葬送の英雄フリーレン 作:のり
序盤はサクサク進めようと思っていたのですが、意外と話が進みません
ベルと共にオラリオにやって来てから半月が経過した。
半月というのは私にとっては一瞬も一瞬だが、人間からすれば成長するのには十分な時間である。ところがどっこいベルは頭角を現しているとはとても言い難い。
そもそも冒険者が
だが私がベルに期待している強さとは、このステイタス的な意味の強さとは少し異なる。それは技術だ。
如何に都市最高のステイタスを持っていたとしても、圧倒的な技量の前では下剋上されてしまう。これは必然であり、同時に冒険者にとっては重要なことである。
ステイタスと一口に言っても、
まずは基本アビリティ。本人の得た経験に応じて力や敏捷などを上昇させる効果を持つ。
次に発展アビリティやスキル達。ちょっと特殊な経験に応じて発現する可能性のある項目。大抵は便利な効果だったりする。
最後にレベル。これが一番重要だ。
レベルはひたすら経験を積むだけでは上がらない。問題なのは
ゴブリンをビンタで倒せる冒険者がゴブリンを殺戮していても、まともな質の
逆に冒険者なりたてホヤホヤの新人が、格上も格上のミノタウロスを倒したらどうなるか。ミノタウロスはレベル2。下剋上を達成したその新人が得る
だから……
「だから私はベルにはもっと冒険をして欲しいと思うんだ」
「ダメです。そもそも、まだベル君はオラリオに来て半月なんだし、この位が普通ですよ」
私と話しているのは、ギルドでベルのアドバイザーを勤めるハーフエルフのエイナ・チュール氏。彼女は優秀なアドバイザーではあるのだが、少々……いやかなり過保護だ。
『冒険者は冒険してはいけない』というのは彼女の談だが、それでは良い経験は得られない。命あっての物種とは言うが、多少の無理はしないと成長しないのが人だ。
ハッキリ言って私はこのアドバイザーが苦手だ。こういうのがいるからオラリオの冒険者の平均レベルが1から上がらないのだ。
「でもこれじゃいつまでも弱いままだ」
「オラリオでの最速レベル更新記録でも1年はかかるんです! そんな早く強くなれるわけないでしょう!」
「英雄はそれじゃ生まれない」
エイナの過保護な言葉に私が反論。そんな流れを数度やった後、エイナは私に尋ねた。
「フリーレンさんはベル君を英雄にしたいんですか?」
「
「じゃああまり急いで死んじゃったら…… 「人間の一生は短いんだ」 え?」
「ハーフエルフは寿命が人間と変わらないのかい? 私からしたら人間の一生なんて一呼吸みたいなものだよ。人間の成長は速いけど、同時に終わりも早いんだ」
大器晩成なんて言葉がある。でもそれを私はベルに求めていない。
私が知っている勇者や英雄は、その殆どが早熟だった。肉体的、才能的強さは早期に育ちきり、その後は技術を伸ばしたり経験によって更に強くなっていく。
遅くても育てばいいなんて言う奴は英雄にはなれない。大抵の場合、大器晩成型は成熟しきった時には第一線を張れる年齢じゃないからだ。
だから勇者に選ばれるのは少年が多く、英雄は青年がなるのだ。
「私は神の授けた
「フリーレンさん……あなたはいつから生きて……」
私とエイナの間に微妙な空気が満ちた頃、ダンジョンのある方角から騒々しい足音が一人分。
「エイナさぁああああああん!」
叫ぶベル。その姿はいつもより少し……いやかなり赤い。相当な返り血を浴びている。
でもおかしい。ベルがいつも行く階層程度に、あんな血を出せる大型の魔物なんて存在しなかったはずだ。
赤黒い血で塗れた、如何にも「死んでから復活してきました」と言わんばかりの姿に、エイナは絶叫。それに釣られてベルを見た通行人が小さく叫ぶなどもう阿鼻叫喚だ。
「アイズ・ヴァレンシュタインさんの情報を教えてくださぁあああい!」
「その前にフリーレンさん。ベル君をシャワー室に連れて行って」
「……」
「露骨に嫌そうな顔してる……」
「それで……アイズ・ヴァレンシュタイン氏の情報だっけ? どうして急に」
「それがですね」
ベル曰く、試しに5階層まで行ってみたこと。
5階層に到着するやいなや、ミノタウロスに追いかけまわされたこと。
袋小路に追い詰められた時、アイズ・ヴァレンシュタインがミノタウロスを細切れにして助けてくれたこと。
お礼を言おうとしたが、差し伸べられた手を見て羞恥と緊張で頭がいっぱいになり、逃げるようにしてダンジョンから出てきたこと。
話が進むに連れてエイナの顔は険しく、そして私の顔はさぞかし満足そうな顔に変わっていった。
良い経験だ。くだらない話のようにも聞こえるが、今この瞬間ベルは憧憬を得たのだ。どんな英雄でも必ず心の底に持っている、何かへの憧憬を今、この日初めて少年は手にした。
祖父から譲り受けた夢でも、英雄譚への期待でもない。初めて少年は目指すべき場所と憧れ、そして自らが強くなる理由を手に入れた。
エイナは5階層まで行くから死にそうになる事態を引き起こすんだ! なんて言っているが、知ったこっちゃない。そもそもミノタウロスが5階層に現れる訳がない事ぐらい、彼女は理解しているだろうに。
彼女はああ言うが結果的に生きているのならその全てはかけがえのない経験だ。レベル2の
結局ベルはアイズ・ヴァレンシュタインの特筆すべき情報は貰えなかった。
それでいい。情報を得る為に、またアイズ・ヴァレンシュタインと邂逅するためにベルは強くなっていくだろうから。
次の日。ヘスティアは機嫌悪くバイト先へ出かけ、ベルはいつもより少し早くダンジョンへ向かった。
理由は聞かなくても分かった。恐らく昨日の出来事が原因で、何かしらのスキルでも開花したのだろう。
ヘスティアはベルに内緒にしておきたい事は私にも言わない。でもその行動はなんとなく知る事はできる。
例えば、どこにステイタスをメモした紙を捨てるか……なんて、少し行動を共にしていれば分かる事だ。
「……これは凄い」
【
・早熟する
・
・
使用者を"早熟させる"スキルなど前代未聞だ。なるほどこれは確かにヘスティアが隠したくなるわけだ。これを本人が知れば悪用するに決まっている。
だがヘスティアは良い仕事をした。これでベルへの懸念材料だった"時間"の問題は綺麗さっぱり消え去った。後は潤沢な経験があればいい。
私は手紙を一通書き、とある神に渡した。「どうせ生きている筈だから渡しておけ」と言って。
夜になると、恒例のステイタス更新の時間である。
今日も元気にダンジョンから帰ってきたベルはどことなく落ち着きが無かったが、そんな事をお構いなしなヘスティアはとっとと作業を終わらせようとして、普段より少し強引に更新を行った。
作業が進むに連れてヘスティアの顔が険しくなっていくのを見て取れた私は、生きているうちに集まった異なる宗派の異なる聖典数冊を足場にしてベッドの上のベルを見下ろす。
ベルの背中には幾つもの文字がヘスティアの血によって羅列されており、さながら怪しい古代書物の一ページのようである。
「ほうほう……ふむふむふむ」
「フリーレン君は
「大昔の魔導書の文字と似ているから多少は」
驚いたような声を出すヘスティアに対しそう答えてやると、慌てたようにベルの背中をなぞるように細工する。恐らく例のスキルをロックしたのだろう。
やはり昼間に見たあのスキルはロックされていて見えなかったが、しかしこれは凄まじい効果だ。魔力以外の全ての項目がそれぞれ40近く上昇している。これは一般的な冒険者の2か月分の成長をたった一日で成し遂げた事になる。
傍から見ても分かる位にベルの事を好いているヘスティアはさぞかし悔しかろう。最も、だからこそ今朝からヘスティアは機嫌が悪いのだろうが。
「えっ。神様、これ、書き写すの間違ってないですか」
「君はボクが読み書きすらできないって言いたいのかい?」
「でも、でもこれはやっぱりおかしいですよ」
当然の反応だ。一日で合計160オーバーの成長なんて、自らのものだったとしても信じろというのが難しい。
数値もそうだがベルが気になっているのはヘスティアの機嫌の悪さもあるだろう。それも相まって尚の事信じる事ができていない。正直面倒だから助け舟を出すとしよう。
「ベル、ヘスティア様は間違ってないよ。私も見てた。きっと成長期なんだ。冒険者は誰しも必ずそういう時期がある」
「うーん。フリーレンさんまでそういうのなら……でも、でも耐久なんておかしくないですか? 僕、今日は攻撃を一発しか喰らってないのに」
「……」
駄目だ。やっぱりこの好奇心は止められない。ごめんという目をヘスティアに向けるも、時すでに遅し。散々言われ放題のヘスティアのご機嫌ゲージは0を超えてマイナスだ。
頬を膨らませながら立ち上がり、クローゼットの中のコートを着込む。何をしでかすのかと私とベルが視線を投げかけると、扉を乱暴に開けながら怒鳴るように捨て台詞を吐いた。
「ボクはバイトの打ち上げがあるから、それに行ってくる。ベル君もたまには
ヘスティアの残したドアの閉じる爆音は、室内にその余韻とバイトの打ち上げとは何の打ち上げなのかという疑問を残した。ついでに私はなんでとばっちりを受けたのかという疑問までセットだ。
顔を見合わせる私達は、とりあえずベルが今夜行くことを約束したという酒場に向かう事にした。