ウマ娘世界が地獄でも、住めば都です。   作:ジョンゲスト

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え~
女性とお付き合いする時に、匂いの話は、香水の話であってもするべきではないってのが私の教訓ですね~

そんなことないよ、きみの匂いなら全部いい匂いだよ、って囁くのをお勧めします~


匂いにまつわるあれこれ

外したバイクのシートとバッテリーを抱えて寮に戻る。

 

寮長室のホワイトボードはかかったままだ。

まだヒシアマさんは帰ってきていないらしい。

 

部屋までたどり着いて、部屋の隅っこに持ってきた荷物を置く。

 

夕食の時間にはまだ早い。

バイクが動いたなら門限近くまで近所を散策、なんて予定はあっさりと潰えて、さしてやることもない時間がぽっかりと空いてしまった。

 

まだ明るい窓の外を見ていたら、そういえば子供の頃はこんな風に一日が長くて持て余して、時間を『潰す』のが大変だったな、と思い出す。

学校から帰って、読書をして、パソコンをいじって。

夕方になったら始まる再放送アニメを夕ご飯ができるまでぼーっと見続けて。

そして、風呂に入って寝るまでの時間がまた長くて。

どうやってこの暇な時間を過ごそうかと焦れていたのに。

ところが、そんな時間を持て余す日々も、社会に出ると終わる。

1年歳をとるごとに一日の体感時間がどんどん短くなって、仕事に追われる毎日なんかあっという間に過ぎ去るようになったっけ。

 

そんなことを考えていると、突然職員駐輪場からこの部屋に帰ってくるまでの風景が脳裏に浮かんで、後ろ頭にチリチリと焦燥感が走る。

休日なのに、自主トレーニングに励む学園生と何度もすれ違い、トラックやダートコースの中で少なくない数の学園生が併走を繰り返している姿。

 

全国でもトップクラスの能力のウマ娘が、そうやって努力を重ねているというのに、運動音痴を自覚しているお前が何もしないであいつらを追い越せるのか?

そんな考えが降って湧いた焦燥感を煽る。

反対に、お前は現時点でこの学園の誰にも敵わないポンコツじゃないか、むしろ今から追いつける、と思っていること自体がおかしいんじゃないのか?

と相反する別の考えも浮かぶ。

 

どっちも正論だ。

 

けど、ここはトレセン学園、ウマ娘の走りの頂点を極めようとするウマ娘が集まる場所だ、ボケ~っと過ごそうという考え自体が、異端なんだろう。

 

俺はベッド下の引き出しから体操服を引っ張り出してそれに着替えた。

 

速足で体育館に向かう。

寮の門限まではあと2時間ちょっとある。

何もしないで焦燥感に焼かれるよりは、身体を動かして努力を積んだ方がいい。

自主トレの理由が誰よりも速くなるため、ではないのがアレだけれど、まずは普通のウマ娘と並ぶことからだ。

 

 

・・・ひと汗かいて門限ちょっと前に寮に戻ると、寮長室の扉にかかっていたホワイトボードは消えていた。

ドアの横にある受付小窓のカーテンから明かりも漏れている。

ヒシアマさんが帰ってきたようだ。

 

コンコンとノックすると、いるよ~と中から声がする。

 

扉を開けたら、白地に華やかな色合いの花柄ワンピースを着たヒシアマさんが、バゲットのサンドイッチを齧りながら奥から出て来た。

クリーム色の広いつばのある帽子とハイヒールのサンダルが入り口のすぐそこに転がっているのを見ると、本当に外出から帰って来たばかり、ってところか。

ヒシアマさんがもぐもぐと食べているのは、SUBBEYのサンドイッチかな。

 

「今メシ食っててね。

 そのまま失礼するよ。

 と、すごい汗だねぇ。

 自主トレかい?

 まだ編入して日も浅いって言うのに感心感心。」

 

ヒシアマさんはそう喋りながら硬そうなフランスパンのサンドイッチを齧り千切るように食べ、アメリカンサイズな紙コップのミルクティーらしいものを啜る。

ちょっと派手めのワンピースとヒシアマさんの褐色の肌の対比と、両手に持った食べ物が、夏のキャンプ場でバーベキューを堪能しているグラビアアイドルを連想させる。

飲み物がジョッキのビールだったら、酒屋のポスターに貼ってありそうだ。

 

俺は俺で、洗濯もの増やしたくないからとジャージを羽織らずに体操服にタオル一枚突っかけただけの姿で1時間半ほど運動してきたわけで、顔から肩にかけて汗で肌に髪の毛が張り付き放題。

全身ぐっしょりまではいかないけれど、胸の半ばくらいまでは触るとじっとり湿っているのがわかる。

 

「で、何用だい?」

 

「布団を干したいんですけど、寮の部屋、ベランダも何もないので皆どうしてるのかと。」

 

「あ~、一応、布団を干せる物干し台と竿はあるんだけどね。

 娯楽室の衣装掛けに使われてるの見たろ?

 あまり使う寮生がいないんだよ。

 最近、天気予報があてにならないから、雨にでも降られたらすぐ取り込めないしね。

 一応、食堂の奥の軒下にまとめて置いてあるから、使いたいなら自由に使いな。

 まぁ今はシューズのこともあるから布団を干すよりはもっぱら布団乾燥機だね。」

 

「シューズ?」

 

「・・・アンタ、まさかとは思うけど1日運動したトレーニングシューズ、そのまま履き続けたりしてないだろうね?」

 

「いえ、今のトレーニングだとほとんどシューズ履かないので、合同トレーニングでちょっと履くくらいですかね。」

 

「ならいいんだけどね。

 アンタも編入したてで新入生みたいなもんだから言っておくけど、トレーニングシューズは4~5足は要るからね?

 今日履いたトレーニングシューズは2日休ませて乾かす、で週に3足のローテーション。

 週末にまとめて洗って干すんだ。

 

 新入生なんかは、大抵今まで親元で靴なんか自分で洗わなかった子供だからね。

 トレセンに入って一人暮らし始めるとね、頭からすっぽり抜けてるのさ、靴の手入れってのが。

 ませた娘は初等部の頃から革靴やらブーツやら履いていてわかっているんだけどね。

 

 その靴の手入れを知らない新入生のシューズは、毎日今のアンタみたいに大汗をかいてただでさえ高いウマ娘の体温で蒸されるんだ。

 それをまともに乾かしもせず洗いもせず履き続けるとね・・・

 

 剣道の面や小手ってわかるかい?

 あれと同じ匂いがするようになるんだよ。」

 

・・・それはひどい。

俺も中学生のころ授業で剣道があったけれど、共用の防具ときたら・・・

あの剣道の面をつける時のあの匂い。

吐くかと思った。

そして小手に手を通したときの冷たくねっちょりした感触と、練習が終わって外した後、何度石鹸で洗っても落ちないあの悪臭。

あれが自分のトレーニングシューズから少しでもするようになったらもうすぐ洗うぞ。

この布団を干す話だって、なんか敷き布団が徐々に尻尾の匂いに染まって来たからだし。

 

「まぁ、匂いがひどいだけだったらまだいいんだ。

 革のブーツなんかで良くあることだからね。

 

 でも、水虫にだけはなっちゃいけないよ?

 水虫になったのがバレた瞬間から、治るまで洗濯機は使用禁止になるし、大浴場でもいい顔されないしで事実上の村八分さ。

 

 そうならないためにも、布団乾燥機で毎日トレーニングシューズを乾かすってのは必須みたいなことになっているんだけどね。

 

 ・・・時々、手遅れになったシューズを乾かそうとして、部屋にその匂いがこもって、大騒ぎになることがあるのさ。

 

 アンタは今一人だからいいけど、ほとんどは相部屋だからね。

 

 まして、入学してまだ間もなく、新入生同士で反りが合わなかったりすると、この靴の悪臭で爆発しちまったりしてね。

 喧嘩して部屋の壁に穴を開けたり、ガラスを割ったり・・・その修理の手配をするのはアタシだっていうのにねぇ・・・」

 

手を組んでため息をついたヒシアマさんはうんざりした顔をしていた。

 

「となると、布団乾燥機を買うのが一番早道ですか。」

 

「そうだね。

 部屋に前の住人が残していってくれてればそれを使えばいいんだけれど、無かったんだろう?」

 

「ええ。」

 

ん~と首をひねって考えるヒシアマさんは、何かを思いついたようだった。

 

「食堂の先にあるゴミ集積所。

 粗大ごみはまとまった量にならないと業者を呼ばないから、退寮者が出たときに捨てていったもので動くのがまだあるかもしれないね。

 屋根の下の雨の吹き込まないあたりのものなら試してみる価値はあると思うよ。

 

 ・・・あ、布団乾燥機を探しているなんて話は、平日学園の中でしないこと。

 アタシの同期にちょっと厄介な布団乾燥機マニアがいてね。

 彼女の耳に入ったら最後、最新型の布団乾燥機の素晴らしさを懇々と説明されて、購入後の感想まで求められるんだそうだよ。

 フジが『スイッチが入った彼女の早口かつ饒舌に最新型の布団乾燥機の素晴らしさを推してくるあれは新手の宗教勧誘より性質が悪い』って珍しくうんざりした顔をしていたから。」

 

ははっと笑いながら、ヒシアマさんがサンドイッチの最後のひと切れを口に放り込む。

 

んん~?

布団乾燥機の厄介なマニア?

あっちの世界のウマ娘の話題でそんな話があったような気もするけど・・・

詳しく覚えていないってことはアニメじゃなくてゲームのキャラで、手持ちになかったキャラのエピソードかな。

 

「まぁ、安いのを探せば買っても数千円さ。

 放課後買いに行ってもいいし、通販で買ってもいい。

 聞きたいのはそれだけかい?」

 

「あと一件。

 生徒会にお礼に上がるのはいつがいいですかね。

 いきなり訪ねて行ってもいいものでしょうか。」

 

「あ~歓迎会のお礼か。

 週明けはたぶん立て込んでいるだろうから、火曜日か水曜日あたりがいいんじゃないかね。

 会長とは毎日顔を合わせるから聞いといてやるよ。

 ウマホに連絡でいいかい?」

 

「ありがとうございます。

 お願いします。

 お食事中失礼しました。

 ではこれで。」

 

ひらひらと手を振るヒシアマさんに一礼して寮長室を出ると、扉の脇に回覧板が立てかけられていた。

俺が中で話していたから気を使って置いて去ったのかもしれない。

栗東->美浦とか書いてあるからフジキセキ寮長が置いていったのかな。

 

コンコンと再び寮長室を叩いて返事を待たずに回覧板が来てました~とわずかに開けた隙間に声をかけると、そこに置いといて~と返事があったのでドアの隙間から回覧板を差し入れてその場を去る。

 

ちょうど、門限あたりなのだろう。

バタバタと玄関に駆け込んでくる私服やら大荷物を抱えた者やら、ジャージ姿の者やら。

玄関を上がると在室票をひっくり返して自分の部屋に戻っていく。

俺も在室票をひっくり返そうと、在室票のかかっているボードの前に立つと、すっと手元が暗くなった。

真後ろに、大荷物を抱えているらしい寮生が立っている。

同じ建物の寮生なのかな。

さっさと在室票をひっくり返して場所を開けてやり、俺は自室への道を急いだ。

 

帰り際に、夕食を買って来た寮生がいるのだろう。

廊下に何ともいえない料理のいい匂いが漂っていた。

階段を上がった先の家事室でも、シュンシュンと電気ポットでお湯を沸かす音がしているから、カップラーメンですます寮生もいるんだろうな。

すれ違う寮生の中にはお風呂セットを抱えたのもいる。

食堂がやっていないのを別にすれば、この時間帯のいつもの風景だ。

 

寮の建物の端っこの自室。

こんな端っこまで来るのは、俺かお隣さんくらいしかないはずなんだけど・・・

なんかamezonの箱を抱えた寮生が俺の部屋の前までくっついてきていた。

 

ドアのカギを開けようとすると、背後でトスっと箱を床に降ろす音がする。

 

「こんばんは。

 話は聞かせてもらったわ。」

 

「誰?!」

 

いきなり話しかけられたのでびっくりして振り向くと、見覚えのある顔があった。

無表情まではいかないまでもそっけない感じの表情。

膝まである鹿毛をリボンで束ねたローポニー。

部屋着なのだろう、全身藍色のシンプルなスェットを着ている。

身長差も相まって、『お姉ちゃん』味が漂う彼女は、確かアドマイヤベガ。

泣ける身の上話を背負っているかなり頑ななウマ娘、という噂だったけれど、あっちの世界のゲームじゃ結局ガチャで引けなかった娘だ。

 

「アドマイヤベガ。

 ヒシアマゾンの同期よ。

 あまり長居はできないから手短に言うわね。

 彼女に回覧板を届けに来た時に私は偶然聞いてしまったの。

 あなたが、布団乾燥機を求めていると。

 幸い、私の手元には布教用の最新型布団乾燥機があったわ。」

 

「あっ・・・」

 

止める間もなく、アドマイヤベガは、未開封だったamezonの段ボールを手際よく開封していく。

 

中から出てきたのはsharkのオゾン脱臭機能付きの高級布団乾燥機の段ボール箱。

彼女はこれまた未開封の箱を迷うことなく開封して中身を取り出していく。

まさにあっという間にブドウのようなロゴマークの入った真っ白な新品の布団乾燥機が俺の目の前に鎮座していた。

 

「この最新型の布団乾燥機は私が使ったものの中で特にお勧めなの。

 消臭除菌もできて、1時間もすればお日様の匂いのするふわっふわのお布団を堪能できるわ。

 使ってみて。

 あなたにもきっとこの布団乾燥機の良さを理解してもらえると思う。

 万が一、気に入らなければあとで返してくれていいわ。

 でも、いいものは使ってみればわかるのよ。

 その価値を決めるのはあなたよ、ラベノシルフィー。

 一か月後、いえ、もっと早くあなたはこれの価値に気付くと信じているわ。」

 

彼女が話してる間も、彼女の手は動き続け、amezonの箱を畳んでいく。

布団乾燥機の箱に、保護材の発泡スチロールとビニール袋を詰めて、元のように箱を閉じると、彼女は説明書と保証書を渡してきた。

 

「説明書はよく読んで。

 どんなにいいものも、使い方を間違えると台無しになるの。

 早く壊れてしまうかもしれない。

 そんな時が来て欲しくはないのだけれど・・・

 でも、この子が役目を終えたときには、より高性能な布団乾燥機がきっとあるわ!

 それまでは、この子を目一杯使ってやって。

 しばらくしたら感想を聞きに来るわ。」

 

畳んだ段ボールを抱えて、彼女は去っていった。

廊下の先で、彼女の姿が階段に消える。

 

我に返った時は遅かった。

 

俺の為に開封されて、置いて行かれた最新型で新品の布団乾燥機。

いや、そりゃ、なんか尻尾の匂いがだんだん布団にしみついていくのが気になるから脱臭機能のある布団乾燥機はうれしいんだけどさ。

あわよくば、ゴミ捨て場に転がっている布団乾燥機をタダで入手できないかな、とか、買ってもハマゼンとかウインバードとかの安物メーカーで済まそうと思っていたのに、まさかの有名メーカー最新型新品高級品を置いて去られるとか。

 

ヒシアマさんと同期の先輩に未開封新品を開封して置いて行かれた時点で、気に入りませんので返品しますとか言えない奴じゃん!

完璧にハメられた。

追い込み方が半端ない。

ていうか、絶対彼女追い込み気質だ。

 

・・・もうこの布団乾燥機の件、詰んでるよなあ・・・

 

ウマホでこの布団乾燥機の値段を調べたら、自分で買うならと思っていた温風を吹き出すだけの布団乾燥機の3倍の値段だった。

次に彼女に会った時に、最高でした! と褒めながらその価値に見合う相場の支払いをしないといけないだろうな。

気に入らないと返品したら、どこが気に入らなかったのかとか詰め寄られる未来が容易に想像できる。

新手の宗教勧誘より性質が悪い、ってのはこのことか。

まあ、全財産寄付しろとかよりは全然ましなんだけど、拒否するには妙に役に立つ品物を善意で押し付けられるってのは・・・

 

・・・とはいえ、ここまで詰んで、物を置いていかれて、この布団乾燥機を使わないって言う選択肢はないわけで。

 

使ってみましたさ。

 

気になってた尻尾の匂いもきれいに消えて、ベガ先輩のお勧め通り、お日様の匂いのするふっかふかの布団になりましたよ。

 

・・・ただね、部屋の冷蔵庫が唸るたびに、部屋の電灯がふっと暗くなるんだ。

モーターとか、熱を発する電気製品てのはとにかく電気を食う。

貧乏飯のうどんを食べ終わったら、使う必要のない部屋の冷蔵庫は速攻でコンセントを抜いたよ。

多分部屋のブレーカー、ギリギリ。

これで風呂上りに部屋でドライヤー使ったらブレーカー落ちる。

 

登校前に、布団に乾燥機をかけて、トレーニングシューズを使った日は帰ってきたらシューズに乾燥機をかけて、がいいのかな。

 

週に一度の貧乏飯何回分でこの布団乾燥機分を回収できるんだろう・・・

 

あまりに貯金の減り方が激しいようだったらバイトも考えないといけないけれど、GIレースに挑戦できるだけの能力を手に入れるだけのトレーニングの合間にそんなバイトなんかできるのかと考えるとちょっと頭が痛いな・・・




「話は聞かせてもらったわ。
 菌類は滅亡する!」
「な、なんだって~!」

ってやり取りは没にしました~
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