リモートはいいけど現物のやり取りに数日かかる仕事ってこういう時困りますね~
なんでこんな辺鄙なところにこの部屋を作ったのか、設計者に問いただしたいようなところに、その部屋のドアはあった。
大浴場側面を這うように、どこにつながっているわけでもないただ長く細い廊下の奥の奥。
突き当りの非常口と、脇のそのドアだけが、この廊下の終着点だ。
『娯楽室』
そう書かれたネームプレートが掲げられたドアは、寮の他のドアと比べてどこか時代に置き去りにされたような、一昔前の木製の安っぽい合板ドアだった。
寮生が入居している部屋のドアは、改築で防音性の高いものに替えられたのか、比較的最近のものだったけれど、ここのドアは、時代を感じさせるほどに古い。
昔は部屋のドアもこれと同じだったのかもしれない。
スマホなんかがまだ流行っていなかったかつては、寮生活での少ない娯楽を求めてこの部屋に出入りする寮生が多かったのだろう。
シンプルなステンレス製のドアノブの周りはニスが剥げ、合板に印刷された木目模様さえも剥げ、地肌のベニヤがむき出しになってささくれ立ち始めていた。
かつては、というのは、ヒシアマさんがカギを開けて開いたドアの内側が、廃墟のような様相を呈していたからだ。
部屋の広さは、結構ある。
学園の教室よりちょっと大きいくらいだ。
けれど、目の前に飛び込んできたものと言ったら、ラシャが破れて朽ちかけたビリヤード台、斜めになってもはや自立すらできない卓球台、複数あるちょうど四人で囲めそうな大きさのテーブルは横倒しに隅っこに追いやられ、トランプやボードゲーム、麻雀セットなんかがごっちゃになって大きなポリ袋に詰められて転がっている。
壁にかかった時計は動いていないし、何かパーティーをやった名残なのか、壁の一部には金モールとチリ紙で作られた花が貼り付けられたままだ。
そういったかつての娯楽室の設備の残骸は隅に追いやられ、どうやら今は倉庫として使われているらしい。
壁際には使い古しのシーツやカーテンなんかが覆いとしてかけられた、背の高さくらいのなにかが列をなしていた。
ヒシアマさんが、その覆いをめくり上げると、屋外用の物干し台と物干し竿に鈴なりになった色とりどりの衣装が現れた。
壁一面を埋め尽くしているのだから相当な量だ。
「どうだい、大したもんだろう?
100以上あるから好きなのを選びな!
ちょっとサイズが合わないくらいならアタシが直してやるからさ!」
どこかうきうきとした感じで、ヒシアマさんが大型のホチキスのようなものを掲げて、ウィンウィンとモーター音を響かせる。
「それなんです?」
「最新型のハンディミシンさ!
ウマチューブを見ていたら、便利グッズで紹介されててね。
今日届いたばかりなんだよ!
ちょっとした裾上げくらいなら簡単にできるって言うから試してみたくてねぇ。」
まるでおもちゃを買ってもらったばかりの子供みたいないい笑顔で、ハンディミシンを振り回すヒシアマさん。
趣味の新兵器を手に入れて使いたくてうずうずしてたんだな。
料理が得意なのは知っていたけれど、裁縫もか。
主婦力高いな。
ヒシアマさんはいいお母さんになりそうだ。
「さ、この中から、良さそうなのを見繕っておくれ。
多少の手直しで何とかなりそうならちゃちゃっとやっちゃうからさ!」
話しながら、ヒシアマさんは次々と衣装にかけられた布をめくっていく。
「この辺が、魔法少女衣装だよ。」
わざわざその区画だけ引っ張り出してまで魔法少女衣装を推してくる。
何とかして俺を魔法少女仲間に引きずり込みたいらしい。
実に困ったことに、これらの魔法少女衣装、ちょうど俺の背丈くらいのものが多いのだ。
すぐ着られそうな魔法少女衣装は、見覚えのある衣装がいくつかある。
子供の頃、学校から帰ってきて何もすることがなくて夕方ぼーっとアニメを見ていると、時間とチャンネルによっては魔法少女ものがよくやっていて何気に全話見てしまったものも少なくない。
似通った世界だからなのか、そのアニメの衣装もほとんど同じものだ。
魔法少女衣装、とは言っても、古いものはただのシンプルなワンピースにしか見えないものから、ヒシアマさんが金船障害で着る羽目になった最近のものに多いピンク基調で比較的複雑なデザインのものまで。
それぞれ、衣装とセットになっているらしいハートの形だったり星の形だったり、イミテーションの大きな宝石がついたステッキが、衣装と一緒にぶら下がっている。
・・・ところどころ、俺の記憶にないカットの際どいハイレグなセパレートやワンピース水着にフリフリを付けただけにしか見えないようなものとか、子供サイズのナース服らしきものが混じっているんだけど、これも魔法少女衣装なんだろうか。
水着タイプのものは、強制的にへそ出しになるようカットが入っていたりするものが多いあたり、最近の大きいお友達用のアニメから来ているのかもしれない。
まあ、どっちにしろ、汗をかいたこの状態じゃ、水着タイプのものは試着できないし、サイズの手直しも難しそうだからこのままぴったりなサイズのものでもない限り着ることはないだろう、うん。
魔法少女衣装以外のものを漁ってみると、スカートタイプではおおむねマーチング衣装系のものと、ドレス系のものが多かった。
・・・赤いマーチング衣装は、ダメだ。
ただのゴルシコスプレになる。
こんな格好をしてステージに立って、『このゴールドシップ様のコスプレとは百年早ぇぜ!』と、本人の乱入を招いては困る。
さすがに、カオス空間が出来上がるとわかっていて地雷を踏みに行くわけにはいかない。
ドレス系は、まんま市販のパーティドレスみたいなのが多かった。
無難だけれど、その分、生地がしっかりしたものが多いので安っぽさがない。
数も多いのでそれなりに軽い手直しで着られるサイズのものもありそうだ。
第一候補はこのあたりからだな。
ズボン系は、おかしなものが多い。
宝塚を思い起こさせるあちこちにラメをちりばめたキラキラ衣装があるかと思えば、バンカラ学生服セット、プレスリー衣装って言うんだろうか?腕にずらっと紐が垂れ下がって胸元がVの字に大胆にカットされた上着と、ズボンの裾がやたらと広くなっているパンタロンズボンの組み合わせ。
バカ殿衣装なんかもあった。
どう見てもウケ狙いの宴会芸用衣装ばかりだ。
しかも、ガタイがいい寮生が着ていたものが多いのか、丈は長いし、胸の部分が大きめに作ってあるものばかりだ。
俺の身体つきじゃつんつるてんのがっばがばになること請け合いで、直しが効くレベルじゃない。
ヒッピー系というのかジプシー系というのか、やたらと民族衣装っぽくて手間のかかってそうな衣装のセットや、晴れ着みたいな派手な和服っぽいのもあったけど、これも丈が合わない。
ざっくりと流してみていくと、端っこの方で、ヒシアマさんが覆いを剥がずにかけたままにしている区画があった。
「ヒシアマさん、これは?」
「ああ、そこらは、ちょっとね。
こういう催し物には使えない衣装ってやつかね。」
「見ちゃダメ?」
「見るのはいいけど、あまり粗雑に扱わないでおくれ。」
ヒシアマさんの意味深な言葉に首をかしげながら布の覆いをめくると、意味が分かった。
個性あふれる上下の衣装に、衣装デザインに合わせたレース用の蹄鉄シューズ。
今まで見てきたものとは違う、一級品の輝きを纏った本物の勝負服が数着、静かに眠っていた。
「見ての通りさ。
あと一歩でGIに手が届く、ってところで、何らかの理由で袖を通されることなく、寮に取り残された勝負服たちだよ。
持ち主の無念を思うと、処分することもできないらしくてね。」
和紙やビニールに包まれた、タグすら外されていない未開封の衣装や、ビニールをかぶせられてハンガーに吊られたもの。
どれもこれも、ただ一人のウマ娘の為に仕立てられ、レースを走ることも観衆に披露されることもなく役目を終えてしまった勝負服。
その中でも、ただ一着、トルソーにかけられている青白いワンピースドレスが俺の目に入る。
布の覆いを被せられただけで放置されていたそれは、わずかばかり埃が積もってしまっていたけれど、人型のトルソーに着せられていることもあって、他にはない存在感を放っていた。
Vネックの襟をぐるりと覆う銀糸の細い刺繍。
シンプルに直線的にカットされた肩回り。
腰までほぼ身体のラインに緩やかにフィットして、そこからひざ下あたりまで僅かに広がるスカートの鋭角的なシルエット。
ウエストを絞った先のスカートには、顕微鏡で見た氷の結晶のような幾何学的なデザインの刺繍が服の生地と同じ色の糸で施され、親指の先ほどの大きさで服の色よりわずかに濃い色の菱形にカットされた宝石がいくつもスカート裾近くにあしらわれている。
光の当たり方による印影だけで刺繍を浮かび上がらせる控えめな修飾が、前に出すぎない自然な高級感を漂わせていた。
そしてそれに合わせられた、青と白の細かいストライプの入ったハイヒールタイプの蹄鉄シューズ。
『氷』
見ただけでわかる、単純で強烈なイメージ。
僅かに埃をかぶりながらも、それはぼんやりと光って見えた。
冬の岩肌で凍り付いた滝が、こんな色をしているのを見たことがある。
青白い光をぼんやりと放つそれは、荘厳で美しく、そして近寄り難い。
でも、目を奪われる。
微かに感じる拒絶感。
触れるな、おまえにはまだ早い、そう言われている気がした。
そっと、勝負服たちに覆いをかけ直す。
確かに、あれは、コスプレなんかで着ちゃいけない代物だ。
そんなもので穢してはいけない、想いのこもった一品だ。
「もういいのかい?」
「ええ。
氷の女王様に怒られました。
おまえにはまだ早いって。」
今の俺じゃ、あれに触れる資格はない。
「へぇ。
まだ、ってことはアンタもいつか勝負服を着ようっていう、そのくらいの気概はあるんだね?」
ヒシアマさんに言われて、自分がなぜ『まだ』などと思ってしまったのか、ちょっと混乱した。
ウマ娘としての走り方を叩き込まれている最中の俺が、GIレースに手が届くと思っている?
今俺の脳裏に浮かんでいるのは、目の前に立ちふさがるとてつもなく厳しく高い岩山だ。
頂上は雲に隠れて、まだ見えもしていない。
・・・その後の、歓迎会用の衣装選びは難航した。
丈が合いそうなのに、バストやウェストが合わない。
もしくはその逆。
数センチ大きいくらいならヒシアマさんが調整できるらしいのだけれど、10センチを超えてくるとシルエットそのものが崩れてくるので見栄えが悪い。
小さすぎて入らない衣装は、論外。
過激な物や、魔法少女衣装は俺が頑なに選ばないので、ついにヒシアマさんがキレた。
「あー!もう!埒が明かないよ!
アタシがアンタに着られそうなのを選んでくるから、その中から選びな!」
瞬間、目の前を白いもので覆われる。
タオルだ。
ヒシアマさんと同じ、甘い香り。
ぎゅっと頭の後ろでタオルを縛られる感じがした。
「あれもやだこれもやだじゃいつまでたっても決まらないからね。
アタシの選んだ候補の中から、目隠しで一発勝負。
いいね?」
衣装選びのはずが、衣装の闇鍋パーティーに化けてしまった。
嫌です、と言ったところで聞いちゃくれないんだろうなあ。
「・・・ちゃんとした衣装も混ぜてくださいよ?」
「アタシがする勝負だ、信じな!
ちゃんと公正に選んでやるから。
何ならあとで確認すればいいさ!」
「は~い。」
俺も、いい加減風呂に入って夕飯を食べたい。
・・・カチャカチャと、衣装を移動させている音がする。
しばらくして、音が止んでヒシアマさんの脚音が近づいてきた
「こんなもんかね。
20ほど候補があるから、その中から選びな。
やり直しは無し、5分間一発勝負だ。
スタート!」
目隠しをされたまま手を引かれて、トンと衣装群の中に放り込まれる。
5分て、全部探ってみるにはあまりにも短い。
急いで、衣装に手を伸ばして触る。
だいたい首元や肩口、スカートの裾にフリフリがあるのは魔法少女服かローティーンが似合いそうな幼いデザインのものだ。
襟があるのも、メイド服だったりナース服だったり、地雷衣装な気がする。
それ以外の、どちらかというとシンプルな手触りのものが勝負の鍵!
全体的にモフっとしている感触の衣装が並ぶところを去ると、チッ!という舌打ちが聞こえる。
・・・いや、ヒシアマさんのブラフかもしれない。
ハンガーにかけられたものが終わり、今度はマネキンやトルソーに着せられているらしい立体的なものが増えてきた。
お腹のあたりで、マネキンやトルソーの地肌に触れてしまうものや、明らかにセパレート水着っぽいものも却下。
そして、一つのマネキンが着ている物の手触りにたどり着く。
上半身はタイトなシャツか?
タンクトップかもしれない。
肩にかかっている布の感触が袖なしのシャツのもののような気がする。
下半身には腰回りに布の塊を巻いたような感触があり、ゴワゴワした生地がスカートのように下に垂れている。
右側にスリットが入っているような感触が気になるけれど、これはきっとタンクトップに腰巻ジャンパーか片スリットスカートのちょっとカッコいい系の衣装に違いない!
「これにします!」
「・・・それでいいんだね?
じゃぁ目隠しを取りな。
・・・やれやれ、これじゃ、ハンディミシンの出番はなさそうだねぇ。」
残念そうなヒシアマさんの声を聞きながら目隠しを取ると、目の前には予想だにしなかった衣装が鎮座していた。
黒地で、お腹から腰に掛けてでっかい金の流星マークの入った、片肩掛け・片脚ハイレグのレオタードスーツ。
腰回りに巻かれて垂れ下がっているのは、虹色に輝くホロラメ入りの粗いガーゼ状のクロス。
見るからにアメリカンな、ローラースケーター向けのステージ衣装のようなものだった。
生地をつまんでみると、よく伸びる。
俺の体形でも、普通に着てしまえそうな代物だ。
「・・・一発勝負の約束だからね。」
ヒシアマさんと目を合わせた瞬間に釘を刺される。
片付けられ始めた衣装の中には、ごく普通のワンピースなんかも交じっていたのに・・・
決定した衣装のマネキンをしげしげと眺めてから、ヒシアマさんがマネキンから衣装を脱がして袋に詰めた。
「ちょっと寮長室まで顔貸してくれるかい?」
娯楽室を後にして、ヒシアマさんと一緒に寮長室に行くと、ヒシアマさんが衣装の袋に何かを追加してよこした。
「バリカン?」
袋に追加で入れられたのは、充電式のバリカンらしきものと、下着屋さんで履かされた使い捨ての紙のパンツTバック版詰め合わせ。
「バリカンじゃなくてトリマーだよ。
黒地の衣装にアンタの毛色じゃ目立つからね。
両方とも、使い方はわかるね?」
黒地の衣装に俺の毛色?と一瞬何のことか考えてしまったけれど、次の瞬間理解した。
ああ、確かに、男の時はこんなもの着ないし気にしたこともなかったから思い至らなかった。
確かに、何も処理しないでこんな脇丸出しの片脚ハイレグなんて着たら大恥をかいていたかもしれない。
自分のうかつさにちょっとロボットみたいになりながらコクコクと頷き、礼を言ってヒシアマさんと別れた。
こういうところで、まだ男の感覚のままなのが露呈するんだよな~。
お風呂で汗を流して夕飯を食べてからの、部屋での試着。
だいたいこのあたりまでカットすればいいかな、と見当をつけてバリカン、いやトリマーに火を入れる。
結論から言うと、あっちの世界で、ひげを伸ばしたことも、伸びたひげの生え際を揃えたこともない俺が、トリマーなんていう切れ味の良すぎるものを扱うべきじゃなかった。
玉ねぎの皮剥きと同じで、右が、左がと腕もないのにこだわってバランスを整えていくと、最後には何も残らないんだ。
まあこれで選んでしまったあの衣装を着るのに心配はなくなったわけだけれど、隣室の二人と一緒にお風呂行って見つかったら笑われるんだろうなぁ・・・
衣装、プリズマイ〇ヤ案と、UMAスーツ(着色手足カバー付きのバニースーツ)も捨てがたかったですね~