その日、仕事が立て込んでいたのだろう、たづなさんが帰ってくるのは遅かった。
一緒にご飯を食べていても、イマイチ味がよくわからない。
昼間、ろくでもない話を聞いてしまったせいで、頭の中からとある考えが離れないのだ。
『やはりトレセン学園入学なんて辞退した方がいいんじゃないのか?』
学費があんなに高いとは思わなかった。
たづなさんが平気な顔をしているからと言って甘えられる額じゃない。
残ってる貯金を全額突っ込んで入学するにはバクチが過ぎる。
「・・・何か悩み事がありそうですね?」
「うん、あとで話すよ。」
ご飯時にわざわざ話すようなことじゃない。
風呂に入って、たづなさんがいつものようにビール缶を空き缶に変え始めたときに、俺は昼に出会った奨学金返済で苦しんでいたトレセン卒業生のウマ娘の話をした。
話を黙っていたたづなさんは、少し考えると口を開いた。
「・・・気性難のウマ娘ですか。
面倒くさい人に絡まれましたね。」
「・・・はい?」
なんか思ってもみなかった答えが返ってきた。
気性難のウマ娘?
「たまにいるんですよ。
彼女は、たぶん固執型ですね。
気になっていることに触れてしまうと、それに固執してしまうんです。
言いたいこと全部吐き出すまで止まらなかったんじゃないですか?」
確かに。
聞いてもいないことまでしゃべり続けて、ひたすら金が足りねェ!って話ばかりしてた。
「普段からお金のことを気にしていて、そこであなたが何かスイッチを入れちゃったんでしょうね。」
あ~、水筒の自作スポドリ飲んでいる目の前で、自販機でスポドリ買っちゃった事か。
当てつけみたいになってたのかもしれないな。
「そういう気性難を持っていると、あちこちでその弊害が出ます。
レースで、前のウマ娘をマークしたとするでしょう?
固執がひどいと、マークしたウマ娘を追うことで頭がいっぱいになって追い抜くのを忘れてゴールしちゃうんです。
ただでさえレース中は頭の働きが鈍りますから、いくら脚が速くても、こういった癖が出てしまうとなかなか勝てません。」
ついてく、ついてく、しているうちにそのままゴールしちゃうのか。
走り去っていくときの彼女の走り方は、見惚れるほどきれいだった。
なのに、GIに届かなかった、と。
確かに難儀な問題かもしれない。
それに、重賞レースには歴戦のウマ娘が集まってくるだろうから、レース前の駆け引きなんかで揺さぶられたら、冷静じゃいられなくなるだろうしな~。
「就職も、難航したでしょうね。
面接のときに、『趣味は何ですか?』と聞かれて、スイッチが入っちゃったら全部吐き出すまで話が止まりませんし、止めるとものすごく不機嫌になったりするので、まともな企業だとまず受からないでしょう。」
「生きてくのかなりきついですね・・・」
「ウマ娘は良くも悪くもヒトと比べて本能的、感情的なものに支配されやすいですからね。
でも、こういった気性だと、一人で黙々と作業するような仕事は得意だと思いますよ。
警備員やってると言っていたでしょう?
そこそこ向いてる仕事なんじゃないでしょうか。」
警備員は、入社の際に過去の犯罪歴とかは執拗に調べられるけど、それ以外については高給の割には入社の敷居は低い。
俺も学生時代、バイクを買うために夜昼夜の寝ずの3連勤で4万円稼ぐのを繰り返したもんだ。
経営する会社を倒産させて、その借金を返すために働いているおじさんなんかは体力の限界まで連勤してた。
今は労働時間に規制が入っているからそういう荒稼ぎはできないらしいけど、割のいい仕事ではあるからな~。
それに、道路警備でもビル警備でも、他人と話すことがないなら気を取られるものも少ないし。
「彼女、お金がないなりにスポーツドリンクを自作して、疲れる体力勝負のはずの仕事の行き帰りにジャージまで着込んで走ってるんでしょう?
走るの大好きじゃないですか。
トレセン学園で自分の人生は無茶苦茶にされた、なんて思ってたら、いくら高給取りの仕事だからってトレーナーになってまた嫌な思い出のあるトレセン学園に近づこうなんて思いませんよ。
いろいろ誤解されやすい性格してるとは思いますが、走るのを楽しめているうちは、彼女はまだ死んでいませんよ。」
彼女の言動を反芻してみる。
トレセンで大借金までして走ったけれど得られるものがなかった、と自嘲はしていたけれど、走ることを嫌いだとか二度と走らねェ!なんて話は一言もしていなかった。
それどころか、たづなさんの見解じゃ、仕事の行き帰りで走るのを楽しんでいる、と。
・・・よく考えないと理解されないんじゃ、ダメじゃんあのねーちゃん!
「まあ、彼女の気性難は別にして、トレセン中央の学費が高いってのは事実なんですけどね。
トレセン中央は決して簡単に入れる学校じゃありません。
能力的にも、金銭的にも。
ただ・・・」
「ただ?」
「ラベノシルフィーさん、あなたはスカウト入学と同様、特待生扱いになるので、学費はかかりませんよ?」
「ええええ?!」
2000万円超えの学費が無料?!
何の実績も実力もないのに?!
「でも、特待生って目立つんじゃないですか?」
「そうですね、オグリさんクラスだと目立ちますが・・・
彼女は、特別ですよ?
あんな逸材、そうそう出てくるもんじゃありません。
年間10人以上はスカウトで入ってくるウマ娘がいますが、その中でGIに届くのは僅かです。
ほとんどは、平凡な実績で卒業していきます。
GIの掲示板に絡み続けるような大活躍するウマ娘が掘り出されてくるなんて滅多にないんですよ。」
それを聞いてなんとなく、プロ野球の外国人助っ人選手を思い出した。
莫大な年俸を貰って、期待以上の活躍をする選手もいれば、まるで活躍せずに契約期間を終える選手もいる。
当たり外れがある、って雇い手が納得していればいいだけの話なのかもしれない。
「まあ、あなたはちょっと特殊ですからね。
ちょっと小細工が必要かもしれません。
まだ時間はあります、おいおい考えましょう。」
よくあることです、みたいな気軽さで片付けられてしまった。
なんだか、一人悩んで空回りして馬鹿みたいだ。
「はい。酔いが回り切る前に渡しておきますね。」
たづなさんから、透明な書類入れを渡される。
分厚い。
中の紙束の厚さだけで1cm位ある。
「入学関係の提出書類です。
あとで署名して、必要な証明書類は早めにとってきてくださいね。」
必要書類として戸籍謄本なんかが必要らしい。
俺の戸籍ってどうなってるんだろうな。
親とか。
まぁなんとなく予想はつくけど。
どっちみち街には一回下りないとならないな。
一番厄介そうだった保証人なんかは、たづなさんがもう記入してくれていた。
ウマ娘世界で親類縁者がいない俺には、この保証人がいないせいで下手したら住むところすら確保できずに野宿生活とかに陥る可能性すらあった。
悔しいが、これもたづなさんを俺にくっつけてくれたあの駄女神のおかげか。
「明後日は、私もお休みなので、服を買いに行きましょうね。」
俺の世話を焼くのが楽しくて仕方ない、といった風で微笑むたづなさんを見て思う。
俺はちょっとテンパり過ぎていたのかもしれない。
今日だって一人だったらまだうじうじ悩んでいたかもしれない。
でも俺は今、一人じゃない。
相談すれば答えを返してくれる人がいる。
しばらくは、頼らせてもらってもいいのかな・・・たづなさん。