ウマ娘世界が地獄でも、住めば都です。   作:ジョンゲスト

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さて、ご都合主義全開でいきますよ~


入学理由は恋する乙女か雛鳥か

午後の授業開始まであと15分。

たづなさんとムッタートレーナーはすでに理事長室にいない。

合同教練の担当教官に顔通しに行ってしまった。

 

理事長に礼を述べてから、急いで教室に戻る。

教室にはもうほとんど人が残っていない。

体操着の入ったボストンバッグをひっつかんで、1Fの更衣室に向かう。

 

更衣室は廊下から直接更衣室が覗けないように入り口に衝立が立っているのでわかりやすい。

隣にあるシャワー室も同じように衝立が立って廊下から簡単に中が覗けないようになっている。

衝立の中のドアを開けると、体温の高いウマ娘によって温められた部屋の空気がむわっと押し寄せてきた。

様々な甘い香料の匂いと、すえた建材の匂いが一緒くたになって鼻を襲う。

駅ビルなんかに入っている近くを通っただけで鼻を直撃するフレグランスショップよりはだいぶましだけれど、濃厚な甘い香りはいささか鼻にきつい。

 

更衣室に入って空いているロッカーを探すも、出遅れたせいか、なかなか空いているロッカーが見つからない。

ようやく見つかったロッカーは、扉が殴られたようにひしゃげていた。

歪んで建付けの悪いロッカーを開けて、急いで体操着に着替える。

たづなさんは着替えの時に下着なんかは見られますよ、と言っていたけれど、全然そんな暇はない。

隣で着替えている学園生に手脚が当たらないように、小さくなって着替えるだけで精いっぱいだ。

みんな上にジャージを着こんでいるので、俺もそれに倣ってジャージを上に着こむ。

 

さて、問題は蹄鉄シューズだ。

履こうとしたら、ロッカー前の長椅子が、同じようにシューズのひもを締めこむ学園生で埋まっている。

そして、なかなか空きそうにない。

時間はどんどん過ぎていく。

仕方がないのでロッカーからボストンバッグを取り出して床に敷き、そこに座って無理やりシューズのひもを締める。

カツカツと床を叩く蹄鉄を踏み締めて、足首から前後左右に体重をかけてひもの締まりを確認する。

ボストンバッグをロッカーにしまい、髪についた埃を振り払って俺はグラウンドへ出た。

 

 

合同教練と言っても、全学年が一斉に集まってというわけじゃない。

1年2年は2クラスずつ合同で、ウォームアップしてその後トレーナーがついている娘はトレーナーの元へ、ついていない娘はそのまま合同教練で身体づくりにいそしむことになる。

いくつかある合同教練の集団の中で、ひときわ目立つムッタートレーナーのいる方へ向かう。

 

「おう、来たか。

 今ならいいって言うからよ、お前の『慣れた』走りで、あのカメラの前でできる限りの全速になるようちょっと一周走ってきてくれ。

 ほれ、いけ!」

 

見れば、トラックの直線の終わりくらいに、コースを向いた少し大きめのビデオカメラが設置されている。

 

「ええ?!いきなりかよ!」

 

「いいから行け。」

 

いきなりの単独走行をよりにもよって結構見てる学園生がいる前で?

ムッタートレーナー何考えてるんだ・・・

しかし、慣れた走りってことは、ヒトの走り方で全速ってことか?

蹄鉄シューズ、ヒトの走り方でいきなり加速すると滑りまくるんだよなあ・・・

かといってつま先立てて走ると速いけど不安定で妙な走り方になるし。

 

まあ考えても仕方ない、と、靴底を滑らさないよう、ゆっくり、ゆっくり加速していく。

コーナーではもう無理にインにつかない。

遠心力に負けて足を滑らせて転ぶのがオチだ。

大きく膨らんで、外周も外周から直線に向かって進路を変えていく。

前方に、カメラが見えた。

脚の回転は、そろそろヤバい領域に入りかけている。

時々、前に出したはずの脚が出きっていない。

ここいら辺りが脚を回せる限界だ。

そのままのスピードを維持して、カメラの前を通り過ぎ、また靴底を滑らさないようにゆっくり、ゆっくり減速していく。

 

ふと見ると、整列したいくつものウマ娘の集団が俺の方を見つめていた。

 

止まった俺に向かってムッタートレーナーが歩いてきて、ヘッドロックをかましてくる。

俺の頭を抱え込みながら、俺にだけ聞こえるような声でひそひそと話し始めた。

 

「(よし、いいか、これから俺が一芝居打つから、お前は嫌そうな顔して黙って聞いてろ、いいな?)」

 

「(嫌そうな顔って、いったい何やらかすつもりだよ!)」

 

「(お前の居場所を作るんだよ!いいから任せとけ。)」

 

そのままムッタートレーナーは、俺のクラスを含む合同教練の集団の前に俺を連れて立った。

 

「ムッター!」

 

1年の娘だろうか、黄色い声が飛ぶ。

ムッタートレーナーがそっちにサムズアップをかますとキャー!という嬉しそうな悲鳴が聞こえた。

彼のウマ娘との対戦バラエティは、俺の思った以上に人気が高いようだ。

 

『なんでお笑いのムッターがここにいるの?』

『胸につけてるの、トレーナバッヂだよね?』

『え?マジ?ここのトレーナーやるってこと?』

『それなら私にもワンチャンあるかな?』

『ムッターとやたらと親し気なあの娘誰?』

『さぁ?でもさっき流して走ってたの、走り方変だったよね?』

 

・・・言わんこっちゃない。

俺のウマ耳に入ってくる目の前のウマ娘たちの会話は、おおよそ俺にとってあまりよくない予想の方向に傾いていた。

 

「静粛に!」

 

指導教官が叫ぶと、徐々にざわめきが収まっていく。

 

「では、午後の教練を始めるが、その前に臨時のトレーナーを紹介する。

 皆も知っているだろう、ウマ男で有名なムッター氏だ。

 彼は、理事長直々のお声がけで、とあるウマ娘の専属トレーナーに就く。」

 

途端に、え~、と残念そうな声が響き、その半分くらいの視線が俺を射抜く。

 

「それについて、ムッター氏から挨拶がてら皆にお話ししたいそうだ。

 ・・・どうぞ。」

 

ムッタートレーナーが、皆の前中央に出て、急にスターティングポーズをとったかと思うと身体を斜めに傾けてビタッと止めてみせた。

 

歓声と拍手が上がる。

あとで聞いたけれど、番組でよくやるパフォーマンスらしい。

 

「こんにちは!俺を知っている娘は手を挙げて!」

 

ばっと集団の8割くらいが手を上げて、おずおずと手を挙げるウマ娘が増え、最終的にほぼ全員が手を挙げた。

 

「ありがとう!みんな知っていてくれてうれしいよ。

 今教官から紹介があった通り、俺は臨時だが、今日からコイツの専属トレーナーをやる。」

 

いきなり、腕をもって隣まで引っ張り出された。

 

「で、さっき、コイツを全力で走らせてみたわけだが、そこの君、コイツの走りをどう思った?」

 

彼は、話の流れから最前列の活発そうな娘をいきなり指名した。

 

「えっ、あっ、いや・・・」

 

しどろもどろになる彼女に代わって彼が代弁する。

 

「遅かったろう?そして走り方も変だった。」

 

「・・・はい。」

 

「じゃぁ、ウマ娘の君から見て、俺の走り方はどう見える?」

 

「スピードはウマ娘にかないませんが、トレーナーが褒めるくらいウマ娘の理想的なフォームで、ヒトとは思えないくらいきれいです。」

 

「そう、俺はウマ娘の走り方を真似して極めたヒトだ。

 じゃぁ、彼女は?

 ウマ娘なのに、ウマ娘の走りじゃない彼女はなんだと思う?」

 

ムッタートレーナーが俺を見る。

それが意味することに、目の前にいるウマ娘たちがざわつき、一斉に俺に目を向けた。

 

「正体不明の彼女について、ちょっと話をしようか。

 彼女は、物心ついたばかりの頃に、自然災害で親を失った。

 その時、救助に当たった若手の自警隊員に異常に懐いてしまってな。

 彼がいないと暴れてどうにもならないんで、彼のいる基地の保育施設で育った。」

 

いきなり、ムッタートレーナーが、聞いたこともない俺の身の上話を始めた。

 

「ちょっ!そんな話するなんて聞いてな・・・」

 

ムッタートレーナー掴みかかろうとした俺は、何の技だか知らないがあっという間に関節を決められて、変形コブラツイストで動きを封じられる。

抜け出そうとすると彼の野太い骨の角が痛点を刺激して痛みで抜け出せない。

逆に、体重をかけられて痛みが増す。

 

「ギャー!」

 

何かのパフォーマンスだと思われたのか、笑い声が起きた。

ひとしきり痛めつけられたあと、またもやヘッドロックをかまされて、耳元で囁かれる。

 

「(まぁ黙って聞いとけ。)」

 

「(あとで覚えてろよ?)」

 

「コイツは懐いた彼のやることなすこと、全部真似た。

 親鳥にくっついて歩く雛のように、学校にも行かず、彼のやる屋外訓練にずっとくっついてまわって施設の人間を悩ませたそうだ。

 だが、一番吸収力の高い幼少時に、ウマ娘としての身体の動かし方をせずに、ひたすらヒトの動きを真似て過ごしたこいつはどうなったか。

 御覧の通り、ヒトの動きやテンポが刷り込まれちまった。

 出来上がったのが、俺と全く正反対のウマ娘なのにヒトの走り方しかできないコイツだ。」

 

・・・なるほど、ウマ男という自分の存在を目の前に晒して、その真逆という立ち位置に俺を収めたのか。

さっきわざわざ皆の前で走らせたのは、印象付けだ。

自分というウマ娘の走りを身に着けたヒトがいるなら、ヒトの走りを身に着けたウマ娘がいてもおかしくない、それを対比してみせることで印象付けた。

バラエティ番組の一角を担っているだけあって、見せ方って言うものがわかっているのだな、とちょっと感心する。

出だしの俺の身の上話はちょっとやり過ぎな気がしないでもないけれど。

 

「自警隊は、転勤の多い職業だ。

 彼女の懐いていた若手の自警隊員も例外じゃない。

 彼の転勤は突然で、別れの挨拶もなしに彼女の前から姿を消した。

 彼の居た部隊の人間に聞いても、彼の行方は教えて貰えなかった。

 自警隊も一種の軍隊のようなものだ。

 消息を絶たねばならない特殊な任務に、彼は関わってしまったのだろうな。」

 

集団の中の幾人かが、そっと顔を手で覆うのが見えた。

 

「長く、ふさぎ込んだ、そう言っていたよな?」

 

・・・雲行きが怪しい。

ろくでもない話に発展しつつある気がする。

ヘッドロックされたまま、べしべしと彼の腕をひっぱたいた。

 

「ははは、まぁそう恥ずかしがるな。

 お前が話してくれたことだ。

 で、コイツは、何を思ったのか、突然ウマ自入りを希望した。

 せめて、彼のように、誰かを助ける存在になりたかったんだろう?」

 

なんだと?!

話が、雲行きが怪しいどころか思ってもみなかった方向に全力で猛進し始めて俺は焦った。

 

「ふんぬふぐふぐぐ~!」

 

ヘッドロックから抜け出そうとすると、抱え込んだ彼の指が耳下の痛いところを的確に突いてくる。

抜け出せないまま、彼の話は進む。

 

「幸いこいつはウマ自に入れるだけの頭と体力はあった。

 周りはみんな体力自慢脚自慢のウマ娘ばかりだ、仲間と同じように走れないコイツはさぞかし劣等感に悩んだろうよ。

 でも、ウマ自じゃ、脚の速さなんてのは数ある能力の一つでしかないんだ。

 コイツは別のところで能力を発揮した。

 ヒトを長く観察し続けたせいで、ヒトにできることと、ウマ娘にできることの判別が、ダントツに優れていたんだな。

 そのおかげで、自警隊との共同作戦が増え、その度にコイツは彼のことを聞いて回ってたそうだ。

 ある時、彼の同期だったという自警隊員が、こんなことを言った。

 『そういやあいつ、毎日番組チェックするくらいウマ娘レースのウィニングライブ大好きだったぜ?』と。

 あれに出られれば、会えなくても自分の今の成長した姿を見てもらえるかもしれない、きっと気付いてくれる、ってその思い込みだけで、コイツ危ない作戦に志願してまで功績立てて、ウマ自卒業する時の報奨もコネも全突っ込みでトレセン中央に入学希望したんだぜ?

 日本一のトレセン中央ならきっと自分も走れるようになる、あの舞台に立てるって信じてな。

 

 ・・・大バカ野郎だろ?

 

 でも、そんなバカを見捨てるどころか拾い上げてくれたのがここの理事長だ。

 その理事長が『貴殿と真逆のヒトみたいなウマ娘がいる、貴殿の知識と経験で一人前のウマ娘に育ててみないか?』ってわざわざ俺に連絡までよこしたんだ。

 なあ、君たち、こんなにもウマ娘のことを思ってくれてるトレセン理事長は他にいねぇぞ?

 自分たちは幸せだと思わないか?」

 

理事長のウマ娘絡みの暴走しまくりの滅私奉公は、学園生にも心当たりがあるのだろう。

あ~とか声を上げながらありそう、と頷く者がそこかしこにいた。

目を潤ませている学園生までいる。

 

できすぎた話だ。

しかもさらっと最後に理事長を持ち上げるついでに、その権威と話の経緯を挟むことで反発する奴の牽制まで入れてきやがった。

俺が、たづなさんに相談したのは昨日の晩遅く。

詳しい打ち合わせは今日になってからだろう?

たった数時間でこんな話をでっち上げられるもんなのか?

 

・・・ただな、いくら俺の居場所を作るって言っても、これは無いだろう!

これじゃ俺は、姿を消した愛しの彼に自分の存在を知らしめるためにウィニングライブに立ちたいとトレセン学園に特攻してきた恋する乙女じゃねぇか!

 

「てわけでな、俺はコイツを君たちに追いつき、追い越せるウマ娘にまで引っ張り上げなきゃならねぇ。

 この俺ウマ男ムッターがコイツを一人前のウマ娘に育て上げられるかどうか見守って欲しい。

 もちろん、俺への面白い企画での挑戦やお嫁さんになりたいって言うウマ娘は大歓迎だ、ぜひ声をかけてくれ!」

 

彼の話が終わるか終わらないか、観衆が沸く寸前で、すでにウマ耳を絞りに絞って怒髪天状態の俺は爆発した。

 

「調子に乗ってんじゃ・・・ねぇ~~~~!」

 

ヘッドロックされた状態からの、腰を抱えての渾身の裏投げ。

バックドロップをそのまま放り投げたともいう。

 

小憎らしいことに奴は空中でその大きな身体を捻ると猫のように見事な着地を決めた。

 

「ふざけんな!あれじゃまるで俺が恋に狂った乙女みたいじゃねーか!」

 

「照れるなよ!全部お前の話ダゾ!」

 

「ぶっ殺すぞクソが!」

 

捕まえようとしても、ひょいひょいと避けられ、手で腕の横腹を押されて逸らされてしまう。

くそ、関節技といい、この手の躱し方といい、なんか格闘技やってやがるな!

 

突然始まった俺と彼の鬼ごっこを尻目に、話は終わったとばかりに、教官が号令をかけて唖然としていた教練参加者をウォームアップランに向かわせる。

 

・・・30分近くに及ぶ鬼ごっこは、無駄に力んで動き回る俺の体力切れで終わった。

ムッタートレーナーは「あとで体育館に来いよ!」と言い残して、カメラを回収して駆け去った。

なんてやつだ。

 

規定のウォームアップランが終わって俺のクラスの連中が各自のトレーニングへと散開して行く中のことだ。

 

教室で突っかかって来たあの黒髪の口の悪いウマ娘が、後ろから馴れ馴れしくもいきなり俺の肩を抱き寄せて話しかけてきた。

 

「なぁ・・・朝は悪かった。

 あんな事情があったなんてな・・・

 自己紹介が遅れたな、オレはローゼンドルネン。

 レースじゃ手加減はしてやれねぇが、お前がウィニングライブに立てるよう協力はするぜ?」

 

本気で心配しているのか、彼女のウマ耳は垂れっぱなしで、ひたすら優しい言葉と表情が俺に突き刺さる。

 

「信じないでくれよ、あれはムッタートレーナーのでたらめで・・・」

 

彼女は、最後まで言わせてくれなかった。

 

「皆まで言うな、わかってる。

 応援してる。」

 

ポンポン、と俺の肩を叩いて、彼女は自分のトレーナーの元へと駆けて行ってしまった。

あの話に騙されたのは彼女だけじゃなかった。

遠巻きに、自分の所属するチームやトレーナーの元で、仲間と雑談しているらしい学園生から俺の方にちらちらと生暖かい視線が飛んでくる。

こうしている間にも、さっきのトンデモ話が絶賛拡散中らしい。

・・・もう、止められない。

 

何が俺に任せておけ、だよ!

ムッタートレーナーは腐っても芸能人、恥を恥とも思わずそれを切り売りしてきた人種だって言うのを失念していた。

今回の話も、自分と同じノリでささっと作り上げたに違いない。

 

初日からでっかい黒歴史を作られて俺はごろりとターフの隅で横になった。

ああ、このまま溶けて地面になりたい・・・




というわけで、ムッターという変な芸人がトレーナーってのは、主人公の対極的な存在ってことでぶち込んでた要素です~

ローゼンドルネンは、薔薇の棘ってグーグル翻訳さんが言ってました~

ラストは貝になりたいとセイちゃんリスペクトどっちにしようか迷いましたがウマ娘なので横になって貰いました~
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