葬送の英雄フリーレン 作:のり
今回は少しだけ長めになっております
夕方、日が西に沈むこの時間はオラリオが長い一日の中で最も賑やかになる時間だ。
昼間も賑わうオラリオではあるが、しかしそれは観光客や街の人々のみの話。冒険者達が帰って来るこの時間こそ、酒やポーション、武具で生計を立てる者が一日の中でまだかまだかと首を長くして待つ時間なのだ。
その証拠に私やベルの耳にはどこの通りを通っても、酒を飲んで陽気になった人々の声が入って来る。
私達が向かうのは、今朝ベルが約束をした店だと言うのだが。
「それで、店の名前はなんていうんだい?」
「確か……あれ、そういえば聞いてないや」
話によるとその店の目の前で約束したのに、話の中に店名が出なかったどころか看板すら見ないでいたらしい。
なんとも間抜けな話だ。
仕方ない。ここは昔知人から強奪するようにして得た魔導書で覚えた魔法『今日行くべき店が分かる魔法』を使うしかない。使えば対象の人が今一番行くべきお店が分かるという優れもの。街の中を冒険する楽しみが消えるから普段は使わないが、こういう時には便利だ。
「あ! あそこです! あのテラス!」
ほら見つかった。流石神話の時代に存在したと言われる伝説級の魔法。素晴らしい出来だ。
「……なんでフリーレンさん自慢げなんです?」
まだ魔法かけてなかったけど。
……とにかく、ベルが約束したという酒場は中々良いチョイスだと言えるだろう。
『豊穣の女主人』という名のこの店は、昔馴染みの人物も好んでいた店だったはずだ。少なくとも数年前は。
店員は種族こそ違えど皆女性で、そういった部分が店名だったりこの賑わいだったりに繋がっているに違いない。詳しいところは店主のミアに聞いた方がいいとは思うが。
入口の方でミアの声がかかるのでも待っているかと思っていたら、ベルがそわそわしだした。その視線を追ってみるとなんとも元気のいいヒューマンが一人。なるほどアレがベルを誘った張本人か。度胸のある奴だ。
「ベルさんっ! 約束通り来てくれたんですね」
「……やってきました」
「はい、いらっしゃいませ。お客様二名入りまーす!」
通されたのはカウンター席。ちらと空いているスペースを見ると、団体客が予約しているのが札で分かる。だいたいその予約客の予想はつくが、とりあえずは放っておくとする。
先にこっちと話がしたい。
「やあ、ミア。5年ぶりかな」
「なんだアンタかい。久しぶりだね」
「たったの5年だよ」
「あんたにとっちゃそうだろうね」
相変わらずのドワーフの女主人に満足しつつ、ベルにも座るよう合図する。
ベルは酒場全体の雰囲気に怯えているんだか、それとも女性店員だらけのこの状況に緊張してるんだか、それともミアが恐ろしいのか。いずれにせよ子兎のようにブルブル震えていた。
「で、コッチのは……ハハッ! 冒険者の癖に可愛い顔してるねぇ!」
ベルが密かに気にしている事をこのドワーフは大声で笑いながら言う。ミアにおよそデリカシーというものは1グラムだって配合されていない。そうじゃなければこんな都市で酒場など構える事は不可能なのだ。
テーブルの上のメニュー表を手に取り、何を頼もうかと少し唸る。ベルが戦々恐々としていたので、こういう時こそ気にせず頼むべきという私の信条を教えてやった。
少し考えて私は、昨日がベルが初めて冒険者になった日めでたい日だからハンバーグを頼む事にした。二つ頼んだハンバーグは、想像どおり両方が恐ろしく大きかった。なにせ私の顔より大きい。
「なんでハンバーグ頼んだんですか?」
一番安いパスタを頼もうとしていたベルは、やってきた巨大ハンバーグを見つめながら聞いてきた。
「私の昔の友人はとても強い戦士だったんだけど、彼は旅の仲間が誕生日を迎える度にこれと同じぐらい巨大なハンバーグを焼いたんだ。なんでだと思う?」
「えっと……ハンバーグが共通の好物だったから……じゃあないですよね」
「その戦士の地方の風習で、精一杯頑張った戦士への贈り物としてハンバーグを作るんだ」
私がハンバーグを頼んだ意味をミアは知らないだろうけどと付け加えたが、それでもベルは不思議そうな顔をしていた。
「でも、なんで今日なんです?」
「ベルがやっと本当の冒険者への一歩を踏み出したからだよ。エイナはああ言っていたけど、君は昨日冒険をした。普段行かない君自身の実力と合っているかも分からない階層に足を踏み入れ、思わぬ強敵と遭遇し、何はともあれ無事に生き延びた」
そして憧憬も手に入れた。とまでは言わなかった。
きっとベルはそれを恥ずかしがるだろうし、わざわざ指摘するまでもないからだ。
「これはベル、君への御褒美だ」
「っ……ありがとうございます」
涙を流してハンバーグを食べ進めるベルと私。しかしどうだろう。なんとなく感じてはいたのだが、このハンバーグはあまりにも巨大すぎないか?
面積だけで見ても私の顔より大きいのに、その分厚さたるや古エルフ語辞書並。ちょっとした化け物クラスだ。
「どうしたんですフリーレンさん」
「いや、うん。食べきれるかなって」
ベルは微妙そうな顔をしたが、しょうがないじゃないか。身体が小さいんだから。
ナイフを入れても半分程度しか切れない怪物ハンバーグをもぐもぐと食べていると、突然入り口の方が騒がしくなった。顔を向けてみればその原因はすぐにわかった。
現在のオラリオにおける最上位ファミリアの一つ、ロキファミリアだ。団体の予約客というのはやはりロキだったか。5年前に来た時も似たような面子でこの酒場に来ていた気がする。
そんな感想を抱いている私とは別に、ベルは若干震えていた。心なしか頭も俯き加減である。
そういえば、アイズ・ヴァレンシュタインはロキの眷属だったのを思い出した。つまり、今のベルにとっては憧憬の対象であり、恋をしている相手であり、そして自分の情けなさを自覚した要因でもある。
どう受け止めているかなんて細かい事はベルに聞いていないから知らないが、一種の厄ネタであることは間違いない。これが良い方向に向くか、それとも折れるか。
「ダンジョン遠征ごくろうさんっ! 今日は宴やっ!! 飲めぇ!」
「「「乾杯っ!!」」」
酒場の中央に位置するエリア一帯を制圧したロキファミリアの面々は、主神であるロキの音頭に合わせ乾杯をすると、後は飲めや歌えやの騒ぎである。
いつもの事ながら騒がしい。ロキの周囲が静かになった事など数えるほどしかない。
「ロキファミリアの皆さんはうちの常連なんですよ」
「知ってるよ。ロキはこの店を気に入っているからね」
「フリーレンさんは神ロキをご存知なのですか」
「5年前にオラリオに来た時知り合ってね。その時もこの店で食べたよ」
ちらとベルの顔を覗くと、顔を赤くさせたり白くさせたりしつつも私とシルの会話に耳を澄ませていた。
恐らくここに来ればアイズ・ヴァレンシュタインに会えるだなんて初心な事でも考えているんだろう。心配するだけ損だ。
そう思っていたのだが、ロキファミリアの一人の獣人が口を開いた事で状況は一変する。
「そうだ、アイズ! お前のあの話を聞かしてやれよ!」
「あの話……?」
あの獣人はベート・ローガだ。ロキファミリアの狂犬で、お世辞にも時折とは言えない頻度で弱者を貶める言動を行う第一級冒険者。まあ言ってしまえば冒険者にはよくあるタイプの発言を行う者であるとも表現できるのだが、彼の場合はレベル5の実力者。オラリオでも屈指の実力者から見れば殆どの者は弱者だ。
彼自身悪い奴ではないと分かってはいるし、実際根は良い奴なのだが……もう少し自重して欲しいものだ。如何に発言の裏に別の意図があるにしても。
「あれだって、帰る途中で何匹か逃がしたミノタウロス! 奇跡みてぇにどんどん上層に逃げてってよ! 最後の一匹、5階層でお前が始末しただろ!? あん時いたトマト野郎の!」
ベルの動きが止まる。やはりこの話題は例のベルの『きっかけ』だ。
深層まで遠征したロキファミリアは、帰りに中層でミノタウロスの集団に出くわし、返り討ちにしたら他のミノタウロスがこぞって逃げ出し、それを慌てて追いかけた。
ベルは被害者だ。圧倒的な強者にミノタウロスが怯えて逃げたように、ベルは自らで敵わない相手に対して生きる為に逃げただけ。
逃げる事は悪い事じゃない。私だって何度も逃げて、逃げて、逃げて生き延びてきた。
寧ろ勇敢に立ち向かわなかった事を褒めてやりたいぐらいだ。それは勇敢ではなく無謀だから、その行動をとっていたら恐らく今ここでハンバーグを食べれてはいない。
「抱腹もんだったぜ、兎みてぇに隅に追いやられちまってよぉ! 可哀想なぐらいに震え上がっちまってよぉ!」
「……で、その冒険者は助かったのか?」
「アイズが間一髪で細切れにしてやったんだよ。それでそいつ、あのくっせー牛の血を全身に浴びてトマトになっちまったんだよ」
言われたい放題の状態に、ベルは顔を真っ赤にしている。恐らくこちらの会話すら聞こえていない。一種のゾーンに入っているような感じだ。
「それにだぜ? そのトマト野郎、叫びながらどっかいっちまって……ぶくくっ! うちのお姫様助けた相手に逃げられてやんの!」
どっとロキファミリアの卓から笑いがこみ上げる。ある者は爆笑し、ロキは「アイズたんマジ萌え―」などと供述し、一部の者は眉を顰めつつも失笑を堪えきれないようであった。
それに釣られて笑う者は酒場内にも多く、まるでベルの周囲だけがこの場で穴が空いたようにも感じられる。
「しかしまぁ、久々にあんな情けない奴を見て胸糞悪くなったな。あんな泣き叫ぶぐらいなら最初から冒険者になんかなるんじゃねぇっての」
さぞかしベルは心を擦り減らす思いをしている事だろう。だが、私はこの流れを止める事はしない。少なくとも今は。
憧憬だけでは人は強くなれない。もちろんスキルのお陰でベルのステイタス自体は強くなっていくだろう。だが、いくらステイタスの強さが増したとしても『本人の強さ』は変わらない。強力なステイタスというものは、強い信念と卓越した技術の二つが合わさってようやく使い物になるのだ。
どのみち心が折れる瞬間というのは、早かれ遅かれやって来るものだ。ベートのお陰で少しばかり早まっただけ。ただそれだけだ。
そうしてとうとう決定的一言が投げ出される。
「自分より弱くて、軟弱で、救えない、気持ちだけが空回りしてる雑魚に、お前の隣に立つ資格はねぇ。他ならないお前がそれを認めねえ。雑魚じゃあ、アイズ・ヴァレンシュタインには釣り合わねぇ」
凄まじい音を立てながら、椅子を吹っ飛ばしてベルが立ち上がる。殺到する視線を振り払い、一陣の風のように店外へと……ダンジョンの方角へと走り去る。
そうだ、それでいい。その憧憬を捨てず、心に縫い付けている限り君は強くなれる。
「ベルさんっ!」
引き留めようとするシルの肩に手をおいて宥める。ミアには私のへそくりでベルの分までの料金を渡し、未だに半分以上が残っているハンバーグを持ってロキ達のテーブルに向かう。
別に大したことじゃない。私が食べきれないハンバーグを食べてもらうだけだ。
テーブルの前まで歩いて、スレンダーな背中の持ち主であるロキに声をかける。
「ロキ、久しぶり。元気みたいだね」
「ん? おおっ! フリーレン! オラリオに来てたんか!」
「ちょっと用事でね」
「うちらと違ってあんたの『ちょっとの用事』は長いねん! 前だってなんだかんだで半年は居たやろ」
それは事実だ。街の人々の困り事を解決して回っていたら偶然半年過ぎただけだけど。
「まぁまぁ。で、今日は何のお祭り騒ぎなんだい?」
「うちの
「成程、確かにめでたい日だ。という事で私からロキの子にちょっとしたプレゼントだ」
「なんやその馬鹿でかいハンバーグ」
案の定聞いて来たので、こちらにもハンバーグの来歴を伝えてやった。ドワーフのガレスは似たような風習が自分の故郷にも残っていたなんて言っていた。何故かステーキを食べる事になっていたが。
ヒューマンやエルフの面々は、なるほどと頷いたり、珍しい風習だと驚いていたりしている。
「本音を言うと食べきれなかったってのもあるんだけど、そんな風習を思い出してね。是非君達に食べて欲しいと思ったんだ。特に、そこの獣人君にはね」
「あ? 俺?」
まさか自分の名前が挙がるとは思っていなかったのだろう。ベートが素っ頓狂な声を出した。
なにせ同じテーブルに座っていた少年であるベルが飛び出していった後なのだ。何かしら私達の気に障る事をしたという自覚はあるだろう。そんな奴が話しかけてくるなんて、よっぽどのバカか意趣返ししかない。少なくとも普通はそうだ。
「そうだよ。君は一見すると酒の肴にする為
「……ああ、そうだよ。見えていた」
私の問いに答えたベートに、ロキファミリアの幹部であるエルフが怒る。本人がいるのを知っていながら、それを承知の上でやったのかと。
でも違う。そういう事じゃないんだ。
「ちょっと待って。でも君は少し期待していた事があってそれをやって、存外に上手くいってしまった。いや、上手くいきすぎてしまった。そうでしょ」
「ああ。今は雑魚だが見込みゼロじゃねえと思えた」
困ったような顔をしていたベートは、私の言葉を聞いてニヤリと笑って見せた。それを見て手を差し出すと彼もまた手を握り返して来る。
無言の感謝を互いに行う私達に置いてけぼりにされているのは、その他のロキファミリアのメンバーだ。代表してロキが疑問を投げかける。
「で、一体どういうことなんよ」
「ロキ。君のとこのこの獣人君は、彼が言った通りミノタウロスに殺されかけた少年がこの酒場に丁度良くいるのを見つけた。彼の発言はそれこそ反吐が出そうになるくらいのものだったけど、それによって何か少年に変化が起こるのを期待したんだよ」
「つまり?」
「自分の発言に腹を立ててレベル差のある自分に勇気を出して挑んでくるとか、そういった『冒険者が冒険する』行動をして欲しかったんだよ」
「その言い分だと少年は逃げたように見えるが」
ドワーフが疑問符を付けつつベートと私を見る。なるほど確かに良く見ていなければ分からない事だろう。
ロキファミリアのメンバーでも、何故ベートが少しでも認めるような言動をしたのかを分かった者は少ないようだ。なにせただ見ているだけでは、あのドワーフの言う通り『逃げた』ようにも見えるのだから。
「向かっていった方向を見たかい?」
「なに?」
「ほら、向こうの通りだ。私達の家とは真反対なんだけど、それとは別に君達なら気付くものがあるんじゃないかな」
指さした方向を見て、その場の冒険者たちが全員「あっ」と驚いた。その方向にある巨大な建造物はバベル。つまりあの少年は、ベルはダンジョンへ向かったのだ。まともな防具も武器も持たずに。
それがベートが認めた理由だ。向こう見ずではあるが、悔しさで身体が動いたのなら男として、冒険者として合格といったところなのだろう。
アレは生き延びるだけの力がある。そして強くなるための根気もある。それが分かったのだ。
「君のお陰でベルが自身の願いをどれだけ重く想っているかが良く分かった。だからその礼と、今日の君達の宴に合わせてこのハンバーグを受け取ってくれないかな」
そこまで言ってようやくベートはハンバーグの皿を受け取った。馬鹿でかいハンバーグは彼らの席でも話題になり、切り分けるところからとても盛り上がっている。
確認を終えた私はミアに今日の二人分のお代を払い、それから『豊穣の女主人』を後にした。
「おい、なんだこのハンバーグっ! 辛! 辛い!」
「何言ってんのベート。あんたのとこだけ辛いわけ?」
「俺の方を食ってみるか?」
「うぉおおおおおこっちも辛い! ああああ水まで辛い! どうなってんだぁあああ!」
バベルへ向かうメインストリートに響き渡る声を聞き、私がベートにかけた魔法が上手く作用したことを知り、微かに口角を上げる。
『口に入れたもの全てが辛くなる魔法』使う場面が無かったから初めて使ったけど、思いのほかしっかりした魔法のようだ。
ベルが成長するきっかけになってくれたから彼には感謝しているが、それはそれ。これはこれ。ベルが傷ついた分、多くの聴衆の前で罵倒したこと。その分のちょっとした意趣返しぐらいは許されるだろう。
結果的に皆笑っているしね。ベート以外は。
下らない魔法シリーズ
『口に入れたもの全てが辛くなる魔法』
数千年前にゼーリエからの依頼の報酬として「ゼーリエが最もしょうもないと思う魔法」を要求したことで得た魔法
本当にどうしようもないほど使う場面は無いし、自分でも試したくなかったから使ったことすらなかった
結果は大成功。ベートはその後3時間は口にするもの全てに苦しんだ