ウマ娘世界が地獄でも、住めば都です。   作:ジョンゲスト

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スケジュール読めなくなってきたのでまた投稿できるうちに投稿します~

さて、お気づきの方もいるかと思いますが、作中では「足」ではなく「脚」に漢字を変えているものがいくつかありますが、誤字ではなくて故意ですのでよろしくです~


そうそう都合のいい話は無い?

「ふむ・・・薬学的アプローチで脚の耐久性を上げるような話はない、か。

 やはり似たような世界、医療の進歩も劇的なものはそうそうないものだねぇ。」

 

「ろくな助けにならなくて済まないな。」

 

はふ、とあくびにも似た息をついて、タキオンがビーカーの紅茶を啜る。

 

彼女がさっき感情を大爆発させて、茶器の類を木っ端みじんにしてしまったために、フラスコやら漏斗やらで淹れた紅茶がこれだ。

彼女の手元では、溶け切っていない大量に投げ込まれた角砂糖が、ビーカーの底で陽炎のように揺蕩っている。

カフェ先輩は、こぼれた紅茶がテーブルの木材に染みこんで変色してしまったのを見て、渋面を作って一人せっせとテーブルのお手入れをしている。

 

今俺がいるのは、カフェ先輩のソファーから移動して、タキオンの実験机の前。

パイプ椅子に座って無機質な蛍光灯の光の下で、ボイスレコーダー代わりの彼女のウマホを前にタキオンとお話し中だ。

 

タキオンの求めているであろう、骨や筋肉、腱なんかに関わる雑学を、頭の中から絞り出してみるも、すでにウマ娘世界にもある治療法やトレーニング方法とダブるものだらけで、これは、と思えるような情報は今のところ見つかっていない。

俺のウマホで、類似技術を探すと、普通に見つかってしまう。

しらみつぶしに検索してみても、目新しい情報は皆無、という状態だった。

 

「いや、それがない、とわかるのもまた情報だよ。

 ただ、君の世界の最先端医療は、こちらと違った方向に進んでいるようだがねぇ。」

 

ウマ娘世界と、俺のいた世界の最先端医療の方向性の違い。

何故か、ウマ娘世界では、DNAを解析することはしても、遺伝子改良に全くといっていいほど手を付けていない。

IPS細胞はおろか、臍帯血などの応用に関しても、まるでタブー視されているかのように手を付けた様子がない。

どうも生命をいじる、という部分で、ストップをかける倫理観のようなものがあるように思える。

 

「骨組織の培養、というのが実用化されているのには驚いたがね。

 あと、体内に埋め込んだ多孔質の人工骨に骨の成分が吸着して本物の骨のように成長するだって?

 おまけに老人の人工関節との交換手術が一般化している、と?

 それが本当ならどうにもならない粉砕骨折が、どうにかできるかもしれないねぇ。」

 

「多少見どころのあるものが脚を壊してしまった後の為の技術ばかりっていうのがな・・・」

 

骨折治療の分野では、俺のいた世界もこのウマ娘世界も大差なかった。

むしろ、超音波療法なんかが積極的に取り入れられていて、一般的な治療はウマ娘世界の方が進んでいるんじゃないか、と思えるほどだ。

でも、予防医療の分野では、ウマ娘世界もあっちの世界も、やっていることはほとんど変わらない。

毎日十分な栄養を取って、お日様の光を浴びて、適度な運動をしなさい。

結局はこれに行きついてしまう。

不摂生な生活、の話が出ると、タキオンは耳タコだねぇ、とまるで聞く気がない様子だった。

 

「それはそうだけれどねぇ・・・

 でも、保険にはなるかもしれないよ。

 脚を壊したら二度と走れない、というのと、元のようには無理でもまた走れる、というのは大きな違いだ。

 走るのが生きがいのウマ娘が、脚を壊して絶望して、若くして風船がしぼむようにやせ衰えて死んでしまうなんて話は聞くに事欠かないからねぇ。

 これは、理事長を通してしかるべき機関に報告書を上げてもいいかい?」

 

「俺が出どころだって騒ぎになるのは困るぞ?」

 

他人の役に立つのはやぶさかではないけれど、悪目立ちして余計なことをこれ以上抱え込みたくはない。

ただでさえ、学園内で妙な話題を振りまいて変な編入生が入って来たと、歓迎会の観客が増えるようなハメに陥っている。

これに外部の人間が加わってきたらもう収集をどうつけていいのかわからなかった。

 

「その辺は理事長がうまくやるさ。

 ウマ娘の君が不幸になるようなことは、絶対にしない人物だからね。

 第一、君の正体なんてうちの家の調査でバレる程度のものさ、バレてるところにはバレてると思うけどねぇ。

 なら、いっそ理事長の役に立って、理事長の立場を強化してやった方がいいんじゃないかね?」

 

「・・・歳に見合わず、ずいぶん達観した物言いをするんだな。」

 

「君がそれを言うのかい?

 鏡を見せようか?」

 

軽口の応酬をしながら思う。

家や親と離れたくない一心で自分の脆い脚で結果を出そうともがく幼い一面を見せたかと思えば、まるで人生経験豊富な大人の口から出てきそうなセリフを吐き出す。

こうして話していると、30代くらいのちょうど俺と同じくらいの相手と話している錯覚に陥る。

なのに、彼女を恐怖させ絶望させているのは、自分を捨てるかもしれないという家族との別離だ。

そこそこ心を許しているだろうカフェ先輩の存在があってさえ、まだ足りない。

自分の脚の問題の解決こそが、全てを解決すると思い込んでいる、そしてそう思わせて疑わなくしてしまうほどの彼女の俊足とはいったいどれほどのものなんだろう。

もし、彼女の脚に救いがなかった時、彼女の人生を丸ごと支えてやってくれる伴侶さえいてくれれば・・・

 

いや、10代半ばの学生に期待することじゃないか。

 

だけど、この時ほど、トレセンが婚活会場として働いてやってくれよ、と思ったことはない。

 

 

 

 

 

「シューズの方は、さすがにウマ娘のいるこちらの世界の方が最適化されているか。」

 

医療関係の情報なんかは、小耳にはさんだとしても詳細な構造や材料、理論なんかはわからない。

どちらかと言えば、日常で触れることの多いシューズの方が詳しい話ができるのではないかと、シューズの話に移ってみたのだけれども、こちらも正直なところ大差がない。

むしろ、脚の使い方が根本的に違うウマ娘用シューズに関しては、頑丈さや作り込みで太刀打ちできるようなあっちの世界の技術がなかった。

 

「ああ、教えて貰った中で面白いところではエアヨルダンといったかね?

 靴底にエアダンパーを、という発想は面白いが、ウマ娘の脚力だとエアダンパーの隙間に普通に緩衝材を入れた方がいいね。

 厚みが1センチにも満たないエアダンパーじゃ、相当高圧にしないと役に立たないし、そんなものが破裂したら危険だしねぇ。

 それに、過度な反発性のある素材は、レース用のシューズには規定で使えないよ。

 不正行為に分類されてしまう。」

 

「目下のところ、ウマ娘の脚の故障原因てどんなところだ?」

 

「骨折と腱断裂。

 全力疾走中に起こしやすい重篤な故障はこの2つだね。

 一番問題なのはコーナーでの脚首への過負荷だよ。

 そうだねぇ、自分の脚首が、左右にどれだけ傾けられるかやってごらんよ?」

 

言われて、片胡坐を組んで、靴ごと足首を左右に曲げようとしてみる。

 

「ほとんど可動域がないだろう?

 ところがコーナーではこの脚首に遠心力と、さらに曲がりたい方向と逆向きの反力がかかる。

 蹄鉄がある程度はかかる力を平均化してくれるとはいえ、地面に一番近い親指か小指付近に過負荷が集中するのさ。

 脚の甲の中足骨には普段かからない強いねじれの力が加わる。

 かといって、脚首が柔らかいといいのかと言えば、それも違うときたもんだ。

 脚首が柔らかいと、今度は脚首の関節自体に過負荷がかかる。

 関節の内部で普段はかからない向きに、強烈な負荷がかかるんだ。

 それを克服するためのトレーニング自体が、脚首の故障と紙一重。

 脚部不安を抱えた私じゃ、あれもダメ、これもダメでにっちもさっちもいかないのさ。」

 

お手上げだよ、とタキオンは首をすくめてみせる。

 

コーナー走行中は脚裏で負荷分散ができずに、親指か小指付近に負荷が集中してしまうのが根本的な問題か。

 

着地の際だけ衝撃を吸収して、蹴り出しの時はクッション性をなくす・・・脚力を殺さずにダンパー性能だけを持たせる。

 

粘性のあるオイルを、狭い通路を経由して通すことで得られるダンパー効果。

エアヨルダンの靴底に仕込まれたエアダンパー。

 

頭の中で、二つが結びついて、ある構造が閃いたけれど、ダメだ。

沈んだままのダンパーを、瞬時に元に戻すには、条件によって動作が制御されたワンウェイバルブが要る。

でもそれは靴底に仕込むには複雑すぎるし、トン単位の衝撃が加わりかねないウマ娘の靴底で故障せずに機能させ続けられるかと言ったら難しい。

何より、コスト的に見ても単純な構造じゃないと、実用にならない。

 

「強い圧力がかかった時だけ粘性が増す液体があればなぁ・・・」

 

頭の中に閃いた、ダンパー構造を一挙に単純化するもの。

俺のいた世界では存在しない、夢の液体。

 

「?

 それがあったらなんだというんだい?」

 

「いや、さっきのエアヨルダンじゃないけど、親指と小指の根元に、その液体を入れた丈夫なパックを仕込んでな、そのパック同士を、細いチューブで繋ぐんだ。

 圧力がかかった時だけ粘性が増して、過負荷のかかる側から負荷の軽い方へ液体が移動するとき、粘性抵抗でチューブを通るのに負荷になるだろう?

 脚を上げて圧力が抜けると粘性が消えてまた元のパックに素早く液体が戻る。

 圧力がかかった時ゆっくりパックが潰れていけば、発泡ゴムの類よりもストロークの長い、衝撃を吸収する良いダンパーにならないかと思ってな。」

 

俺の説明を聞いたタキオンは目をぱちくりさせていたけれど、ふむ、と一言呟いて考え込んだ。

そして数瞬の後・・・

 

「・・・ある。」

 

「え?」

 

「あるんだよ、強い圧力で、粘性を増して硬くなる液体が。

 

 もともとはゴールドシップがトレーナーに投げつける水風船に詰めて使う悪戯用に作らされたものだったんだが、あれは水風船にして投げつけると水飴くらいの硬さにはなる。

 

 私の作ったものだ、もちろん、粘度は調整できる。」

 

タキオンは、壁沿いの棚にすっ飛んでいくと、中の茶色い薬品瓶をどんどん床に取り出し始めた。

 

「・・・あった、これだ!」

 

タキオンが手にする一抱えはありそうなポリエチレンの遮光瓶。

 

彼女が『ボディーブロー1号』とラベルの貼ってあるその瓶から、空のビニール袋に中の液体を入れる。

 

流し込まれる様子は、一見ただの水だ。

 

ビニール袋の口を縛って、彼女はおもむろにそれを頭上に放り投げた。

 

ベチッ!と妙な音を立てて床に落ちたその液体入りの袋は、半ばほど変形したところで、まるでビデオを静止画像にしたかのように一瞬変形をやめてそのままの形で固まってみせ、すぐにだらりと潰れた。

 

どうだ、と言わんばかりにニヨニヨと薄ら笑いを浮かべるタキオンが、紙と鉛筆を差し出してくる。

 

「さ、君の頭の中にあるアイデアをスケッチに起こしたまえ。

 ウマの脚と行動は速いほどいい。

 すぐに試作させよう!

 

 ・・・しかし、君はシューズの専門家じゃなかったはずだろう?

 いつこんなアイデアを思いついたんだい?」

 

受け取った紙に、シューズの三面図を雑に起こしながら答える。

 

「思いついたのは今この場だな。

 オイルと流量制限を利用したダンパーは俺の専門のバイクの分野じゃよく出てくるものでね。

 あとはさっきのエアヨルダンと、船のバラスト水タンクの構造からかな。

 ただ、圧力を加えると粘性が増す液体がないと、構造が複雑になりすぎて話にならないんだ。」

 

「そんなものに必要な材料が、都合よくこの場にねぇ?

 

 君は三女神様に愛され過ぎじゃないかい?

 もしそうだとしたら、これはちょっと期待してもいいのかねぇ?」

 

「そう簡単にいくかな?

 ウマ娘の脚力に耐える液体入りの靴底だ、試作だけでも相当な数がいると思うぞ?

 ただ1足を作るなら数十万もあれば可能だろうけど、完成度を求めたら百じゃきかない。」

 

ウマ娘の脚を壊すようなピンポイント荷重を支えて破裂しないカーカス構造の液体パックに、その粘度。

パック同士をつなぐチューブの最適な太さ。

パックを詰めることによる靴底の強度不足によるよじれ対策。

そして粘度の高い液体が狭いところを繰り返し無理やり通るために発生する熱と冷却構造。

ちょっと考えただけで、相当の試行錯誤が必要だと想像できる。

 

「う・・・私のポケットマネーじゃきついかもしれないね。

 いくつかのメーカーに、商品化権を餌に開発試作するよう当たってみてもいいかい?」

 

「任せるよ。

 俺は靴屋じゃないんだ、好きにしてくれていい。」

 

「助かるよ。

 じゃぁ・・・ウマホの番号、教えてくれるかい?」

 

なぜかちょっと逡巡する様子を見せながら、彼女が机の上のウマホをもてあそぶ。

 

「ほらよ。」

 

俺のウマホを操作して、電話番号を表示させ机の上に置くと、彼女はそそくさと番号を入力して俺のウマホを鳴らした。

かかってきた番号に、アグネスタキオンの名を入力して登録する。

 

「何か進展があったら連絡するよ。」

 

ウマホを戻そうとすると、その腕がぐっと掴まれた。

 

「私も登録お願いします・・」

 

音もなく背後に忍び寄っていたカフェ先輩が、にゅっとウマホを突き出してくる。

 

「私の番号はXXX-XXXX-XXXXです・・・」

 

俺のウマホからかけろ、ということらしい。

聞いた番号を打ち込んでコールすると、カフェ先輩のウマホからどこかで聞いたことのあるメロディーが流れる。

エーデルワイス、だっけか。

 

なんとなく黒のイメージがあるカフェ先輩が、白を讃える花の曲を着信音にしているのは、ちょっと興味深かった。

カフェ先輩の番号も、電話帳に登録する。

 

カフェ先輩が、登録し終わったウマホを片手にぶら下げたまま、どこか勝ち誇ったような雰囲気をまとって、タキオンを見下ろしていた。

 

「・・・なんだいカフェ?」

 

「彼女に出会ったのは私が先・・・

 電話を先に貰ったのも私・・・

 あとから来て横攫いはダメ。」

 

カフェ先輩の宣言に、タキオンはフっと鼻を鳴らして笑った。

 

「・・・カフェが、嫉妬するとはね。」

 

「嫉妬じゃない。

 彼女は学園では珍しいコーヒー仲間。」

 

「それを言うなら私の研究仲間でもあるんだがねぇ?」

 

見えない火花を散らしながら始まった睨み合いをぶち壊して、口をはさむ。

 

「・・・じゃ、そろそろ、トレーニングに戻ってもいいですかね?

 寮の門限考えるとギリギリもいいところなんで・・・」

 

時間は、午後三時をとっくに回っていた。

機材の片付けに手間取るのを考えると、トレーニング時間を2時間確保できるかどうか。

そして寮に帰ればヒシアマさんが怪しげな衣装を片手に着せ替えショーが待っていると来たもんだ。

 

「おっと、時間を取らせないと言いながら、だいぶ遅くなってしまったね。」

 

「・・・ごめんなさい・・・」

 

「いえ、トレーナーがしばらく外出中なもので、自主練だからまぁ自由にはできるんですけれど・・・

 特殊なトレーニングだから機材の準備と片付けが面倒なんですよ。」

 

「へぇ、君の言う特殊なトレーニングっていうのはどんなものか興味があるねぇ。

 ちょっと見させてもらってもいいかい?」

 

興味津々、といった感じで、タキオンがついていきたそうにしている。

 

「準備を手伝ってくれるなら。」

 

ちょっと考えてみたけれど、あのトレーニングでタキオンが何かをやらかすような要素はたぶんない。

正直な話、機材の設置だけでも結構大変だ。

ウォーターベッドを引っ張り出す手伝いをしてくれるならそれだけでありがたい。

 

「私は遠慮しておきます・・・

 これ以上邪魔したら悪いもの・・・

 あなたも、彼女の邪魔をしないように。」

 

「邪魔なんかするわけないじゃないか。」

 

そううそぶいて、彼女はさっさと立ち上がる。

 

「さぁ、時間がないんだろう?

 早く行こうじゃないか!」

 

妙なやる気をみなぎらせたタキオンに引っ張られるようにボストンバッグを抱えて理科準備室を出る。

 

「カフェ先輩、また!」

 

小さく手を振る彼女を後に、俺とタキオンは校舎の出口に向かった。

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