神世紀三百年の世界にあって、結城友奈は勇者であった。
世を守り、人々を守り、神々の戦いに終止符を打った。
それから十年後。
西暦二三三四年──再び訪れた天の神の先兵との騒乱の中で、結城友奈は死んだ。
二十三年の、決して長いとはいえない生涯だった。
「嘘だ……。友奈が……友奈が死んじゃったなんて……」
ガクリと膝をつき、うわごとのように夏凛は繰り返す。
信じたくない思いが、しかし友奈の遺体に憑りついたオフィウクスの姿は、目の前のそれが事実だと痛いほどに突き付けてくる。
樹はただ黙って、夏凛の背を撫でることしかできない。
彼女の瞳からも、とめどない涙があふれていた。
大切な後輩の予期せぬ最期に、なにもすることができなかった。
悔しさに顔をゆがめる風とは対照的に、神樹の憑依する東郷が眉間一つ動かさないのは、神としての
「オフィウクスよ。その娘の体から、即刻出ていくがいい」
否。東郷の声色には、確かな怒気が含まれていた。
神樹も冷静ではないようだった。
人の持つ魂の素晴らしさを教えてくれた勇者たち。
その中心人物ともいえる友奈の体を
オフィウクスは友奈の顔と声で、神樹を挑発するように言葉を述べる。
「私はさっき、君たちを星屑から助けてあげたんだよ? まずはお礼を言うってのが、人間の作法なんじゃないのかなぁ~」
「貴様……なにが目的だ?」
疑わし気な視線と共に問う神樹。
そう。オフィウクスはバーテックスであるにも関わらず、同属のはずの星屑を攻撃した。
天の神に封印されていたという過去もあり、彼らの間でなんらかの
オフィウクスは友奈の体を操作し、大げさな身振りで両腕を広げた。
まるで、ショーかなにかの開幕を告げるように。
「私の目的、それはずばり……この世界が欲しいんだよ」
「……天の神は、またこの地を我が物にせんがために」
「あっ! 違う、違う!」
神樹の予想を、オフィウクスは首を横に振って否定する。
「天の神は関係ない。アイツは、あまのはらに
「ちょっと待って! 今回の襲撃に、天の神は関わってないっていうの!?」
「そう。天の神と切り離された十二星座のバーテックスたちが、独自の判断で残存人類の
思わぬ事実に叫ぶように問う風。
友奈は「しょうがない奴らだよねー」と、両手を上げ降参のポーズ。
「天の神もバーテックスを止めようとしたんだけど、こっちの世界に干渉するための器は十年前に君らが壊しちゃったから、私にその御役目が回ってきたってわけ」
「それで、お前が天の神に代わってこの世界を支配する、と?」
東郷は射るような目つきで友奈を
本来の彼女たちであれば、絶対にありえない光景だった。
友奈はニヤリ、と口の橋を吊り上げ、イヤな笑みを浮かべた。
「バーテックスを倒すのに、私が協力してあげる。だからそのあとの世界は、私がもらう。交換条件だよ」
「怪物のアンタが世界征服なんてしてどうすんのよ」
純粋な疑問を浮かべる風に、友奈は──否、オフィウクスはうっとりとした表情で答える。
「神という強大すぎる存在に対して、
「お情けで生き残らせてあげましょうって?」
「私という化け物に人の魂の美しさを教えてくれたのは、他でもない風先輩たち勇者なんだよ?」
目の前の怪物は、勇者たちの頑張りによって人間愛に目覚めたとでもいうのだろうか。
風をかばうように東郷がオフィウクスとの間に割って入る。
「ほざくな。愛玩動物か、宝石のコレクション程度の扱いだろう、お前にとっては」
「それでも、滅び去ってしまうよりかはマシだと思うけどねぇ」
「……私も昔は、お前と同じように思っていたことも、あったのかもしれない。
人間という種は、神が管理し、護ってやらねばならぬか弱い存在だと……。
だが、そうではないということを、彼女たちから教わったのだ」
「神樹様……」
神樹は東郷の眼を通して、風を、樹を、夏凛を見やる。
その瞳には、他者を思いやる
「人は強い。そして、誰もが自由に生きるべきなのだ。オフィウクス……この世界は、お前には渡さない」
東郷は友奈に向き直り、真っ向から対峙する姿勢を見せた。
室内にただならぬ緊張が走る。
「……ッ!?」
重い静寂を破るように、風の携帯していた通信機が鳴った。
「はい、こちら犬吠埼……なんですって!?」
「ど、どうしたの、お姉ちゃん」
妹の声に、風は
「バーテックスが……今度は星屑じゃない。星座型のバーテックスが攻めて来たって……!」
風たち勇者が過去に一度戦い、犠牲を出しつつもどうにか
「あらら。今回は神樹がいるから、向こうも全員で来ちゃったみたいだねー」
「全員って……十二体のバーテックスが同時に……!?」
「どうする? これでもまだ、私の力は要らないって言える?」
神樹らを挑発するような物言いのオフィウクス。
友奈の死に呆然としていた夏凛も、予想以上の危機的な事態の訪れに我に返ったようだった。
最下級の存在である星屑相手ですら、戦衣では満足に戦えない。
その上で最高戦力と言える星座型が総攻撃を仕掛けては、もはや人類が勝つ見込みは限りなく低いだろう。
だが神樹は、あくまでもこの世界を守ることを諦めなかった。
なにがあろうとくじけない、その強い意思もまた、人間から教わったことだから。
「今は力を借りよう。だが、バーテックスを一掃したあとは……私がお前を倒し、友奈の体を取り返す」
「うん、それでいいよ。……勝つのは私だからね」
東郷に向けた友奈の笑顔は、やはり本来の彼女のそれとは大きく違っていた。