだよ。それが、命をかう責任だからね』と、お母さんがびっくりするほどおとなの考え方を言っていた。たしか、樹姉ちゃんは、犬をしつける本をサンタさんにお願いしていたような気がする。

 粉になった骨をまいた場所をぐるりと1回回って、港に帰って、姉ちゃんの腕時計を見ると、お昼の1時過ぎになっていた。

 

「さて、二人共、お昼ご飯何にする?」

「トンカツがいい」

「樹ちゃんは?」

「転弧と同じです」

「わかったわ。今から探してみるね」

「大丈夫だよ、婆ちゃん。昨日、ちゃんと調べたもん」

「あら。じゃあ、私と樹ちゃんを案内してもらえる?」

「うん! …あ。地図出すから、ちょっと待って」

 

 父さん達が死んでから、姉ちゃんはずっと1人でお金とか住んでた家とか難しい話を、飯豊さんや他の大人と話していた。だから、少しでも助けようと、飯豊さんの次男で、姉ちゃんより1歳年下の茂臣(しげおみ)兄ちゃんに地図の見方を教えてもらう。電車が好きなのもあって、小百合婆ちゃんの家に引っ越すまで、だいたい読めるようになった。

 オールマイトのリュックのジッパーを開けて、折り畳んだ地図を出してから、姉ちゃんの手を引いてステーションコアの地下1かいに行く。人気のお店で人がたくさん並んでたけど、どうしても食べたくてお腹がすいても我慢して、列に並んで待っている間に、姉ちゃんがサイトを開いてメニューを選ぶ時間をくれた。でも、お子さまプレートは、とんかつかカレーの2つしかなくて、小学生でお子さまプレートじゃないメニューを選べる姉ちゃんがうらやましい。

 

「……どうしたの? そんなにむくれて」

「姉ちゃんだけずるい」

「え? ……あー。転弧も、小学生になったら選べるようになるよ。それまでは、お腹が小さいから、お子さまプレートで我慢してね」

「学校入ったら、お腹もおっきくなる?」

「うん。背が高くなって、食べる量が増えるからさ」

「約束! 忘れちゃ嫌だからね」

「約束するよ。あたしの可愛い弟だもの」

 

 指切りしてから、来月の運動会の事を話すと、『応援に行くね』と約束してくれた。

 

 

 次の日の日曜日。

 朝起きてから一階におりて、顔を洗った後に台所に行くと、いつもそこにいるはずの姉ちゃんが見えない。

 

「…? 姉ちゃん?」

 

 右に曲がって、台所とつながっている居間にあるソファーを見ても、いない。

 

「姉ちゃん、どこ?」

 

 たった一人の家族がいない。

 そう思ったら、かゆくなってきた。

 はなれ(ここ)は僕達だけが住んでる家で、土曜日と日曜日だけは、おもやでご飯を食べないから、いつも姉ちゃんと二人でいる。だから、まだ起きてないのかと思って、もう一回二階に行って、姉ちゃんの部屋の前についた。

 

「…姉ちゃん?」

「……転弧?」

「入っていい?」

「…うん」

 

 声に、力が無い。

 きつそうで、どうにかしてあげたいと思うけど、どうすればいいか(わか)んない。

 それでも、ふすまをそーっと開けると、ふとんの中でぐったりしてる姉ちゃんがいた。

 

「おはよう、姉ちゃん…。大丈夫、じゃないよね?」

「そうだね…」

 

 おでこを触るとあつくて、びっくりして、すぐに一階の冷凍庫からアイスノンとタオル。救急箱から体温計を持ってきて、おもやにいる小百合おばあちゃんを呼んできた。おばあちゃんもびっくりして、熱が出た理由を尋ねる。

 

「……たぶん、全部終わって気が緩んだんだと思う」

 

 家族が死んで3ヵ月たって、やっと全部やるべき事が終わったから、体の力が抜けて熱が出た。『人の体は、そういうふうにできているんだよ』と、雄之助おじいちゃんが言って、姉ちゃんのために玉子のおかゆの作り方を教えてくれる。

 おじいちゃんは口を出すだけで、作るのは僕だ。初めて作る料理は、順番がたくさんあって難しかったけど、猫舌の姉ちゃんが『おいしい』って言ってくれたから、嬉しくなる。

 

「おじいちゃん。僕に、おりょうり教えて!」

「おー、いいぞ。じゃあ、簡単なのからな」

「ありがとう」

「どういたしまして。それと、さっきの玉子粥、絵日記にして作り方を書いておくといい。転弧君が初めて作った料理だから、忘れないようにね」

「うん!」

 

 あと、おばさんから熱がある時に食べやすいものが書いてある紙をもらって、はじめてのおつかいに出た。ただ、あんまりお店に行った事がないから、そこまでの道は、はとこの翔之(しょうの)君が一緒についてきて教えてくれる。さいふの中にあるおこづかいで、ゼリーとアイス。プリンを買って帰ってから、お昼ごはんに二人分の豆腐玉子あんかけを作って、おばあちゃんとせんたく物をせんたくきに入れたりして、姉ちゃんがしていた家のことを全部やった。

 月曜日になっても姉ちゃんの熱は下がらなくて、その日は心配なまま幼稚園に行って、夕ごはんをおばさんと一緒に作る。れいぞうこを見ると、ゼリーとプリンがへって、ちゃんと食べることができてるなら良かったと安心できた。

 

 

 いつき姉ちゃんの熱が下がって、学校に行けるようになって1しゅうかんがたったころ。

 夕ごはんを食べたあと、あまったいちごあじのアイスを食べながら、姉ちゃんがぽつりとつぶやいた。

 

「…ぶばいがわらじんさん」

「…誰? 姉ちゃんのクラスメイト?」

「え? いや、ちがうよ。新聞にのってた名前を読んだだけ」

 

 姉ちゃんは、休みの日も新聞を読んでる。字を読むことが好きみたい。

 おぼんから帰ってきた夜から、たまに小さな声でブツブツと何かを言う。悪の親玉を止めるとか、ヴィランを作らせないとか、むずかしいことをいっぱい。

 

「転弧」

「ん? なに?」

「転弧の運動会が終わった後、姉ちゃんと二人で旅行に行こう」

「小百合ばあちゃんに内緒で?」

「ううん。そうしたら、おばあちゃん心配しちゃうでしょう?」

 

 姉ちゃんがどこかに行くなら、僕も一緒に行きたい。

 姉ちゃんがやることは、全部いいことだと思うから。

 僕が行ってる幼稚園の運動会が終わって、次の土曜日に二人で旅行に行く。姉ちゃんにとって初めて行く場所なのに、悩まないで上大岡駅からのきっぷと駅弁を二人分買った。

 

「もう1人分買っていい?」

「なんで?」

「おみやげ」

「ぶばい…さんに?」

「うん」

 

 しゅうまい弁当と横浜チャーハン。鯛めし弁当とペットボトルに入ったお茶を3本選んでかごに入れて、それで終わりだと思ったら、横浜の焼いたお菓子を別々の店で1箱ずつ買って、電車に乗る。

 1時間30分くらいのところにある駅で降りて、しばらく歩いて、橋みたいに川の向こうに行ける道路の下を見ては、また違う場所に行ってを繰り返す。

 12時が過ぎてから、姉ちゃんが『あ…』と僕にだけ聞こえるような声で、遠くを見ていた。

 

 道路の下。

 かげになってて見えにくかったけど、そこには、金色のかみの男の人がいる。

 

「……? 姉ちゃん?」

 

 姉ちゃんが弁当を持ってるふくろを落としそうになって、あわてて持つところをつかんだ。それから見上げると、遠くを見たまま、ボーッとしてる。

 なにかへんだ。

 

「…姉ちゃん? …いつき姉ちゃん? どうしたの?」

「っ…。……いたい」

 

 よく見たら、まゆをよせてシワを作っていた。

 

「どこが?」

「あたま……」

 

 どうしたらいいかわかんなくて、姉ちゃんの服をつかんでると、うしろから男の人の声がした。

 

「どうした? 姉ちゃん、具合悪いのか?」

「う、うん…。急に痛いって言ってね」

「じんさん……」

「は?」

 

 『じんさん』と呼んだ人のジャケットのそでをつかんで、いつき姉ちゃんはシワを作ったまま、言葉をはく。

 

「ぶばいがわらじんさん、ですか…? しょるいそうけんになった、16さい」

 

 いつき姉ちゃんが何を言ってるのか、わからない。

 はじめて会う人なのに、。

 

「あんた…、いったい誰だ? 初めて会うよな? 一発で名前も状況も当てるって、直感が鋭いのか?」

「いえ。先週、新聞で読んだので。仕事を失うって怖いですよね」

「ああ。そうだな……」

 

 じんさんが、姉ちゃんと視線を合わせるために、アスファルトの道にひざをついてすわりこむ。

 僕は、なんだかわからなくて、ずっと姉ちゃんの服をつかんでいた。姉ちゃんは、ちゃんと見つけられたことからへらりとわらってたけど、また痛いと言ったから、『じんさん』は影になってるところで休むよう、僕と姉ちゃんに言った。

 

「今、頭痛いんだろ? ゆっくり休んでいけ」

「はい…。…ありがとうございます。…行こう。転弧」

「う、うん…」

 

 地面にすわってお茶を飲んだあと、姉ちゃんはリュックをまくらにして寝る前に、うとうとしながらじんさんと話す。

 

「あんた、名前は?」

「…志村樹、11歳。いつきは、樹木の樹って書きます。この子は、あたしの弟です」

「へェ…」

「ぼ、僕、志村転弧。5歳!」

「俺、分倍河原仁。16歳。苗字が長いから、仁でいい。よろしく」

「よろしくお願いします。えっと…」

「仁君でも、仁兄ちゃんでも、呼び方はなんでもいい。勘が良いのは、“個性”か?」

「わかりません。でも、昔から両親とか友達に、勘が良いって言われてて……。もし、“個性”だとしたら、あなたに会う前から発現してると思います。先生が『あと一個持ってる』って仰ったから……」

 

 頑張って起きようとまばたきしてたけど、力がぬけたようにまぶたを閉じてねむった。息をすったりはいたりしてる音がするから、大丈夫だと思う。

 

「複数“個性”持ちか…。テンコ君知ってた?」

「ふくすうって何?」

「ふたつより多いって意味だ」

「じゃあ、姉ちゃんは、“個性”みっつ持ってるね」

「3つも?」

「うん。ふゆうと、ねんどうりょくと、今のやつ」

「マジか…」

「…あ、3つで思い出した。これ、ぜんぶおみやげ。仁兄ちゃんにって、姉ちゃんが選んだの」

 

 弁当とお茶。横浜のお菓子が入ってる袋を渡すと、口を開けてぽかんとされた。何か間違ったかな、と困っていると、僕と袋をかわりばんこに見て、

 

「いいのか…?」

 

 と聞いてくる。

 

「おみやげだから、どうぞ」

「……ありがとう」

 

 お茶と横浜チャーハンのフタを開けて、仁兄ちゃんは泣きながらお昼ごはんを食べていく。

 僕のリュックに入ってたポケットティッシュとプラスチックのごみ袋を渡して、食べ終わるまで待ってから泣いてた理由を聞いた。

 

「人をバイクではねて、仕事と家をいっぺんになくしてな……。ためたお金はへっていくばかりで、生きるためにはお金がいる。だけど、知り合いも親もいねェし、どこが俺をやとってくれるかわかんねェんだよ」

「…姉ちゃんとなら、なんとかしてくれるかも」

「いつきちゃんには…。いや、お爺さんにも迷惑かけらんねェよ。他人だし」

「たにんでも、仁兄ちゃんの事も心配してたもん。お手紙も書いてたんだよ」

「手紙…?」

 

 弁当の袋に手紙が入ってても、今は開けない。それを持ったまま困ってるから、僕は姉ちゃんが起きるまで話を続けようと口を開く。

 

「…僕、仁兄ちゃんとお友達になりたい。…だめ?」

「……駄目じゃねェよ。ありがとな」

 

 仁兄ちゃんは口だけ笑って、僕の頭を優しくなでてくれた。それから、僕も家族がいない事とか犬がいた事を話したりして、今の姉ちゃんを知ってもらえるようにする。

 ごご2時に姉ちゃんが起きたから、仁兄ちゃんが具合を聞いた。寝たら頭が痛くなくなって、あくびとのびをした後に、たてに長いふうとうを別に渡す。中に入ってるのが何か、なんて、兄ちゃんも姉ちゃんも言わなかった。

 仁兄ちゃんと一緒にお菓子を食べてから、帰る時間になってバイバイと手を振って、お別れをした。




志村樹
 11歳
“個性” 念動力。浮遊。?。
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