葬送の英雄フリーレン 作:のり
かつて、神がこの地に降り立つ以前という、遠い遠い、とても遠い昔のお話。
魔王率いる魔族が当時は存在し、人を喰らうという事で大きな脅威を大陸に、世界に与えていた。
人々と魔族の戦争は数えるのも億劫になるほど長く続き、疲弊していった複数種の亜人を含む人類は『御伽噺』に縋るまでに至る。
『勇者』という御伽噺に。
果たして勇者は現れた。
勇者は幼馴染の僧侶、ドワーフの戦士、エルフの魔法使いと共に旅をし、10年の歳月をかけて魔王の討伐に成功、世界に希望を齎した。
この勇者の名をヒンメルという。
ヒンメルは大陸の各地に自身や仲間の像を建てたと言われている。
その理由は自らの功績を残したかったからとも、自身より長寿な仲間に対する思いやりであったとも言われる。
勇者ヒンメルは魔族を絶滅させる事は出来なかった。
故に魔族と人類の戦争はそれからまた100年単位で行われたらしいが、その結果がどういう物かは今日を見れば明らかだろう。
人類を絶滅の危機から救った勇者ヒンメル。その物語はオラリオにバベルが建つよりも、ダンジョンが現れるよりも、神が降臨するよりもずっと、ずっとずっと昔のお話だ。
人々はおろか、天界から様子を見ていた神々ですら彼らを殆ど忘れてしまった。
各地に建てられた像は100以上あったが、今では当時の国や町、村がそのまま残っているところなど存在しないため、現存するものを探す方が難しい。
どんな英雄譚であろうといずれは忘れ去られる。
勇者ヒンメルの伝説もまた、忘れ去られる運命にある。
しかし、それは今ではない。
彼女がこの世に存在する限り、彼女が仲間との冒険を忘れない限り、勇者ヒンメルとその仲間たちの冒険譚は残り続けるだろう。
『葬送の英雄』フリーレンがいる限り。
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[勇者ヒンメルの死から○○○○年後]
この大陸の中央に位置する迷宮都市オラリオ。そこから馬車で4日ほどかかるような場所にその小さな農村はあった。
なんてことはない、小さな村。近辺で最も栄えている都市であるオラリオへと野菜を売る農家が住んでいる、ありふれていて、どこにでもあるような村落だ。
そこにとある人物を訪ねる者が一人。
「まだ生きてたんだ好色爺」
「数年ぶりの挨拶がソレとは、手厳しい」
訪ね先は村落の外れの方の家に孫と一緒に住む爺さんだ。腕っぷしは村でも随一で、
それでは尋ね人はというと、見た目は人間の少女程しかない背丈に身の丈程の長さの杖を持ち、銀色の髪を二つに分けて結っている。何より特徴的なのは耳の長さで、見ただけでエルフだと分かる程である。
「数年ぶりの挨拶」と爺が言ったのは、エルフの時間感覚が他の種族と大きく異なっているからだ。
片や4,50程度で死ぬことも珍しくない人間種。片や個体差はあるものの数千年は生きる事も珍しくない(最近のエルフはどうだか知らないが)エルフ種。人間にとっては長い数年でも、エルフにとって──特にこのエルフは特別──は人間でいう数週間程度のものでしかない。
「でも本当じゃない。それで本題なんだけど、わざわざラキアに居たのを呼ぶくらいなんだからくだらない話じゃないといいんだけど」
「儂の孫を……ベルを助けてやって欲しい」
「孫!?」
「もちろん本当の孫じゃないし、血も繋がってない。だが、儂はあの子にとっては祖父なんだ」
ふーむ、とエルフは腕を組んだ。
この爺が何かしら「手伝え」だの「頼む」だの言ってくる時は、大抵の場合は無理難題かしょうもない話かの二択だ。少なくとも今まで百年単位での付き合いの中ではどちらかしかない。
無理難題の例としてはラキアを滅ぼせだのとある神を殺せだのそんなのだし、しょうもない話の例として挙げられるものは、買い出しだったり女装の手伝いだったりだ。
とはいえ孫の世話となると話が違ってくる。なにせ犬猫の世話じゃないのだ。
「それにベルは英雄候補だ」
「見込みがあるんだね」
「いや、ない」
ずっこけそうになった。
英雄候補なのに見込みが無いなど前代未聞だ。もちろん大した力も無しに英雄まで駆け上がった存在もいるにはいるが、そういう奴だって大抵は頭角を現すものがある。
だがこの爺に「見込みがない」と言われるとなるとよっぽどのものだ。
「意気地はあるし、根気もある。しかし素質がさっぱりない」
力強い言葉だ。
それこそ当人がいたら泣いてしまうだろうことが分かるぐらいに。
「およそ大成する器ではないだろう」
「私に頼む気があるのか不安なんだけど」
「だが、きっとベルは『最後の英雄』になる」
エルフの顔に驚きの表情が浮かぶ。
『最後の英雄』その単語は誰もが想像している以上に重い。
この世界は今まで、幾人もの勇者や英雄によって均衡を保ってきた。特に人間の視点から見れば、彼らがいなければ種の存亡に関わる事態になっていたこともあったぐらいに。
魔王の誕生、魔物の出現、神の降臨……様々な事が起こる度に彼らは現れ、その際に生じる問題を解決していった。
『最後の英雄』とは、逆を返せば『彼が問題を解決して以降は英雄が現れるようなことはない』という意味にも取れる。
もしくは、とエルフは考える。
遠い昔に世界に存在した『勇者』というシステムが時代遅れとなって廃止された時、その際に生まれたのが『英雄』というシステムなのだから、『英雄』に代わる新たな存在が現れる前の最後の『英雄』。それを言っているのか。
果たしてどちらなのかは
「そんなに気にいってるんだ」
「ああ。儂が一番好きな英雄にそっくりでな」
「ふーん」
丁度見えるぞと爺が窓を指さした。この好色爺が気に入るぐらいだ。一体どんな見た目をしてるやらと思って窓枠の向こうを見れば、なるほど確かに畑仕事をする少年が見える。
背丈は小さめ。なるほど数ある英雄のように少年時代から訓練をしている訳ではないらしい。しかし、白髪に赤い眼という特徴的な容姿がここからでもハッキリと確認できる彼は、確かに
「まさか」
「儂の見立てが間違っていなければ、恐らく……」
「弟子とは言わん。なにせ奴には魔法使いとしての才能は無い。だからせめて、保護者のような存在になってくれ」
頼み込む爺に対し、エルフは何も言えなくなっていた。
爺の言っている事が間違いじゃなければ、あの少年は必ず英雄願望をいずれ抱く。いや、既に抱いてはいるのかもしれない。旅立つのに一歩踏み出せないだけで。
現代で英雄になろうと思ったのなら、行く場所は一つだ。世界の中心であり、ダンジョンを有する世界でただ一つの迷宮都市オラリオ。近年英雄と呼ばれる存在は、その殆どがオラリオで生まれている。
そもそもこの年になるまで世話したのは爺なのだから、そっちが責任持って育てろよというツッコミをしたいのは山々であったが、恐らくこの好色爺はまだ何か隠している。
それでも、少しだけあの英雄の卵が気になった。
「いいよ。他でもない爺の頼みなんだ」
こうして私は、白い最後の英雄の保護者の一人になった。
そして数年後。爺が死んだ。いや、死んだことになった。
だが生きている。確証は無いがそうとしか思えない。なにせ殺されたって死なないような奴なんだから。
きっと
ベルは、最後の英雄候補ベル・クラネルは10に満たない少年から14歳の少年へと成長した。
背丈は私を越したし、英雄願望は爺が毎夜の如く英雄譚を聞かせるために増大した。
爺は私にも英雄譚を語るように言った。頑なに断ってはいたのだが、つい昨夜やっと私は一つの物語を語った。私がここまで生きている理由を作ったはじまりの物語を。勇者ヒンメルの物語を。
きっと、きっと今日爺がいなくなったのは、物語の語り手としての存在を私に譲ったからだ。
ベルに毎晩英雄譚を語り聞かせるという役割も、ベル自身の物語を後世に伝えるという役割も、きっと彼は私に譲ったんだ。
「じゃあねゼウス爺」
きっと生きている長寿友達に、私は別れを告げた。
数日後、ベルは爺の墓と今までの家に別れを告げた。
爺が居なくなったことは少年の英雄願望に火をつけ、今まで一歩踏み出せなかった英雄への旅路に足を運ばせた。彼はオラリオへと向かう。
私もオラリオへと付いていく。もちろん、保護者として。
フリーレンクロスはフリーレンが超絶長生きしてる設定にすればどんな世界にも放り込めそうで汎用性高いと思うんです