インターネットプロバイダを変更しなければならなくなったので、まだ未定ですが仕事と相まって10月に音信不通期間ができるかもしれません~
ぼちぼち暇を見つけながら更新していこうと思います~
美浦寮歓迎会当日。
朝食を食べに食堂に行ったら、中庭に結構本格的なステージができていて驚いた。
夕食のときはもう暗かったからわからなかっただけかもしれないけれど、いつも練習している体育館のステージよりちょっと小さいくらいのトラス鉄骨で組まれたステージと、ステージ背面を覆う白いシート、前面背面に設置されたスポットライトと、ちょっとした催し物のステージとしては立派なものだ。
周囲には、小中学校の運動会なんかでよく見る簡易テントがいくつか、地面に転がされたまま組み立てを待っていた。
食堂の中庭に出る出入り口付近には、折り畳みの長テーブルが積んであるので、きっとあれにオードブルなんかを載せて出すのだろう。
町内会なんかでやる縁日くらいの規模はありそうだ。
たった一人のポンコツ編入生の為にずいぶん大仰なことだ、とは思ったけれど、よくよく考えてみれば、編入生って同時期に一斉に入学した連中と違って、寮生活を始めたときに困ったり助け合ったりのやり取りを全部すっ飛ばしてるわけで、俺はその中に突然紛れ込んだ異物でしかないんだよな。
少なくとも寮の同期ですら、なんか変なのが入って来た、くらいにしか思われていないだろう。
同じ寮に住む寮生に顔と名を知ってもらう挨拶なんて、確かにこういう機会でも設けない限り無理か。
そんなことを考えながら、食事を受け取り、カップにお湯を貰う。
窓際の席に陣取ってカフェ先輩から貰ったコーヒーを淹れた。
インスタントとは比べ物にならないコーヒーの香気があたりに漂う。
窓の上部には換気扇があるので食堂全体にこの香りが行き渡ることはないとは思うけれど、それでも周りで食事をとっている寮生は、お?という目でこっちを見はするね。
コーヒーの香りが嫌いな人もいるので一応配慮はしたつもりだけれど、今のところ食堂でコーヒーを淹れて顔をしかめられたことはないので隅っこで楽しむ分には問題なさそうかな。
おいしい朝の食事を楽しんで、身支度を整えて学園に向かおうとしたら、寮の入り口でヒシアマさんに呼び止められた。
「ベノシ、歓迎会始まる前に簡単なリハと打ち合わせやるから、今日のトレーニングは軽めにしておきな。
夕方4時くらいになったら、中庭に来とくれ。
歓迎会は夕食時に合わせて6時から始めるからね。」
はーい、と答えたものの、リハーサルまであるのか。
歓迎会、って言うより、寮でのメイクデビューそのものだな、これ。
アメリカンなレオタードで踊るのはまぁ一発芸だからいいとして、堅苦しい挨拶を3分間しろ、とか言われたらそっちの方が苦行だなあ。
授業中も、トレーニングも、歓迎会が近づくにつれて緊張してきて落ち着かなくなり、体育館でのトレーニングも早々に切り上げることにした。
なにせ、ここしばらく、ダンスのおさらいをしていない。
リハーサルをする、とは言っても、通しで踊るかどうかまではわからないので、実際のステージを確認しておきたい。
一足先に寮に戻ってみると、寮の玄関に立て看板が立っていた。
『美浦寮編入生ラベノシルフィー歓迎会会場→』
習字のお手本みたいな楷書で書かれた立派な文字だ。
食堂を出てすぐの中庭、と言っても、屋外だからな、スリッパで外に出られないから建物をぐるっと回っていくしかないわけだ。
外履きのまま中庭に行く機会なんて滅多にないからこういう案内も要るんだろうけど・・・
俺一人の自己紹介の場でしかないものにどれだけ力入れてるんだ?!
寮の建物を看板の案内通りにぐるっと回って、中庭にたどり着くと、学園のつなぎを着た職員が数名、テントを立てたりテーブルを並べたりしていた。
施設部の人達だろう。
普段は、学園生がトレーニングを終えた後にトラック整備をしたりしているんだけど、俺の歓迎会の為に早出で駆り出されたんだろうか。
胸に他の人とは違うバッヂを付けている年配の人がここの責任者だろうとあたりを付けて声をかけた。
「お疲れ様です。
お忙しいところすいません。
今日ここを使わせてもらうラベノシルフィーと申しますが、ちょっとこのステージに上ってどんな感じなのか確認させてもらってもいいでしょうか?」
「おう、お疲れさん。
嬢ちゃんが今日の主役かい?
ステージはもういつでも使えっから、好きにしていいぞ。」
「ありがとうございます。
じゃ、ちょっとお邪魔しますね。」
「おう。」
色黒で歳相応に顔に皺を刻んだオヤジさん、て感じの施設部の職員が、人好きのする顔でニカっと笑い返してくれる。
てきぱきと鼻歌交じりで作業をする姿はどこか楽しげだ。
時間外の仕事を押し付けてしまったかなという心配は杞憂だったみたいだ。
ちょっと安心した俺は、ステージ横に取り付けられた簡易タラップからステージに上がる。
メイクデビューは、そんなに動き回る曲じゃないけれど、ステージの高さは1メートルくらいあるので足元をおろそかにして動き回って落ちたりしたらシャレにならない。
歌いだしからの動きを思い出しながら、手先だけで小さく振り付けを再現しつつ、ステージ奥からてってってってと最前列までステップしてみる。
学園のダンスホールよりもちょっと奥行きが短い感じかな。
他のダンサーはつくんだろうか?
最初に一番前まで出るのは俺だから、いるとしたら合わせてはくれるとは思うけど。
足元を見ながら、歌詞を小声で口ずさみながら前後にステップ。
数回通しで動き回ってみて、こんなもんかな、と顔を上げたら、休憩に入っていたらしい施設部の職員の人らが茶を飲みながらこっちを眺めていた。
「かわいいじゃねぇか。
バッチシだな!」
目が合ったオヤジさんにびしっと親指を立てられる。
・・・元の年齢からしても年上の男の人から面と向かってかわいいとか言われるとなんかむず痒いものがあるな。
やるじゃねぇかボウズ!って言われたことはあってもかわいいは今まで生きてきて初めてだ。
苦笑いしながらサムズアップを返すと、その場にいた職員全員が親指を掲げた。
ノリのいい人たちだ。
「なんだい、こんな早くから会場入りするなんてずいぶん張り切ってるじゃないか。」
そこに現れたのはヒシアマさんだ。
来るように言われた午後4時まではあと30分くらいある。
「リハーサルって言ってもどこまでやるかわからなかったんでちょっとステージに上がって確認してたんですよ。」
「そんなもんぶっつけ本番でもできるようにならないとね。
レース後のウィニングライブじゃリハなんてないからね?
女は度胸だよ!」
バン!と背中を叩かれる。
手加減はしてくれてるんだろうけど、毎度毎度荒っぽいなあヒシアマさん。
けほけほと咽ていると、後ろから刺すような声が降ってきた。
「ほぅ?指定時間前にすでに待っていたとは、意外とまともな人物と見える。
ラベノシルフィー、だったな。
2週間ぶりほどか。
怪我はもういいのか?」
振り向くとそこに立っていたのはトレセン学園生徒会副会長のエアグルーヴだ。
愛想が無いのはわかっているけれど、やっぱちょっときつい人に感じるな。
栗東寮からの生徒会代表って彼女だったか。
「ええ、おかげさまで。
この度は生徒会の皆様にお骨折りいただいたそうで。
ありがとうございます。」
頭を下げると、エアグルーヴがふっと息を吐いて緊張を解くのを感じた。
「やれやれ、出会ったときから騒ぎを起こしてくれたからどんな人物かと思えば。
良識ある人物のようで安心した。
歓迎しよう。
トレセン学園へようこそ。」
手を差し出されたので、一応軽く握り返す程度に握手を交わして一歩下がる。
「おいおい、そんなに怖がらないでくれないか。
何もしない相手をどうこうしようというつもりはない。」
「アンタね、彼女と出会ってからこめかみに青筋立ててた姿しか見せてないんだよ?
その上再会したハナから問題児扱いされてりゃ警戒もするさ。」
「む・・・そうか。
それは失礼した。
少し気がささくれていたかもしれない。
時に、ブライアンを見なかったか?」
「いや、見てないねぇ。」
「逃げたか・・・
会長がお疲れのようなので生徒会代表で一言祝辞を述べさせようと思っていたのだが、その話を振ろうと思ったらもう姿が無くてな。
新たに加わる美浦寮の仲間への祝辞すら避けるか。
不甲斐ない身内で済まないな。」
「・・・いえ、向き不向きもあるでしょうし。」
「美浦寮の歓迎会であるから美浦寮の者に歓迎の祝辞を述べさせたかったが仕方あるまい。
私が代表で祝辞を述べよう。
で、この後だが・・・」
夕方6時を目途に、人が集まった頃を見計らってステージ中央に立ち、スポットライトがついたら司会の紹介を受け、自己紹介。
その後、有志によるバックダンサーがステージに上がったらBGMスタートと同時にメイクデビュー披露。
ダンスが終わったらステージからそのまま飛び降りて生徒会祝辞を受けた後、歓談。
だいたい1時間ほどすれば人が捌けてくるので、俺から一言礼を述べて解散、という流れになるそうだ。
通してやってみよう、ということで、ステージ中央に立ち、実際にスポットライトを浴びてからの立ち回りを短縮短縮でこなしてみる。
ダンスはやはり『はい、ダンス終了!』で踊ることなく終わってしまったので、事前にステージを確認しておいて正解だった。
ステージを飛び降りてから、生徒会祝辞を受ける時にこの位置に立っていてくれ、とか拍手をこのタイミングでとか、細かい指示はあったものの、そんなに覚えることは多くない。
自分の会社の株式総会のサクラをやっているのと大して変わらない。
ただ、しようと思っていた自己紹介の内容は盛大にダメ出しされた。
「アンタ、自分の立場わかっているのかい?
ウィニングライブで王子様に見つけて貰おうって言うウマ娘が『皆さんの脚を引っ張るかもしれませんが』はないだろう!」
「そうだな。
彼が見つけてくれるまで何度でもGIのウィニングライブに立ってやる、くらいの意気込みは欲しい。」
ぐっ・・・
俺が流れ人だと知っているヒシアマさんまでもがあの話を補強しろと発破をかけるのか。
エアグルーヴはごく真面目な顔をして提案してきてるし・・・
「わかりましたよ。
私は私の夢の為に、いつかGIのステージに上がって見せる!
こんな感じで行きます。」
あの話に触れずに、強気な発言ともとれる言葉はこのくらいしか思い浮かばない。
「・・・まぁいいだろう。
ただし、その言葉、この場だけで終わらせるなよ?」
エアグルーヴの鋭い視線が突き刺さる。
「面白くなってきたねぇ。
ま、がんばりな。」
煽っておきながら傍観者のような話を・・・
面白くなってきたのはヒシアマさんだけで俺は追い詰められてるんですよ!
追記:この話書いてた当時、ブライアンの所属寮がはっきりしていなかったので美浦寮説を採用していましたが、アプリで栗東のタニノギムレット同室とアプリストーリー上で明言されたようです~
本作では特にブライアンの所属寮の変更はせずこのままにします~
ご了承ください~
2022/11/28