ウマ娘世界が地獄でも、住めば都です。   作:ジョンゲスト

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キッツい話、第二弾です~
タイトルの地獄、の一部ですね~
これで読まれてる方に嫌われないといいんですが~


トレセン学園の闇と一人の卒業生

ようやくたどり着いた自販機のベンチで大股を開いてベンチを占領し、水筒を煽っていたのは、20代後半くらいに見える背の高いウマ娘のお姉さん?だった。

鳥の尻尾みたいに短髪を頭の後ろで結んで、黒っぽいジャージを着ている。

服装だけ見ればジョギングの途中、って感じだ。

 

しかし、視線を向けたのが気に入らなかったのだろうか、因縁を付けられた。

 

「オレの顔になんかついてっか?」

 

・・・ヤバイ系のねーちゃんだった!

 

「いえ、脚が限界なので、ベンチを使わせてもらえたらと。」

 

「お?ああ、すまねえな。

 ・・・なんだオメー、生まれたての小鹿みたいに脚が震えてんじゃねェか。

 座んな。」

 

意外とあっさりとベンチを占領していた脚を閉じて座るスペースを開けてくれた。

自販機で、スポドリを買ってベンチに座る。

彼女は、スポドリを開ける俺を、じっと見つめていた。

 

「いいねェ、金があるってのは。」

 

水筒を、煽る。

 

「いえ、別にお金があるってわけでは。」

 

「気軽に自販機でスポドリ買って飲めるだけでも十分金持ちだ。

 オレなんかこれよ。」

 

ちゃぽちゃぽと水筒を振って見せる。

 

「水筒ですか。」

「オレ特製のスポドリ、つまりただの砂糖水だ。

 塩もちょいと入れてるがな。」

 

ケッと、自嘲的に笑う。

 

「オメー、トレセン生だろ?」

「えぇ、まぁ。」

「トレセンの学費知ってっか?」

「いえ。」

 

俺が、学費を知らない、と答えたとたんに、か~~~っ!と喉を鳴らしながら、仰々しく右手で目を覆って頭を振る。

 

「知らねェときたか!

 いいご身分だなァおい!

 

 ・・・トレセン中央の学費は、年間700万だ。

 普通の家庭で払える額じゃねェ。

 つってもそれはオレがいたころの学費だ、今はもっと高ェかもしれねェ。」

 

このやばそうなねーちゃんもトレセン出身者だったのか。

しかし700万?!

医学部か理工学系の私立大学並じゃないか!

トレセンの学費なんてもの、考えてもいなかった。

義務教育ではない学校なんだから学費はかかる、考えてみれば当たり前の話だ。

 

「中等部から高等部まで通い続ければ、4200万だ。

 最低限の飯は寮とトレセンの食堂で食えるとしても、生活してりゃ他に要り用なもんで月に5万から7万はかかる。

 裕福な家じゃねェと、トレセンになんかとても通わせられねェ。」

 

世帯収入が700万未満なんて家庭はざらだ。

俺は今15歳だから、高等部からとしても半分の2100万。

自前で学費を負担すれば、あっちの世界から持ち込んだ貯金のほとんどが吹っ飛ぶ。

 

「トレセンに入る大体のウマ娘は中等部からの入学だ。

 無利子の奨学金なんてのもあるが、それを使えば、中坊にしていきなり5000万近くの借金を負うってことだぜ?」

 

くらくらと、めまいがする。

あっちの世界でも奨学金貧乏の話は時々問題になっていたが、あまりにも額が大きすぎる。

 

「入学当初はよ、トレセンの連中は重賞に勝てば学費を取り戻すにゃすぐだ、なんて話をするが、世の中そんなに甘くねェ。

 レースの賞金で、実際に走ったオレらが受け取れるのは3割だ。

 その3割も、奨学金を受けた連中は、優先して返済に充てられるから実質ゼロだ。」

 

あっちの世界での高額所得の税率に近いな。

1億の賞金を得たとしても、一発でトレセンの学費6年分全額を賄えない。

しかも、奨学金返済が優先で天引きか。

奨学金の支給額設定を上げないと、在学中に友人と付き合いに使う小遣いすらも危うい。

 

「運良くレースに勝ち続けて、奨学金を全額返済したとして、ようやくスタートラインだが、レースに出続けるにも金がかかる。

 レースに出るための移動費はトレーナーにたかればいいが、レース用の公認服や靴、蹄鉄は自前だ。

 体操服一式2万、レース靴が最低で2万、蹄鉄で1万4千。

 こいつらは消耗品だから、ダメになったら嫌でも買わなきゃいけねェ。

 まかり間違って破損したままだとレースの時の審査に引っかかって出走停止だ。

 共通勝負服はレンタルもあるが、買うと7万。 

 ちなみにGI用のオリジナルデザイン勝負服の相場って知ってるか?

 最低でも200万。

 メジロやシンボリの勝負服なんか3000万超えるって聞くぜ?

 まぁ、GIに出られる奴は重賞をそれなりに勝ってないとGI出場すらできねェからな、億単位で賞金稼いでるはずだから払えねェってことはねェとは思うが。

 そいつらにとっちゃ、勝負服の代金なんてこれから稼ぐ額を考えれば先行投資だと割り切れるうちに入るんだろ。」

 

自前の勝負服が最低200万?!

いや、プロのデザイナーに頼めば一品物だ、そのくらい行くか。

最低ラインというと、ハルウララのあの体操服デザインあたりだろうか。

それでもその額を、自前か。

普通の家庭で全部賄うのは確かにきつい。

 

「オレはGII、GIIIをいくつか勝って稼ぎはしたが、結局未返済の奨学金が900万くらい残っちまった。

 さんざんバイトもして、死ぬ気で走ってこのザマだ。

 GIも勝ってねェウマ娘においしい話なんてこねェ。

 卒業したら社会にポンと放り出されてそれまでよ。

 走ることにしか頭も身体も使ってこなかった非常識の塊だ、まともに雇ってくれるとこなんざ限られてる。

 まぁ、きつい、汚い、危険、三拍子揃った3K職場だぁな。」

 

ため息を吐き、彼女は空に向かってうつろな目をした。

学園、とは言いつつも、華々しく羽ばたいていくのはほんの一握り。

実体はあっちの世界でいう芸術大学や声優、アニメーション学校なんかに近いかもしれない。

著名人を輩出することはあるが、大半は学んだこととは何の関係もない職に就き、歴史の中に埋もれていく。

 

「・・・今は、何を?」

 

絞り出すように、聞く。

聞かないとならない。

たまたま出会った彼女に。

自分が、もしかしたら歩むかもしれない道の一つを。

 

「ああ?仕事か?警備員と転売ヤーだ。

 外で働いて、家でも働く。

 じゃないと飯が食えねェ。

 全盛期過ぎたとはいえ、オレらウマ娘は食う。

 食費だけで月に12から15万、大食漢のやつは平気で30万からの飯を食う。

 それに加えて家賃だ光熱費だ、ウマホ代だってかかってくるんだ、稼がないとならねェ。

 春には税金だ、健康保険だと数十万単位の出費もある。

 トドメに、月々の奨学金の返済だ、金がいくらあっても足りねェ。」

 

よく見ると、彼女の足元に大きなボストンバッグと警備員のヘルメットが置いてあった。

これから仕事なのか、それとも仕事帰りなのか、自分の脚で移動しているのだろう。

 

しかし、家賃が5~7万として食費で月に15万、光熱費で2万、900万の無利子の奨学金を、月5万で返済したとして15年。

転売で稼ぐにしてもネットは必須だし、梱包用品や送料で一時的な出費もある。

額面で30万程度稼いでいたとしてもカツカツの生活が15年続く。

これはかなりきつい。

奨学金を返し終わったら何歳だ?

もう人生の半分が終わっている。

 

「だが、ウマ娘だって老いる。

 いつかは身体が動かなくなる時が来る。

 その時に備えなきゃいけねェ。

 国民年金なんざ、18から最後まで払っても、ウマ娘にゃ老後の飯代の半分くらいにしかなりゃしねぇ。

 大喰らいのウマ婆はさっさと餓死しろってのかよ、なぁ?」

 

ははっと投げやりに笑う。

 

「・・・オレは今トレーナーを目指してる。

 中央は無理かもしれねえが、地方なら潜り込めるかもしれねェ。

 トレーナーはただでさえ年俸がいい。

 それに担当が勝てば歩合でボーナスが出る。

 オレがやったみたいに担当にたかられる分を差し引いても老後の蓄えくらいはできるはずだ。」

 

トレーナー、と聞いて、ふと、地雷かもしれないが、聞いてみた。

 

「・・・結婚は、考えないんですか?」

 

彼女は、そんなことを言われるとは思ってもみなかったのだろう、目を丸くしてきょとんとした表情を浮かべた後、盛大に笑い出した。

 

「はっはっはっはっはっは!・・・無ェよ!無ェ!

 この性格だ、●●●を食いちぎられる!と逃げる男はいるが、寄って来た奴ぁいねェ!

 つーか、それができるなら今頃オレは水商売でもっと稼いでる!」

 

見ろこの貧相な胸を、と、薄い胸を両手で支えてたゆんたゆんと揺らして見せるも、揺れるものがほとんどない。

彼女はとてつもなくスレンダーだった。

 

「・・・なぁ嬢ちゃん、オメーみたいに、トレセンに親がどんだけ金払ってるのか知らずに学園生活楽しむのもいいけどよ。

 世の中にゃ、たった50万ぽっちの借金で首をくくっちまうまじめな大馬鹿野郎や、同じくらいの額で人を殺しちまう頭のおかしいのがいる。 

 オレらウマ娘もたいがい馬鹿だけどよ、5000万なんて言う馬鹿みたいな額の借金背負ってまで血反吐吐いて上に這い上がろうとしてる奴もトレセンにはいるっての覚えとけよ?」

 

水筒が空になったのを、覗き込みながら、よっと彼女はボストンバッグを背負った。

 

「じゃぁな、お嬢ちゃん。

 暇つぶしにしちゃ、面白かったぜ!」

 

ベンチ際から路上に出て走り去っていく彼女。

現役を引退して久しいであろう彼女の走りは、素人目に見ても、まぎれもなく完成されていて美しかった。

でも彼女は、レースの世界では、届かなかった。

届かなかったが故に、彼女は今、トレセンで走っていた時以上に絶対に怪我のできない、孤独で後に引けない生活を続けている。

怪我をしたら、人生が詰む。

崖っぷちの、そんな生活を。

 

トレセンを出たウマ娘の『その後』を聞いて、府中の街中に出て雑用を、なんて思いは、吹っ飛んでしまった。

暗澹たる思いを抱えて、俺はマンションへの道を、家路を急いだ。

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