ベッドの中で、目覚めた。
リビングで、たづなさんと雑魚寝をしていたはずなんだが、たづなさんが起きたときにベッドに運んでくれたのだろう。
枕元の目覚まし時計は朝の7時。
たづなさんの姿はすでになく、寝ている俺を起こさずに出勤したようだ。
あれだけ痛飲して、目覚ましもなかったというのに、普通に起きて出勤したというのか・・・
顔を洗いに洗面所に行くと、隣のバスルームから湿気を感じたからシャワーもちゃんと浴びて行ったぽい。
クンクンと、自分の腕を鼻に寄せて臭いを嗅いでみる。
酔っぱらいの臭いはしないな。
傷パッチとか包帯もあるし、シャワーは病院から帰って来てからでいいかな。
リビングのテーブルの上に、カードキーと書置きが置いてあった。
『先に出ます、病院へは必ず行ってくださいね。
朝ごはんは用意できませんがシリアルくらいならキッチンの棚にあります。
病院からは、直接帰ってきても、トレセン学園に見学に来てもかまいません。
来るときは連絡を。』
その横には、洗濯されたジャージと、昨日買って貰った靴下と・・・
なぜか横に別の服一式が畳んで置いてある。
あずき色のカーゴパンツと、灰色のシンプルなTシャツに上に羽織る大きめのライトグリーンのワークシャツ、黒い野球帽デザインのバイザー。
着て出かけろ、ということかな。
別にジャージでもよかったんだけど、トレセン学園のおひざ元で、部外者がトレセンのジャージ姿で街中をうろうろするのも問題か。
ありがたく着させてもらおう。
たづなさんは俺より背が高いから、ちょっと裾やら袖やらまくらないといけないけれど、サイズがちょっと合わなくても、元からダボっとした感じの服でまとまっているから違和感がなさそうだ。
しかし、たづなさんもこういうラフな格好の服着るんだな。
充電したままのウマホがチカチカ光ってるから見たら、SNSの着信が入っていた。
電話帳にはたづなさんしかいないからたづなさんからだ。
何のことはない、玄関の鍵のかけ方だ。
扉を閉めたらカードキーをドアノブにかざしてイッテラッシャイマセと返ってきたらOK、と。
洗濯かごに昨日のと今朝の洗濯物が入れたままになっていたので、タオル類だけ洗濯機にかけておくことにする。
全自動で乾燥までやってくれるタイプだから俺がやってもやらなくても手間的にはあまり変わらないかもしれないけど。
服の類は、女性ものはもうイヤってくらい洗濯の仕方が細かいから、手を付けない。
間違えると服自体をダメにしたりするからな~。
それでなくても、柔軟剤少なめにしないと香りがきつすぎるとか、これは一緒に洗われたらもう着られない!とか独特のこだわりがあったりもする。
その点タオル類は色物と分けるだけで済むし、間違っても怒られることってまずないから勝手に洗濯しても安心というのもある。
昨日お風呂に行く前にタオルを引っ張り出してた引き出しを失礼して・・・
畳み方は同じようにしておけば、せっかく洗ってくれたけど畳み方がちが~う!でも、畳み直すとか嫌味になるし、とか葛藤させることもない。
ま、お世話になっていますって言う誠意よ、誠意。
誠意は大事。
軽くシリアルをいただいて、10時頃、タクシーを呼んでURA総合医療病院に向かう。
10分ほどでたどり着いた。
何のことはない、東京競馬場・・・いや、東京レース場か、とトレセン学園が見えるくらいの距離にある。
総合病院だからそれなりにでかい。
入り口正面のロータリーで降ろしてもらって、総合受付に向かった。
初診者用の問診票と保険証を提出して、整形外科の場所を教えて貰う。
保険証は、何の問題もなく使えた。
整形外科の待合所には年配の方がぎっしり座っていて、世間話に興じている。
病院が老人の社交場になってるのはウマ娘世界も同じか。
でも、ヒトの老人ばかりでウマ婆は2人ほどしかいないな。
俺を含めて怪我で来てるっぽい若いウマ娘はちょろちょろいるんだけどな。
あ、たづなさんが病院に連絡してくれるって言ってたの、いつ頃病院に行くかたづなさんに伝えてないや。
ウマホで聞いてみようと思って、思いとどまる。
たづなさんも仕事中だ、とりあえず受付で聞いてみてからでも遅くはない。
とりあえず整形外科の受付に聞いてみたら、承っております、とのことだったので、そのまま呼び出しを待つ。
どう見てもこの待合室に40人以上はいるので、へたしたら2時間以上待たされるかもしれないな、と思ったらまさかの即時呼び出し。
待ってるお爺ちゃんお婆ちゃんごめんね、と診察室に入ろうとしたら、看護師さんにレントゲン撮ってきてね~と放射線科に案内された。
レントゲンを撮って待つこと20分くらい。
また呼ばれたので今度こそ診察室に入る。
「おおう、痛々しいね、股関節脱臼だって?」
あごに貼ってある傷パッチかな?
問診票片手に、フレンドリーに話しかけてくる医者の先生。
座り仕事だからかちょっぴり恰幅のいい感じのちょび髭の男の先生だ。
机の上の液晶には、すでに俺のものと思われるレントゲンが表示されている。
ズボンを脱いでこちらに寝てください、と看護師さんに言われて診察台に横になる。
脚の包帯の下も見るからね、と包帯を外して出てきた指の跡くっきりのあざに、先生は呆れたような声を出した。
「・・・ウマ娘同士で喧嘩でもしたのかい?」
「え、いや・・・あの、岩場の穴にはまってしまいまして、引っ張って貰ったら・・・」
我ながらとっさにいい言い訳ができたものだと思う。
少なくとも岩にはまって引っ張って貰ったのは事実だ。
「・・・珍しい怪我の仕方したね。ちょっと脚動かすよ、痛かったら言ってね。」
片足を抱えられて、あっちこっち可動域を確かめられる。
太ももをお腹に押し付けられるほど押されたときはちょっと痛くてくぐもったうめき声が出てしまったが、それ以外は特に痛みもなかった。
「はい、いいよ。ズボン履いて。うん、大丈夫だね。うまく処置されてるね、腫れてもいないし。」
脱臼したまま長時間放置してしまうと、関節周辺が腫れてしまって脱臼した関節をはめ直すのが難しくなるらしい。
トレセンのトレーナーに処置してもらったと言ったら、なら間違いないと太鼓判を押されたよ。
特にこれと言って、リハビリや通院治療はいらないそうだ。
「でも、脱臼が癖になるといけないから、2週間はおとなしくしててね。走るのは禁止。」
他に気になるところある?と聞かれて、あばらが痛い、と言ったら先に言ってよと怒られてまたレントゲン室送りになった。
まぁ、結局あばらは折れていなかったんだけどね。
若いっていいね、と言われたけど、ホントそう思うよ。
保険が効くからと、レジ袋が膨らむくらい、めいっぱい出してもらった包帯やら塗り薬を受け取って病院横の薬局を出たときには、もう12時を回っていた。
とりあえず、たづなさん宛てにSNSで2週間安静でOKって送ったら、しばらくしたらニコニコマークだけが帰って来た。
忙しいんだろうな。
今回の通院でかかった費用は全部で8000円ちょっと。
収入のない身としてはそこそこに痛い出費かな。
打撲の薬は、たづなさんがどうもあのでかいベッドで一緒に寝る気みたいだから、湿布じゃなくてあまり臭いのしない塗り薬にしてもらった。
さて、朝はシリアルに牛乳かけて申し訳程度に流し込んだだけだから、運動してないとはいえ空腹だ。
ウマホで調べると、府中駅の近くにショッピングモールがある。
まあどこのショッピングモールも上の方の階にレストラン街みたいなのがあるはずだから、ご飯を食べるところに困ることはない。
服なんかは正直自分のセンスがないので後日たづなさんと買いに来ることにして、現時点でわかっている日用品の一部は買って帰りたい。
今朝なんて、歯ブラシがないのに気づいて下のコンビニに走らなければいけなかったしな。
てくてくと歩いていくと、信号のある交差点から大きめの通りに出ると、ありました、ウマ娘専用レーン。
一見、青く塗られたあっちの世界の自転車専用レーンみたいだけど、あっちと違って違法駐車車両に塞がれまくって使えなくなってる、みたいなことはないのね。
ウマ娘世界のドライバーは善良だなあ。
パッと見たところ、ウマ娘がその上を走っている姿はなかった。
買い物袋下げたママさんウマ娘がセールの為に疾走してる姿とか見られるかと思ったんだけど残念。
俺は走れないので、歩道の中をてくてくと歩いてショッピングモールへ向かう。
ショッピングモールにたどり着いてみると、んん、この辺の地価が高いのかな。
比較的コンパクトなショッピングモールがいくつか集中している感じだ。
とりあえず手近なショッピングモールの入り口にある案内板を見てみる。
100円ショップと、服飾店のウニクロとCU、ホムセンのフーナンも入ってるな、ここにしよう。
とりあえずご飯を食べたいので食事処の集中している階に上がる。
『ウマ娘盛り有り〼』
『わんこラーメンチャレンジ!』
おおう、挑戦的なのぼりを立てたラーメン屋がある。
一郎系リスペクトも扱っているのだろうか、もやしが山のようなサンプルが。
一瞬で頭の中がラーメンモードに切り替わってしまった。
もう迷うことなくラーメン屋の暖簾をくぐる。
「いらっしゃ・・・いませ・・・?」
・・・ざわ・・・・ざわ・・・
店に入った瞬間、なんか店員の目が一斉にこっちに釘付けになる。
なんだこの反応・・・
とりあえず、空いているカウンター席についてバイザーをとる。
今日は濃い味のラーメンをがっつりいきたい。
味噌と餃子でいいか。
「味噌チャーシュー、ウマ娘盛りと餃子一つ。」
注文をした途端、店内の異様な雰囲気は霧散した。
しばらくして、普通のラーメンどんぶりの2倍くらいありそうな器のラーメンを運んできた店員さんに聞いてみると、
「いや、お客さん、葦毛に見えたもので。
トレセン学園の葦毛のウマ娘さんがこの辺の店のチャレンジメニューをことごとく・・・」
と、苦笑いしながら答えてくれた。
はい、皆まで言わなくて結構です。
オグリの手配書が回っていたんですね、わかります。
俺、髪も尻尾も真っ白けだからな、葦毛のウマ娘が入ってきた!チャレンジメニュー荒らしか?と警戒するわ。
「ごゆっくりどうぞ。」
打って変わった愛想のいい態度に苦笑しながら、ラーメンと餃子を堪能した。
いや、うまいよ。
この味噌は、絶対北海道石田醸造の紅壱点!
今まで、うまいと思った味噌ラーメンは、必ずこの味噌を使ってた。
俺の好みにどんぴしゃりの味なんだ。
汗だくになりながら猛烈な勢いでラーメンを啜る。
ちょっと量の多さに負けて最後の方は延びてしまったが、大変おいしくいただいたので、レジでこのおいしさならトレセンの大食いウマ娘にも狙われるわけだ、って褒めたら、お替り無料のサービス券くれた。
ええっ、あの大きさのラーメンのお替り無料なの?!
ていうか、5~6人前はありそうなラーメンと餃子で1800円とかこの時点で破格だと思うのだけど、ウマ娘向けの食品て安く設定されてるのかな。
ラーメン屋を出た俺は、ドラッグストアに寄って、店員を捕まえる。
ウマ娘の髪の毛と尻尾、どっちにも使えるヘアケア製品でお手頃な価格のものをお勧めしてもらうためだ。
「これなんかどうですか?」
ちらちらと俺のキューティクル輝く白毛に視線をやりながらお勧めしてくれたセットもののバスサイズシャンプー、リンス、トリートメントは全部で8000円超え。
誰もが知っている紫誠堂の製品だ。
300円のリンスインシャンプーで過ごしてきた俺としては、えらく高く感じる。
ていうか、化粧品に金をかけるということが今までなかったのでばかばかしいとも思うんだけど、相場を知らないからそう思うだけなのかもしれない。
「ティーン向けので、もう少しお手頃な奴は?」
「それですとこちらですね~」
ティーン向けと銘打ってるわけじゃないけど、ROLAのシンプルなボトルのセットだ。
うーん、それでも6000円超えるな。
高い。
男性向けの、トニックリンスインシャンプーのボトルなんか1本だけで済むうえ2000円もしないのに。
でもあんまり変なの使うと、たづなさん困らせるだろうしな。
まあ、これにしとくか。
お勧めのヘアケア製品をかごに突っ込んで店内を物色していると、耳関連のケア製品群を見つけた。
耳の中用のドライシャンプー&リンスに、ブラシのセット。
そして、頭を洗う時用のマシュマロみたいな耳栓!
・・・耳栓のパッケージが思いっきり子供の絵なんだけど・・・
幼児しか普通使わないのかこれ・・・
だが、今の俺には必要なものだ。
かごに放り込む。
これまたちょっと高くはついたが、ヘアケア製品のおまけだとかで、かなり容量のある販促用のショッピングバッグを貰ったので、それに全部突っ込んで、100円ショップへ向かっていたのだけれど・・・
「ああ、キミキミ。ちょっとお話聞かせて貰える?」
ごつい紺色のチョッキを着て『警視庁』のバッジを付けたウマ娘の警察官に引き留められた。