次の話あたりから、バカ話を交えながらぼちぼちウマ娘として生きていく場合の社会問題的なキツさ的なものとかを交えて話を進めていきます~
「「ごちそうさまでした。」」
充電中のウマホは放置して、食べ終わった残骸を片付ける。
キッチンにあるダストボックスに分別して放り込むだけだ。
たづなさんが、くしゃりとビールの空き缶をいとも簡単に潰すのを見て、俺もやってみたのだけれど、ちょっと力んだだけで紙のように潰れる。
空き缶のダストボックスを開けると、半分くらい潰れたビール缶で埋まっていた。
ちなみにこの間も、たづなさんはゴクゴクと新たな空き缶を絶賛製造中だ。
一通り片付けて、リビングに戻ると二人してソファーに沈む。
言葉を交わすこともなく、食後の心地よい充足感に身を任せる。
このまま、寝るまでまったりモードかな、と思っていたら・・・
「ラベノシルフィーさん・・・お風呂で、私のお尻、見ましたよね?」
唐突にたづなさんのお尻を見たことへの追究が始まった。
「えっ、ああ、それは、まあ。」
そりゃ一緒にお風呂入って裸の付き合いしたわけだから見たけどさ~。
背中も流してもらったし。
俺だって表も裏もじっくり見られましたよ?
「私、ウマ娘なのに、尻尾がないでしょう?」
・・・そっちか。
尻尾のない話とか、さすがにワケアリっぽ過ぎてこっちからは振れないよ。
ビールを片手に、俺に視線を合わせるでもなく、先ほどのテンションが嘘のようにトーンダウンしている。
ゴッキュゴッキュゴッキュ・・・
たづなさんがビールを飲み下す音だけが響く。
「ちょっと昔話をしましょうか。」
たづなさんが、ぽつぽつと昔語りを始めた。
「私は、小さいころから脚が速かったんですよ?
近所のウマ娘の中では、誰にも負けないくらいに。
トレセン学園にも、なんの障害もなく受かるくらいに。」
ほぼトップ合格でした、と言うから、相当優秀だったんだろう。
「すぐにトレーナーもついて、デビュー戦に向けて頑張っていたんですけどね。
ある日、尻尾の毛色がおかしくなったんです。」
友達に指摘されて見たら、尻尾に一筋、毛色がまだらになっている部分ができたそうだ。
今のたづなさんの髪色よりもより黒く、艶やかな尻尾に現れたちょっとした異変。
「別に痛くもかゆくもなかったので、放置していたんですけどね、トレーニングで大変でしたし。
毎日くたくたになって帰ってきて、泥のように眠って。
そんな毎日の繰り返しでした。
ところが、その変色した毛がどんどん細くなって抜け始めて、初めて病院に行きました。
毛の抜けたところは変色してちょっと腫れてたので、皮膚病かなって思ったんです。」
ウマ娘の尻尾の病気は全くわからないが、ヒトでも感染症や虫刺されなんかで一時的に毛が抜けるなんてことはある。
「でも、病院に行ったら、お医者さんが血相変えて、あちこち検査に回されて。
お父さんとお母さんも呼ばれて。
そして言われたんです。
『皮膚の癌です。放置すると命がありません。尻尾を切断するしかありません。』って。」
「それは・・・」
・・・命に関わる皮膚癌・・・黒色腫か。
俺の亡くなった親父が、癌だとわかった時、調べた中にあった。
黒子だと思って放置すると、全身に転移するかなり性質の悪く進行の速い癌。
しかも子供のうちの癌はさらに進行が速い。
今すぐにでも手術しましょう、って言われてもおかしくない。
「尻尾は、ウマ娘の命ですからね。
私も、お母さんも泣きましたよ。
でも、死ぬよりは、と手術を受けました。
今でも、実家に尻尾の毛はとってあります。
未練たらしいですけどね。」
ウマ娘にとっての尻尾の価値、当人にとっては計り知れないものなんだろうな・・・
ウマ娘の、美しさの基準のかなりの割合を占めるのはなんとなくわかる。
それを失うなんて、一生、髪の毛のない坊主頭で過ごせ、と言われているようなものだろうか。
「幸い、癌の転移はなく、短期間で復学できました。
でも、尻尾を失った私は、コーナーでひどくヨレるようになってしまいました。
尻尾を失ったことによる、平衡感覚喪失障害。
斜行による進路妨害を繰り返した私は、レースへの出場を禁止されました。」
十余年もの間、身体の一部としてあった尻尾。
その尻尾ありきで成り立っていたであろうたづなさんの走法。
なんだかんだ言って、尻尾は、背骨の延長。
身体で脳の次に太い神経束が通るヤバイ器官だ。
そんなものを切り落とせば、尻尾によるバランス取り以外の何か重要な影響があってもおかしくない。
「訓練でこの障害が克服できた事例がある、と聞いて、私はそれに賭けました。
幸い、URAの医療研究センターでその訓練を受けられることになり、私は無我夢中で訓練に取り組みました。
でも、障害克服にようやく光が見えてきたときにはもう、私がデビューできる期間も、全盛期も過ぎてしまっていたんです。」
中等部でも、高等部でも、入学して2年、その間にデビューできなかった場合は、暗黙の了解で自主退学となる。
たづなさんの時代はそういったルールがまかり通っていたらしい。
『トレセン学園は優秀な競争ウマ娘を輩出する』、その名声の裏で、実績を上げられないウマ娘を中途で排除していた。
あっちの世界の有名私立大学、高校なんかでもよく聞いた話が、ウマ娘世界にもあったということか。
「URAの医療研究センターの練習トラックで私が出したタイムは、非公式ではありますがいくつかの距離のレコードを含んでいます。
斜行癖が無ければ、これでレースを走れていたら、当代随一のウマ娘だったかもしれないのに、と何度も言われました。
でも、私の名は、公式戦の勝ち馬としてどこにも残ってはいません。
デビューすらできずに消えていった星の数ほどいるウマ娘の一人。
病気さえなければ、走れてさえいれば名を残せたかもしれない『幻のウマ娘』。
そのなれの果てが私、駿川たづな・・・です。」
言葉の最期は、聞き取れなかった。
何かを振り切るように、ビール缶をあおったからだ。
顔にビールがあふれるのも気にせず、背もたれにひっくり返って、表情を見せてくれなかった。
泣いて、いたのかもしれない。
しばらくそうしていたが、たづなさんはガバっと起き上がると、俺の背後に回って俺にしなだれかかってきた。
「ここから先は、愚痴です。
聞き流してくれてかまいません。」
たづなさんの言葉に、覇気が戻る。
「私は、あなたがうらやましい。
正直言えばですね、今日起きた一連のトンデモ騒ぎなんか、信じられない事ばかりでもう酔いに任せて寝ちゃいたいくらいなんですけど。
トレセン学園に、推薦で入れるってどれだけ幸運なことかわかりますか?
そんな切符を、三女神様自ら与えられるとか、どんな奇跡なんですか。」
熱く火照った顔を、頬同士をべったりとくっつけて。
両腕で、俺を離すまいと、かいな抱いて。
彼女のウマ耳が、べしべし、べしべしと俺の頭を叩くのだ。
「あなたが、元ヒト、なんていうのも、走れるかわからないなんて言うのも、小さなことです。
私は、憧れの舞台に上がろうとして、病気にその機会を奪われました。
あなたは、健康なウマ娘の身体を持っていて、上がる舞台まで用意されている。
正直、嫉妬で気が狂いそうです・・・」
肩を、軽く噛まれた。
「私にはあなたの尻込みする理由はわかりません。
私の舞台はもう終わってしまっているけれど、あなたはまだ舞台にも立っていない。
目の前のゲートがあなたが入るのを待っているのに。
そこに立つことすらできない人が多くいるというのに。
ヒトじゃ見られない世界を、覗いてみることもなく立ち去るんですか?」
そこにあるのは、たづなさんの怒りだ。
情けない俺に対する憤慨だ。
「私の・・・『おかあさん』の分も、走っては・・・くれないんですか?」
しぼんでいく声に、俺は、見えないハンマーでぶん殴られた気がした。
ズルズルと、たづなさんの頭が俺の背中をずり落ちていく。
もうやり直せない過去。
俺のバイクが、俺の挫折の果ての代償行動なら・・・
たづなさんがトレセン学園にいる理由も・・・
毎日、学園に通うウマ娘に自分の立ちえなかった舞台の夢を託し、守り。
それでも、こぼれていかないように、降りかかる悪意を振り払い続け。
自分がその成長に関わったウマ娘達の栄光をわが事のように喜び、挫折を悲しみ、励まし。
きらめきながら駆け抜けていく、ウマ娘達の傍観者として、時には保護者として日々を送っていたのに。
俺という存在が、ポンと目の前に放り込まれて。
よりにもよって信じている女神様に『代理母として面倒見てやれ』とポンコツ極まりない俺を託され。
三女神様は自分には奇跡をくれなかったのに、異世界の運動音痴なヒトでした、なんて言う奴にそんな奇跡をくれてやった挙句、ウマ娘なら垂涎のトレセン学園への推薦状のおまけつき?
やる前から怖がってるやる気のない奴に奇跡の大安売り?
そんな不平等を見せ付けられたら、俺なら間違いなく女神を恨む。
でも、運なんてものは生まれたときから不平等だ。
生まれつき富豪で何不自由ない一生が約束されているものもいれば、いつ餓死してもおかしくない状態で放り出されるものもいる。
たづなさんはそれがわかっているからこそ、『馬鹿野郎!こんな幸運二度とないぞ!何やってんだ!』って言ってるんだよな。
言い方が、たづなさんらしいけど。
ウマ娘世界に来て、いきなり詰みかけて。
ふと気が付けば、見ず知らずの俺なんかを押し付けられたのに、普通に受け入れてくれるたづなさんがいて。
そのたづなさんだって、俺以上の絶望を味わってて。
・・・そんなたづなさんに『おかあさん』として発破かけられちゃ、逃げられないじゃないか。
躁、鬱、絡み酒と一通り披露したたづなさんは、ソファーにもたれかかるように眠っていた。
俺の脚がこんなじゃ、ベッドまで運べないな。
寝室のでかいベッドから掛布団を引っ張ってきてたづなさんを転がしてから掛ける。
部屋の電気を消して俺もその中に潜り込む。
ウマ娘世界の初めての夜は、なかなか寝付けなかった。