ひどい目に遭った。
問答無用でヒト・・・いやウマ娘か、に笹針を打つ不審者が学園内に跋扈しているとかあとでたづなさんに抗議しよう。
うう、血が、血が足りない気がする。
それはともかく、喉の渇きがいいかげん限界なので当初の目的通り食堂に向かう。
ぼちぼち、トレーニングを切り上げた学園生が戻ってきているのか、校内にはそれなりに人が増えてきた。
食堂のテーブルにも、ぼちぼち学園生がグループを作って思い思いの話題に興じている。
と、ガラガラとシャッターを閉める音が聞こえた。
もう17時近い。
ランチメインの学生食堂だから、店じまいの時間なんだろう。
料理の受け取りカウンターのシャッターを、コックコートを着た男性が順に降ろしていく。
と同時に、カウンター傍のテーブルに陣取っていた学園生がそわそわしだした。
ちらちらと、厨房の通用口に視線をやっている。
「は~い、今日の余りものは揚げドーナツだよ!仲よく食べな!」
日持ちしないものを、店じまい前に配っているのだろう。
大きなボールを抱えた男性が通用口から出てくると、待ってましたとばかりに群がるお腹を空かせたウマ娘たち。
たぶんもうそろそろ夕食だとは思うのだが、ずっとトレーニングをしていたんだ、大量にカロリーを消費すればお腹は空く。
夕食までおやつで繋ぎたいんだろう。
首を伸ばしてその様子を見ていたら、おやつを配っていた男性が串団子みたいになった丸い揚げドーナツをもって近づいてきた。
「見学かい?余りもんだけど一つ食べていきなよ。」
と、テニスボールくらいの揚げドーナツが3つ刺さったのを渡される。
「ありがとうございます、いただきます。」
男性は、茶目っ気たっぷりにウィンクして踵を返すと、あっという間にすっからかんになったボールを持って、調理室に引っ込んだ。
ああいう仕草って普段から女子高生とかそういう若い子相手にしていると自然に身につくものなんだろうか。
あっちの世界での俺と大して歳が変わらないように見えたけど、全然いやみが無いんだよなぁ、ウィンクとかしても。
昨日までの俺がやったらキモっとか言われそうだ。
貰った揚げドーナツだけど、粉もの系だから飲み物がないときつい。
カウンター横のテーブルにはお皿とかが出たままなので一枚拝借してドーナツを載せて席に置き、飲み物を取りに向かう。
もちろん、皿は掴んだりしない。
皿の下に手を滑り込ませて掬うように持つ。
これ以上ものを壊すのはさすがに気が引けるからね。
数台用意されたドリンクサーバーは、ファミレスでよく見かけるタイプのものだ。
甘いドーナツに合わせるならコーヒーが無難か。
カフェラテがあったので、でっかいスープカップにカフェラテを注いでそっと運ぶ。
いや、コーヒーカップ、持ち手が細くてあっという間にへし折れそうなんだよ。
「あ~っ!おやつに間に合いませんでしたぁ~」
おっとり口調の悲痛な叫びが聞こえてくる。
むしゃむしゃと揚げドーナツを食べる学園生たちを、今にもよだれが垂れそうな顔で指をくわえて眺める、なんというかボリューム満点のウマ娘・・・メイショウドトウか。
あ、俺の席に置いてあるドーナツに気づいた。
視線がくぎ付けだ。
ドトウが、そろそろとカフェラテ入りのスープカップを運んでくる俺を見つけると、耳と尻尾がへにょりと垂れた。
ぐうう~~~と聞こえるほどの腹の虫のおまけつきで。
はぅぅぅ~とか言いながら顔を赤くして恥ずかしがってるのだけれど、ちらちらと揚げドーナツに向ける視線は外さない。
「・・・一緒に食べる?」
もともと飲み物が欲しくて来ただけだし、この揚げドーナツ結構でかい。
小腹を満たすには一個くらいで十分・・・だよな?
でも昼、結構際限なく入ったからなぁ・・・
「い、いいんですか?ありがとうございますぅ~♪」
ルンルンでカウンターの方にお皿を取りに行くドトウ。
その間に、席についてラテを啜る。
・・・甘い。
最初から砂糖がたっぷりと入っているとは思わなかった。
砂糖抜きで揚げドーナツの甘さを中和したかったんだけどな。
「・・・あの、相席いいですか。」
「あ、カフェさん。」
お皿とフォークを持ってきたドトウがぺこりと挨拶をする。
テーブルを挟んで俺の真正面に、長い黒髪のウマ娘が、俺の顔をじっと見つめて立っていた。
マンハッタンカフェ、残念ながら俺はこの娘のことをあんまりよく知らない。
ガチャで当たらなかったんだよ。
見えないお友達と会話する不思議系のウマ娘だったとは思うんだけど。
どうぞ、と答えると、カフェは正面の席に座ってひたすらじっと俺を見つめている。
ドトウはドトウで、空気を読まずに一個貰いますねーとドーナツを串から外そうとしてドーナツを宙に飛ばし、テーブルの上を転がるそれを
3秒は大丈夫!3秒は大丈夫!とつぶやきながら捕まえて栗のような口でほおばっていた。
「揚げドーナツ食べます?」
「・・・いえ、結構です。」
カフェがどこからか取り出した細いステンの魔法瓶から、熱いコーヒーをキャップに注いで啜る。
ただひたすら、じっと俺のことを見つめている。
ドトウが、フォークを握って揚げドーナツを見つめたままなので、皿ごと押しやるといそいそともう一個の切り離しにかかった。
カフェに、こうじっと見つめられたままというのも気まずい。
「・・・あなたは・・・なんなのでしょう。」
・・・と言われても。
「私のお友達が、あなたに触れなくてとまどっています。」
「友達が、俺に触れない?」
「はい。
私のお友達はあなたには見えないかもしれませんが、あなたを認識できるのに触れない、と。
今、あなたの身体に重なって、顔からカニの足みたいに手を生やしています。」
何してんだ見えない友達。
てか、傍で聞いてたら全く意味不明だなこの会話。
「私のお友達が、変なのを見つけたというので来たのですが・・・あなたはいったい・・・」
変なのって・・・
まあ変なのには間違いない。
おっさんソウル入りのウマ娘なんて他にいないだろうし。
今身に着けてるシャツとパンツは異世界産だしな。
微妙にシリアスな空気を破って、ちょっと物欲しそうな顔をしながら、ドトウが最後の一個が残った皿をニューっと押し返してきた。
さすがに全部食べるのは気が引けたらしい。
「ごちそうさまでしたぁ~♪見ず知らずのお客さんにおやつ分けていただいて、これで何とか夕ご飯まで持ちそうですぅ~♪」
「・・・(sigh」
コーヒーを飲み干して、聞こえるか聞こえないかのわずかなため息をつくと、カフェは立ち上がった。
「お友達が、警戒していないのであなたはいい人なんでしょう。
またいずれ、あなたとは会える気がします。
マンハッタンカフェ、カフェとお呼びください。」
「あっ、あっ、メイショウドトウですぅ~!」
変なの、と言われてちょっと出会いとしては微妙な気もするけど、一応名乗ることにした。
「ラベノシルフィーだ。」
ちょっと変なのに目を付けられたかな、という気がしないでもない。
カフェは一礼して去ったのだが、俺のラテのカップも、揚げドーナツの乗った皿も手を伸ばすとスススと逃げる。
見えないお友達、俺に触れないからと、間接的に干渉してきたのか。
ドトウはその逃げる揚げドーナツをじっと目で追ったまま立ち去ろうとしない。
ふと、顔を上げたドトウと目が合う。
スッと手で揚げドーナツを指し示すと、逃げなくなった揚げドーナツはドトウのお腹の中に消えた。
ラテは、伸ばした俺の手から一際勢いよく逃げると、バーのテーブルを滑るショットグラスのように誰もいないテーブルの端まで滑り床にラテとスープカップの破片をぶちまけた。
カフェのお友達とは仲良くなれそうになかった。