これも、昭和の遺物、集団での慰安旅行なんかによく使われた大宴会場とかがある昔の伊豆の観光ホテルを参考にしています~
「ひっろ・・・」
大浴場入り口の扉の先にはその名に恥じぬ広さの空間が広がっていた。
左右の天井際の壁には、採光用の窓といかつい工業用の無骨な換気扇が並び、立ち上る湿気を必死に排出している。
浴場の奥行きは50メートルくらいあるんじゃないだろうか。
湯気で大浴場の奥が霞んで見える。
入り口を入ってすぐ右には、獅子の顔を模した湯出し口と御影石でできた半円筒のお湯溜めがあり、掛け湯ができるよう樹脂の桶が置いてあった。
その横は、4段のステンレスでできた棚だ。
一時的なお風呂セット置き場だな。
左側は、湯上り用の立って浴びられるシャワーが壁際に5つほど並んでいる。
お風呂セットを棚に置いて、掛け湯を浴びるためにまとったタオルを外す。
腕に絡みつく髪の毛を上げようと、まとめるのに手間取っていたら、アップルサンデーさんが髪をくるっとまとめて髪ゴムで止めてくれた。
「それあげる。
髪ゴムは100均とかでいくつか買って持ち歩くといいよ。
結構使うこと多いから。」
「ありがとう。
ごめんね不慣れで。」
気を取り直して、掛け湯を浴びようとしたら、ゲムパちゃんが俺の脚元にしゃがみこんでじっと俺の脚を眺めていた。
その視線の先にあるのは、白い肌に点々と赤紫色の痣の残る俺の肌だ。
「・・・何したらこんな痣だらけになるの?
痛くない?」
「え?
・・・うっわ、恐竜にでも噛まれたのこれ。
よく見たら全身治ってない傷だらけじゃん!」
脚についた痣は、たづなさんが俺を三女神像の台座から引っこ抜くときに掴んだ痕らしい。
見方によっては、ワニのような大型の動物に噛まれた痕のようにも見えなくもない。
だいぶ薄れてきたから、食い込んだ手の形が見て取れるほどじゃないけれど、まだ赤紫色に変色しているところがたくさんある。
そして、まだあちこちに残る擦り傷の痕。
いまだに目立つのが、肘と顎の下。
わき腹からあばらのあたりにかけてついていた擦り傷は、かさぶたこそなくなったものの、打撲痕で部分的に青黒かったり、かさぶたの剥がれた後が微妙に広い範囲でピンク色に変色したりしていた。
二人に囲まれて全身くまなく観察される。
タオルを前に持ったまま立ち尽くしていたけど、そんなにじろじろ見ても怪我の痕しかないってば。
「・・・まあ、ちょっと、いろいろあって。」
「いろいろって・・・これ尋常なケガじゃないよねぇ?」
「む~。
なんかワケアリそうなのはわかるけどさ。
何かあったら相談してよね?」
「・・・ありがとう。」
他の寮生が入ってきたこともあってか、ようやく二人が離れてくれる。
しかし、ゲムパちゃんとは一度一緒に踊ったことがあるだけで二人とはほぼ初対面なのに、なんでこんなに距離感が近いんだろう。
いや、ありがたいんだけどさ。
掛け湯を浴びて、お風呂セットを取って、身体を洗いに島カランの方へ向かう。
床タイルのモザイク模様が、まるで道筋を表すように床の上を伸びて、正面の島カラン群と右側の壁沿いにある湯舟へと分岐している。
「私、先に温まる派なんで湯舟行ってるねー!」
ゲムパちゃんはそこで別れて、湯に浸かりに行った。
湯舟は、これもまたタイル張りだ。
小さな長方形の水色のタイルがびっしりと湯舟の中ととその縁を覆っている。
細かいタイルで飾られた縁は、右側の長い壁沿いに弓のような形を描いて、小・大・小の3つの湯舟を形作っていた。
湯舟の幅は、3人が足を延ばして座ってなお余る程の幅がある。
湯舟の両端は、10人ほどが入れる程度の大きさに区切られていて、手前が入浴剤や柚子湯などのイベント湯用、奥は熱い湯が好きな寮生の為に、熱めの湯が張られているらしい。
ゲムパちゃんは誰も入っていない熱い湯の湯舟に突撃すると、首まで湯に浸かって熱い湯を堪能していた。
一番大きい中央の湯舟には、湯面より少し高い場所から湯が落ちる湯出し口がある。
その下に入ると落ちてくるお湯がちょうど打たせ湯のようになるらしく、肩にお湯を当ててまったりしている入浴者もいた。
この中央の大きな湯舟、詰めて入ったら100人以上入れるんじゃないだろうか。
今まで会社の出張の時にスーパー銭湯やら温泉やら、いろいろな湯舟を見てきたけれど、これだけ長くて大きい湯舟はお目にかかったことがない。
それ程混んでいない今、大半の入浴者はその広い湯舟をフルに使って、湯舟の縁を枕に仰向けに寝転がって湯の中で存分に身体を伸ばしていた。
広い浴場のところどころにある建物の柱は、鏡面に仕上げられた石材の円柱だ。
なんとなく、タイル張りの床よりも近代的で、デザイン的に浮いているように思える。
個々のスペースを分ける仕切り板のついた御影石でできたシンプルな島カランも、タイル張りの床や湯舟とちょっとデザインが合わない。
補修工事か何かで、これらはあとから設置したものなのかもしれない。
温度調節機能付きの、現代的なデザインのシャワーカランは、一島で30台。
その島が並んで4つある。
そして、もう2列ほど島カランが置けそうなスペースが、何もない空間として一番奥に空いていた。
ちょうど、ちょっとしたホールのステージくらいの大きさがある。
さすがに、風呂場で歌って踊ったりとかは・・・ないよね?
左手の壁に用具室っぽいドアがあるのがめちゃくちゃ気になる。
「・・・イベントスペース?」
思わず首をかしげてつぶやくと、アップルサンデーさんが教えてくれた。
「謎空間でしょ~?
なんに使うのかわからないし、先輩方もわからないのよね~
もっぱら、中等部1年の子の遊び場になってるのよ。」
石鹸カーリングやら、石鹸だらけの身体で寝っ転がって壁を蹴ってどこまで進むか競争したり小学生気分が抜けない中等部1年が遊びに使っているらしい。
ウマ娘の脚力でそんなことやったら壁に頭ぶつけるんじゃ、と思ったら、左右の壁の低い位置にしっかりタイルが剥がれた跡があったよ。
アップルサンデーさんの隣りのカランに座り、タオルを濡らして石鹸を塗り込んで身体中の汗を洗い流す。
若い身体は中年の身体と違って全くといっていいほど皮脂が出ないので、全身を洗っても石鹸の洗浄力が落ちない。
皮脂が出ていたとしたら、天然のウマ油だ、落とさなくてもいいんじゃないだろうか。
アップルサンデーさんは、ひたすら脚の指の間を親の仇のように入念に洗っていた。
練習用の靴は蒸れるから、だそうだ。
ウマ娘が本気で走る靴は、ぎちぎちに締め付けて靴の中空気の流れとかなさそうだもんな~。
「水虫になってからじゃ遅いのよ~」
とは彼女の談。
全身くまなく洗って流し、髪の毛と尻尾に移ろうか、とお風呂セットに手を伸ばしたら、隣からにょっきりと腕が伸びてきた。
「あ、ごめーん。」
アップルサンデーさん、腕を伸ばしてうぶ毛を処理中である。
角度が悪くてこっちのパーティションに腕が伸びてしまったらしい。
泡立てたボディーソープだらけの腕を、専用の安全カミソリで撫でていく。
両腕を一通り剃り終わると、彼女の様子を眺めていた俺の視線に気づいた彼女が、俺に向かって両手をちょうだいするように伸ばしてきた。
「腕、見せて。」
言われた通り、右腕を差し出す。
顔を近づけて、じっと眺められたかと思うとうらやましがられた。
「いいなー、白毛ってうぶ毛目立たなくて~
私二週間も放置したら、腕とか足とか浅黒くなってくるよ、うぶ毛で。」
アップルサンデーさんは、黒毛だ。
髪の毛もどこもかしこも、毛という毛がみんな黒い。
特に身体の本格化、というやつが始まってからというもの、なおさら体毛が濃くなってしまい、頻繁に剃らないとならないと嘆いていた。
アップルサンデーさんと二人してシャンプーに取り掛かり、俺はお風呂セットから耳栓を取り出して耳に詰め込んで、シャンプーで頭を泡立てていたんだけれど・・・
湯舟から上がって俺らを探しに来たゲムパちゃんが俺の耳栓姿を見て盛大に笑っていた。
「いや~、まさかその歳でシャンプーパッド使ってる人いると思わなかったよ!」
耳栓を外して聞いたゲムパちゃんの第一声がこれだ。
ハット、じゃなくパッド。
やはり、この耳栓は幼児しか使わないものらしい。
俺は、というと、髪は仕上げまで終わって今絶賛水分ふき取り中だ。
「しょうがないじゃん、長く耳伏せられないんだから。」
「こんなの誰でもできると思うけどなぁ・・・」
濡れた髪の上で自由自在にウマ耳を伏せたり立てたりして見せるゲムパちゃん。
手旗信号みたいに左を立てて右伏せて、とか器用に交互にパタパタしてみせる。
俺も真似してみたけれど、両耳一緒にしか動かせないし、長く伏せ続けることもできない。
何より、何か物音がすると勝手に耳がそっちを向いてしまう。
「・・・む~り~」
早々にウマ耳を操るのを諦めた。
へにょりと耳が前に垂れるのがわかる。
こういう時だけ感情を勝手に汲んだように動くんだよなこの耳。
「耳がうまく動かせないって、尻尾もなの?」
アップルサンデーさんが濡れて重くなった尻尾で俺の尻の下に敷かれた椅子を叩く。
芯のない毛だけの部分が慣性で弧を描くように椅子に当たる。
「いや、尻尾は何とか。」
尻尾を持ち上げて、左右に振ってみる。
自由自在とまではいかないけれど、上下左右に振ることはできる。
ウマ耳と違って、少し重さがあって歩くたびにバランスをとって動くのが感覚的に捉えやすかったのか、いつの間にか意識して動かせるようになっていたのだ。
これに気づいたのは、トイレだ。
便座に座る時尻尾を持ち上げておくのに尻尾をバンドで胴に留めるのだけれど、ある時からベルトがかけやすくなったな、と思ったら、自分で尻尾を上げていたことに気が付いた。
けれど、まだアップルサンデーさんみたいに毛先を鞭のように振り回してものを叩いたりといった芸当まではできないし、動かそうとしていないのに勝手に動いていることもよくある。
レストランのショーウィンドウを眺めていたらガラスに映る尻尾が上機嫌に揺れていたとかね。
まあ、尻尾はまだ、無意識に動いていても、意識すれば止められるだけマシだ。
耳は、目玉の動きと似ているかもしれない。
意識して動かすことはできるけれど、視界に何か入ると反射的に追ってしまう。
そして、じっと一点を見つめ続けるのも訓練しないと難しい。
困ったことに、ウマ娘は皆子供の頃から無意識にウマ耳の制御を身に着けているので、誰に聞いてもウマ耳の動かし方なんか教えてくれそうにない。
指ってどうやって動かすの?って聞かれても誰も教えられないのと一緒だ。
しばらくは耳栓のお世話になろう。
髪がショートのゲムパちゃんは、俺やアップルサンデーさんとは比べ物にならない速さで身体も髪も洗い終わった。
冗談抜きで俺もショートにしようかな、とつぶやいたら、二人して止められた。
なんでみんな髪切ろうとすると、もったいないって言うのん?
書いてから思ったんですが、屋根の上に乗せるECO機器、昔は太陽光温水器がメインでしたね~
設置されて長いのは中にコケが生えてお湯が臭いという話をよく聞きました~