つづく~
居住区画への入り口カウンターに控えたコンシェルジュが会釈する。
たづなさんが近づくと、ピッと小さく音が鳴って自動ドアが開いた。
ずらりと並ぶ郵便受けの一つをごそごそと漁るたづなさん。
何かあったらしく、さらに奥にある宅配ボックスへ向かうと、一抱えはありそうな段ボールを抱えてきた。
邪魔になりそうなさっきのコンビニで買ったビニール袋をたづなさんの腕から引っ張って奪う。
いやそりゃ怪我人だけどさ、そのくらいは持つよ。
エレベーターに乗りながら、こんな大荷物、何を、と思ったら金虎のマークにでかでかと書かれた『BEER』。
500mlx24の2段をガムテープで貼り付てあるから・・・48本か。
知らんふりしておこう。
柔らかいコール音がしてエレベーターの扉が開く。
そこから外に面する廊下を歩いて、突き当りの角部屋3801号。
あの重そうな段ボールを片手に抱え直すと、財布の入ったポーチをドアに近づける。
オカエリナサイマセ
電子音声がして扉のロックが外れた。
「おじゃまします。」
扉を開けて入ると、もう玄関からして俺の住んでいたアパートの数倍広い。
タンスくらいありそうな靴箱があり、傘立てが玄関の一角を占めているにもかかわらず二人並んで入ってもまだ余裕がある。
玄関を上がってすぐのところに、ちょっと大きめのトースターみたいなのがあるので何かと聞いたら、たづなさんが脱いだ靴をそれに入れてスイッチを押した。
青い光が点灯してファンが回り出す。
「靴の殺菌消臭器ですよ。一日中立ち仕事ですから、ね。」
革靴はなあ・・・
夏場なんか、一日履くとそりゃもうすごいことになる。
剣道の面や小手ではないにしろ、身に着ける革製品で蒸れるもんは放置したらダメだ。
臭いを放ち始めたらあっという間に化学兵器レベルまで成長する。
どんなにきれいな女性のものでも、夕方のロングブーツの臭いは嗅いではいけない。
たづなさんはそのまま段ボールを抱えてキッチンと思われる場所に段ボールを下ろした。
目にもとまらぬ速さでケープをたたんで下駄箱の上に置き、ポーチを寝室に投げ込んでリビングの長ソファーにダイブする。
「ふぁ~(ボフッ!」
学園では決して外すことのなかった帽子が、コロコロと床を転がった。
髪の毛の上に伏せられていた鹿毛色のウマ耳が、ぴょんと立つ。
「たづなさん、その耳・・・」
「・・・そうですよ~。駿川たづなはウマ娘ですよ~。」
ソファーに顔を埋めたまま答えるたづなさんの声は疲れてどこか拗ねたように聞こえた。
たづなさんは、ソファーに突っ伏したままもぞもぞと腰を動かす。
何をしているのかと思えば、うつぶせになったままストッキングを脱いでいた。
お尻見えてますよたづなさん・・・
が、そのお尻には、ウマ娘なら当然ついている尻尾が、生えていなかった。
昼間トレセン学園のトラックで実感したのだけれど、ウマ娘の尻尾の実態、骨と筋肉のある部分て意外と太い。
今ちらりと見えたお尻には、そんな太いものが隠れていたようには見えなかった。
もしかして、切った?
考え込んでいると、たづなさんがぐーたらモードから復活して身を起こした。
「ご飯の前にお風呂に行きましょうか。
上に貸し切りのできるジャグジーがあるんです。」
そんなものまで・・・
たづなさんはリビングの入り口の壁にある集中コンソールを操作して、どうやら貸し切りの予約を入れているらしかった。
「予約取れました。
下着と・・・パジャマは私のでいいですね、ちょっと上に上がるだけなのでカーディガンでも羽織っておけばいいでしょう。」
さっき買ってきた袋をごそごそと漁って、麻のショッピングバッグのような手提げかばんにお風呂セットを詰めていく。
二人分のお風呂セットを詰め終わると、一つを俺に渡して二人してジャグジーに向かうことになった。
エレベーターに乗り、さらに上の階に向かう。
着いた階は、ワンフロアが丸ごとスポーツジムとお風呂で構成された共用施設階だった。
エレベーターを出てすぐのカウンターで、ジャグジーの扉のキーをカードキーに登録してもらう。
スポーツジムはルームランナーから各種ウェイト器具、バランスボールにゴムベルト、ちょっと開けた場所に積んであるのはヨガマットか。
ボクササイズもやっているのか、サンドバッグなんかもあるな。
インストラクターもちゃんと控えている。
奥の方には、ここからは見えないがVRゴルフにトスバッティングコーナーなんかもあるらしい。
通路を挟んで反対側は、お風呂コーナー。
大浴場は循環式だが温泉、ジェットバスやウォーキングのできる回廊状の浴槽もある。
たづなさんが借りたのは、家族風呂の類で、数名で入れるジャグジーらしい。
他にもヒノキ風呂とか貸し切りのできる小さなお風呂は数種類あるそうだ。
この階だけでもすごいのに、さらに屋上はBBQのできる屋外ラウンジ、ミニパターゴルフのできるコース、子供向けのプレイランドがあり、その下の階はワンフロアまるまる広い洋風の応接ルームで、カウンターバーまでついているというのだから開いた口が塞がらない。
これ、部屋を億で買ってなお、管理費や修繕積立費に月単位で2~30万円かかる奴だ。
コンシェルジュやジムのインストラクター含めて人件費考えたらそのぐらいとっていないと維持できない。
地階のスーパー何かも含めると、金さえあればほとんどこの建物から出ずに生活できる。
金持ち引きこもり万歳物件だこれ・・・
風呂ゾーンのいくつか並んだ自動ドアの一つのカードリーダーに、たづなさんがカードキーをかざすとドアが開いた。
日本のゴザとはちょっと違った網目の粗いアジアン風の敷物に扉のないロッカー天井からぶら下がるゆっくり回るサーキュレーター。
家族風呂って言っても、脱衣所の時点でちょっとした温泉の小浴場くらいの広さがある。
ジャージを脱いで、丸めてロッカーに放り込む。
たづなさんが脱いだものを畳んでいるのを見て、あっ・・・育ちがバレる、とちょっと焦ったが時すでに遅し。
おっさんはこういうものです!と開き直る。
腕、脚、あばらに巻き付けてる包帯を解いて、貼ってある湿布を剥がして捨てる。
剥がした後は赤かったり紫だったりあざだらけだ。
特に足が猟奇的。
腿とふくらはぎにくっきり手で握り込んだ指の形にあざができている。
脚を眺めてたら、たづなさんに謝られた。
「ごめんなさい、三女神像の台座からあなたを引っ張り出すのに必死で、アグネスデジタルさんと私が・・・」
ああ、あの強烈な股裂きはウマ娘二人がかりでか~。
道理で。
「明日、私はついていけませんけど病院に行ってくださいね?脱臼してたんですから。」
たづなさんが言うにはURAの運営する総合病院なら、紹介があれば優先して診てもらえるらしいからあとで教えて貰おう。
キャッシュカードが使えるんだから保険証も使えるだろうし。
「傷パッチは・・・お風呂場で濡らしながら剥がした方が痛くないかもしれませんね。」
擦り傷がパッチに張り付いてると剥がすの地獄だからな・・・
・・・さて、最後の砦、トランクスに手をかけて、一気に下ろす。
尻尾がおしっこ穴を抜けていく。
洗面台にある大きな鏡に、全身を映してみる。
あざがちょっと痛々しいが、なんか人形とかマネキンみたいな印象を受ける。
自分の身体、って言うイメージがないし、なんだろう・・・自分で言うのもなんだけど、欧州の妖精的な、美しいけれど完成され過ぎていて同じ人間に見えない、手を出しづらい存在、そんな感じ。
そうだな、あっちで男として暮らしているときに、なんの接点もないヌード写真集の中の一人として出てきたら、ムラムラするかもしれない。
けど、実際に血の通ったウマ娘の『自分』としてこの身体が存在しているとそんな感情がさっぱり湧いてこない。
グッと、腕に力を籠めると、皮下脂肪に筋ができて筋肉の形が浮き出る。
細い体していて、こういうところは運動系女子の身体なんだよな・・・
若干ビール腹になりつつあったぽよぽよの貧弱な中年男の身体とは大違いだ。
「・・・いつまでも裸で突っ立ってると風邪ひいちゃいますよ?入りましょう。」
お風呂セットを持って、浴場に入っていくたづなさんのお尻。
ウマ娘の尻尾のあるべき場所には、もう消えかけた手術痕があった。