葬送の英雄フリーレン   作:のり

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アニメ放送記念カキコ


倒れるのはだめだ

 この世界に生きる人々にとって英雄譚というのは身近な存在だ。誰でも幼少期は何かしらの英雄譚を読んでいるのが当たり前で、それを読んで英雄に憧れてオラリオに来た者も多い。

 そして原初の英雄と呼ばれるアルゴノゥトよりも昔に偉業を成し遂げた人々は勇者と呼ばれ、現存するものこそ少ないがこちらも冒険譚や伝説として語り継がれている。

 そんな伝説の一つ。『勇者ヒンメルとその仲間達』という冒険譚以降の全ての勇者や英雄達の書物において、必ずその名前が載っている者がいる。数千年の時を超えて伝説に名を刻んだとあるエルフ。それこそが『葬送の英雄』。

 数々の勇者や英雄と共に旅を行い、彼らの成長を助け、偉業を成し遂げ、そして彼らの新たな生を得る為の旅の始まりを見送ってきた。

 伝説の生き証人であり、そして本人も英雄の名に恥じない程の強さを誇る魔法使い。それこそが──

 

「それがあのエルフ、フリーレンや」

 

 騒いでいた連中が大人しくなった頃、吊るされているベートを眺めながらロキは感慨深げにそう語った。まるで親が子に対して寝る前の絵本を読むかのように。どこか懐かしむように。

 

「『葬送の英雄』……まさか実在したとはね」

 

「もし本物ならそれこそ数千年は軽く生きてるってことにならない?」

 

「ロキ、彼女は本物か? エルフの里でもそこまで長寿の者はいなかった」

 

 全ての英雄譚に登場する。それは即ち"神話の時代"と呼ばれる、神の存在が伝説上のものであった時代から生きていることになる。

 この場にいる者の中での最年長は、神であるロキを除けばエルフであるリヴェリアだが、それでも100に満たない。その10倍、下手をすれば100倍もの年月を生きている者がいるというのは、想像することすら難しかった。

 そのため、今の話全てが真実であるとは考えることができなかった。しかし、それすら笑い飛ばすようにロキは語る。

 

「もちろん本物や。天界にいた頃から有名人やったで」

 

 そうして再び酒を飲み始めたロキを見て、フィンは深く溜息を吐いた。

 

「どうやら本物らしいね。まあ……僕は会った事はないけど数年前にもオラリオには来ていたらしいし、こちらから手出ししない限り敵対することはないだろうね」

 

「だといいが」

 

「とにかく、彼女への過度な接触は控えた方がよさそうだ」

 

 ───

 

 眷属達がそんな風に話している間、ロキは己の脳を最大限働かせていた。

 それはこの先のオラリオの行く先がどうなるか、それを考えるためだ。

 ロキの経験則、そして英雄譚やそれ以外の様々な書物で記されているのを真に受けるなら、オラリオは今時代の転換期にいる。

 フリーレンの持つ『葬送の英雄』という異名は様々な意味を持つ。最も有名なのは『歴史上最も多くの魔物を殺した魔法使い』であるというものだが、それ以外にも有名な意味がいくつかある。

 その一つが時代を見届ける者という意味だ。

 

 英雄の性がそうさせるのか、それともただの偶然か。フリーレンが訪れた場所は歴史が動く。

 オラリオの歴史でもその名は何度か登場する。

 最古のものでは大穴(ダンジョン)の出現時に現れ、原初の冒険者として大穴(ダンジョン)を探索し、バベルの建設時には湧き出るモンスターを薙ぎ払ったという。

 つい最近では5年前、オラリオの【暗黒期】を終わらせるのに陰ながら尽力したのをロキは覚えている。

 

 彼女は間違いなく人類の味方で、人類にとって良い結果を齎すものだ。

 だが時代を動かす事は間違いない事実で、時代が動いた結果それに飲み込まれる者がいるのもまた事実だ。

 ロキが今、酒を飲んでおちゃらける神という仮面を演じながら、その裏でここまで考えているのは自分達が第二の【ゼウス・ファミリア】にならないようにだ。

 フリーレンによって新たな風が吹くのは確定事項。後はその風が自分と自分の眷属(ファミリア)にとって害を及ぼすかどうかだ。

 

 風の恩恵を受けられるのならそれはそれで良し。

 もし風によって被害を受けるのなら、その時は

 

「その時は振り払うだけや、フリーレン」

 

「……ロキ、何か言った?」

 

「いーや、なんでもないでアイズたん、せや、1回くらいはうちに酌してぇや」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夜のオラリオ。

 魔石を活用した魔石灯が並ぶ大通りを走る一人の少年がいた。

 そして、その少年を上空で眺める一人のエルフがいた。

 大昔に魔族によって編み出された飛行魔法。それを解析して飛行するフリーレンは、更に幾つかの民間魔法を重ね掛けすることで夜道を走るベルをハッキリと視認していた。

 

「そうだベル、それでいい」

 

 少年の足取りはしっかりしていた。

 がむしゃらに走っているように見えて、その実向かう先ははっきりしていた。

 このオラリオという都市の中央。つまりはバベル。もっと言うなら、そう、ダンジョン。

 フリーレンはそれを見届けるように空中に佇んでいた。

 隣に行くのではなく、その背中を見つめていた。

 

「君は今日初めて本当の冒険をするんだ」

 

 ただ、少年がバベルへと走るのをずっと見ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 平らな床、平らな壁。昼間と変わらない魔石の光、迷路の構造。

 ダンジョンに夜も昼もない。ただダンジョンという存在があるだけだ。ただ異なるのは、昼と異なり人の気配が薄いこと。

 その特有の薄ら寒さにベルが気が付いたのは、ダンジョンに入ってから相当の時間が過ぎ去り、頭が冷えてきてからだった。

 

「……」

 

 ふと自分の身体を見てみれば、いつも装備しているギルドが販売している初級冒険者向け防具すらない私服姿。手には護身用として持っている短刀。

 モンスターの爪や牙が作っただろう傷を癒すためのポーションすら、今のベルは持っていなかった。

 装備も持たず、ただ悔しさとみじめさを糧に辿り着いたダンジョンで、ひたすらに手の中にある短刀を振るい、モンスターを狩り続けた。

 ついこの間、自分を助けてくれたあの人。そして何より、自分の好きな英雄譚の中の登場人物であるあの人。

 彼らとの距離を埋めるという、どれほど困難なのかすら分からない高みを目指して、ただ必死に走った。

 そんなベルが今他人事のように自分を見て思ったのは

 

(ここ、どこだろう……)

 

 見覚えのない構造のダンジョン。それを見て現状把握をするターンだった。

 フリーレンからの教えもあり、ベルは自分が踏破した階層の構造はほぼ完全に覚えていた。

 少なくとも、調子に乗って進んでいった4、5階層を除いたとしても3階層までは完璧に。4階層もある程度は把握していた。

 

「5、いや6階層……」

 

 であればと、彼の頭は結論を出す。

 万全の状態ですら足を踏み入れた事のない新階層。そこが現在自分のいる場所だと、そう直感したというのにも関わらず、ベルは6階層を幽鬼が如く徘徊し続ける。

 常々自分に対して「冒険者は冒険してはいけない」と告げていたアドバイザーの言葉すら無視して。

 朦朧というにはハッキリしすぎている意識のまま、何かに突き動かされるようにしてダンジョンの奥へと。次の標的を求めて奥へと。

 

 そうして辿り着いたのは、通路ではなく部屋状の空間。

 つまり、そこは行き止まりであった。

 引き返そうと振り返った瞬間それまで静かだったダンジョンに響き渡るように、何かが割れる音が聞こえた。

 モンスターはダンジョンの壁面から生まれ落ちる。

 今の音はまさしく、己を囲む全ての壁面からモンスターが出現した音であった。

 

 ベルと同等の体格、人のようなシルエット。

 影のような見た目を持つそのモンスターをベルは知っている。6階層から出現するモンスター、『ウォーシャドウ』。

 これまでのモンスター然としたモンスターとは異なり、人を殺すのに特化したモンスター。

 それがベルを囲むように2、いや3体。

 左右だけでなく、唯一の退路であった通路からも1体が出現した。

 右手に握る短刀を握り直し、無謀とも言える戦いへとベルは身を投じた。

 

 

 

 しかし、新人冒険者にとってウォーシャドウというモンスターは重すぎる相手である。

 これまでの階層で登場するコボルトやゴブリンなどとは比較にならない速度で迫り、両手の先にあるナイフのような爪で斬撃を仕掛けてくる。

 上層を攻略する冒険者にとっての一つの『壁』と呼べる存在であり、同時に数多くの新人を喰らい殺した存在でもある。

 それを三体も相手をするのは間違いなく重荷以上の状態で、一方的に攻められ続けるのも道理であった。

 広く言えばウォーシャドウの爪もベルの得物も同じナイフだ。しかし、決定的に異なるのがリーチだ。

 自分の間合いに持ち込むことすら許されない、単調だが速い攻撃。

 間違いなく自分が普通に戦って敵う相手ではない。

 

(エイナさんの言う通りだ)

 

 冒険者は冒険してはいけない。その言葉の意味をベルは今にして思い知った。

 だが、それでもと右手のナイフを用いてなんとか防御を続ける。

 

「っ!」

 

 大きく振りかぶられたウォーシャドウの一撃が押し破った。

 僅かに吹き飛んだベルは、ぼんやりとした視界にダンジョンの天井を見た。

 

(これは……ダンジョンの天井……? 僕は倒れたのか……)

 

 ウォーシャドウの迫る音が聞こえているというのに、脚と腕に力が入らない。

 ここで死ぬのかと感じた瞬間、ベルの脳裏にとある言葉が浮かんだ。

 

 

 

 

『立つんだベル』

 

 オラリオに旅立つ前、農村で暮らしていたベルはある日フリーレンという名前のエルフに会った。

 育ての親である祖父の友人だという彼女は、どういう訳か英雄譚にかなりの高頻度で出てくるエルフと同じ名だった。

 背丈は自分より少し大きいぐらいで、あまり強そうな見た目はしていない。

 それでも、ベルは途轍もなく強そうだと、そんな直感めいたなにかをフリーレンに感じた。

 何の根拠もない、ただの直感。それなのにどういう訳だか間違ってない気がした。

 

『倒れるのだけはだめだ』

 

 祖父から英雄譚を聞かされ、農民らしく畑仕事をする日々に、追加でフリーレンによる稽古が入るようになった。

 魔法使いとしての適性があるかのチェックをされたり、小ぶりの木刀を使った戦闘訓練もした。

 フリーレンは余りにも強かった。稽古をする度にベルはボロボロになり、時には気を失いかけることもあった。

 そうしてボロ雑巾のようになる度にフリーレンは言うのだ。

 

『立て、ベル。どんなにボロボロになっても、倒れるのだけはだめだ』

 

『でも、フリーレンさんに一太刀だって入りっこないですよ』

 

『それは勿論私の方が強いから当たり前だね。でも、勝ってないだけでベルは私にまだ負けてないよ』

 

『え?』

 

『これは、私の昔の仲間が言っていた弟子への教えなんだけどね』

 

 

 

 

「戦士ってのは最後まで立っていた奴が勝つ……か」

 

 その言葉を思い出したベルは、先程までの傷をものともせずに立ち上がった。

 そして同時に、一つの違和感を覚えた。

 6階層に初めて来た新人冒険者の死亡率トップであるウォーシャドウ。それと1対3をして、何故自分はまだ生きている? 

 防戦一方だったとはいえ、まだ戦えているレベルだ。

 そもそも、何故6階層まで来ているのに五体満足なんだ? 

 ベルの疑問に答えるものはいないが、目の前にいるウォーシャドウだけは確かに答えてくれるだろう。言葉以外の方法で。

 

 手の中の短刀を強く握りしめたベルは、ウォーシャドウに向かって駆ける。

 長いリーチの腕が6本、こちらへと向かって振り下ろされるのを()()

 視えている。

 ようやく気付いた。ベルはウォーシャドウの攻撃が視認できているし、それに反応するだけの技量を持っている。

 確かにウォーシャドウは速い。しかし、あの日フリーレンから放たれた魔法はもっと、いや比べられない程に速かった。

 

(それに……この一撃だって)

 

 避けきれなかった攻撃が肩を切り裂いたが、それも大して重くもなければ深い傷でもない。

 一撃で気を失うようなものですらない。フリーレンから受けた一撃はもっと重かった。

 

「ふっ!!」

 

 そうして攻撃を掻い潜ったベルは、自分の間合いにまで持ち込む事に成功した。

 胸部を切り裂かれたウォーシャドウは割れた魔石をポロリと落とした。

 感情のないモンスターは仲間の死を恐れない。他のウォーシャドウが間髪入れずに攻撃をしてくるが、手数が減ってしまえばこっちのものだ。

 伸ばされた腕を切り落とし、片方のウォーシャドウへと蹴りを入れる。渾身のハイキックは頭部を破壊し、ウォーシャドウを死に追いやる。

 振り返り様にナイフを振れば、最後の一体も魔力の残滓へと変貌した。

 

 荒い息を落ち着かせる。

 死にはしなかったが、間違いなくギリギリの戦いだった。

 ポーションもない身体だ。肩の出血も良くないだろう。

 さっさと帰るに越したことはない。

 そうして唯一の退路であった通路へと足を運ぶ。その時、またしても部屋の壁からあの割れるような音が響きわたる。

 先程の倍、6体ものウォーシャドウが自分を逃がすまいと視線を向ける。

 更には通路から6階層のモンスターが一体、また一体と流れてくる。

 部屋の中央にいる自分。それを囲むモンスター。

 詰みと言っても過言でない状況の中、ベルは震えながらも足元にあったものを拾い上げる。

 

 ウォーシャドウの指刃。刀身だけのナイフのようにも見えるそれを左手に、そして右手には短刀をそれぞれ構えたベルは威嚇をするモンスターへと進んでいく。

 辿り着きたい高みがあった。

 あの時助けてくれたあの人、幾つもの本に描かれた英雄達。そして何より、自分にとっての一番近くて偉大な英雄であるフリーレン。

 彼らに近づく為にはこんなところで躓いている暇はない。

 その気持ちに背中を押されるようにして、モンスターとベルは戦闘を開始した。

 

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