「東郷に神樹様が
疑わし気な目を向けながら、夏凛が言った。
星屑の襲来をしのぎきった夏凛たちは、かつて勇者部が
他の建物の例にもれず、讃州中の校舎も大部分が倒壊している惨状。
かろうじて残っていた屋根の下が、夏凛たち
「『憑りついている』、というのは正しくない。ただ、この娘の体を借りているだけだ」
東郷の顔の下で、神樹は不服そうな表情を作る。
それはそのまま、東郷の八の字に曲がった眉間へと現れた。
「あ、あの。なんで東郷先輩の体を乗っ取って……使っているんですか?」
おずおずと樹がたずねる。
「昔みたいに、あの大きな木の姿でこの世界に現れれば……」
「私はかつて、天の神との戦いで散華したことで、持てるすべての力を使い果たした。あの姿には、今はなれない」
「だから、東郷の体に憑依したってわけね。確か東郷は、勇者と巫女の二つの力を持っていたから」
──救世主。
夏凛の言葉を続けるように、東郷の中の神樹がつぶやいた。
天の神と神樹──地の神との、人類の存続をかけての最終戦争とも呼べる戦いが終わったのは、もう十年も前のことである。
そう……風、樹、夏凛、そして東郷ら『勇者』の死闘が終わり、神樹が現世を去ってから十年もの時が流れたのだ。
少女たちは大人へと成長し、真の平穏を取り戻した世界も復興が始まり、人類は閉ざされた土地から外の世界へと旅立っていった。
少しずつ、だが確実に……神に頼らずとも人間は自分たちの力だけで、外の荒廃した世界の
「だというのに、一体なぜ世界は、再びこんな有様に……」
神樹──東郷は哀し気にうつむいた。
風たちは、事情を知らない神樹にこれまでのあらましを聞かせようと、口を開く。
「っていっても、アタシらも詳しいことなんて、なにも分からないんだけどね」
「なんの前触れもなくバーテックス──星屑が世界中に現れて、人間を襲い始めたのよ」
「園子さんが解体された大赦を組織しなおして、『防人』だった人たちと私たち勇者部のメンバーがレジスタンスを組んで戦ったんですけど……」
風、夏凛、樹は沈痛な面持ちで言葉を続ける。
「勇者服より劣る戦衣の性能じゃ、星屑にも苦戦して」
「人類の八割が……殺されたわ」
夏凛に続けて発した風の衝撃の一言は、神樹の心を激しく動揺させるのに十分過ぎるものだった。
神である自らがその存在の全てを
東郷の
室内に重たい沈黙が流れる。
ふと、神樹は一つの足りないピースがあることに気づいた。
「そういえば、あの娘は……結城友奈はどこにいる?」
この場にいない勇者部のメンバーは友奈と園子の二人だが、園子は頭首として大赦本部で防人たちに指示を出している。
夏凛が、悔しさと怒りがないまぜになった様な表情で、神樹の疑問に答える。
「友奈は……逃げ遅れた子供を
「私たちも必死で探したんですけど、どこにも姿が見つからなくて」
「避難所にも帰ってこないしね……」
「生きているかどうかも、分からないということか」
夏凛に続く樹と風。
神樹も、まさか友奈までが……といった声色で、行方不明となった彼女のことが信じられない様子だった。
結城友奈は十年前……天の神との最後の戦いで、神樹が残された人類を生かすため、人を自らの同属とするための儀式に選んだ少女である。
だが、友奈はかけがえのない友らの助けと、自身の意志でこれを拒否。
結果、人が人としてこの世界に生き続ける、もう一つの道を見つけ出せたのだった。
その友奈がいなくなった事実は、どれほど仲間たちの心に暗い影を落としただろうか……。
神樹には、残された勇者部の友人たちにかける慰めの言葉が浮かばなかった。
「そういえば」
と、暗くなった雰囲気を変えるために、樹が声を上げる。
「神樹様はどうやって復活されたんですか? 十年前に力を使い切ったって言われましたけど」
「……私にも分からない。ただ、声が聞こえたのだ」
「声?」
「誰のものかは分からない。ただ、私を呼ぶ懐かしい人の声だった」
会話を切り裂くように、外から悲鳴が聞こえてきた。
一つや二つではない。もっと大勢の、助けを呼ぶ声が。
「バーテックス!? 皆、行くわよ!」
だしぬけに現れた星屑が人々を襲う様を見た風は、樹たちを連れて迎撃に向かう。
東郷の体を間借りしている神樹もこれに従い、戦衣と銃剣を
敵の数は多い。
人間の守り手はこの場には四人。
武器の銃剣は威力が足りず、星屑相手でもなかなか数を削り切れない。
「仕方がない」
東郷の中の神樹は、その神としての力を発動し、星屑の体を崩壊させる波動を放つ。
が、バーテックスは進化するのだ。
神樹の存在を感知した星屑はこれまでの比ではない数を呼び集め、東郷の身ただ一点を攻めにかかる。
さしもの神といえ、大幅に弱体化した現状では数の暴力に
徐々に、東郷を囲む星屑が増えていく。
「くっ、こいつら……!」
風たちは神樹の援護に回ろうとするが、そちらも別の星屑によって
東郷の
「危ない、うしろ!!」
夏凛が叫ぶ。
東郷の死角となっている背後から、一瞬のスキをついて突出した星屑が数体、大口を開け迫っていた。
間に合わない。
風が、樹が、夏凛が、東郷の名を叫ぶ。
その時──
「……勇者パンチ」
桜の花が舞った。