さて、読者の皆様に連絡でございます~
今日突然、本業のお仕事が舞い込んでまいりまして、しばらく更新間隔がかなり開くと思います~
請負業務なので、うまくいけばすぐ手が空きますが、ドツボると延々長引くので、短くて数日、長くて2週間くらい更新間隔が空くことがあるかもしれません~
書ける時にぼちぼち書いていきますのでお見捨てなきようよろしくお願いします~
・・・ターフの隅で、饅頭のように丸まっていても何かが変わるわけでもなく。
好奇の視線にさらされ続けるよりはましかと、この事態を招いたクソトレーナーを一発殴るべく体育館に向かった。
体育館の入り口のガラス戸をくぐったところで、ちょっと困った事態に遭遇した。
どうも、体育館内は屋内用の運動靴が必要らしい。
土足厳禁の貼り紙とぎっしりと学園生のものらしい靴が入った靴箱が並んでいる。
中途編入だと、新入生だったら当然通知されるはずの必要な物なんかがこうして時々連絡抜けとして発覚する。
また購買で買わなきゃならないな。
見れば、隅っこに来客用のものか、スリッパが無造作に積んであったのでそれを使わせてもらうことにした。
きつく縛られた靴ひもを解いて、スリッパを履いて開けっ放しの木製の引き戸から中に入る。
体育館は、あっちの世界の公立の小中学校にあるような体育館ではなく、どちらかというと市営や県営の体育館に似て、天井が高く、かなり広い。
天井にバスケットのゴールが3面分折り畳まれて貼り付いている。
床にはそのバスケットコート3面をフルに使った縦方向に長いコートのラインが引かれているんだけれど、こんなに広いコートの競技ってなんだろう?
少なくともあっちの世界の学生時代にやった競技でこんなに広いコートを使うものは記憶になかった。
体育館の壁は、一見木製に見えるけれど、フェイクだ。
木目の印刷が施された発泡ウレタンパネルが貼ってある。
押してみると、わずかに凹む程度には柔らかい。
気休め程度だけれど、勢いよく壁にぶつかった時の安全対策なんだろう。
見回すと、入って来た入り口の左側に、バスケットコートの一角を潰すように巨大かつ妙なものが鎮座している。
周辺を緑色の防護ネットで覆われたそれは、SFの世界から飛び出してきたのか?と思わせるようなメカメカしいものだ。
巨大な棺型のコールドスリープカプセルのようなものが複数並び、それから伸びる太いケーブルを束ねるようにして、どこぞの司令部のような多面モニターのコンソールが鎮座している。
ああ、これがVRウマレーターというやつか。
見たところ誰も使っておらず、電源は入っていなさそうだ。
理事長のポケットマネーを食いつぶした高価なおもちゃが、誰にも使われずにそこで眠っていた。
体育館の設備で無駄に眠っているのは、このでかいおもちゃだけだ。
体育館自体は、現在、中等部1年生に対する安全教練に使われているらしい。
広い体育館の長辺を存分に使って、分厚く長いマットレスに、助走をつけて飛び込んで転がる。
次々と、結構な速度で身体を捻ってマットに肩から飛び込むように転がっていくウマ娘たち。
時折、手足がマットを叩いて派手な音を立てるたびに教官の叱責が飛ぶ。
「格闘技経験者は、受け身を捨てろ!
転がったら止まろうと思うな!
そのまま転がれ!
そこ!横に転がるな!
転がった先にラチの柱があったら大怪我するぞ!
腕は頭を守れ!」
なんとなく、バイクのうまい転び方の教えと似ているな。
滑れるなら滑れ、転がるなら転がるに任せろ、絶対に壁や柱に当たるな。
スピードが出ている状態じゃ、身体が溜め込んでいる運動エネルギーは相当なものだ。
柔道等の受け身をとると、身体を止めるために出した腕や脚が運動エネルギーに負けてへし折れる。
滑って転がって運動エネルギーを殺さないと、そのままじゃ大怪我をする。
まぁ実際は、転ぶときなんか一瞬で、うまい転び方なんてものは意識してできるものじゃないけれど、事故る瞬間のヤバイ!と思った時間の引き延ばされた感覚の中で、少しでも身を守る行動につなげられるならこういう練習も無意味じゃないだろう。
さて肝心のムッタートレーナーは・・・いた!
正面のステージの前で、ジャージ姿のウマ娘と話し込んでいる。
ちょうど後ろを向いているから、急襲すれば避けられまい。
本気でぶん殴るとさすがにヤバいからな、握りしめた拳の中指だけをわずかに突き出した『突くと痛い拳』を作ってそろそろと忍び寄り・・・振り被ったところで、奇襲は失敗した。
トレーナーが話しかけていた相手が、ひょいと顔をのぞかせて俺に話しかけてきてしまったからだ。
しかも、その相手というのが・・・
「おや、待ち人が来たようだよ?
はーっはっはっは!
君かい、ボクの舞台装置を使いたいって言う娘は!」
頭に留められた小さな王冠。
大仰な言動に、きらりと光る白い歯。
身体が一つ動くたびに入る決めポーズ。
世紀末覇王、テイエムオペラオーその人だ。
目の前にしたオペラオーは、意外と小柄で華奢とも思えるウマ娘だった。
俺よりちょっと大きいくらいだ。
見た目は覇王、よりは王子、という方がよく似合う。
「その白糸のような輝く髪・・・そうか、君だね、消えてしまった愛しきヒトを追う噂の悲恋の少女は!」
ああ、痛ましい、とばかりに片手で顔を覆い悲哀の表情を浮かべる王子。
・・・なんで体育館にいる彼女がさっきの出まかせ話を知っているのかな?
話が伝わるには早過ぎはしないだろうか。
しかも、よりにもよってそういう話が大好きそうで、歩くインフルエンサーになりかねない有名人の耳に入っているとか。
目の前で、握りしめる拳から音がするほど拳を固める俺。
意識しなくてもわかる。
俺のウマ耳はぺったりと後ろに伏せて臨戦態勢だ。
「・・・トレーナー?」
「・・・俺は言ってないぞ。
彼女とはさっき顔を合わせたばかりだ。
お前の練習に、ちょっと舞台装置を使わせてもらおうと思ってな。
そしたら、その管理やってるのが彼女だって言うんだ。」
「テイエムオペラオーって言ったら世紀末覇王とか言われてる有名なウマ娘でしょうが!
よりにもよって、さっきの話をそんな有名人の耳に入れるなんて!」
不意打ちでトレーナーに向かって拳を繰り出すも、全部ひょいひょいと逸らされる。
くそ、さっきの繰り返しだ。
そんな俺とムッタートレーナーの過激なやり取りに王子が割って入ってきた。
「んん?ボクを知っているのかい?
光栄だね!
世紀末覇王、いい響きじゃないか!
気に入ったよ!
ボクを覇王と呼ぶ、君の名を聞かせてはくれないか?」
???
まるで世紀末覇王、という呼び方を知らないかのような王子の反応にちょっと困惑する。
そしてはたと気付いた。
今は20XX年、世紀末じゃないことに。
ああ、実馬モチーフの二つ名と、このウマ娘世界では時系列がずれているんだ。
世紀末、じゃないにせよ、彼女がすでに複数の冠を抱いているなら何かしら覇王みたいな二つ名はついているはず。
もしかして、彼女の覇道はこれからなのか?
じっと俺からの返事を待つ彼女の目力に負けて毒気が抜けてしまった。
トレーナーへの攻撃をやめて彼女に正対して答える。
「ラベノシルフィーです。
・・・私の話に関しては、忘れてください。」
「ラベノシルフィー・・・ああ、一面に花で青く染まる丘を吹き抜ける涼やかな風、いい名じゃないか!
この可憐な少女が、その秘めたる思いを伝えるためだけにこの大舞台に上がろうとしているなんて!
その壮大なドラマの一翼を、ボクが担えるなんて!」
王子、陶酔しきって聞いちゃいねぇ。
おまけに、彼女が声高らかに叫ぶものだから、あっちで安全教練を受けている1年生までもが何事かとこっちを見ている。
さすがにいたたまれなくなって、王子を促して話を先に進めた。
「・・・あの、私の話はその辺で。」
「ああ、そうだったね。
舞台装置の話だった。
ついてきてくれたまえ!」
王子に促されて、トレーナーと共にステージの端に据え付けられた階段を上る。
ステージを上がってステージの袖のカーテンの奥に入ると、そこに隠れるようにして立つワイヤーの通ったトラス鉄骨が現れた。
鉄骨には、手でくるくる回せるハンドルが5つ。
それぞれにマジックの手書きで回転方向と共に、上下、左右、前奥、回転、傾斜と、書き込みがなされている。
王子が、上下のハンドルを回すと、天井から黒く塗られた頑丈そうなカラビナのついたワイヤーが数本降りてきた。
「これが、ボクの預かっているワイヤーアクション設備さ!
使ってやれなくて寂しい思いをさせたね・・・
今日は久しぶりに君で空を舞わせて貰おうか!」
王子は、舞台袖の薄暗がりにあるロッカーから、吊り下げ用のハーネスを取り出して身体に装着すると、降りてきたワイヤーにハーネスを取り付けていく。
「さぁ!ボクが手本を見せようじゃないか!
そのハンドルを回して、ボクを大空に飛び立たせておくれ!」
トレーナーと顔を見合わせる。
「これ回せばいいのか?」
「ああ、彼女はステージの上の飛行をご所望らしい。」
とりあえず上下のハンドルを回す。
どういう仕組みなのかハンドルを回すのにそんなに力はいらないし、王子の身体が持ち上がったところで手を放しても勝手にハンドルが回って王子が落下したりもしない。
でも、ハンドルを回す速さの割に、その動きはゆっくりだ。
「空を華麗に舞うにふさわしい姿を!」
王子の言葉に一瞬何のことかと思ったけれど、今の彼女は立ち姿のまま吊り下げられているだけだ。
トレーナーが、傾斜のハンドルを回して腹ばいの姿にすると、彼女は手脚を伸ばして叫んだ!
「さぁ!ステージの上へ!
ボクをあの大空へはばたかせておくれ!」
トレーナーがキコキコと左右のハンドルを回すも、王子の身体はゆっくりとしか移動しない。
「速く!もっと速く!」
トレーナーとハンドルの担当を変わって、左右のハンドルをこれでもかと回す。
「素晴らしい!本当に空を舞っているかのようだ!ああっ!」
がつっと、ハンドルの回転が止まった。
左右の移動限界らしい。
ストッパーに当たって、王子が反対側のカーテンに振り子のように突っ込んだ。
慌てて彼女を降ろしたのだけれど、カーテンに突っ込ませてしまったにも拘わらず、彼女はご満悦のようだった。
「はっはっは!雲に突っ込んでしまったよ!
ありがとう、いい気分転換になったよ!
次のレースはこのボクが空を飛ぶように勝って魅せるとも!」
雲は雲でも、突っ込んだのは蜘蛛の巣だ。
頭についた蜘蛛の巣の破片を払いながら、王子は屈託なく笑う。
聞けば、近々大事なレースがあるらしい。
宝塚記念、重賞GIレースだ。
そんな重要なときに、好きな演劇絡みの話とはいえ、ムッタートレーナーのつまらない要求に付き合ってくれている。
おまけに、その説明を利用して、自分の遊び心まで満たしてみせた茶目っ気。
ちょっとナルシストっぽくて言動は芝居がかっているけど、嫌味を感じさせない堂々としたその性格は俺的には好ましい。
「このワイヤーアクション設備は、無理を言ってつけて貰ったのはいいが、動かすのに人手が必要でね。
なかなかこうして空を飛ばして貰えないのさ。
ラベノシルフィー君と言ったね、これを使いたいだなんて君は演劇に興味があるのかい?」
「いえ、これを使いたがっているのはトレーナーの方で私は何が何だか・・・」
「ふむ、まぁいい。
興味があるならボクはいつでも歓迎するよ!
ぜひ、ボクを見て舞台を好きになって貰いたいね!
もう使い方はわかっただろう?
後片付けはお願いする!
では、ボクはトレーニングに戻らせてもらうよ。
失礼!」
ふんふんと、実に上機嫌で王子が去っていく。
使わせてもらえるのはいいけれど・・・
俺はじろりとトレーナーを睨んだ。
「で、これで何をするんだ。」
「お前がまったくウマ娘の走り方を知らねーからな、コイツを使ってまずはウマ娘のピッチ走法の型をお前の身体に叩きこむ。
ちょっと機材が必要だから手伝え。」
先に立って歩いていくトレーナーにくっついて、体育館を出る。
体育館の横に止まっているトレーナーのものらしい白いハイエースロングバンから、指定された道具を取り出した。
一抱えはありそうなビニールの塊、でかいポリバケツ、でかいホースリール、肥料袋みたいなのに入った使いかけの白い粉。
それを二人して抱えてステージに運ぶ。
「これ何よ?」
「ウォーターベッドとローション作る材料だ。」
「ウォーターベッドとローション?!」
それって本当にトレーニングに使うものなのか?!
いったい何をするつもりだムッタートレーナー?!