8月中は、このレベルで更新に間が空きそうですのでぼちぼちお付き合いください~
寝過ごした。
昨日はムッタートレーナーに引っ掻き回されたせいで、思った以上に疲れていたのかもしれない。
目覚ましのウマホのアラームをブッチして、1時間近く寝過ごしていた。
でもまぁ、まだ時間はある。
何はともあれ、朝メシだ。
今日は少なくとも普通にパジャマ姿なので食堂で浮くこともない。
顔を洗ってさっさと食堂に向かう。
食堂は朝の自主練で寮生が出払った時間帯のせいか、微妙に空いている気がする。
中等部の寮生が少ないのか、ちょっと年上っぽい寮生が多めだ。
今日の朝食はオムレツ風のベーコンエッグとジャンボウィンナーソーセージ、クレソンとカイワレ大根とよくわからない三つ葉みたいなのがごちゃ混ぜになった山盛りサラダに大根おろし&シソ風味のドレッシング。
小皿に、妙にでかい玉子豆腐がついてきた。
スープが中華風玉子スープと、わかめと豆腐の味噌汁から選べる。
パンは今日は普通の四角い食パンだけど、パンの中身は白くなくてやっぱり重い。
パンの生地の中の茶色いつぶつぶはライ麦だろうか。
相変わらず香ばしくていい匂いがする。
昨日の買い物で適当に100円ショップで買ってきたプラスチックのマグカップにお湯を入れてもらう
お供はインスタントコーヒー、スティックタイプのちょっと甘い奴。
あのうまいパンをコーヒーとともに楽しむためだ。
パンに塗るお供は、イチゴジャムとマーガリンを少量。
まずは何も塗らずにパンをかじる。
一口齧ると、少しの酸味と共にパンの香ばしい香りが鼻に抜ける。
そこに甘いコーヒーを流し込む。
これだよこれこれ!
やっぱり合うと思ったんだ、このずっしりしたパンにコーヒー!
マーガリンを塗って食べるとこの脂肪分の甘みとコーヒーの味が合わさってこれまたうまい。
うまいうまいと夢中で朝食を頬張っていたら、突然髪の毛を引っ張られた。
「?!」
危うく舌を噛みそうになる。
誰か通りがかりに髪の毛を巻き込んだのかと思って後ろを見るも誰もいない。
あるのは、コーヒーとパンの組み合わせのうまさに勝手にぶんぶんと振られていた俺の尻尾だけだ。
尻尾に髪の毛を巻き込んでしまったのだろうか。
きょろきょろしていると、今度は頬っぺたを指で突つかれたような感触がする。
でも、視界には俺の頬を突つくような人影はない。
不思議に思っていると、トトトト・・・と駆け寄ってくる足音が聞こえた。
「・・・他人の食事の邪魔をしてはいけません・・・
その人の一日を台無しにするのはあなたも望んでいないでしょう?
・・・ごめんなさい、あなたの朝食の邪魔をしてしまって・・・」
黒い長髪、シンプルなくすんだ空色のパジャマに、クリーム色のカーディガンを突っかけた姿のマンハッタンカフェがすまなそうな表情で歩み寄ってきた。
今の一連の不可思議な現象は、彼女の『お友達』の仕業らしい。
また、テーブルの上のものを吹っ飛ばされてはたまらない、と、トレイを手で押さえてみるも、彼女のお友達はそれ以上何かする気は無いようで、なんでか知らないけれど髪の毛を梳いてくれてるような感触がする。
「・・・ ラベノシルフィーさん、でしたね。
おはようございます。
ここにいるってことは、編入されたんですね・・・」
「おはようございます、カフェ先輩、でいいのかな?
編入したばかりです。
よろしくお願いしますね。」
こくり、と頷いた彼女の視線は、なぜか俺の方ではなく、テーブルの上のマグカップと、くしゃくしゃに丸められたインスタントコーヒースティックの残骸に向けられっぱなしだ。
彼女は立ち去ったかと思うと、湯呑を一つ持って戻ってきて対面の席に座った。
いつも肩から下げて持ち歩いているのだろうか、カーディガンの中に隠れていた細いステンレスの魔法瓶を取り出して、中の湯気の立つコーヒーを湯呑に注ぐと、俺の方に差し出してくる。
「あなたも、ちゃんとお友達を『居る者』として扱ってくれるんですね・・・
・・・どうぞ、先ほどのお友達の悪戯のお詫びです。
あなたに触れられない、と思ったら触れられたので、びっくりしてしまったらしくて・・・
今そこでごめんなさいしています・・・」
彼女自身の無意識の念動力なのか、それとも強力な守護霊なのかよくはわからないけれど、彼女の『お友達』が超常現象を引き起こすのはゲームのイベントであったのでうっすら覚えている。
彼女に初めてトレセン学園の食堂で出会ったときにもお友達はやらかしてくれているので、信じないという選択肢はあり得ないし。
何より、この俺自身が、三女神の一人にウマ娘にされてこのウマ娘世界に叩き落されたなんていう超常現象の権化だ。
頭ごなしに否定することなんてできない。
「いいですよ。
お友達も悪気があったわけじゃないんでしょう?
コーヒー、いただきますね。」
差し出された湯呑を手元に引き寄せながら答える。
・・・豆の種類がわかるほどコーヒー通じゃないけれど、インスタントとは別物のちゃんと豆を挽いて入れたレギュラーコーヒー独特の香ばしい香りがインスタントコーヒーの香りを圧倒して鼻腔をくすぐる。
決して大きくはない湯呑からひとくち口に含むと、強い香りの割に苦みも酸味もない。
彼女は差し出したコーヒーを口にする俺をじっと見つめていた。
「・・・口当たりがいいですね、コーヒーの色は濃いからそこそこ焙煎されているのに。
昔飲んだコナコーヒーに似ている気もするけれど、香りはもっと強いし・・・
なんだろう、香りだけコロンビアみたいなこの風味・・・」
香りの主張だけが強く、舌をコーヒー一色に染めないこの脇役的な味わい。
量があればパンのお供にちょうどよさそうな。
ブラックで純粋なコーヒーだけの味と香りを楽しんでから彼女を見ると、彼女は目を真ん丸にしてこっちを見ていた。
「・・・何です?」
「いえ、インスタントみたいな泥水を飲んでいたので、まさかあなたの口からコーヒー豆の名前が出てくるとは思っていなくて・・・
トレセン学園じゃ子供舌が多くてコーヒーを飲みつけているウマ娘なんてほとんどいないから・・・
しかも昔って・・・一家そろってコーヒー党のご家族だったのでしょうか?」
彼女の表情は余り変わった感じはしないのだけれど、僅かに早口になっている気がする。
実際のところ、コーヒーは結構子供の頃から飲んでいた。
というのも、幼いころ入院しっぱなしだった病院のすぐ隣に、自家焙煎までする本格的な喫茶店があって、風向きによっては病室の窓にその何とも言えないいい香りが迷い込んでくるのだ。
自然とあの匂いは何?と見舞いに来る親に訊ね、苦いよ?と言われながらもコーヒーを貰ったのだけれど。
子供舌にはさすがにきつくて砂糖と牛乳の方が多いラテもどきになってたな。
以来、ジュースの方がうまいと感じるのに、なぜか時々苦いコーヒーを口にして、高校生辺りからはインスタントではなくペーパードリップで毎日コーヒーを淹れていた。
習慣のようなものだから、特に大好きというわけでもなく、豆もスーパーですでに挽かれて粉になったメーカーパックのレギュラーコーヒー粉を買ってきて飲んでいただけだ。
豆の種類に関しては、社会人になって外出時の待ち時間つぶしなんかで気まぐれに喫茶店で違った種類のを試しに飲むだけで、コーヒー通とあれこれ会話できるほど知っているわけじゃない。
しかし、目の前のマンハッタンカフェ、魔法瓶にコーヒーを入れて持ち歩くくらいだから結構とんでもないコーヒー党なのか?
ゲームでタキオンとコーヒーと紅茶でなにかイベント会話があったような気もするけれど。
とりあえず家族の話が出てくるあたり、昨日の俺の恥ずかしい話が彼女の耳には入っていないらしいのは救いだ。
「コーヒーはなんとなく習慣的に飲んでいただけで、あまり詳しくは知らないですよ?
ただ、酸っぱいのよりは、苦みがある方が好きです。
いただいたこのコーヒーは、結構好きです。
香りが良くて後味すっきりしていて。
食堂のパンのお供に欲しいくらいに。」
感情が表情に出にくいらしい彼女の目がすぅっと細まったかと思うと、わずかに結んだ口の端が上がる。
・・・テーブル越しに見えるくらい、彼女の黒い尻尾がばっさばっさはためいているんだけど。
「・・・今日、午前の授業が終わったら、学園の一階の端にある理科準備室に来てくれますか?
この豆は、私がブレンドして焙煎したので、売っていません・・・
量はそんなにありませんが差し上げますから、気に入ってくれたのならぜひしばらく飲んでみて欲しいんです・・・
時間はとらせませんから・・・」
「ご厚意はありがたいんですけど、本当に編入したばかりでコーヒー淹れる機材がまだないんですよ。
このインスタントコーヒーも昨日とりあえずで買ったようなものですし。」
「大丈夫です・・・
遠征の時に使う使い捨てのペーパードリッパーを差し上げます・・・
しばらくはそれで・・・
・・・フレンチプレスやサイフォンの方がお好みですか?」
「いえ、ペーパーフィルター派ですよ。
フレンチプレスやサイフォンは洗うの面倒なうえに、味も香りもそっけない気がしてあまり・・・」
いつの間にか、彼女が両の手で俺の手を取って、結構な力で握りしめていた。
痛くはないんだけどさ、ちょっと離してくれそうにない感じで。
「コーヒーは、ペーパーで、他人が淹れてくれる時の漂ってくる香りが至高ですよね・・・
私の部屋に入り浸っている変人はコーヒーの味も香りも解さない紅茶派なのでまったくわかってくれなくて・・・
あなたなら、わかってくれそうです・・・」
「本格的な喫茶店から漂ってくるコーヒーの香りが暴力的にうまそうなのはわかりますよ。
それで子供の頃初めてコーヒー飲みたいと思ったようなものですし。」
俺のその話を聞いたとき、彼女の目はさっき以上に見開かれた。
何かを言いかけたように、口が半開きのまま驚愕の表情で固まっている。
数秒後、やっと彼女は再起動した。
「・・・あなたの言うその喫茶店、一度行ってみたいですね・・・
私の理想の喫茶店に近いかもしれません・・・」
「ん~今でもあるのかなぁ。
その土地を離れて結構経つし、もうないかも。」
ないかも、という言葉に彼女は目に見えてがっかりした様子だった。
あっちの世界の、俺の生まれ育った土地には、確かにその喫茶店はあった。
けれど、このウマ娘世界では、俺の育った土地がどうなっているのかよくわからない。
ちょっと前まで住んでいた八王子市は無いし、ネットで見た限りだと、首都圏周りのベッドタウンだった地域が、軒並み農地や牧場だったりしている。
地元だった小金が原地域も、江戸時代とか明治辺りの地名をそのまま引きずっているあたり、かなり田舎のまま発展から取り残されている感じだ。
ウマ娘世界の人の少ない農牧地だらけの田舎に、そんな喫茶店がある可能性は低い。
期待させてしまってはかえって申し訳ない。
「そうですか・・・
私も、いつか、店の外に漂う香りだけでふらっと入りたくなるような、そんな喫茶店をやりたいと思っていまして・・・
そうやってコーヒーを好きになってくれた人が、目の前にいると思うとちょっとうれしくなってしまって・・・
と、ごめんなさい、私の方がお食事邪魔してしまいましたね。
午後、お待ちしています。」
もう一度、握った俺の手をぎゅっと握り直してから、彼女は俺の前から立ち去った。
絶対来いよな、という意思表示なのか、バンバン、と背中を強くひっぱたかれる感触がする。
彼女の言うお友達か。
なんで『お友達』は俺に触れるようになったんだろう。
彼女から貰ったコーヒーは締めに大事に残して、100均のインスタントコーヒーで貪るようにパンに齧りつく。
寝坊してさほど時間に余裕がなかったこともあって、トレイの上の朝食はあっという間になくなった。
締めに口にした彼女のコーヒーは冷めてしまっていたけれど、久しぶりに食後のコーヒーを楽しめた気がして満足だ。
彼女は、すでに食事を済ませた後だったのか、食堂を見渡しても姿はなかった。
そして、俺や彼女と同じように、食堂に持ち込んでまでコーヒーを飲んでいる寮生も見当たらなかった。
・・・トレセン学園では、コーヒー仲間は、きっと少ないんだろう。
思わぬところで、有名なウマ娘の先輩と世間話レベル以上のつながりができた。
ゲームじゃさっぱり縁がなかったマンハッタンカフェだけど、ウマ娘世界じゃ一緒にお茶するくらいの関係にはなれるかもしれない。
午後時間が空いたら、さっそく理科準備室に向かおう。
・・・理科準備室・・・あれ?
なにか大事なことを忘れているような、見落としているような・・・