合気道の達人だったりするのでしょうか~
寮から学園への道を、ボストンバッグを抱えててくてくと歩く。
カラカラと、寮と学園を隔てる門を閉める音が聞こえる。
門を押すたづなさんが、かろうじて一人通れる隙間を残してそこで止まる。
ダッシュで門に駆け込む遅刻寸前の学園生たちが俺を追い抜いていく。
「おはようございます。」
「オハヨウゴザイマスッ!」
遅刻寸前の学園生がダッシュしながらも、門を閉めかけているたづなさんに挨拶を返して、門を駆け抜けていく。
律義なことだ。
「おはようございます、初登校ですね。」
「おはようございます、たづなさん。」
俺に気付いたたづなさんから声をかけられた。
ここで、たづなさんと挨拶を交わすのは初めてだ。
たづなさんはいつも通りの全身緑の秘書衣装。
俺はまごうことなきトレセン中央の制服姿。
トレセンの一学園生として、今日から毎日この門をくぐる。
「お昼になったら、理事長室までお願いしますね?」
「はい。
毎度毎度お手数かけます。」
俺のかしこまった物言いに、たづなさんはくすりと笑うと、俺を門の中に促した。
ちょうど、チャイムが鳴る。
明日からはこのチャイムが鳴った時点で教室にいないと遅刻だ。
今日はこれから、学園の事務所に顔を出して、編入するクラスに案内して貰うことになっている。
振り返って門を閉めるたづなさんに会釈すると、俺は学園の事務所へ向かった。
事務所で名を告げて、案内に現れたヒトの事務員さんは、なんというか・・・朝っぱらから疲れ切っていて生気がなかった。
「ラベノシルフィーさんですね・・・今から編入するクラスにご案内します。
あなたの所属は、中等部2年のM組になります。」
ついてきてください、と促されて、フラフラと歩く彼女の後を追って事務棟から中央の本棟に渡り、2Fへと上がる。
中央のロビーからA、B、Cと教室が並ぶから、M組はかなり奥だ。
教室の前を過ぎるたびに、その教室の担当教諭の声が聞こえる。
どの教室でも、朝のホームルームを行っているらしい。
ややあって、M組のルームプレートのある扉の前にやってきた。
「呼んだら、入ってきてください。」
そう言い残して、事務員さんがノックしてから教室の中に消えていった。
一瞬、教室の中の学園生がざわめいたのがわかる。
うへえ~緊張する。
カラカラと、扉が開いた。
事務員さんが、廊下に出ると同時に中へどうぞ、と促される。
教卓に、一段高くなった教壇。
懐かしの黒板。
ずらりと並んだスチール製の学習机と、俺と同世代のウマ娘たち。
教卓の横で、スラックスとチョッキ姿を着た柔和な感じのおじさん教諭が片手を差し出して入室を促していた。
知らない顔の同年代のウマ娘たちの視線を一身に浴びながら、ぺこりと頭を下げて教諭の元へと教壇に上がる。
「あ~、この時期に編入、というのはちょっと珍しいかもしれないが、特別研修生のラベノシルフィー君だ。
彼女は今まで、ちょっと特殊な環境にいたと聞いている。
彼女はいつか、ウィニングライブの舞台に立ちたいそうだ。
仲良くしてやって欲しい。」
・・・ちょっ!
いったいこの教諭は俺のことどういう風に聞いたんだ?!
特別とか特殊とか、この場で言ってほしくなかった!
緊張でぼんやりとした視界の中で、何人かうんうんと頷いたり、やっほーとばかりにちらちら手を振ってくるウマ娘がいる。
教諭が、教壇の中央から一歩退いた。
自己紹介しろ、ということらしい。
荷物を床に下ろし、俺を見つめるクラスメイトに正対する。
「今ご紹介いただきましたラベノシルフィーです。
いろいろとわからないことだらけで、皆さんにご迷惑をかけるかもしれませんが、よろしくお願いします。」
頭を下げると、ぱちぱちと拍手が起こった。
申し訳程度のやる気なさそうな拍手やら、やけっぱちのように連打する拍手やら、まあ知りもしない相手だ、こんなもんだろう。
「センセー!特別研修生ってなんすかー?また地方トレセンからの挑戦者すかー?」
やる気のなさそうな投げやりな声が飛んでくる。
教室の後ろの方で椅子ごとそっくり返ってゆらゆら揺れている黒いのが、声の主だろう。
教諭は答えない。
問題児なのだろうか、ガン無視だ。
チッ!という舌打ちをした後、彼女は黙った。
「はいはーい!しつもーん!シルちゃんの得意種目は何ですか!」
頭に二つ結った髪をお団子にしている活発そうな娘が手を上げて立ち上がり、質問を飛ばしてきた。
教諭に目をやると、答えてやりなさい、とばかりに頷いている。
「・・・得意かどうかはわかりませんが、中長距離向きじゃないか?と言われたことはあります。」
正直、まだまともに走れもしないから、沖野トレーナーのトモ判断くらいしか頼れるデータがない。
一部のクラスメートがざわめく。
ほっと安堵しているような娘もいる。
こういう時、ウマ娘の鋭敏な耳は、その耳の向いた方向の会話をすぐに拾ってしまう。
『聞いてないよ?!また化け物みたいなのだったらどうしよう・・・』
『このクラスに編入するような娘だもん、心配ないって』
『あんたはいいよ、距離被ってないから。私なんてもろ被りじゃん!』
『あの娘、ちょっと前から校内うろうろしてたよね?』
『うん、なんか怪我してた。もう治ったのかな?』
『編入してくる前に噂も聞かなかったって、どこから来たんだろうね?』
・・・とりあえず、拾った会話の中からはあの三女神像の台座の話なんかは聞こえてこなかったのでちょっと安心した。
数分ほど、ざわめいたままだっただろうか。
特に続いて質問はなさそうだと踏んだ教諭が、パンパン、と軽く手を叩くと、教室は徐々に静まった。
「じゃ、ラベノシルフィー君は、そこに座って。
大きな荷物はあとで後ろの空いているロッカーに。
わからないことは隣のグランマーチャンに聞きなさい。」
指定された席は、窓際の一番前、教諭席の正面だ。
サボりたい学生に一番人気のない余計なことの一切できない特等席。
隣には、グランマーチャンと呼ばれた腰まである灰色の癖っ毛を揺らした、おっとり顔のウマ娘が柔らかい笑顔を向けて微笑んでいた。
「よろしくね。」
「よろしく。」
優しそうな隣人でよかった。
とりあえず席に着く。
席について思ったのだけれど、この机と椅子、重い。
あっちの世界では、小中学校と公立に通ったけれど、そこで使っていたものと雰囲気は似ているんだけど、違う。
ウマ娘用だからなのか、鉄のフレームがやたら太くて頑丈そうだ。
教科書なんかを入れる物入れも、厚めの鉄板にハニカムの裏打ちがされている。
それでもあちこち細かく凹んでいるあたり、やんちゃな年頃のウマ娘のやらかしっぷりは半端じゃないことがうかがえた。
おまけに、木製の天板には鉛筆の芯で開けたらしい真っ黒な穴が開いていたり、犬だか猫だかわからない妙な動物らしきものが彫り込んであったりと、なかなかに子供らしい悪戯の跡も見える。
教諭が再び教壇に立ち、今日の連絡事項と、午後のトレーニングの臨時休講項目を伝えて、ホームルームは終わった。
教諭が教室から出ると、数人のクラスメイトが俺の方までやってきて席を取り囲む。
と言っても、遠巻きにして耳を傾けるだけで聞き専が多く、もっぱら食い気味に話しかけてきたのは二人だけだ。
「やっぱり編入生だったんだね!私、ヤマネアラジン!ちょっと前にダンススタジオで一緒に練習したよ!キミ声きれいだよねー!」
「なぁ、アンタ、特殊な環境って帰国子女か?海外のトレセンか?中距離長距離って言ってたけど、速いのか?」
矢継ぎ早に話しかけられても答えに困る。
助けに入ってくれたのは隣のグランマーチャンさんだった。
「そんなに同時に話しかけても答えられないわよ?
彼女困ってるじゃない。」
「でもよォ、やっぱライバルになるかどうかは聞いておきたいじゃねぇか。」
黒いザンバラ髪を鳥の尻尾みたいに後ろで結んだ痩せぎすのクラスメイトが食い下がる。
さっき、教諭に失礼な態度で話しかけていたのはこいつか?
「で、どうなんだ?速いのか?」
「きゃっ!」
彼女は、俺の正面を他の娘をどけてまで奪って、迫ってきた。
男だったら胸ぐらをつかまれる勢いだ。
「・・・きっと誰よりも遅いよ。」
「謙遜ならやめろ。
編入してきて何もできずにいなくなる奴もいるが、どこに隠れていやがった!っていうくらいバカみたいに速いのもいる。
そんな奴が相手になるなら、俺らギリギリのラインにとどまっているトレセン生は出るレースから見直さなきゃならねぇ。
どこで、どれだけ速かった?答えろ!」
「謙遜抜きで、私は君たちの誰よりも遅いよ。
本格化とかも来ていないし、デビューもまだだよ。」
「なんだよ、行き遅れ組かよ。
脅かすなバカ。」
周りのクラスメイトが眉をしかめる中、捨て台詞のようなものを残して、彼女は離れていった。
窓際の自分の席で、椅子を傾けてふんぞり返る。
「・・・ごめんなさいね、彼女、ここのところ伸び悩んでてイラついてるの。」
「彼女、早熟だったから、1年の時は目立ってたんだけどね。
今は本格化始まった子たちに埋もれちゃってて。」
グランマーチャンさんとヤマネアラジンさんが、口の悪い彼女について教えてくれたのだけれど・・・
「余計なこと言うんじゃねぇ!」
それを聞きつけた当人から怒声が飛んできた。
「・・・行き遅れって何?」
「本格化が遅くてまだデビュー決まってない娘を揶揄して言う言葉、かな。」
ヤマネアラジンさんが、グランマーチャンさんに申し訳なさそうな視線を向けながら教えてくれる。
「私もね、身体は大きくなってきたのに、肝心の本格化が来なくてまだデビューの目途も立たないの。」
そう言うグランマーチャンさんは、一言で言えば豊満な体つきだ。
全身ふくよかな感じに見えるけれど、そこはウマ娘、どんな筋肉を隠し持っているか知れたものじゃない。
背も俺より一回りくらい高そうに見える。
「本格化って、そんなに人によって来る時期が違うものなの?」
なんか、知っていて当然な話を聞いてしまったらしい。
ちょっと驚きながらも律義に彼女らは教えてくれた。
「えっ?あ、うん、だいたい中等部1年には始まる娘が多いけど、ものすごく遅い娘もいるよ。」
「高等部2年までに本格化が始まらないと、転科するか退学しちゃう娘が多いかな。」
「転科?」
「夜間学科になるんだけどね、レース場の整備とか裏方の仕事を教える学科があるのよ。」
「保全整備科って言ってね、私たちの練習トラックを整備してくれてるのも、その学科の生徒だよ。」
夜間に学園の敷地内の練習コースで様々な設備の保全や整備を学び、資格を取っていずれはURA職員として現場に出ていくそうだ。
実際に走ってみて不備がないか確認できるのは、ウマ娘の整備員だけ、ということもあって、レースに関わるウマ娘の職としては結構手堅い部類でそこそこ人気があるとか。
「ただ、ウマ娘に生まれてレースで走れる脚を持っているのに保全整備科に入るなんて、って、よくない目で見るウマ娘もいるのよね。」
「自分たちが走るコースの整備でお世話になっているのに、なんでバカにするのか意味がわからないよ!」
無条件でその職種は下の下、って見下してくる奴は、ウマ娘世界にもいるらしい。
自分たちの生活や仕事がどれだけ彼らによって支えられているのかわかっていない大バカどもだ。
「・・・どこにも、そういう変なのはいるんだねえ。」
「「ね~。」」
この二人とは、うまくやっていけそうだな、と思ったところで、チャイムが鳴った。
俺の周りを取り囲んで話を聞いていたクラスメイトも、ガタガタと慌ただしく自分の席に戻って授業の準備を始める。
「一限目は国語だよ。」
隣のマーチャンがそっと教えてくれた。
バッグの中の教科書やらノートやらを机の中に丸ごと放り込んだところで、国語教師が来てしまった。
背の低いおじいちゃん先生だ。
人生二度目の、中等部の授業が始まった。