改稿
文体を40話前後の書き方に統一しました。
・・・動き過ぎた。
身動きの取れない真っ暗なヘルメットの中は無駄な運動で発熱した自分の体温でサウナ状態、おまけに空気も足りない。
目の前にちかちかと星が瞬き始め、頭の奥が痺れ始める。
・・・もうダメかもしれない。
思えば短い人生だった。
自称女神に騙されて穴に落とされたかと思えば、石の中に埋められて窒息死。
そういえば、テレポートしたら高空に現れていきなり墜落死エンドとかもあったんだよな、某ゲーム。
哀れにも俺・・・あ、あれ?自分の名前が思い出せない・・・
低酸素状態だと思考能力が落ちるという奴か。
いよいよもうダメか、と思ったとき、俺の脚を誰かが掴むのを感じた。
脚は、水平に持ち上げられ、両足をホールドされると・・・
すさまじい力で足を引っ張られ、Yの字股裂きをかまされた。
痛みを感じる間も、叫ぶ間もなく、何かが外れる不吉な音が股から骨肉を伝って聞こえてくる。
目の前はすでにノイズで真っ白けで、自分が叫んでいるのかどうかすらもわからない。
ヘルメットの顎ひもがミシミシと音を立てながら俺の首を引き延ばす。
一際強烈な引きと、ブチブチといろんなものが引きちぎれる音を聞きながら、俺は意識を失った。
・・・目覚めると、俺は布団の中に寝かされていた。
身体を動かそうとすると、全身が痛い。
ああ、そうか、俺はバイクで事故に・・・
酷い夢を見た。
石の中で窒息エンドとか最悪だ。
首を回して周辺を見回すと、自分の寝ているベッドを囲むライトグリーンのカーテン、質素な合板の白い天井に、蛍光灯むき出しの照明。
典型的な病室の設備だ。
子供の頃、暮らしていたと言っても過言ではない長い長い入院生活で散々見慣れた景色。
点滴が腕に繋がれていないところを見ると、そうそうひどい状態でもなかったんだろうか。
辺りに人の気配はない。
時折、近くに学校でもあるのだろうか、カーテン越しに学生のものらしいガヤ声がするくらいだ。
とりあえず、ケガの状況を確認する。
見たところ骨折して手脚を器具で吊られたりはしていない。
腕は動く、が、ところどころ包帯を巻かれてる感触がある。
脚も動く、が痺れたようにあまり力が入らない。
わき腹が息をするたびに痛い。
あばら骨にヒビくらい入ってるかもしれない。
とりあえず動けそうだと、身体を起こそうとして、頭がビン!と引っ張られた。
なぬっ?!
起こしかけた身体がベッドに引っ張り戻される。
振り向けば、長い白い髪が、身体と敷き布団の間に挟まって、俺の頭を引っ張っていた。
おまけに、布団をはねのけた自分の腕。
包帯とパッチだらけのそれは、見慣れた俺の腕じゃない。
細い。
そして短い。
手指が・・・小さい。
背中が、胸が、冷や汗で一気に冷える。
「マジかよ・・・」
自分で発したはずの声に驚愕する。
聞き覚えのない少女の声。
そして頭の上に感じる不規則に動く妙な重み。
小さくなった両手で、顔を、頭を撫でまわす。
耳のあった場所には耳が無く髪の毛で覆われ、頭の真上にぴくぴくと自在に動くモフモフとした長い耳の感触。
俺も忘れるな、とばかりに、尻の下で存在を主張する棒状の・・・尻尾。
夢じゃなかった。
俺はウマ娘になっていた。
ケガを痛がっている場合じゃない。
ベッド下に転がっているスリッパを履いて、カーテンを開ける。
そこは病室ではなかった。
医務室、のようなものか、簡易ベッドが二つと、机に薬品棚、担架ロッカーに折りたたまれた車椅子とストレッチャー。
身長・体重計に、壁に掛けられたスポンサー名が筆書きされた大きくて無骨な姿見。
全身の痛みを無視し、力の入らない脚を何とか動かして、姿見の前に立つ。
まず目に入ったのは腰にも届きそうな長い白髪。
自分の意思とは関係なく勝手に音を探って動き回る手のひらほどの長さの頭の上のウマ耳。
あちこち包帯やら傷パッチやらを貼られて酷い状態ではあるが、透き通るような白い肌。
キョロっとしている、にはちょっと足りない少し鋭さの宿る赤い瞳の目。
足の間から見える、白くて長い毛並のウマ尻尾。
男物のトランクスと破れかけの薄汚れたTシャツを着たズタボロのウマ娘がそこにいた。
ざっと見た感じ、細い。
身長は150cmくらいだろうか。
高校生というにはどこか未熟、中学生というにはちょっと大人びている、成長しきっていない中間的な印象。
Tシャツの胸を持ち上げているふくらみは無いわけではないが大きくもない。
ウマ娘になったってことは・・・
そっと股間に手を伸ばすとそこにはあったはずのものが何もなかった。
改めて、姿見に近づいて自分の顔を眺めてみる。
細く、やせ形で尖り気味の顎。
大人びているという顔かたちじゃない。
可愛げのある子ども、というよりもどこか人形じみている雰囲気が漂う。
目を細めると若干鋭利な感じを受けるが、表情を作ってみると愛嬌が無いわけでもない。
全体的に見るとかなり整った顔だ。
髪をかき上げて見たり、背中を鏡に映してみたり。
尻尾や耳がコントロールできないかあらぬところに力を入れてみたり。
ウマ娘の身体を確認するのに夢中になっていた俺は、部屋に誰か入ってきたことに気づかなかった。
「なにやってんだい?」
「うひゃぁ!」
突然脇から声をかけられて飛び上がった。
見覚えのある白と紫を基調としたセーラー服のような制服を着た、黒髪、長髪、褐色肌のウマ娘がいつの間にかそこに立っていた。
「たづなさんに、怪我人をちょっと見ていてくださいと引っ張ってこられた時には何かと思ったけど、大丈夫そうだね。」
「たづなさん?ヒシアマ・・・ゾン・・・さん?」
何度も、スマホのアプリ画面で見た名前と姿だ。
でも、アニメ絵のあの存在じゃない。
コスプレ、とは違う。
安っぽい生地で作られたコスプレ衣装でもなく、カチコチに整髪料で固めた無理やりな髪型でもなく。
ただ自然に、褐色肌でボリューミーな長髪を湛えた、血と肉を持ったウマ娘としてのヒシアマゾンがトレセン学園の制服を着て、そこにいた。
ヒシアマゾンとたづなさんの二人がいるってことはここはトレセン学園なのか?
「お?アタシを知ってるのかい?」
疑問形とはいえ、見知らぬ俺の口から自分の名が出てきたことに一瞬驚いたそぶりを見せた彼女だったが、自分を知っていてくれたことに素直に喜んだようだ。
ニカっと八重歯を見せて笑う。
「知っててくれたとは嬉しいねぇ。
どこで知ったんだい?
やっぱエリザベス女王杯かい?」
俺がヒシアマゾンで思い出すウマ娘の有名なレース、というと・・・
「たしか・・・金船障害っていうレースで、魔法少女の・・・」
「ちょっと待ちな!なんでピンポイントでそれが出てくるんだい!」
「いや、かわいかったので一番印象に残ってて。」
「人生一番の黒歴史だよ!」
地団太踏んでぷりぷりと怒る彼女は、まさにあのヒシアマゾンだ。
目の前で、生の彼女の反応を見て、なぜか俺は自分が『生きている』ってことを実感した。
「まったく・・・とんだ恥をかいたよ。
まぁいいよ。
ラベノシルフィーさん、でいいんだよね?
うちの理事長からの言伝だ。
三女神像に刺さっていた件に関して事情聴取をしたいので、あとで理事長室に来てくれとさ。
理事長室へはアタシが案内するよ。」
「ラベノシルフィー?」
ラベノシルフィーと呼ばれて、ああ、俺のことだ、と思うも、いや違う、あれは東京競馬場のレースで転倒した馬の名前だったはず、という俺の意識が自分をラベノシルフィーだと認識することを否定する。
いや、俺の名前だよな?
違う、俺には名字と名前があった。
ならそれは何だ?
思い出せない。
俺の名前は、・・・ラベノシルフィーか。
そもそも俺は何を葛藤しているんだ?
自分がラベノシルフィーではない、別の名前で呼ばれていたはずだ、という意識は、どこかに押し込められ再度疑問を持つ間もなく消し去られた。
頭を振って、意識をヒシアマさんの質問に戻す。
「・・・さっぱりわからない。
気がついたらここで寝かされてました。」
「妙な話だねぇ。
アンタ、三女神像の台座に半身突っ込んで埋まってたらしいじゃないか。」
「は?」
意味が分からない。
それって、あの自称女神がなんかしくじったんじゃないのか?
硬い岩?の中に押し込められ、真っ暗闇の中窒息しかけたことを思い出す。
あれは三女神像の台座の中だったのか。
くっそ、あの駄女神、転移失敗ってやつじゃねーか!
危うく石の中にいる!から死亡のコンボを喰らうところだった。
「アグネスデジタルが保健室にアンタを運び込んで、保健医が応急処置をしたんだけど、アンタ股関節を脱臼していてねぇ。
保健医は脱臼の処置の仕方を知らないってんで、急遽ぶらついてた沖野トレーナーが引っ張りこまれてたづなさんにしばかれながらアンタのフトモモ抱えて処置してたよ。」
沖野トレーナーってあれか、ウマ娘のトモ、って要するに太腿から尻だよな、を褒めながら撫でまわしてくるスピカとか言う名物チームの男性トレーナー。
まさか気絶している間にそんな目に合っていたとは・・・
「・・・人の趣味には口出ししたくはないんだけどさ、アンタ男物のアンダーとか、ブラもつけずに直Tシャツとかいい加減やめときな?
珍しく沖野トレーナーが時々目をそらしてたって言うから、いろいろヤバイよ?」
いろいろ見えちゃってたんだろうか。
男物やめろとか言われてもな。
この身体になる前に着てたものがそのまま・・・
・・・いやちょっと待て。
尻尾がどこから出てるかと思ったら履いてるトランクス前後逆だこれ。
おしっこ穴から尻尾が出てる。
他にもなんか不備があるんじゃないか?
今更ながらにペタペタと身体のあちこちを触って確認する俺に呆れたような目を向けながら彼女が続ける。
「アンタの私物だけど、財布とか貴重品はたづなさんが預かってる。
アンタが着てた上下の服は・・・それ。」
ヒシアマさんが指さした先には、かごに服だったものの残骸が入っていた。
ライダースジャケットにヘビーオンスのジーンズ、どっちも引きちぎれて大幅に布地が足りてない。
ボロ布もいいところだ。
もう着られそうにない。
「ちょっとその姿で校内を歩き回るのは勘弁してもらいたいね。
しばらくはこれを着といて貰えるかい?」
と、赤色のジャージ上下を渡された。
「歩けそうなら、理事長室に案内するけど行けるかい?」
「はい、お願いします。」
渡されたジャージを身に着ける。
学生時代に着ていたジャージと大差ない。
違いはズボンに尻尾穴があることくらいか。
ズボンを履こうと足を上げようとしたのだけれど、脚がほとんど上がらない。
危うくそのまま転びそうになって、ヒシアマさんに支えられた。
ベッドに腰かけて履こうとしたけれどそれでもだめで、ベッドに寝転がりながらヒシアマさんに助けてもらってようやく足を通せた。
そして、尻尾。
もともとなかった器官だから、思い通りに動かない。
尻尾穴に尻尾を通すにも勝手に動いたり突っ張ってみたり、ベッドの上で一人大乱闘状態。
これもヒシアマさんが何遊んでるんだい!と手伝ってはくれたものの、他人の手で触られたりしごかれたりするのはくすぐったくてたまらない。
終いには半端に通った尻尾の毛をズルズルと引っ張られてようやくジャージのズボンが履けた。
ウマ娘世界に来る前に履いていたプロテクターシューズは無事だった。
見るからに今の俺の足のサイズは変わって小さくなっているのだけれど、シューズの大きさもそれに合わせて変わったのかぴったりだ。
ただ、ジャージに合わせてみるとプロテクター部分があちこち出っ張っているので、ごつくて似合わない事甚だしい。
一通り身なりを整えて、俺はヒシアマさんに連れられて理事長室に向かった。
保健室のある建物をいったん出て、理事長室のある棟へ向かう。
保健室は、ウマ娘のトレーニングをする運動場に面した建屋にある。
ケガをした時にすぐに手当てできるように、という配慮もあるんだろう。
時折、ランニングをしているっぽい同じジャージ姿のウマ娘とすれ違う。
しばらく建物の壁に沿って歩くと、中庭の真ん中に建つ大きな三女神像が見えてきた。
その高さは、台座と合わせて建物の二階に届くくらいの大きさがある。
その台座の真ん中に、無残にもマンホールより少し小さいくらいの大穴が開いていた。
そばを通る者全員が、ぎょっとして眺めていく。
「アンタ、あれに刺さってたって。
何をどうすればあんなところに刺さるんだい?」
「そう言われても・・・俺には全く心当たりがないので。」
「おや、そんななりして俺っ子だったのかい、ちょっと意外だね。」
「まぁ、昨日まで男やってたので。」
「ハァ?
こんな立派な胸と!(ペシッ!
お尻してて!(ペシッ!
男とか宝塚の見すぎじゃないかい!」
胸と尻に軽くビンタを喰らってしまった。
ふと見ると、像の近くに、俺のバイクがとまっていた。
バイクもこっちに送られてきたのか、と近寄ってみると、なんか違う。
Iwasaki CPZ900R Inja
色や雰囲気こそ同じだがサイドカウルに「隠」とでかい漢字ロゴが入っている。
ライバルメーカーのUZUKIの隼とニコイチしたかのような、中華製のパチモノバイクみたいな雰囲気が漂っていた。
しかし、これはまぎれもなく俺が長年乗り続けたバイクだ。
ハンドル周りやホイールに入った傷なんかは俺が乗っていて付けたものだ。
「でかいバイクだね。さっき重機で吊り上げてたけど、朝からあるらしいんだよ。」
「俺のです。」
「いやアンタ、まだ乗れる歳じゃないだろう?
それともその見てくれで実は歳上かい?
アタシ失礼しちゃったかい?」
実際どうなんだろう。
自分のこの世界での立ち位置がよくわからない。
このバイクが微妙に変わっているのを見ると、都合よく俺の立場なんかも調整してくれているのかとも思うけれど、しょっぱなから石の中に生き埋めにする駄女神のやることだからなあ。
自称三女神のゴドと言ったか。
あの小さな洋装の幼児姿と比べると、この三女神像とは似ても似つかない。
三女神像の顔を見上げると、三女神像の一体がニヤッと笑った気がした。