行き過ぎたデフレに慣れた社会で稼ぐのはきついです~
世知辛い現実~
てわけで、更新間隔空く状況はまだ続きます~
コーヒーとパンのおいしい朝食を食べて、部屋に戻る。
寝坊してしまったので、あまりゆっくり身支度に時間をかけていられない。
とはいえ、最低限身ぎれいにはしておきたい。
学園の生徒の全貌がわかっているわけじゃないけれど、今までのたづなさんの話や最初突っかかって来たローゼンドルネンなんかを見ても、いじめっ子や妙な派閥的なグループがないとは思えない。
小汚くしていていじめの口実にされたらたまったもんじゃないからな。
いつもよりちょっと急ぎ気味の身支度を済ませて部屋を出る。
ちょっと寝癖が直り切っていないけど、時間が経てばそのうち戻るだろう。
気にしすぎかもしれないけれど、昨日のトンデモ話のせいか、廊下を歩いていると通りすがりざま、寮生からちらちらと視線を向けられている感じがする。
在室票をひっくり返しに玄関の廊下にたどり着くと、泊りで遠征に出るらしい寮生の在室票の上に外泊のプレートをひっかけているヒシアマさんと目が合った。
「おはようございます。」
「おはよう、ベノシちゃん。」
「ちゃん?」
ヒシアマさんらしからぬベノシちゃん呼びに思わず問い返す。
見れば、ヒシアマさんは笑いを堪えようとして、顔を引きつらせているじゃないか。
「・・・我慢せずに笑えばいいじゃないですか。」
「クックック・・・いや~ダメだね。
我慢できなかったよ!
あんな乙女な話を聞かされちゃ・・・」
「・・・」
憮然とする俺に、そっと顔を寄せて彼女が囁く。
「(ずいぶんと派手な目くらましを仕掛けたもんだね?)」
彼女は、俺があっちの世界から飛ばされてきた流れ人だということを知っている数少ない関係者の一人だ。
一応、流れ人の件を広めないでくれ、というお願いには応えてくれているらしい。
「(あれは俺の考えた話じゃないんですよ。トレーナーに任せたらあんなことに・・・)」
それを聞いて、苦笑とも同情ともつかない微妙な表情を浮かべて彼女はポンポンと俺の肩を叩いた。
「アンタも癖のあるトレーナーと組んだもんだね。
それはそうと、アンタの話、栗東でも噂になったらしくてね。
寮長のフジから、週末のアンタの歓迎会に顔出したがってる連中がいるから、料理増やしてくれとさ。
意外と規模が大きくなるかもしれないねぇ。」
・・・栗東寮からは生徒会の数名が参加するだけって話じゃなかったのかよ・・・
木を隠すなら森の中、とは言うけれど、目立つ火を隠すのにガソリンをぶち撒いて周辺を炎上させるのはどうなのか。
俺はトレーナーを呪った。
「あと、歓迎会の衣装合わせするから、今日帰ってきたらちょっと顔貸しな。」
「あれ?歓迎会って制服でちょっと歌って踊って挨拶するもんだとばかり思ってましたが違うんですか?」
「そんなわけないだろう、アンタのお披露目だよ?
目立つ格好でバシッとアピールしないと!
学園ができてから先輩方が何十年もため込み続けてきた衣装があるからそれを着ていっちょキメるんだよ!」
「・・・まさか金船障害のあの衣装って・・・」
「ああ、当然あるさ。
・・・いいんだよ?
アタシが着せられたあの魔法少女衣装を着てくれても。
むしろ着てくれてアタシの黒歴史を薄めてくれるならうれしいねぇ。」
ヒシアマさんはニヤニヤ笑いを隠そうともしない。
・・・これは、あの魔法少女衣装や園児服と同レベルの爆弾が隠れていると見た。
「ま、多少のサイズ合わせだったらやってやるから、盛り上がるのを頼むよ!」
「善処しますよ・・・」
食堂じゃマンハッタンカフェ先輩に誘われ、出がけにはヒシアマさんに衣装合わせに誘われ・・・
今日も密度の濃い一日になりそうだ、そう思いながら在室票を裏返して寮を出た。
「おはようございます、たづなさん。」
学校の敷地に通じる門の前に、いつものように立っているたづなさんに挨拶する。
今日も緑のエレベーターガールのような衣装がよく似合っている。
あの服、制服じゃなくてたづなさんセレクトの自前の仕事着らしいんだよな。
そこらで売っているような服じゃないし、どこで見つけてきたのやら。
そんなことを一瞬考えていたら、たづなさん、きょろきょろと辺りを見回して他の学園生が近くにいないのをいいことに、いい笑顔で挨拶を返してきた。
「おはようございます。
昨日はうまく行きましたね!
アイデアを出した甲斐がありました!」
「たづなさん?!」
開口一番、挨拶と共に帰って来たたづなさんからの言葉には、俺をざっくりと切り裂く刃が含まれていた。
そう言えば、俺の知らない時にも結構ムッタートレーナーとたづなさん話す時間があったはず。
昼食後に教官との顔合わせに、と連れ立って出て行ったときも何かずっと話しっぱなしだったけれど・・・
「・・・あの、昨日の俺の身の上話って・・・」
「はい!
大筋を私が考えて、ムッターさんに詰めて貰いました!
多感な年頃のウマ娘のハートを揺さぶるナイスなストーリーだとムッターさんも絶賛で・・・
ど、どうしました?」
あまりの衝撃に膝から崩れ落ちてリアルorz状態に陥る俺。
まさかたづなさんからフレンドリーファイヤを喰らうとは・・・
しかも、たづなさんは大成功だと信じて疑っていないようだ。
邪気のない笑顔が突き刺さる。
いや、そりゃ、あれだけ突っかかって来たローゼンドルネンが態度を軟化させたくらいだ、効果は抜群だったんだけどさ・・・
その代わり、俺は昨日から継続ダメージを受け続けているわけで。
代償無しに何も得ることはできないという等価交換の法則からしても、ちょっと収支マイナスじゃないだろうか。
「・・・ちょっと立ち眩みが。
お骨折りいただきありがとうございます。」
大恩人のたづなさんに文句を言うわけにもいかない。
起き上がりながら、かろうじてお礼を言うのが精いっぱいだ。
冗談抜きでこめかみがズキズキする。
頭痛が痛いとはこのことか。
浮世離れした芸能人と、どこか世間ずれしている気がしてならないたづなさん。
二人は劇物、混ぜたら危険をこの身で体験することになろうとは。
「いいんですよ。
さ、今日も元気に頑張りましょうね!」
100%善意だけの眩しい笑顔を向けられては、もう何も言えない。
小さく手を振るたづなさんに手を振り返しながら、校舎に向かった。
そして、教室。
昨日の朝には寄っても来なかったクラスメイトが、教室に入った途端カルガモ親子の行進のごとく席までついてくる。
そこからは、昨日のろくでもない与太話に出てきた消えた自警隊員の話を根掘り葉掘り・・・
これからなく付き合うクラスメイトだ、あまり無下にもできないので、とりあえずあっちの世界での死んだ親父をその自警隊員に投影しながら、機密だから言えないことも多いんだけどとごまかしつつ当たり障りのない話をホームルーム開始まで続ける羽目になった。
ホームルーム開始前から頭をフル回転させて、気疲れまで加わったところに、ホームルームが終わって始まったのは今度はあっちの世界に似ているようでなんか違う歴史の授業だ。
聞いたことのある俺の知っている歴史に、ところどころウマ娘化した偉人が入り混じって、まるで『ボクの考えたウマ娘世界の歴史』を延々聞かされる拷問。
しかも、それが『正史』だというのだから笑えない。
パラっと教科書をめくっただけでも、長篠の戦いが、連続する鉄砲の発射音に武田のウマ娘隊がパニックに陥り突撃する間もなく壊走したとか、江戸期の浮世絵に描かれる飛脚がことごとくウマ娘だったりとか、納得はできるけれど知っている歴史との違いに頭がパンクしそうになる。
飢饉がたびたび起こっていた時代には追剥ぎでヒャッハーしていたウマ娘盗賊団なんかもあったみたいだ。
姥捨て山が、ウマ捨て山と紹介されていたあたり、闇が深い。
そして、現在、俺の存在を含めて奇跡の大安売りをしている三女神が、その歴史に一切出てこない。
昔のウマ娘のソウルネームの扱いとかどうなっていたのかとか、身体の謎だけじゃなくて歴史の謎もウマ娘には多い。
知恵熱が出そうになるところに、チャイムが鳴って授業が終わる。
すぐにまた寄ってこようとするクラスメイトをかき分けて、俺はトイレに避難した。
お昼休み前の最後の授業は、月に一回あるかないかの数学の授業だった。
俺にとっては比較的、得意分野と言えないこともない。
けれど、数学の教科書は厚さが2ミリあるかないかのペラペラの冊子で、授業は「ここ試験に出すからなー」という数学教師の宣言と共に始まった試験問題の板書という、ただ黒板を書き写すだけの退屈な作業。
しかも内容が三角関数と平方根べき乗なんかの基礎も基礎だ。
書き写すまでもなく、普通に解ける。
けれど、クラスメイトはそうではなかったようで。
ちょっと横を見たら、真面目そうなグランマーチャンでさえも目はうつろで眠りそうになるのを必死に耐えているようで、時折首がかくっと落ちては居住まいを正す、を繰り返していた。
てうか、背後からはいびきすら聞こえてきているんだけど、数学教師は気にも留めないらしく注意するそぶりすらない。
入学前にやらされた学力試験でも数学なかったしな・・・
学園の専門性からして最低限の授業しかしない科目なんだろうな。
おざなりな数学の授業が終わると、昼休み。
食堂に向かう道中はさすがに囲まれてまた朝の話の続きをさせられたけれど、いざ席についてそれぞれが持って来た料理を目の前にして食べ始めると、さすがにみんな黙々と食べ続ける。
数人前はありそうな山盛りのプレート飯を、どんどん胃の中に納めていく。
今日は、朝久しぶりにいいコーヒーを飲んだせいか、反射的にカレーを頼んでしまった。
古き良き喫茶店の食事メニューは決まってカレー。
そしてこれがまたうまいんだ。
その刷り込みを何度か受けるうちに、いいコーヒーを飲むと条件反射的にカレーが食べたくなる。
客間に飾ってありそうなでかい大皿に盛ったカレーに、チキンカツとから揚げを10個ばかりトッピング。
付け合わせにどんぶりくらいの大きさのボウルに盛られた生野菜のサラダ、シーザードレッシング和え。
以前だったら誰が食いきれるんだこんな量!と見ただけでギブアップしそうな量を、これで足りるかな?と考えてしまうあたり俺もだいぶウマ娘化が進んだように思う。
元男ということもあってか、そこそこ食べるのは速い方なので、くっついてきたクラスメイトが食べ終わる前に、ドリンクサーバーからコーヒーを持ってくるくらいの余裕はあった。
以前飲んだカフェラテと違い、今日のコーヒーはサーバーから豆を挽く音がしていたので一応レギュラーコーヒーみたいだ。
・・・朝にマンハッタンカフェ先輩がくれたコーヒーが上質すぎるのか、食堂のコーヒーは安い豆をただ深く焙煎しただけのようで苦みが強い上に、ちょっと酸化して古くなったコーヒーの香りが鼻につく。
ぼちぼちと、食事を終えて恋バナとも詮索ともつかない雑談に相槌を入れていると、あっという間に時が過ぎていく。
盛り上がっている話題はちょっとアレなわけだけれど、こういうバカ話で盛り上がれるのは久しぶりな感覚だ。
忘れかけていた学生時代の感覚が時計を巻き戻すかのように戻ってくるのを感じる。
親の庇護下の元で、衣食住に困ることもなく、ただ楽しく過ごしていた日々。
昨日の話につられたクラスメイトも、飽きればそのうち離れていくだろうと、義務的に付き合うつもりだったはずが、気づかないうちに俺はクラスメイトと一緒になって笑っていた。
午後の授業の始まりを告げる予鈴が鳴る。
いつの間にか気になる男性の探り合いに発展していた他愛のない食後の雑談を切り上げて、皆バタバタと授業の準備に駆けて行く。
ホームルームで知らされていたけれど、今日は教官の都合で、午後一の合同教練は無し、いきなり各自トレーニングに入る。
俺は一応トレーナー付きなので例の吊り下げぬるぬるトレーニングが待っているのだけれど、マンハッタンカフェ先輩に会うのにローションの飛沫だらけで汗まみれってわけにもいかない。
コーヒー豆を頂いてからトレーニングでもいいだろう、どうせ自主訓練だし。
体操着の入ったバッグを抱えて、そのまま理科準備室を目指す。
中央ホールの柱に貼り付けられた案内図によると、ウイング状に張り出した校舎の建屋の1Fの一番端に、それはあった。
数学と同様、理科系の授業というのもあまり重視されていないのだろう理科室へ向かう廊下はひと気もなく、近づくにつれて明るいのにどこか陰湿な雰囲気が漂ってくる。
『理科準備室』のルームプレートが見えてきて、そこから漂ってくる病院の消毒薬とはまた異なる薬品臭を嗅いだ時、俺は思い出した。
理科準備室って、マンハッタンカフェ先輩だけじゃない、あのマッドサイエンティスト、アグネスタキオンの根城じゃないか!