「これは提案なんだが・・・お前、俺の事務所に所属しないか?」
「はい?」
脳天からウマ吸いで何やら吸い出されたらいけないものが吸い出されたようで虚無ってたところに、突然の提案だ。
彼の事務所に所属?
珍獣芸人としてデビューしろっていうことだろうか。
「俺とマネージャー兼事務員しかいない個人事務所みたいなもんだから、所属したからって仕事があるわけでもないし、給料を出してやれるわけでもないんだが・・・
聞いた話だと、お前異世界からの渡り人でもあるんだろう?
まぁ俺の方にもお前の指導映像を使わせてもらえないか、って下心はあるが、芸能活動しています、って隠れ蓑があれば、多少おかしな行動をしたところでごまかせることも多いと思うぞ? 」
・・・これは思ってもみなかった提案だ。
芸能人、ってのは目立つのが仕事みたいなものだから本来悪目立ちたくない俺からしてみれば芸能活動なんて悪手もいいところだと思うのだけれど、事務所に所属しているっていう名目だけで活動しないのなら話は変わってくる。
一般には芸能人なんてのはどこか浮世離れした行動をとるものだ、っていう認識があるから、変な言動や行動をとっても、ああ芸能人だしな、で納得させられるシーンは多いだろう。
最初は多少目立つが『芸能人の卵です!』と宣言しておいて、俺の不自然な部分をそういう『キャラ』だと思わせるのはありかもしれない。
「妙案ッ!現状貴女にレースでの活躍を期待するのは難しいッ!
しかし、在学中に仮にも芸能事務所に所属していたという経歴は卒業後役に立つだろう。
これから先の人生を考えるに、コネや人脈を育てておくのは悪くないッ!」
うん、そういう側面もあるか。
理事長の話を聞いて、奨学金返済で苦しんでいた卒業生のことを思い出す。
トレセン学園は、レースに出場するウマ娘を育成することに特化した学校だ。
安くもない学費を払って卒業したところで、在学中にGIレースを勝たなければおいしい話は来ないとあのねーちゃんは吐き捨てていた。
俺も何もしなければそのおいしい話の来ない実績を上げられなかった卒業生コースに乗ることになる。
何より、あっちの世界で社会人だった俺は知っている。
世の中、へたな努力と実力よりも、金とコネと愛嬌の方が強いってことを。
「ラベノシルフィーさん、この話受けましょう。
芸能活動しているウマ娘は学園内にもいますし、学園外へ露出する情報に関してはこちらでもチェックしますから。」
たづなさんは利がある、と判断したみたいだ。
ただ、このままはいはいと二つ返事で了承するのはちょっと怖い。
海千山千の芸能界を、この若さでほぼ一人で渡り歩いているのがこの目の前の彼だ。
トレセン学園がサポートしてくれるにしても、自分の身を守る範囲ははっきりさせておかないと、思わぬ落とし穴にはまるかもしれない。
俺は久しぶりに社会人脳をフル回転させて考える。
「この話を受けるなら・・・詳しい契約はあとで書面で交わすときにお互い確認するとして、この場で思いつくことで一件。
俺関連の映像をもし一般公開するなら、俺が公式戦で勝つまで、素性がわからないようにして貰えますか?」
目先の問題は、デビュー前に必要以上に悪目立ちしないこと。
レースに出て人目についてしまうのは仕方がない。
けれど、ただでさえ『変な奴』と思われがちになるであろうこれからの生活で、いらぬところで悪目立ちすればいじめの対象になったりするかもしれない。
身に着けているものに注意しろ、とたづなさんから言われるくらいだ、学園生の間にいじめや名家同士の派閥争いなんかが無いわけがない。
考えすぎかもしれないけれど、俺の無様な映像が公開されることでトレセンの恥さらし扱いされる可能性だって十分あるんだ。
そのくらいは警戒しておいて損はないだろう。
「ああ、それは大丈夫だ。
さすがに多感な年頃のウマ娘を晒しものにしたりはしないさ。」
「・・・その多感な年頃のウマ娘に突然ウマ吸いやらかした人の言葉とは思えませんけどね。
でも、ありがとう。
こんな提案をしてくれるとは思わなかった。」
彼にとって大した手間にならないからこその提案かもしれない。
しかしその提案は、俺の手札足りうる十分な利を含んでいる。
礼は言っておくべきだろう。
「気にすんな。
お前がウマ娘の走り方を身につけて他のウマ娘と対等に立ってくれるだけで・・・俺はそれだけで報われる。」
「ふふ・・・ちょい歳下くらいの奴にそう期待されると妙な気分だな・・・」
つい、砕けた口調で呟いてしまう。
年下に見える、と言っても社会に出てしまえば数年の歳の差は誤差みたいなもんだ。
ほぼ同世代くらいの彼のざっくばらんな言葉はついついよそ行きの口調を捨てさせる。
が、彼の耳は俺のつぶやきをしっかり拾っていたらしい。
「俺が歳下くらい?
ちょっと待て、お前見た目通りの歳じゃないのか?」
「歳も何もあっちの世界じゃ三十路超えのおっさんだったよ。」
俺の言葉を理解して、彼が固まった。
「 え?理事長さんからはヒトからウマ娘にって・・・
ヒトの学生がウマ娘になったんじゃねぇの?
元は、30・・・過ぎの・・・おっさん?
・・・・・
・・・
・
詐欺だ!オマエ!なんてものを吸わせんだ!」
「馬鹿野郎!あんたが勝手に吸ったんだろうが!」
完全に、勝手な思い込みによる逆切れだ。
俺に非は無いっ!
突然に始まった俺たちのくだらない応酬をよそに、理事長とたづなさんは私たちは関係ありませんとばかりに静かに茶を飲んでいた。
「どうやらウマが合いそうですね。」
「うむ。無事トレーナーが決まって一安心だ。」
喧騒は20分ほど続いた。
俺のこのトレーナー、実はJCJKウマ娘マニアか隠れロリコンではないかという疑惑が湧いたけど。
トレーナーと顔合わせしたその日のうちに、同年代の男同士のようにバカ騒ぎできるまで関係が深められたのはいいんだけどね。
ウマ吸いの相手に中身までティーンの女性を期待していたのは、彼の落ち度だと思うんだ・・・
最後のおまけのドタバタは、もうちょっと長かったんですが、推敲の段階で、このセリフを入れるとたづなさんが反応して参戦し、収拾がつかなくなる!ってのに気づいてごっそり削りました~
今回がちょっと短めになった理由です~