ウマ娘世界が地獄でも、住めば都です。   作:ジョンゲスト

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また仕事がストールしたのでのっけます~

今回、長いけど切りどころがないのでそのまま載せます~

誤字報告・感想下さる方、いつもありがとう~




身体を苛む痛みの中、会長に会う

ばったりとベッドにダイブしたまま眠り込んでしまい、窓から差し込んでくる陽の光で目を覚ました朝。

 

・・・身体が動かねぇ~。

 

眠りについたときのままのうつぶせの状態から、寝返りを打とうとしたら、腿に激痛。

あまりの痛みに一瞬で眠気が吹っ飛んだ。

 

酷い筋肉痛だ。

 

今まで体育館で行っていたトレーニングは、筋肉にほとんど負荷のかからない、脚の空回しのようなものだった。

それが、昨日急遽ダートを実装することになって、今までとは比べ物にならない負荷をいきなり脚に与えて、息を整えなければならなくなるくらい走った。

筋肉痛が来るだろうなー、とは予想していたけれど、ここまで酷いとは。

 

下半身から腰にかけて少し動かそうとすると、鉛のような脚の重さと、筋肉痛が襲ってくる。

脚の筋も脚を延ばして寝たときのまま固定されてしまったかのように、少しでも曲げようとすると突っ張って痛い。

 

しかも、昨日の晩は暑かったのか、ものすごい寝汗をかいていて、関節の内側という内側に汗疹ができてかゆみを訴えていた。

 

どんなに筋肉痛が酷くても、登校できないわけではない以上起きなければならない。

さほど筋肉痛がひどくはない上半身の力だけで、ベッド際に移動して呻きながら膝やら腰やらを曲げて身体を起こすと、痛みに耐えながら無理やり脚の関節を動かす。

ベッドやサイドテーブルに掴まって、屈伸を繰り返していると段々動かすのが苦にならなくなってくる。

10分も屈伸を繰り返せば、まあ動けなくはないだろう、というレベルまで回復したので、着ていた寝間着代わりのスウェットを脱いで濡らしたタオルで全身を拭いて着替えた。

 

汗疹が、痛かゆい。

汗疹なんて小学生の時以来かな。

中学生に上がったあたりから汗疹に悩まされた記憶がない。

この身体は、案外皮膚が弱いのかもしれないと思ったのだけれど、その弱さを思い知らされたのはこの後だった。

 

一歩一歩が筋肉痛に響く食堂への往復を終えて、部屋に帰ってきて登校の為のルーティーンをこなしていた時だ。

トイレでそれは起こった。

まあ・・・その・・・なんだ。

お尻を拭いていたら、切れた。

いたっ!と思ったときにはトイレットペーパーに血がついていて、拭いたところがひりひりと痛い。

 

・・・トイレットぺーパーをケチって質の悪い安物を買うんじゃなかったと初めて後悔した。

 

残念ながら、今部屋の中にある医療品の類は、包帯にガーゼ、救急ばんそうこう、そしてウマ娘世界にもあった我らが万能薬ホロナインH軟膏のみ。

切れた場所が場所だけに救急ばんそうこうを貼るわけにもいかず、ホロナインをさっと塗るだけにとどめる。

・・・まあちょっと血が出ただけだ、すぐ治るだろ。

 

 

筋肉痛に苛まれて産まれたての小鹿のように足を震わせながら登校する俺を見て、

 

「故障明けでうっかりいつも通りのトレーニングしちまったウマ娘みたいなのがいるねぇ。」

 

とは寮の玄関で出会ったヒシアマさんの言葉。

 

「無茶は禁物ですよ。」

 

と心配してくれたのはたづなさん。

 

 

教室にたどり着いて、ヘロヘロになっている俺を見て話しかけてくるクラスメイトのいつものメンバーにちょっと聞いてみたけれど、ウマ娘が筋肉痛に苦しめられる、なんてことは滅多にないそうだ。

 

「あー、でも、トレセン中央受験できるってわかった時は、実技試験に向けて猛練習して、ちょっとなったことあるかも。

 でもそんなに歩くのが辛いほど、ってのはないかなー。」

 

「オメー、トレーニングの後のストレッチちゃんとやったか?

 ちゃんとやっとかないとスジが突っ張ってケガしやすくなるぞ?」

 

・・・そういえばストレッチとか全くやってないや。

運動音痴だった俺はそのあたりの常識がまったくわからないし、ムッタートレーナーは逆に当たり前すぎて教えなきゃいけない、ってことがすっぽり頭から抜けてたってところか。

とりあえずは見様見真似と、ウマチューブあたりにストレッチのやり方動画とか探せば出てくるだろう。

 

 

そしてホームルーム、座学の授業と続いたのだけれど、座ってじっとしていると汗疹が痒くてずっともぞもぞ、休み時間になったらなったで座った姿勢のまま脚が固まっていて、痛みに呻きながら立ち上がってゾンビのようにトイレに向かうという午前中を過ごした。

 

 

昼食は、これだけ筋肉痛がひどいのなら、きっと身体はたんぱく質を猛烈に求めているはず、と、三段盛りジャンボニンジンハンバーグ定食をいただく。

飲み物は、いつものカフェラテではなく、クエン酸の多そうなHI!-C レモン。

ドリンクサーバーのボタンに昔懐かしいこれを見つけたときは目を疑ったね。

あっちの世界ではほとんど見かけなくなって久しいから、懐かしさもあってついコップに注いでしまった。

 

 

お腹が膨れたところで、購買に寄る。

ここにも、多少薬とか置いてあったはず。

あと、予備のトレーニングシューズも買わないといけない。

 

昼休みだからか、購買はそこそこ人が入ってにぎわっていた。

爪でひっかかないようにして痛痒い肘の内側の汗疹を揉みながら、購買に入ると、相変わらず目立つところにデーンと置かれたトレーナー限定コーナーにひときわ輝いて見える『うるおいハンドクリーム』の姿が。

確かこれ、肌荒れとかを一発で完治させる代物だったはず。

しかし、これトレーナーしか買えないんだよな~。

今度ムッタートレーナーが来た時に買って貰えないかおねだりしてみようか。

 

買えないうるおいハンドクリームを横目に、市販薬なんかのあるコーナーに行く。

 

・・・頭痛薬に腹痛薬、胃薬に・・・へぇ、赤チンがまだこっちじゃ売ってるのか。

お、筋肉痛に効きそうな湿布薬と塗り薬がある。

制汗剤に靴の消臭剤、腋臭を抑える塗り薬、か。

汗疹の薬じゃないけれど、汗疹や虫刺されのかゆみに効くかゆみ止めはあるな。

あとはハンドクリームとか日焼け止めとか。

そういえば、以前お風呂に入っているときにお風呂上がりのお肌のケアにはベビーパウダーがいいとか教えて貰ったけど、ないな。

さすがにここでは扱ってないらしい。

 

とりあえず、筋肉痛用の塗り薬とかゆみ止め、靴の消臭剤とトレーニングシューズ1足をレジが空いた隙にささっとカード払いで買って寮に帰る。

カード払いはなるべく避けたいところだけれど、残念ながらトレーニングシューズを買ってしまうと手持ちの現金がほぼゼロになってしまう。

お嬢様方くらいしか使わないって言うカードを使って目立ちたくないのはやまやまだけど、学園内ですでにもう救いようがないまでに目立っているので今更気にしてもしようがない、という話もある。

 

 

寮の部屋に帰って、さっそく薬を塗ってみると、筋肉痛の塗り薬はウマ娘用にちゃんとアレンジされているのか、ほぼ無臭で塗ると清涼感だけが肌に残る。

かゆみ止めも同様だ。

この手の薬によくあるきついサリチル酸メチルのにおいがしない。

ただ、汗疹に塗ったかゆみ止めの薬は、結構しみるな。

かゆみが痛みに変わって引っ掻かずに済むので幾分ましになるって言えばましになるけど。

 

問題は、お尻だなあ・・・

座る時間が長いとうっ血して痔になりやすい、とはよく聞いたけど、朝から昼までの数時間でズキズキと痛みが増してきてる上に、なんか腫れてきている感じがする。

こんなの、誰にも相談できないし、今日午後に控えている一番の用事を済ませたら、筋肉痛を押してでも街のドラッグストアにいい薬を探しに行かないとまずいかもしれない。

 

午後に控えている一番の用事?

生徒会へのお礼だ。

 

 

 

 

生徒会室。

学園の事務棟一階の外れにある、トレセン学園中央の生徒会役員が詰めている部屋だ。

クラスメイトなんかの話では、よほどのことがない限り一般の学園生は生徒会室には縁がなく、生徒会室に行くこと自体が皆口をそろえて『何をやらかしたの?!』というくらい、不祥事を起こした学園生が怒られに行く場所、みたいなイメージがついている。

そして何より、その生徒会室の主、生徒会長は、押しも押されぬ皇帝シンボリルドルフ。

トウィンクルシリーズでは無敗の三冠どころか七冠まで成し遂げたというのだから学園内では雲の上の人、って言う扱いだ。

ゲームの中では、初期から実装されていた☆3キャラで、その地位に恐れをなして近づいてこようとしない学園生と何とか距離を縮めようとダジャレをまじめに研究しては空回りする面白キャラになってしまっていたけれど・・・

今のところ、そういった会長の面白い側面は見ていない。

果たして、実際の会長はどういう人なんだろうか。

 

菓子折をぶら下げて事務の受付で教えて貰った方に痛む脚を進めると、ひと気のない一本道の廊下の突き当りに、若草色の菓子箱が乗っている腰の高さくらいの台と、格子模様の装飾が施された木製のドアが見えてきた。

 

ドアの上には、黄色く変色しかけたプラスチックの透明カバーの中に楷書で書かれた『生徒会室』のプレートが納まっている。

ドアに近づいてみると、台の上の箱にはちょうど封筒を差し入れられるくらいのスリットがあり、テプラで『目安箱』とシールが貼ってあった。

『お気軽に生徒会へのご意見・ご要望をお寄せください』との文言が貼られているが、中に何かが入っている様子はない。

こうひと気が無くて、薄暗い廊下の突き当りにある扉とか、なんか拒絶感が半端ないな、と思いながらドアをノックする。

 

「ラベノシルフィーです。」

 

「入れ。」

 

すぐに中から、もう聞き慣れた感のある、エアグルーヴ副会長の声がした。

失礼します、と型通りの挨拶を返して、ドアを開けると、そこにはやたらと重厚な雰囲気の漂う西洋のお城の執務室のような光景が展開されていた。

 

部屋の大きさは、それほど大きくない。

12畳あるかないか、と言ったところだ。

床は、靴が沈み込むふかふかの黄土色の絨毯で、茶色い大きな唐草文様が施されている。

正面には赤い革張りのソファーとこげ茶色の木製テーブルで構成された応接セット。

そのテーブルの上に山と積まれた書類を、副会長のエアグルーヴが壁際のサイドウッドの上に急いで移動させてテーブルの上を空けている真っ最中だ。

その奥には、見ただけでとんでもなく高価だとわかる磨き光りした木目の美しい執務机がどっしりとした姿を見せている。

その奥で書類仕事をしていたらしいシンボリルドルフ会長が手を止めて眼鏡越しにこちらに視線を投げかけていた。

彼女の背後では赤いビロードに金糸をあしらったカーテンと垂れ幕が大きな採光窓を飾っている。

 

まるで、皇帝の異名を持つシンボリルドルフ会長の為にあつらえたような豪奢な雰囲気の空間がそこにはあった。

 

テーブルを空け終わったエアグルーヴが、台ふきんでテーブルの上をさっと拭く。

 

「散らかっていて済まないな、掛けてくれ。」

 

エアグルーヴの誘導に従って、痛む脚を動かしてソファーの一つに腰を掛ける。

 

・・・はずだった。

 

「いたっ!」

 

ソファーに沈み込むお尻に突然走った激痛に飛び上がった。

思った以上に、お尻の傷は悪化していたらしい。

柔らかい上質なソファーは、ふんわりと俺の身体を支えてくれた。

しかし、ソファーの座面には、硬い飾りボタンがついていた。

あろうことかそれが傷を直撃した。

結構な痛みが脳天まで突き抜ける。

・・・もうほとんど切れ痔だなこれ。

痛みに驚いて急に酷使された腿の筋肉がこれまた筋肉痛を訴える。

二重苦だ。

 

「どうした?!

 ソファーの上にペンでも落ちていたか?!」

 

「い、いえ、ちょっと傷がですね・・・お構いなく。」

 

俺の叫び声を聞いて、エアグルーヴが驚いて駆け寄ってきたけれど、こんなこと、言えない。

 

会長も外しかけた眼鏡をそのままに何が起きた?とちょっと驚いた顔でこちらを見ていた。

 

今度はボタンが悪さをしないようにそうっと、座りのいい位置を確認しながら腰を沈める。

さっきので、出血してないといいけど。

 

そうしていると、執務机を回って正面に、シンボリルドルフ会長がやってきた。

立ち上がろうとすると、手で制される。

 

「そのままでいい。

 痛むのだろう?

 君も結構いい生活をしていた口だな?」

 

会長が、ごく自然に、正面のソファーに腰を掛けて微笑む。

優雅な動作、というのはこういうのを言うんだろうな。

一連の動作が淀みなく、大して音もたてずにソファーに収まった。

 

「トレセン学園中央生徒会会長 シンボリルドルフだ。

 初対面というわけではないがこうして言葉を交わすのは初めてだな。」

 

「中等部2年、編入生のラベノシルフィーです。

 歓迎会でのスピーチ、ありがとうございました。

 まさか会長自ら壇上に立たれるとは思ってもみなかったもので。」

 

「なに、同じ美浦寮の仲間になるんだ。あれくらいどうってことないさ。」

 

「改めまして、美浦寮の歓迎会の開催に生徒会の皆様には多大なご尽力をいただき、ありがとうございました。

 していただいたことに見合うものでは到底ありませんが、感謝の気持ちです。

 お納めください。」

 

傍らに置いていた菓子折を差し出す。

 

「感謝の念、確かに受け取った。

 

 ・・・ほう?

 

 リンゴのタルトか。

 しかも私の好きなふじを使用した老舗の菓子屋のものだ。

 ヒシアマゾンにでも聞いたのかな?」

 

会長は傍らに控えていたエアグルーヴに、受け取った菓子折を渡して何やら指で合図をした。

エアグルーヴが菓子折を持って下がっていく。

 

「いえ、マンハッタンカフェ先輩とマチカネフクキタル先輩に、どうせなら喜ばれるものをとアドバイスいただきまして。」

 

「うん?

 その二人の名が出てくるとは思わなかったな。

 

 いや、タキオン繋がりか。

 

 もう他の学年の知己を得ているとは、予想外だったな。」

 

「タキオン先輩が何か?」

 

「うん、君は彼女と組んで何か作り始めただろう?

 アグネス家が突然スポーツ用品メーカーと何か始めた、って実家の方から聞いてね。

 流れ人である君から異世界の何かを得たな、とね。」

 

会長が何でもない事のように、俺が異世界からの流れ人だということを口にする。

 

「なんだ、私の事情は筒抜けですか。」

 

「ああ。

 君は学園の三女神像に埋まって現れたろう?

 エアグルーヴがこんなことをするのはゴールドシップしかいない、と彼女をひっとらえて真っ青な顔で理事長室に駆け込んだようだが・・・

 まぁウマ娘で三女神像にあんな不敬を働くなんてのはちょっと考えにくくてね。

 君は君で現れてからというもの、お客さんとして校内をうろうろしているし、情報を探っていたら私の実家の方から日本政府通達で『トレセン学園に現れた流れ人は理事長とその秘書に一任する、普通のウマ娘として自由に過ごさせよ』なんて話が密かに出回っているというじゃないか。

 なら、その流れ人のウマ娘、って言うのは君だ。」 

 

「その通りですが・・・それじゃあの恥ずかしい出自の作り話は恥かき損、てことですか。」

 

「いや、そんなことはない。

 私達そこそこの家格以上の家のものなら、掴んだ情報から君が流れ人だと気付くこともあるが、本来この世界にない技術の塊のような流れ人は、その重要性から現れた国の政府によって保護される。

 私利私欲に駆られてうかつに手を出せば政府を敵に回す。

 そういった情報に触れられる立場の者ほど、流れ人である君に干渉しようとはしないだろう。

 

 そうではない者にとっては、君は・・・こう言っては悪いが、なんでトレセン学園に編入してきたのかわからないポンコツウマ娘だ。

 

 それらしい出自のストーリーは必要だし、それでも君に絡む輩が出ないとも限らないので、歓迎会であの場に居る者に牽制させて貰ったのだ。

 君が、私達とは別の努力の結果、編入を勝ち取ったのだと、私が宣言することでね。

 いらぬおせっかいだったかな?」

 

「いえ、こちらの世界の常識もしきたりも知らない私にとっては大変助かります。」

 

たづなさんが心配していた学園内でもくだらないことでやっかんで絡んでくる者はいる、というのが、現学園生のトップから出てくると現実味がある。

 

礼を言って頭を下げると、そのタイミングで、失礼します、と、エアグルーヴがテーブルに紅茶の入った白磁のカップと俺が手土産に持って来たリンゴのタルトの乗った皿を置いていった。

個包装された手のひらに収まるくらいの小さなタルトの袋を開け、無造作に会長が齧る。

 

「・・・優しい甘さが沁み入るな。

 いい土産に感謝する。」

 

「喜んでいただけたなら幸いです。

 

 しかし、この生徒会室の調度品、まるでヨーロッパのお城の一室ですね。

 これはやはり会長の二つ名『皇帝』を意識して揃えられたものですか?」

 

「うん?

 私にはそのつもりはないんだが、私が生徒会長になってからいつの間にかこうなっていたから周囲はそう意識していたのかもしれないな。」

 

どうもこの部屋の調度品は、会長の周囲の者が持ちよって徐々に揃えていったものらしい。

今座っているソファーはちょっと現代的で、品のいいスナックやクラブなんかに置いてありそうなものにも見えるけど、執務机やサイドウッド、先ほどエアグルーヴが茶を入れていたシンクなんかはそうじゃない。

どれも庶民が手に出そうにないアンティーク調の木工細工や陶器製品だ。

それが、喧嘩することなく一体となって『皇帝の為の生徒会室』を形作っている。

 

「会長の趣味というわけではないと。」

 

「調度品に統一感があって意外と落ち着くのは認めるがね。

 

 ・・・認め?

 

 ・・・

 

 ・・・皇帝が肯定か・・・くくっ・・・」

 

突然思いついたダジャレらしいものに一人笑いをこらえている会長の後ろで、従者のようにそっと控えていたエアグルーヴが渋面を作ってまた会長の悪い癖が出た、みたいな顔をしている。

 

逆に、会長はちょっとテンションが上がったようだ。

おお、そうだと何かを思いついた様子で執務机の方に戻って、引き出しの中から何かを取り出して戻ってきた。

青白い虹色に輝く細長い薬の入った紙箱。

ソファーに戻ってきて、それを無造作にテーブルの上に置いた。

 

「先ほどの様子を見ていると、痛むのだろう?

 薬屋で買うのを恥ずかしがって躊躇していると、悪化させてしまうぞ。

 おいしい土産の礼だ、遠慮なく受け取って欲しい。」

 

テーブルの上に置かれた薬の紙箱に、エンボスの入った文字で燦然と煌めく『ホラギノールUG』の文字。

・・・ちょっと知っているのとは違うけど、痔の薬だろうなあ・・・

 

「なんで私のお尻事情を・・・」

 

「あの恐る恐る腰掛ける様は、実は結構なじみ深いものでね。

 入学式の後の1年生のうち、ちょっといい家の娘はこうなりやすいんだ。

 君がいい生活をしていただろうと言ったのはまさにこのことでね。

 君、温水洗浄便座を日常使いしていたんじゃないかな?」

 

何とも微妙な表情で会長が訊ねてくる。

 

「ええ、あっちの世界じゃあれが無い方が珍しい程度には普及していましたからね。」

 

温水洗浄便座は住んでいたアパートはおろか、職場にもついていたし近所のホームセンターだろうがショッピングモールだろうが設置されていないところを探す方が難しい程度に、八王子の街では普及していた。

 

「ほう?

 こちらではまだ温水洗浄便座は高級品でね。

 ちょっと裕福な家じゃないとついていない家の方が多いんだよ。

 ところが、この便利な文明の利器にも欠点があってね。

 これに慣れてしまうと、温水洗浄なしにお尻を拭くとお尻を傷つけてしまうことが多くなるんだ。

 まして、トレセン学園のトイレにはそんなぜいたく品は設置されていないし、使われているトイレットペーパーもふわふわの超高級品、てわけじゃない。

 食事が変わってお腹を壊す生徒もそこそこ出る。

 そんな状態で、ゴワゴワのトイレットペーパーで力加減もよくわからないままお尻を拭き続ければ・・・1週間もすればお尻に痛みを抱えるいい家の出のお嬢様が恐る恐る座る姿を目にするようになるわけだ。」

 

毎年見るからいやでもわかるようになる、と会長は肩をすくめてみせた。

 

なるほど。

 

温水洗浄便座に慣れ切ってお尻が弱くなったのか、普通にウマ娘パワーで強く拭き過ぎていたのかわからないけれど、とりあえず俺はもう温水洗浄便座なしにはいられない身体らしい。

高いらしいけど、買おう。

あとでヒシアマさんに部屋のトイレに取り付けていいか聞いてみよう。

 

会長が、わざとらしいすまし顔を作りながら語りだした。

 

「私のじいや、側仕えの執事も痔持ちでね。

 ひどくなったら辞めざるを得ないかもしれませんなぁ、などとぼやくので、実家の侍医に頼んで特注で作って貰ったのがその薬なんだ。

 侍医に頼んで痔のじいやの為に作って貰った痔の薬・・・くふっ・・・」

 

坊主が屏風に上手にジョーズの絵を描いた、風に攻めてきたか。

独り、笑いを堪えている会長を残して、エアグルーヴがこめかみを押さえながら流し台の方にフラフラと歩いて行った。

絶不調のタグが目に見えるようだ。

会長、これを言いたいがためにこの薬を持って来たんだろうか。

じいやが辞めたい、というのは辞意だという指摘は・・・やめておいた方が良さそうだな。

同音異義語を探すあまり、ゴキブリのGとかと繋げられないかと考えこまれても困るし。

 

「ありがたく頂戴します。

 ちょっと相談に困ることだったので本当に助かりました。」

 

「・・・うん、助けになったのなら何よりだ。

 

 さて、時間も押してきたし最後になるが、私は生徒会室を初めて訪れた者に必ず聞くことにしていることがある。

 私の左手の壁に飾られた額縁が見えるかい?」

 

会長が指さす、壁の上部にかかった額縁。

 

『Eclipse first, the rest nowhere.』

 

「君はあれをどう解釈する?」

 

ゲームやアニメの中で何度か出てきた、有名な言葉だ。

重要なキーワード的に扱われていたから、代表的な訳は覚えている。

 

「皆が知る言葉通りでなら『唯一抜きん出て並ぶ者なし』、でしょうが・・・」

 

最初にそれを聞いたときから、何か違和感があった。

この場で、あの額縁の中の文字を直接見たら、無性にイラっと来た。

 

「ふむ?」

 

「汚い言葉で申し訳ないんですが・・・

 私が訳すなら『おまえら全員クソだ。』ですかね。

 最高に厭味ったらしく吐き捨てられた言葉で、『お前らはエクリプスの足元にも及ばない』と見下されている気がします。

 増長するほどに強い、打倒すべき連中の傲慢な言葉。

 そんな感じです。」

 

せせら笑われて、馬鹿にされている。

俺が幼い頃から運動音痴でずっと見下されてきたからこそ感じる、言葉の裏に隠された嫌味。

あっちの世界では持って生まれた身体能力では馬鹿にしたやつらを見返すことは叶わなかったけれど、ウマ娘の身体になって見返せる可能性が出てきたせいか、今に見ていろ、という反骨心からのイラつきが湧き上がってくる。

 

「言葉遊びですけどね。

 この言葉が初めて登場したシーンで、面と向かってこれを言われたらなめられて喧嘩売られてると解釈しますね。

 もしこのエクリプスという単語が『私』で自分で口にするなら目指すのもいいかもしれませんが。」

 

「・・・この言葉を口にできるような強さを目指すか、この言葉を投げかけてきた相手の打倒を目指すか、か。」

 

俺の汚い言葉にも、とんでもない意見にも怒ることなく、なるほどな、と会長はまじめに考えこんでいる様子だった。

そして、ゆっくりと言葉を紡ぐ。

 

「『唯一抜きん出て並ぶ者なし』、そういう意味だと言われるがまま、この言葉をずっと信じてきたが、君の意見を聞いてから改めて原文を見直すと、何か腑に落ちるものも感じる。

 流れ人が重要視される理由の一端を垣間見た気がするな。

 君と話せてよかった。

 すまないが、まだ片付けなければならない仕事があってね。

 また時間のある時に意見を交わしたいものだ。」

 

会長は握手を求めて手を差し出してきた。

会談はこれで終わりだ。

 

その手を握り返す。

 

俺よりも少し大きいだけの、柔らかい女性の手だった。

 

コンプレックスに捻じ曲げられたうがった見方かも知れない。

でも、会長の前ですら、『Eclipse first, the rest nowhere.』、これを崇める気には到底なれなかったんだ。

 

話してみた会長は、思った以上に落ち着いた大人の精神性を持った女性だった。

ダジャレを思いつくと突発的に口にするのは・・・もう習慣化してるんだろうなあれは。

 

エアグルーヴもお世辞で褒めて笑ってやれるような性格じゃなさそうだし、会長のダジャレが飛び出す度に葛藤して頭を抱えてるんだろう。

 

 

改めて礼を言い、薬をいただいて制服のポケットに忍ばせ生徒会室を後にする。

 

そしてすぐに目に付いたトイレに飛び込んで貰った薬をさっそく使ってみる。

 

さすがシンボリ家の特注品、塗ってすぐに、あれほどじんじんと疼いていた痛みが消えていく。

タキオンの薬といい、購買で売っているトレーナー専用棚の薬といい、ウマ娘世界の『特殊』な薬っていうのはみんなこんなトンデモ効果なのかね?

 

・・・後日、ウマホで調べて知ったことだけど、毒などへの耐性が高いウマ娘用の薬は標準でヒト用の3倍成分が濃く、ヒトに使うのは厳禁。

それでようやくヒト並の効果だって言うから、ウマ娘に劇的に効く薬ってやつは本当に特殊なものが多いそうだ。

ウマ娘の身体にいまだ謎が多いように、その身体に効く薬もまた謎が多いってことかな。

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