リアルのウマ娘のガチャの方でもちょうどタキオンSSR来てますね~
微課金派の私はカードにまでは手を出せませんけども~
理科準備室。
普通の学校だったら、理科を担当する教師が詰めていたり、授業に使う教材なんかが乱雑に置かれている小部屋を指す、と俺は思うんだけど・・・
そのルームプレートがかかった入り口の引き戸が、ちょっと理科準備室に似つかわしくない代物だ。
薄青色に塗られた木製の引き戸に、ステンドグラスのような模様の入った大きな採光窓がついていて、とてもファンシーで可愛らしい。
どこかで見たことあるな、と思ったら、これ病院の小児病棟の部屋についてる戸にそっくりだ。
幼い頃、ずっと過ごしていた病院が、そんな感じだった。
あまりいい思い出はないけれど、ちょっと懐かしさを覚える。
ただ、異様なことに、その引き戸の採光窓は、ぼんやりと紫色から緑、橙色へとゆっくり変化しながら光っていた。
まるで、場末のカラオケスナックの照明のようだ。
まあ、この怪しい光の原因はわかっているのだけれど。
アグネスタキオン。
ゴールドシップと並ぶ、学園の問題児、悪夢のマッドサイエンティスト。
ゲーム画面の中でハチャメチャな事件を起こしてくれるのを眺めるのは面白いけれど、その事件が現実として自分の身に直接関わってくるなら話は別だ。
できれば、関わりたくないし巻き込まれたくない。
俺という、流れ人かつ、ヒトからウマ娘に変換されてしまったような存在なんて、知られたら格好の実験材料にされてしまう。
もしタキオンがこの中にいるのだとしても、興味を持たれないうちにさっさとコーヒー豆を貰ってトレーニングに向かえば、ワンチャンあるかもしれない。
意を決して、戸をノックする。
「どうぞ。」
少し低い声の落ち着いた、マンハッタンカフェ先輩の声がした。
戸を開けると、僅かに生暖かい空気が流れ出してきて、独特な臭気が鼻をくすぐる。
天井の電灯を灯さず、白熱電球と、実験器具から放たれるピンクやら紫やら緑色やらのケミカルな蛍光。
それらが混然一体となって、暗い部屋をぼんやりと照らす何とも異様な光景が眼前に展開されていた。
入ってすぐの場所は、カフェ先輩のスペースらしい。
アールデコ調のデスクライトや天球儀めいたスタンドライト、ヨーロピアンモダンなソファーにどことなく魔女の部屋めいた秘密主義者を思わせる装飾品。
それが、タキオンの研究器具から発せられる怪しい光に照らされて、暮れたばかりの夜の闇のような雰囲気をまとい、その闇を押しのけるように白熱電球のオレンジ色の光が『ここだけは人の居る場所』と主張しているような、そんな空間。
多分、タキオンの実験器具からの怪しい光が当たるのも計算して、この空間づくりをしている、そんな気がした。
部屋の奥は、タキオンの研究施設だ。
直射日光に当たるのを嫌ってか、遮光カーテンで窓からの太陽光は完全にシャットアウトされている。
実験机の上に並ぶのは一見ちょっと古めかしいガラス製のフラスコや試験管、ビーカー、蒸留筒。
棚には、遮光の茶色いガラス薬瓶に、机の足元でもくもくと冷気を吐き出し続けている金属製の大きな液化窒素容器。
液体の入った器具はどれもが怪しく紫やらピンクやら緑に光り、目まぐるしく色を変え続けているものまであった。
その全体像は、子供向けの特撮番組に出てくる悪の科学者の実験設備そのものだ。
正直な話、こんな小さな卓上レベルの設備で作れる薬品なんてたかが知れている・・・と思う。
けれど、それで妙な薬品を作り上げてしまうからこそ、アグネスタキオンがアグネスタキオンたる所以なんだろう。
さて、どうぞ、と言われて入ってはみたものの、タキオンはおろか肝心のカフェ先輩の姿が見当たらない。
きょろきょろしていたら、右手の棚の影から、制服の上にエプロンを付けたカフェ先輩の上半身がにゅっと生えてきた。
「いらっしゃい。
ちょっとそこのソファーに座って待っててください。」
カフェ先輩のスペースのソファーのあたりから、ボフボフとクッションを叩く音がする。
お友達、がこっちだと呼んでいるっぽいな。
おとなしく、音のしたソファーの元に行って腰を下ろす。
ふと背後の壁の装飾を見たら、この切り絵模様、手作りっぽいな。
これカフェ先輩のお手製か。
揃えてある調度品とマッチしていて違和感がない。
こういうデザインセンスは俺にはないからうらやましいな。
先ほどカフェ先輩が顔を出した棚の影の奥には、小部屋があるらしく、扉のない小部屋の入り口から明かりと音が漏れている。
時折水音なんかが聞こえてくるところを見ると流し台なんかがあるのだろう。
しばらくすると、シャッシャッという音とともに、強烈なコーヒーの香りが漂ってきた。
コーヒー豆を、手作業で焙煎しているらしい。
パチパチと時折豆の皮の爆ぜる音も聞こえる。
10分ほどカフェ先輩の豆を炒る音を聞いていたら、あれほど強烈だったコーヒーの香りも、鼻が慣れてしまってわからなくなってしまった。
しばらくすると、トレイにカップと湯気の立つ黒いコーヒーケトルを載せてカフェ先輩が小部屋から出てきた。
「・・・お待たせしました。
今、豆を挽きます。」
手動式のコーヒーミルに、小皿に入った豆をざらざらと注ぎ込んでいく。
よく見ると、コーヒー豆の色にばらつきがある。
大半は黒くて深く焙煎されたものらしいけれど、ところどころ、明らかに炒りが浅そうな茶色い豆が混じっている。
「焙煎度合いの違う豆をブレンド?」
「ええ。
豆の種類も違います。
ふふっ、豆の種類は内緒にしておきますから、いつか当ててみてください。」
淡々として物静かな口調のカフェ先輩の声に、わずかな喜色が載った。
コーヒーの話ができるのがうれしいんだろうか。
なんとなくだけど彼女がゴリゴリと豆を挽くハンドルを回す姿が、幾分リズムを取って上機嫌なように見えた。
「・・・ちょうどいい具合にお湯の温度も落ちました。
使い捨てのペーパードリッパーはこれですが、使ったことは?」
差し出されたのは折り畳まれた紙製のカップに乗せるタイプの使い捨てドリッパーだ。
あっちの世界では普通に〇リタ式のドリッパーを使っていたのでわざわざ使い捨てドリッパーを買ったことはないけれど、出先のビジネスホテルなんかの部屋に備え付けてあったりはしたので、使い方はわかる。
「何度かはありますよ。」
こくりと、一度頷くと、彼女はそのペーパードリッパーを組み立てて二つのカップにセットする。
「粉は、この大きさのカップで、スプーン2杯くらいです。」
ドリッパーに挽いた豆の粉を入れ、その中央にさっと一気にお湯を注ぐ。
よくテレビに出てくるようなコーヒー名人がやるように、くるくる回してお湯を注ぐなんてことをしない。
「・・・このくらいの小さな使い捨てドリッパーだと、回すようにお湯を注ぐより一気に真ん中に注いだ方がお湯の巡りがいいみたいです。」
俺が、ある程度コーヒーの淹れ方を知っているのを見越してか、一般的な淹れ方との違いを説明してくれる。
お湯で膨らんだ粉がしぼみ、お湯が落ち切ったところですかさず次のお湯を注ぐ。
長い蒸らしの時間も取らない。
2度お湯を注いだだけで、カップにはもう7分目くらいまでコーヒーが溜まっていた。
お湯が落ち切る前に、ドリッパーをカップから外す。
「・・・腰を据えて少しずつ飲むなら、もう少し蒸らしてもいいですけれど、雑味を出さずにおいしいところだけさらって飲むなら2回注ぐくらいで引き上げるのがベストみたいです。
どうぞ。
マンハッタンカフェスペシャルです。」
マンハッタンカフェスペシャル、のところで、ちょっと声がうわずったのは、照れだろうか。
焙煎の強いコーヒーの香りで鼻がちょっとマヒしてしまってはいたけれど、嗅げばこの香りは朝貰ったコーヒーの香りそのものだ。
カップを手に取って一口頂く。
「いただきます。
・・・朝よりもさらに軽い口当たりですね。」
「この使い捨てフィルターは落ちるのが早いので、腰のある濃厚な味わいには向かないんです。
朝淹れたのは、使い捨てじゃない陶器のドリッパーで淹れているので、口当たりは強めに出ますね。
いずれ、ちゃんとしたドリッパーを買うのでしょう?
その時、また豆をお分けします。」
彼女はまだ残っている豆を、ゴリゴリとミルで挽いていく。
挽き終えたコーヒー豆の粉を、ジップロック付きの袋に詰めると、使い捨てのペーパードリッパーが入った紙袋に一緒に入れて渡してくれた。
それを受け取って両手が塞がっているところに、突然顔面に何か柔らかいものが入ったビニール袋が叩きつけられるように飛んでくる。
「うぷっ!」
「あっ!
もう、他人にものを投げて渡しちゃダメでしょう!
ごめんなさい、私のお友達が、私が最近はまっているのを見てたらしくて、勧めろ、って。」
俺の顔に当たって落ちたのは、マシュマロの入った袋だ。
そら豆より少し大きいくらいの円筒形のマシュマロが、薄い透明な包装袋に入っている。
「コーヒーを飲む合間にちょっと口に入れると、おいしいんですよ。」
コーヒーの入った袋の上に、ポンと追加で積まれる。
「すいません、いただいてばかりで。」
「いえ。
・・・もし、その豆が気に入って貰えたなら・・・
時々遊びに来ていっしょにお茶してくれると、嬉しい、です。」
「ええ、ぜひ。」
ふわっと、彼女の目元と口元だけがわずかに緩む。
彼女の感情はいまいち表情に出にくいせいで、淡々とした人物に見られがちっぽいけど、好きなコーヒーのことになると結構感情が表に出るんだな。
あっちの世界でガチャで引けなかった分、生のマンハッタンカフェ、というウマ娘を色眼鏡なく見ることができた気がする。
お友達のやらかしのせいで苦労しているっぽいけれど、物静かなコーヒーマニアの常識人、て感じだ。
「また来て。」
「はい、コーヒーありがとうございました!」
カフェ先輩を背に、部屋を出ようと引き戸を開けようとしたら、引き戸が勝手にスライドして開いた。
入ってこようとした人物と危うくぶつかりそうになる。
たたらを踏んで後ずさると、一番聞きたくなかった声が部屋に響いた。
「っと、危ないねぇ。
・・・おや?
おやおやおやおや・・・
カフェに来客とは珍しいねぇ。
ふう~ん?」
おいとまするのが遅かった。
出会ってしまった、アグネスタキオンに。
狂気の瞳、とよく言うけれど、瞳孔の開いた瞳は、吸い込まれそうな闇を湛えていて、その瞳でじろじろと値踏みされるように見据えられるのは気持ちのいいものじゃない。
タキオンが後ろ手で引き戸を閉める。
彼女は自分の顎を撫でながら、覗き込むように俺を観察していた。
「見ない顔だねぇ。
んん?
いや、白毛で腰ほどもある長髪・・・
・・・ふむ。
もしかしてデジタル君の言っていた娘かい?」
デジタル君の言っていた娘、と聞いて何かが記憶に引っ掛かる。
数瞬して、思い出した。
ヒシアマさんが言っていた。
三女神像の台座から助け出された俺を保健室に運んでくれたのはアグネスデジタルだと。
だとしたら、ものすごくまずい。
アグネスデジタルって、俺がこっちの世界に落とされた直後を知っている重要人物の一人じゃないか!
そのデジタルが、俺のことを、タキオンに話した?
事の重大さに気づいて、冷や汗が出る。
焦りが表情に出てしまったのだろうか、タキオンの口角が上がって何とも悪い笑顔を作る。
「なら話は別だねぇ。
君は今から、私の客だ。
ちょっと付き合ってくれたまえよ。」
気圧されてたじたじになっている俺を見かねたのか、カフェ先輩が助けに入ってきてくれた。
「彼女は、帰るところです。
私たちと違って、彼女はこれからトレーニングがあるのですよ?
邪魔をしないでください。」
タキオンの背後で、勝手に引き戸がガラガラと開く。
ナイスお友達!
俺に触れてこようとしないタキオンの横をすり抜けて廊下へ出ようと脚を踏み出す俺に、タキオンが芝居がかった声音でこんなことを言い放った。
「いや、彼女は私に付き合ってくれるはずさ。
そうだろう?
流れ人のラベノシルフィー君?」
俺と、カフェ先輩が凍り付く。
畜生!
よりにもよって、学園の二大問題児両方にバレてるのかッ!
ゲームでは、彼女は自分のガラスのように脆い脚を克服するために、自分も他人も省みない実験を繰り返していた。
それこそ、そのためならなんだってやる、といわんばかりの、自分のトレーナーをモルモット呼ばわりして実験台にするほどの狂気を持って。
異世界からの流れ人は、今までこのウマ娘世界にないテクノロジーをもたらしてきた、と理事長やたづなさんから聞いた。
俺がそんな情報を持っていなくても、流れ人というだけでタキオンの興味を引くに十分だ。
ここでうまく逃げおおせてもいずれ何らかの方法で『お話』させられることになるだろう。
七色に発光させられて『お話』させられるよりは、『お話』する方がましか・・・
「くそっ。
わかったよ。」
吐き捨てるように了承すると、タキオンはひきつけを起こしたような声で笑いやがった。
「ヒッヒッヒ!物分かりのいい娘は嫌いじゃないね。
カフェ、ソファーを借りるよ。
なに、そんなに長くなることはないさ。
お湯はあるかい?
珍しい客人に紅茶を淹れてあげようじゃないか。」
のろのろと、さっきまで座っていたソファーまで歩いて、どっかりと腰を下ろす。
カフェ先輩が、そっと隣に座った。
タキオンが、部屋の奥からオフィスチェアに茶器を乗せて転がしてくる。
彼女が俺とカフェ先輩の正面に居座って、望まないお茶会が始まった。
今日のトレーニング、できないかもしれないな・・・