ウマ娘世界が地獄でも、住めば都です。   作:ジョンゲスト

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推敲の段階で頭の中でムッターさんが話が薄い!と暴れ出したので書き直しに時間食いました~

結果がわかっているのに、やり始めちゃって退くに退けなくなる、ウマ娘にヒトが挑むのってハードルが高いどころじゃないですけれど、探してみると結構身近にあったりもします~


ウマ娘になれなかったヒト

「結論ッ!この学園に貴女を担当できるトレーナーはいないッ!」

 

理事長室に入るなり、挨拶もそこそこに結論とやらを突き付けられる。

学園内のトレーナーを俺に割く余裕はない、ということらしい。

もともと選抜試験でトレーナーに拾ってもらえるような能力など持ち合わせていない身だ、学園側で世話してくれるというので期待していたがあてが外れたようだ。

 

「しかしッ!学園内に人材なくとも在野にはありッ!

 紹介しよう!

 貴女のトレーナー候補、ウマ男芸人『ムッター』氏だッ!」

 

トレーナー候補なのに芸人?と思いつつも、紹介された人物を見る。

 

どこかちぐはぐな感じのするスーツ姿の30歳くらいの男が、ソファーから鋭い目つきで俺の全身を舐め廻すように見ている。

余計な贅肉のついていない、精悍と言っていい顔つき。

 

「ヒトからウマ娘になったっていうからどんな奴が出てくるかと思えば、普通のウマ娘じゃねぇか。

 ムッターだ。

 山田でもいいぞ。」

 

立ち上がって、人好きのする笑顔で手を差し出される。

ムッターは芸名、本名が山田ってことらしい。

握手を返して名乗りながら思う。

 

このムッター氏、太ももがヤバい。

 

スーツ姿になんか違和感があったのはこれだ。

太ももだけぱっつんぱっつんに近いほど、ズボンの生地が張っている。

握手した手なんかほっそりしているように見えるのに、だ。

 

「彼はウマ娘が好きで好きで、ウマ娘と並んで走るのを夢見て、ヒトの身でありながらウマ娘の走りに極限まで近づいたまさに『ウマ男』なのだッ!」

「ムッター氏の著書は、中央のトレーナーも参考にするほど細かく研究なされていて、ウマ娘研究の第一人者なんですよ?」

 

トレセン学園というある意味究極のウマ娘機関の要職にいる二人がベタ褒めする。

 

ピンとこないな、というのが表情に出ていたのか、ムッター氏が足元の鞄からノートパソコンを取り出して、自身の動画を見せてくれた。

 

動画に映るムッター氏の身体は細い手脚に太い腰と腿。

短パン姿でさらけ出された生足のふくらはぎも、異様に発達していた。

明らかに他の陸上系アスリートとは異なる筋肉のつき方。

 

走り出したその姿は、歩幅や脚の回転はウマ娘とは比較にならないほど足りないものの、フォームは驚くほどウマ娘のそれに似ていた。

似てはいるものの、やはりヒトには合わない走法なのか、各距離別のタイムは日本記録や世界記録と比較すると遅い。

しかし、筋力のバランスをウマ娘に近づけ、最適化すると突然タイムが上がるのだという。

 

「俺の身体は、圧倒的に足首からつま先にかけての筋力が足りねぇ。

 鍛えてもなかなか筋肉がつかねぇ。

 おまけに身体の全盛期は過ぎ始めてる。

 ウマ娘を追っかけるのも、まぁ、潮時っちゃ、潮時だ。」

 

ムッター氏は今、金曜のゴールデンタイムのバラエティ番組で、5分ほどのウマ男チャレンジ!という枠を持っているという。

ウマ耳とウマ尻尾を付けたムッター氏が、様々な条件で幼稚園児から老人までの幅広い年齢層のウマ娘に挑戦するというものだ。

全国ドサ回り風に収録がなされて、結構人気があるらしい。

様々なウマ娘との対戦データを仕事で集められる、と長年やってきたこの企画も、自身の身体の衰えに限界を感じている、という時期に来ていた。

 

「こちらの理事長さんから、ヒトからウマ娘になった困りものがいるから、走り方を伝授してやって欲しい、とか連絡を貰ったときは、何を言っているんだと思ったぜ。

 確かに俺はウマ娘のトレーナー資格は持っているが、それも便宜上取っただけだ。

 こんな与太話、放っておいても良かったんだが・・・

 

 だが、送って貰ったお前の走る動画を見て、確信した。

 お前は確かに突然ウマ娘になってそのウマ娘の能力に振り回されているヒトだ、とな。

 俺が何度も夢想した、俺がウマ娘だったら、っていうシミュレーションを動画の中でそのままやってるウマ娘がいやがる。

 俺が長年追い求めてやまなかった、ウマ娘の能力を手に入れたヒトが実在する事に、なんでウマ娘になるのが俺じゃないんだと神を呪ったもんだ。」

 

「俺の走る動画?」

 

「ん?ああ、俺が貰ったのはこれだ。」

 

俺は走っているところを動画に撮った覚えなんかない。

再生された動画の中では、全身プロテクターに身を固めた俺が、転んで、転んで、危なっかしいおかしな走りを披露しているものだった。

たづなさんと医療研究センターで走った時のそれだ。

明らかにズームで、俺の走りだけを追いかけていて、一緒に走っていたはずのたづなさんは一切写らなかった。

 

「たづなさん?」

 

彼女は目を逸らした。

・・・計画的犯行だったか。

 

 

 

「しかしよ~、ウマ娘と並び立つことを夢見て、ウマ娘になりたくてもなれなかった俺と、偶然にもウマ娘になってしまったお前。

 代われるなら代わってくれねぇか?

 お前の身体俺にくれよ。」

 

はっ!と彼は皮肉な吐息をついて、一拍。

彼の雰囲気が豹変する。

 

「まぁ奇跡なんざ願ったところで都合よく起こるもんじゃねぇ。

 今更俺がウマ娘になれるなんて思っちゃいねぇ。

 俺は生涯ウマ娘と並び立つことなく、勝てない勝負に挑み続けて朽ちてくもんだと思ってた。

 最初から結果のわかってる勝負に挑み続けた馬鹿の末路って奴だ。

 

 だが、目の前にヒトからウマ娘になったなんて言う馬鹿げた存在がいるなら別だ。

 お前は、俺の夢の先にいる。

 

 俺のウマ娘の走り方の全てのノウハウをくれてやる。

 お前が、俺の半生の成果をもって、ヒトから完全なウマ娘になれることを証明してくれ。

 俺の代わりにヒトから完全なウマ娘になって見せてくれ。」

 

狂気的ともいえる固執が、執念が、苛立ちが、たったそれだけの言葉に込められていた。

そして俺がかつて勝てない勝負に挑み続けて折れた道を、彼はまだ歩き続けていた。

 

そこにいるのはウマ男なんていう芸人ではない。

 

本気で、ウマ娘に近づくための努力を長年重ねてきた一人のヒト。

ウマ娘そのものになれないなら、ヒトの身のままウマ娘に近づこうと足掻いてきたヒト。

 

そこに、何の努力もなく現れたヒトからウマ娘になったという俺。

自分の望むものをすべて持ちながら使いこなせずに四苦八苦している俺の姿の動画。

そうじゃない、そんな脚の使い方じゃない、と歯がゆい思いをしながらそれを見たのではなかろうか。

 

彼はウマ娘の走り方を誰よりも知っているが、ウマ娘の肉体能力がない。

俺はウマ娘の身体を持っているが、ウマ娘としての走り方を知らない。

 

お互い持っているものと持っていないもの。

 

噛み合うことがなければいずれは両方無となって消えていたかもしれない。

 

だけど、噛み合った。

たった一本の理事長の電話で、噛み合ってしまった。

たぶん、これ以上の組み合わせは他に無い。

 

「託すぜ?

 全部持って行け。」

 

俺の背の高さに合わせて挙げられた拳に、拳を合わせる。

 

「託されるよ、トレーナー。」

 

ヒトの走り方からウマ娘の走り方への苦労を全て背負ってくれた先達が最高のトレーナーとしてついてくれた瞬間だった。

 

 

 

 

「あ~、ところで報酬の件だが。」

 

ビクリ、と理事長の肩が震えた。

見る間に顔を引きつらせて脂汗を流し始める。

 

「だ、だ、だ、大丈夫だ。

 それ相応の報酬を用意しようッ!」

 

理事長の口元を隠す扇子に『金欠』の文字が踊る。

 

「いや、学園からの報酬はいらん。

 報酬はコイツから貰う。」

 

彼の指さす先は俺。

 

俺?!

 

「心配すんな、金じゃねぇ。

 大したことでもねぇ。

 ちょっとじっとしてろ。」

 

彼が、立ち上がって俺の背後に回り、俺の目の前に影が差したかと思うと・・・

 

スウ~~~~ッ・・・・

 

脳天のつむじのあたりを鼻で吸われた。

 

「ふぅ、作りものじゃねぇ生のウマ娘の香り・・・これで2週間は戦える。

 ウマ吸い最高!」

 

「「「・・・」」」

 

吸われた時の俺の表情は、チベットスナギツネのようだったという。

ムッター氏のウマ娘好きってのをなめてた。

最高のトレーナーであるのかもしれないがウマ娘好きの度を越して変態入ってた。

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