ウマ娘世界が地獄でも、住めば都です。   作:ジョンゲスト

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仕事がストール気味なので続きを書くですよ~

今回、独自解釈アグネスタキオンの話になりますので、タキオンファンの方には怒られるかもしれません~
タイトルのウマ娘世界の地獄の一端を紐解く話でもありますのでご容赦を~




タキオンの苦悩

アグネスタキオンの手によって見たこともないデザインの紅茶缶から取り出された茶葉は、缶を開けた瞬間からその主張を始めた。

先ほどまで漂っていたコーヒーの香りをかき消すほどの強烈なベルガモット臭。

・・・アールグレイか。

紅茶にさほど詳しくない俺でも、この香りには覚えがある。

淹れ方を間違えると臭くて苦くて飲めたもんじゃない、個性の塊みたいな紅茶だ。

 

生活破綻者のはずのアグネスタキオンが、手慣れた所作でティーポットにお湯を注ぎ紅茶を蒸らす。

 

カップにもお湯を注いで温めるあたり、本格的だ。

 

・・・と感心していたら、タキオンはカップのお湯をこともあろうに、カフェ先輩のものであろうゴミ箱に捨てた。

 

「私のゴミ箱にお湯を捨てないでって何度言ったらわかるんです?」

 

さすがにむっとした声でカフェ先輩が抗議する。

 

「ああ、すまない、いつもの癖でね。

 ほら、彼女は時間がないのだろう?

 彼女に免じて許しておくれよ、カフェ。」

 

おどけながらも、お湯を捨てる行為をやめないタキオン。

 

そしてなぜかタキオンの暴挙に暴れない『お友達』。

 

こういう時、真っ先にポルターガイスト現象でタキオンをとっちめると思っていたのだけれど、お友達は沈黙したままだ。

 

お湯を捨て終わったカップに、タキオンが紅茶を注いでゆく。

注がれたカップは4つ。

 

そのうちの一つが、勝手にするするとテーブルの上を滑ってカフェ先輩の隣に移動した。

・・・紅茶のお供えを待っていたのかよ。

 

タキオンが、ソーサーに載せたカップを俺とカフェ先輩の前にも置く。

 

しかし、俺もカフェ先輩も口を付けない。

 

そんなことを気にもせず、オフィスチェアをまたかき抱くように座ったタキオンは自分のカップから紅茶を口にする。

 

「・・・やれやれ、ずいぶん警戒されたもんだねぇ。

 カフェ、私のことを彼女になんて吹き込んだんだい?」

 

「・・・何も。

 彼女がここに来てから、あなたと出会うまで、あなたのことは何一つ話していません。」

 

「へぇ?

 初対面なのに敵意にも似た視線を向けられているんだけどねぇ?」

 

「あなたの日頃の行いが悪いんじゃないですか?」

 

それを聞いて、くっくっく、とタキオンが忍び笑いを漏らす。

 

「まぁいいさ。

 ラベノシルフィー君、だったね。

 私はアグネスタキオン。

 この部屋のカフェの同居人で、ちょいとばかり薬学をたしなんでいる変り者さ。」

 

「・・・」

 

沈黙していると、答えが返ってくるものと期待していたらしいタキオンが焦れて糾弾してきた。

 

「警戒されているにしても、自己紹介くらいは交わしてくれないかねぇ?

 君が私をどう聞き及んでいるのか知らないが、初対面で色眼鏡で見ずにその目で見て判断しておくれよ。」

 

色眼鏡で見るな、って言われてもな。

ゲームでアグネスタキオンの行動を見ている限り、俺は彼女のおもちゃにされる可能性がどうしても捨てきれなかった。

最初に、彼女に付け入る隙を与えたら、いいように料理される。

それだけは何としても避けたい。

 

「・・・流れ人、という言葉を盾に強引に話に付き合わせている時点で印象はマイナスもいいところだよ。」

 

「それは失敬。

 ただ、私も必死なのさ。

 君がもしかしたら、私の探す答えのヒントを持っているかもしれないと思うとね。」

 

瞳孔の開いた黒々とした瞳で、タキオンが食い気味に迫ってくる。

何をしてくるかわからない人物が、圧迫感を伴って迫ってくる。

ここで押し切られたら、彼女のペースに呑まれる。

 

そう判断した俺は、切り札を切った。

 

「アンタの脚のことならわからないぞ。

 俺は人体や医療のエキスパートじゃない。」

 

俺がそう言い放つと、隣のカフェ先輩が、ピクリと反応した。

タキオンの脚部不安。

彼女に極親しいものしか知らないはずの秘密。

 

カフェ先輩の方を見ると、彼女と目が合う。

なんであなたが?とその目が雄弁に物語っていた。

 

視線を正面に戻すと、タキオンが半開きの口をわなわなと震わせながらカフェ先輩を睨みつけていた。

 

「・・・あなたのことは彼女に一切話していないと言ったでしょう?

 名前も、この部屋に居ついていることも教えていません・・・」

 

カフェ先輩が淡々とした口調で突き放す。

彼女の秘密は、やはり知られたくないものであったようだ。

 

「・・・それを・・・

 私の脚のことを、どこで?」

 

「さてね。」

 

口元を抑えて逡巡するタキオンに対してすっとぼけてみせる。

 

カフェ先輩を睨みつけたところを見ると、タキオンはカフェ先輩には自分の脚部不安のことを打ち明けているのだろう。

 

表向きは、ウマ娘の可能性の追求、という名目でマッドな研究に明け暮れていることになっているけれど、実のところいつ来るかもわからない自分の脚の限界に怯えながら、わずかな可能性にかけて強がって作り笑いをしているだけなのを、薄々ではあるけれど俺は感じている。

あの開きっぱなしの瞳孔は、ほとんどうつ病に近い。

恐怖と絶望に常時苛まれている証だろう。

 

だからといって、俺が人付き合いの仕方を無視した強引なやり口に付き合う義理はない。

流れ人ということを、カフェ先輩に勝手に暴露した仕返しくらいにはなっただろうか。

 

タキオンは、しばらくカチカチと、震える親指の爪を噛んで何かを考えこんでいた。

忙しなく、瞳をきょろきょろと動かし、ひたすらぶつぶつと聞き取れない言葉を呟いている。

あからさまに挙動不審だ。

 

『・・・三女神様が?』とのつぶやきを最後に、彼女は動きを止めた。

 

そして・・・何の前触れもなく、彼女の感情は突然決壊した。

 

 

 

 

ガチャガチャと座っていたオフィスチェアを蹴倒し、テーブルの上の茶器をひっくり返しながら俺の胸ぐらを掴んで咆えた。

 

「あ゛あ゛あ゛あ゛っ!

 

 意地悪しないでおくれよ!

 

 君も!

 

 三女神様も!

 

 なんで!

 

 どうして!

 

 そこまで知っているなら、私がどれだけ必死なのかわかってくれてもいいじゃないか!

 

 私には時間がないんだ!

 

 助けておくれよ!

 

 どんなつまらないことでもいいから!

 

 このままじゃ、何もかも終わってしまう!

 

 そんなの嫌なんだよ!

 

 何か!何かヒントをおくれよ!

 

 流れ人なんだろう?!

 

 なんでも、なんでもいいから・・・なんでもいいから・・・」

 

虐め過ぎたのだろうか。

精神を病んだ者特有の激しい感情の起伏。

瞬きもせずに見開いたままの目からボロボロと涙をこぼして懇願するタキオンの姿は、さすがに少し心が痛んだ。

そこにいたのは、心を壊しかけているただの一人の多感な年頃のウマ娘だった。

やらかしっぷりが半端ないから忘れがちだけれど、タキオンはまだ10代半ばの子供なんだ。

 

カフェ先輩が、しょうがない人ですね、とばかりに俺に掴みかかったまま固まって涙をこぼし続けるタキオンの頭を撫でる。

彼女のこういった姿を、何度も見てきたのだろう。

普段は冷たくあしらっていても、本当に嫌な相手だったらこの部屋を共有したりはしないだろうし。

 

目を見開いたまま、涙を流していた彼女はひとしきり感情を爆発させて落ち着いたのか、立ち上がって後ろを向くと、取り出したハンカチでぐしぐしと涙をぬぐっていた。

振り返った彼女の顔は泣き腫らしてひどいものだったけれど、瞳からは狂気の兆しが薄らいでいた。

 

「・・・みっともない姿を見せたね。

 そうさ、不安で仕方がないんだ。

 

 ・・・次に本気で走ったら、この脚が壊れてしまうかもしれない。

 そうなれば、私にもう価値はない。

 父にも、母にも見捨てられる。

 アグネス家にとっていらない子になる。

 

 それが怖くて、私はなりふり構わずこの脚をどうにかする方法を探しているんだ。」

 

「親に、家に見捨てられる?

 どうして?」

 

トレセン学園でも、重賞レースに勝てるウマ娘なんてほんの一握りだけだ。

ウマ娘世界でのアグネス家、というのがどういう家柄なのかは知らないけれど、アグネスタキオンは少なくとも音速の貴公子といわれるほどの快足を持ちGIを勝ち上がった存在のはずだ。

その家が、親が、走れなくなったからといってタキオンを捨てる?

図らずも、俺が『見捨てられる』と、半端に複唱したことが、また彼女の心にダメージを与えてしまったらしい。

彼女は歯噛みしたまま沈黙してしまった。

 

「・・・アグネス家は、血統を重視する家なんです。」

 

代わりに、カフェ先輩が静かに答えた。

 

「?

 タキオンは、アグネス家の実子なんでしょう?

 なら・・・」

 

「ええ、でもウマ娘ですから・・・」

 

「ウマ娘だから?」

 

意味が分からない。

ウマ娘だとなんだというのか。

 

「いや、カフェ。

 彼女は流れ人だ、おそらくウマ娘のことを多分よく知らない。

 

 ラベノシルフィー君、遺伝子、つまりDNAは知っているね?」

 

気を持ち直したらしいタキオンが口を開く。

 

「ああ。

 生物の身体の設計図だろう?」

 

「そこまで理解できているなら話は早いね。

 ウマ娘に生まれると、親子であってもDNAの連続性が無くなるんだ。

 つまり、ウマ娘に生まれた時点で親子の血縁が途絶える。

 

 昔からヒトの実子にしか家を継がせなかった我がアグネス家は、DNA鑑定技術が確立した時から、より頑固な血統主義に凝り固まってしまったのさ。

 

 笑えるだろう?

 実子であってもウマ娘はDNA鑑定で親子関係が否定されるのだから。

 

 そんな血統重視主義の家では、ウマ娘の子供は、実子であってもその家を継ぐことができない。

 独り立ちするまでは面倒は見てくれるが、それも家の宣伝塔として活躍し続ければ、だ。

 ウマ娘として生まれながら、家の役にも立たない者は、居場所がない。

 私は、実家と繋がり続けるためにも、誰にも文句を言わせない実績と名声を積み上げる必要があるんだ・・・

 

 でも、今の私では、まだ、足りない。

 

 足りないんだよ・・・」

 

寂しそうに呟くタキオンに、俺は絶句するしかなかった。

 

ウマ娘に生まれると、両親と血縁がなくなる?

そんな馬鹿なことが、と思ったが、残念なことに俺には思い当たることがあった。

 

ウマ娘とヒトは、交配はできても別種族だと聞いている。

これは俺がウマ娘世界に堕とされるきっかけになった出来事からの推測だけれど、ウマ娘として生まれるには、あっちの世界の『ベースとなる馬の魂』みたいなものが要るらしい。

それが宿ると、あっちの世界の『ベースとなる馬の魂を元にした三女神謹製のウマ娘の肉体』として生まれることになる。

俺は元の身体を作り変えられてしまったけれど、ウマ娘世界ではウマ娘として生まれることが決定した時点で胎児そのものがDNAごと作り変えられてしまうんだろう。

そこに、ウマ娘世界の実の両親の遺伝形質は・・・無い。

 

言ってみれば、置き換えられてしまうんだ、子供が。

 

あっちの世界にも、ヨーロッパに『チェンジリング』なんていう取り換え子の伝承があるけれど、まさにそれだ。

あれは妖精の仕業だといわれているけれども、こっちはウマ娘の守り神である三女神が直接やってるっていうのが性質が悪い。

自分の遺伝子を継いだ我が子が欲しいヒトにとっては悪夢でしかない。

 

産まれたウマ娘はあっちの世界の馬の性質を受け継いで、両親とは遺伝的に隔絶しているから、親に似ない。

それを昔のヒトは肌で感じ取って血統主義の名家はヒトの子にしか家を継がせないなんて話になったのか?

しかも、ウマ娘はヒトの数倍食う。

ヒトの子にこだわって、ヒトの子が産まれるまでがんばってウマ娘ばかり産まれたら、一般庶民は破産してしまう。

血統主義、なんてものを掲げるには、金が要る。

 

ウマ娘としての走りを、栄光を継ぐために成り立つメジロ家のような名家は、ウマ娘が当主になれるんだろう。

 

しかし、そうでない家で血統を重視する家は・・・タキオンの苦悩のような闇を生む。

脚が壊れて、家の役に立てなくなったら、全てを失って放り出されてしまう。

親しか拠り所のない彼女の孤独への恐怖が、彼女を狂気に追い立てた。

 

「・・・君は、日本では20年ぶりくらいの流れ人なんだ。

 専門分野が違っても、雑学レベルでもいい。

 この世界ではない、君の世界のことを教えてはくれないか。

 どんな些細なことでもいい。

 違った分野のほんのつまらないことが、私に足りなかったピースの一片である可能性があるんだ。

 どうか、頼む、頼むよ・・・」

 

縋るような態度で頼み込んでくるタキオンには、出会ったときのような人を食った様子は微塵も残っていなかった。

カフェ先輩は、言葉にはしなかったけれど、きゅっと俺の手を握って意思を伝えてきた。

追い詰められ、狂う前の素のタキオンが、今目の前にいる。

そんな気がした。

 

ウマ娘として生まれたが為に、家庭崩壊を招いたり、経済的に行き詰まったり。

ウマ娘の中でも足が速いとトレセン中央に入学してみれば上の存在を見せつけられて心が折れたり、奨学金地獄に落ちたり。

良家に生まれて勝ち組かと思えば、血統と伝統に邪魔されて隅っこに追いやられたり。

 

ヒトより圧倒的に優れた身体能力を持つウマ娘が、生きていくのに優位かといえば、全然そんなことはなかった。

 

ウマ娘にはウマ娘の苦悩があった。

 

そして何より、彼女を悩ませている『この脚さえまともだったら』という悔しさは、俺が子供の頃からさんざん経験してきたことじゃないか!

 

自分のうかつさに、目を閉じて天を仰ぐ。

 

ふぅ、とため息にも似た息を吐いて、タキオンに応える。

 

「・・・助けになるかはわからないけれど、質問にはできるだけ答えよう。

 でも期待はしないでくれ。

 アンタの期待するようなものは、雑学レベルでしか知らないんだ、アグネスタキオン。

 情報の取捨選択はそっちでやってくれ。

 こっちの世界の方が進んでいる分野もあるだろうし。

 俺の知っている全ての情報は、ウマ娘じゃなくヒトを対象としたものだしな。」

 

「・・・感謝するよ、ウマ娘の流れ人君。

 いや、ラベノシルフィー。」

 

アグネスタキオンの狂気の原因は知れた。

彼女の秘密と、内面を共有した。

協力し続ける限り、もう彼女が敵に回ることはないだろう。

カフェ先輩が証人だ。

 

一悶着はあったけれど、こうして、マンハッタンカフェ先輩とアグネスタキオンとの奇妙な交流が始まったんだ。

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