西暦2138年、大人気DMMO RPG ゲーム『ユグドラシル』はサービス終了を迎えようとしていた...。
私はそんな中、未だに耐えかねる喪失感を胸に抱きながら、目の前の大海原を見渡す。
「...ここに来て、何とも寂しいものだな...。」
風に少し長めの銀髪を揺らされながら私は甲板の上で星の明かりによって灯された天空を見上げる...。
私は今、巨大な帆船の船長(自称)をやっている。
もちろん、海賊ではない。正規の...在日スペイン人の集いで出来たクラン...小集団のようなものだが、それに属している艦隊...のようなものだ。
私はそんなわざわざこのゲームをやるために日本に留学、後に就職してきた哀れな子羊達の中の一人だった。
ちなみにこの艦隊の正式な名称は賜ってないが、私個人の名付けとして、無敵艦隊とか名乗っていたりする。いや、パウラさんには鼻で笑われたけどさ!
もちろん、厨二病感丸出しなのはわかってるつもりなんだが。
「...12年、か。」
このゲームも長いことやってきたが、まさかこんな時間が経っていたとは。
今思い返せば色々とあった...ユグドラシルワールドの中でも、このカリブ海を模した《ヴァナヘイム》は、文字通り海と諸島、港を舞台としている。
様々な勢力が行き交い、時に海賊船とあい見え、時に外国勢力(私はそう呼んでいる)との艦隊決戦まであった...。
というのも、このワールドでは帆船が異様な程有利なのだ。
適切な素材を他のワールドから集めて、このヴァナヘイムで帆船を組み立てれば特定のスキルや属性を付与された強大な帆船が出来上がる。
「...よっ、と。」
例えば、だ。この旗艦、ヌエバ=エスパーニャ艦は艦隊の中でも最も巨大で、鈍重な戦列艦だ。
対抗魔法はもちろん付与されており...例えば、低位(第五階位以下)の火炎属性の魔法や雷属性の魔法を完全無効化してしまう。
それもそのはず、素材には貴重なフロスト・ドラゴンの鱗を使用したのだから。
ドラゴンはユグドラシルでも最強の種族。その表面の綺麗な鱗は魔法に対する抵抗値が異様に高い。
まだある。一部の上位の魔法の効果を半減させたり、超位魔法限定で耐性があるなど、とにかく魔法関連にしつこく対策がなされている。
それもそうだ。何を隠そう、海と帆船を舞台とした世界観を、たかだか魔法一発でオーバーキルされては話にならないからだ。
運営はそこら辺を考慮して、この世界を中世らしく、ファンタジーらしく、帆船の活躍を期待していた。
だから、この艦には実に左右合わせて96門の大砲が積まれている。
それも、一門一門の大砲には敵艦の装甲をぶち破るための貫徹強化魔法が、砲弾には全て炸裂魔法がかけられている。
そしてそれらの効果は、船長の役職を持つ者が底上げしてくれるようになっている。
つまり、私のようなレベル100カンストした奴なら、その威力や効果は第八位階ほどにまで強化されるだろう。
そんなこんな、この理不尽なほど、まさに無敵なる艦隊を率いるのが、この僕......エヘンエヘン、この私さ。
「あー、...これは要らないかな。」
船長室に戻った私は、自室の荷物整理をしていた。
といっても、コンソールを動かして要らないアイテムや財宝類の整理をするだけだったが。
「......これは、持っとくか。」
どうせ最後なんだから...その軽い気持ちで、私達...自称(笑)スペイン海軍の総力を結して作り上げた、1つの武器を取り出す。
「...こればっかしは、今くらいじゃないと皆んなにドヤされてたろうなぁ...。」
シャキィィ......
私...失礼、名乗り忘れていた。カルラ・ヴァロワは歯切れの良い金属の摩擦音を立てながら、
目の前にアンロックド・アマウントバッグ...通称、無制限ポーチから我らの要を抜き出す。
「うぉー......すげー...。」
その光沢が塗りたくられたかのように光り輝く刀剣は、鋭利過ぎて境界線が見えないくらいだ。
これは私達が三年の歳月をかけて作り上げた、正にかのワールドアイテムに匹敵する武器だった。
その効果はおして測るべし...この刀剣『ヴァルハラ』は、如何なるHPを持つ者であろうと、
更に、自身と周囲の配下に対する第八位階までの魔法を完全無効化し、その魔法の半分のMPを自分に付与してくれる。
飛び道具系の攻撃も一切通さない、様々な効果のあるぶっ壊れ武器だ。
それ程のぶっ壊れが、今自分の手にある...。
その事実に感無量の私は、
「...むふ...むふふふふ...ぐふっ...。」
と、変な声をあげてしまう。...それも相当歪んだニヤニヤ顔で。
「...おっといかんいかん...つい涎が...。」
こんな所をかつての仲間達に見られでもしたら、冷たい目で罵られてしまうだろう。
全く、乙女である私の細い心を引っ叩いてくる海の荒くれ者め...。
そう、昔のことを思い返しながら、私は船長室の椅子の上で静かに目を閉じた...。
「......楽しかったんだ。本当に......。」
......楽しかったんだ......。
その言葉は、この世界にまだログインしているであろう人の全員が呟くことであろう。
そんな僅かな共感と共に、私は栄光ある無敵艦隊の艦隊司令...役職としては確かー...
爵位付きの大公爵...グランダーク...つまりカルラ卿か。
は、目を閉じてその終わりを待つ...。
23:59:45
23:59:51
23:59:57
「...明日は五時起きだし、早く寝ないとなー...。」
リアルでの私の鬱屈とした生活に嫌味を漏らしながら、カルラ・ヴァロワ卿この世界を去る...
はずだったのだ。
「......ん......?」
私は強制ログアウトさせられたと思い、目を開けるが...。
ザザァァーー......
そこには、未だに私の暗い蝋燭に灯された船長室が映っていた。
「......
は?
...... 」
静寂と、波の音が耳に心地よく入ってくる。
「...ログアウトできていない...運営の手違いか?」
まさかの最後の最後でこんな締まりの悪い終わり方をさせられるとは思ってもいなかった。
「ったく......運営のあほ...ばか...。」
カッコよく終わろうと思ったら矢先にこうなのだ、私は少し顔を赤らめながら運営を罵る。
そして、片手の慣れた手つきでコンソールを開こうと手を伸ばすが。
「......コンソールが......出ない?」
そんな......あり得ない。あり得てたまるか。
コンソールが出ないなら、
「...あーもう、クソ!まずは運営との連絡手段の確立だな...GMコールGMコールと...。」
緊急時のプレイヤー御用達運営お呼び出し機能、GMコールを使ってみるが...。
「......効かない。」
思わず呟いてしまう。それほどにまで動揺していたのだ。
「......如何なされました、カルラ卿。」
(......は?)
しゃ......
喋ったぁぁぁぁぁ!!
脳内の混乱は更に加速した。
NPCが...NPCがしゃべった!しゃべったぞ!
それに顔!表情すげー怖いんだけど!!
と、怒涛の感情炸裂マシーンと化した私のことも知らずに目の前のNPC...確か副官のペベレルは疑問の表情で聞いてくる。
「...GMコールが効かないんだ、ペベレル。」
そうとだけ返すと、彼は怪訝な顔で手を顎に当てながら考えて、その瞬次に顔を上げて答えてくれる。
「......卿のおっしゃったGMコールというものを私はご存知ありません。私の至らぬ記憶のせいで、卿に不快なお気持ちを抱かせてしまったならば申し訳ありません...。罰を、何なりと......。」
そう深く頭を垂れて、あまつさえ私に罰を所望してくるこの女兵士...。
(マ......マジだ......コイツ......。)
これが夢でない事は確かだった。
私は咄嗟に、目の前の副官に弁明する。
「い、いやッ、ペベレルが悪いわけじゃないんだ...。ただ、...その...私は今...。」
そこまで言いかけて、やめた。
その動作に一瞬怪訝な表情で再び私を見つめるペベレル副官だが、彼女とてそこまで愚かじゃないのだろう。
私が何か困っている様子なのを見て、彼女は私の方に近寄る。
「...無礼をお許しください、カルラ卿。」
そう言いながら......。
ぽすっ
そんな音が聞こえた。
そして、僕の視界は...柔らかいものに包まれていた。
「......へ?」
むにゅ......。
「はっ、......ぅぅぅむッ...。」
そんなはしたない声が、この暗い船長室の中で広がってしまう。
むにゅむにゅ......もみもみ......。
「......ペベレル......
デッカ。 」
そうとだけ言うと、なぜか突然僕を抱きしめてくれた副官は喜んだ顔で
「そ、そうですか......でへへぇ〜......。」
先程の雰囲気をぶち壊すような下品な声をあげてしまった。
(.........あーーー、あーーあーー
マイクテストちゅー、マイクテストちゅー。)
脳内で私も奇妙な言葉を浮かべながら、現実を逃避するのであった。
早く四期...早く......(HP1)