ウマ娘世界が地獄でも、住めば都です。   作:ジョンゲスト

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今回もいつもより長くなってますが、ごった煮の割には切りどころがないのでこのまま載せます~


自主休練して雑用をこなすよ

無事生徒会へのお礼も終わり、お尻が切れた原因もわかったのなら、後は予防するだけ。

 

俺はその脚で寮長室に特攻した。

 

「部屋に温水洗浄便座を付けたいって?」

 

「ええ、そうです!

 付けてもいいですよね?」

 

ヒシアマさんから若干呆れを含んだお言葉を頂いてしまったけれど、これは退けない。

これからの快適な寮生活に関わる重要なことだ。

少なくとも、あっちの世界では痔になった人が、お尻を鍛えて痔を克服しました、なんて話は聞いたことがない。

親父の世代は、皮膚を鍛えるために乾布摩擦とか言う妙な健康法があったと言っていたけれど、それがお尻に適用できるとは思えないし、トイレットペーパーで切れてしまう虚弱な**の皮膚がずたずたになる未来しか見えない。

解決方法は温水洗浄便座一択なのだ。

 

「そりゃ、付けるのは構わないけどさ。

 あんな高いものを付けようだなんてもの好きだねぇ。」

 

どうやら、設置には問題がないようだ。

まあ1Fのお嬢様方の部屋は普通に大改造されているみたいなので今更、という話かもしれないけれど。

しかし、そのお嬢様方の一角であるルドルフ会長までもが温水洗浄便座は高級品だ、と言っていたのがちょっと気になるな。

 

「高いって、そんなに?」

 

「ウマホで調べてごらん。

 アタシはたかだかトイレットペーパーの代わりのものにあんな金額は出せないねぇ。」

 

むぅ・・・そんなに高いんだろうか。

訝しみながら、ウマホを操作して価格調査サイトで調べてみたら・・・とんでもない価格が飛び出してきた。

 

最安値で18万円だと?!

 

あっちの世界のほぼ10倍だ。

しかも、機種が数機種しかない。

 

これに工事費を入れたら、20万円台半ばに届いてしまうかもしれない。

ウマ娘一人の一か月分の食費が軽く飛ぶ。

 

「高いだろう?

 本当に付けるのかい?」

 

予想をはるかに超える高額な価格に目を白黒させている俺に、さらに呆れの雰囲気を纏いながらヒシアマさんが訊ねてきた。

 

とはいってもなあ・・・**の皮膚を鍛える方法はない。

ないはずだ。

そんな方法はないことを確認して、自分を追い込もうと思って、ウマホで**、鍛えるで検索をかけたのだけれど・・・

出てきたものを見て俺は噴いた。

いい大人の欧米人が何人も並んで、太陽にすっぽんぽんの下半身を大股広げて晒している写真とともに出てきたのだ。

 

『**日光浴

 海外セレブに流行中の究極の健康法!

 30秒**を日光にさらすだけで1日分のビタミンDが生成!

 紫外線による殺菌が期待できるだけではなく、今まで太陽光を浴びたことの無い部位への刺激で精神までもが健康に!』

 

いつの間にこんなトンデモ健康法が・・・

明らかに偽科学の民間療法とかの類だ、こんなものに騙されるわけにはいかない。

何より、こんなことができるのはヌーディストビーチなんかのある海外だけだ。

検索項目には、**日光浴をやりすぎてひどい日焼けを負ってしまったかわいそうな話も載っていた。

欧州の白人でこれだから、身体の色素の薄い白毛で赤い瞳の俺なんかもマネしたらとんでもないことになるだろう。

こんな民間療法が出てくる時点で、**の皮膚を鍛えるいい方法なんかない、というのがよくわかる。

 

うん、もう迷いはない。

 

「付けます。」

 

「本気かい?

 デビュー前のウマ娘が手を出すような値段じゃないよ?」

 

そう、今の俺には収入がない。

衣食住の大半は学園が負担してくれているけれど、日用品や休日の食費などは全部貯金の切り崩しで、貯蓄額はじわじわと減っていく。

だがしかし。

無駄遣いならいざ知らず、必要な物には金をケチるとろくなことがない。

あっちの世界で俺はそれを嫌って程学んできているのだ。

俺の決意の変わらなそうな様子を見て、ヒシアマさんが後ろ頭を掻きながら教えてくれた。

 

「・・・しょうがないねぇ。

 府中のショッピングモール街を突き抜けてしばらく行ったところに商店街があるだろう?

 そこの外れに寮の出入りで上下水道工事を取り扱っている工務店があるから行ってみな。

 昔からずっと頼んでいる業者だ、二つ返事で引き受けてくれるさ。」

 

ヒシアマさんがささっとメモ用紙に『(有)大原管工』という工務店の電話番号を書いて渡してくれる。

 

「工事日は平日ならアタシが部屋の鍵を開けてやれるからいつでもいいからね。

 しかし、1Fのお嬢様方の部屋以外じゃ、アンタが初めてじゃないかねぇ、こんなのつけるの。

 エアコンは勘弁しておくれよ?

 2Fより上は部屋ごとの電気の容量、これ以上上げられないんだ。

 やろうとしたら大工事になっちまうからね。」

 

「さすがにエアコンはつけ・・・ないと思います。」

 

暑さに弱いというウマ娘が今まで夏場エアコンなしでやってこれたんだ、きっとあっちの世界よりも夏は涼しいのだと信じたい。

 

「本当に大丈夫なんだろうねぇ?

 電気契約変わって寮の維持費が上がるとなると、要望書通すのとか大変なんだからね?

 頼むよ?」

 

本当に大変なんだろう、ヒシアマさんが露骨に嫌な顔をしている。

というか、要望があれば要望書を出すだけは出してくれるんだろうけど、寄付金も納めない一般ウマ娘じゃ通らないんじゃないかな、学園の負担を増やすような話は。

普通に、少ないリソースをやりくりするのを学ぶのも寮生活です、とか言われて終わりそうな気がする。

この辺は金の力と家格への忖度でいろいろ変わるんだろう、このウマ娘世界は。

 

 

 

 

さて、次は買い出しだ。

 

この酷い筋肉痛のまま言われた通りダート5周を3セットなんかやったら、明日本当に動けなくなってしまう。

今日はこれ以上筋肉に過度な負荷をかけないように、できる用事をこなすことに奔走しようと思う。

 

寮の部屋に戻って、ウェストポーチに財布を突っ込んで府中のショッピングモール街へ。

脚にちょっと無視できない痛みは走るけど、おもちゃの兵隊の行進のように、脚をできる限り伸ばして早歩きで歩道を突き進む。

硬いアスファルト路面を、筋肉痛で脚首をクッションにできない状態で走るのはさすがに無謀だろう。

それでなくても、俺はまだ道路をまともに走ったことがない。

いずれ筋肉痛が治ったら、人の少ない早朝にランニングしている学園生についてくしてウマ娘レーンの走り方を学ぼうと思う。

 

銀行のATMで当面の現金を下ろしてから、ドラッグストアで汗疹の薬とベビーパウダーを購入する。

ベビーパウダーは無香料で薬用のちょっと高いのにした。

 

小さな買い物袋を携えたまま、ショッピングモール街を抜けてその先の商店街へ。

この商店街、駅前通りから続く道にあるんだけど、駅前が開発されてショッピングモールができてもシャッター街になることなく、元気に商売している店ばかりだ。

ちょっと古ぼけたお店が多いしアーケードなんかがあるわけでもないけれど、変に小綺麗に見てくれにお金をかけなかったのが逆に良かったのかもしれない。

歩いてこれる地元の人たちでそこそこ人出があるのが見て取れる。

 

食料品や日用品を扱うお店が連なるゾーンを通り抜けた商店街の外れの方にヒシアマさんの教えてくれた工務店はあった。

ねずみ色のトタンの壁に、黒ペンキで刷毛跡もくっきりと書かれた明朝体の店名。

左右のショーウィンドウには埃がかぶったままの洗面台と便器が飾られていて、中央の入り口は片開きのガラス戸だ。

店舗の上の階がそのまま住居になっている、いかにも個人経営、って感じの小さなお店。

 

ガラス戸の大きな四角い取っ手を押して中に入ると、50代くらいのおばちゃんが出てきて対応してくれた。

 

トレセン学園の美浦寮の一室に、この温水洗浄便座を付けたいとウマホの製品ページを見せて説明したら、工事費込みで15万円でいいよ、とネット最安値を割り込む大盤振る舞いをしてくれた。

 

「それでも、十分な利益は出るんだよ。

 この街はウマ娘のレースで潤っているようなもんだ。

 その土台を支えるトレセン学園のウマ娘からぼったくったら罰が当たるさ。」

 

カラカラと笑うおばちゃんは、気風のいい肝っ玉母ちゃんそのままだ。

モノは発注してから入荷まで早くても2~3日かかるそうなので、工事日が決まったら美浦寮のヒシアマさんまで連絡してくれるように頼んで店を出た。

 

これで一安心、とトレセン学園までの帰り道をてくてく歩いていたら、鼻に飛び込んできたいい匂い。

 

商店街の肉屋さんから何とも言えない香ばしい揚げ物のにおいが漂ってきた。

一旦ウマ娘の鼻に入ってきて、気になってしまったにおいっていうのは、無視するのはなかなか難しい。

 

においに釣られるようにふらふらと肉屋さんの前に行くと、ちょうど揚げたてのメンチカツとコロッケをショーケースの中のトレイに並べている最中だった。

意識せずとも口の中によだれが湧く。

 

高い買い物をしたばかりなのだから無駄遣いは我慢しよう、我慢しよう・・・

我慢・・・

我慢・・・

 

いい匂いのするお店の前を通り過ぎようとすると、ぐぅ~、とお腹が鳴いた。

 

・・・空腹の欲求と、揚げ物のいいにおいには勝てなかったよ。

 

俺の手のひらよりもかなり大きいコロッケが80円。

同じくらいのメンチカツは100円。

肉屋さんなのだからとまだ熱々のメンチカツを買って、店頭に置いてあるソースをたっぷりかけて齧りつく。

衣を噛み切って溢れ出る肉汁と脂。

口の中を焼きそうになりながら、食べるメンチカツは最高にうまかった。

 

食べながら、肉屋さんのショーケースの中を見ると、鶏肉をメインに、豚肉、牛肉の順でラインナップされている。

その隅っこに、実物はないけれど、肉の名前と値札だけの牛筋、豚軟骨、鶏がらという項目が激安価格で並んでいた。

牛筋、豚軟骨500グラムで200円とか、とんでもないな。

あっちの世界じゃ、牛筋は豚コマと同じで100グラム98円がいいところだ。

それに『国産』の文字がつくと倍になる。

 

俺の親の話じゃ、昔は牛筋は捨てるようなものだったのでタダみたいな値段で売られてた、って聞いたけど、俺が一人暮らしをあっちの世界で始めた頃は牛筋はすでに安いものじゃなかった。

激安だったら何時間でも煮込んで柔らかくして食べられただろうけど、値段も豚肉並みで硬くてガス代を気にしながら何時間も煮込んで料理するようなものじゃなかったのは確かだ。

・・・まぁそれもとある調理器具を入手していろいろ試しているうちに、これはこれでおいしいものになるな、と夕方の処分価格がついた牛筋を見つけたときは買って、牛筋料理を作っていたんだけれど。

豚軟骨も、切るのが面倒くさいけど、その調理器具を使うとぷっぷるのコラーゲン料理に変化する。

俺の勤めていた会社の上司の奥さんが、俺が泊まり込みの時持って行った弁当の豚軟骨の味噌煮込みを摘まんで、えらく気に入ったらしくその場でレシピを教えたこともある。

 

ともあれ、においに釣られて、入った肉屋さんでちょっと節約生活に彩を添えられそうな安い具材を見つけられたのはラッキーだった。

これで、メインの料理がうどんだけとか言う休日の味気ない食生活にちょっとだけおいしいものが追加できる。

 

休日は寮の食堂が休みな代わりに、食堂のキッチンを借りて料理ができると聞いている。

冷凍が効いて、何回かに分けて食べられるものを作り置きしておけば休日も外食せずにおいしいものが食べられる。

 

そんな感じで小さな希望を見つけて筋肉痛と戦いながら寮に帰ってくると、何やら部屋のドアの前に取っ手付きの紙袋が置いてあった。

 

中身は、様々な紙の本。

 

クリップボードが入っていたので挟まれていた紙片の文言を読むと、寮の中を回覧して回っている、あなたのお勧めとみんなのお勧めを交換しましょう的な物らしい。

 

とりあえず部屋に持ち込んで、制服を脱いで汗疹の薬を塗りながら、ベッドの上に並べた紙袋の中身の冊子類を眺めてみる、

 

『健太と祐司のデスマッチ』

・・・表紙からしてガチムチのホモホモしい薄い同人誌だ。

論外。

 

やたら分厚いレディースコミック。

『許せない!私の彼氏をNTRなんて!』

パラっとめくったら、女同士の熾烈な戦いと愛憎劇が展開されてるマンガだった。

しかも、子供が見ちゃいけないシーンがバリバリと・・・

無言で投げ捨てた。

 

『季刊蹄鉄:地方トレセンイケメントレーナー特集』

イケメン以前に男には興味ないのでパス。

 

『彼氏を堕とす100の手法』

男を堕とす未来は永遠にないのでパス。

 

『必ず成功する催眠術』

・・・いったいこれを誰に使うつもりなんだ。

 

『THE 肉 まだビタミンを野菜から摂っているんですか? 生肉食の勧め』

ベジタリアンとは対極の思想の本だな。

 

『2022年版 絶対に見つかるあなたの為のイヤーカフ』

これは比較的まともか。

ウマ娘の耳飾り特集だ。

かわいいものから、シルバードクロ系なものまで、最近の有名どころの耳飾りを紹介している。

へぇ~、とは思いながらも、パラ見する以上の興味は惹かれなかった。

 

ん~、これ絶対に一冊は交換しなければいけないものなんだろうか。

 

いまいち使いどころのない本ばかりの紙袋を部屋の床に置いて、次の雑用を済ませることにする。

 

ウオッカから教えて貰った、バイクのシート加工屋さんに電話をかけた。

 

「はい、秋津シート加工・・・」

 

10コール程の呼び出し音の後に出たのはしゃがれた男性の声だ。

年配の方ぽい。

 

「知り合いからこちらがシートの加工がとてもうまいと聞きまして、CPZ900Rのシートのあんこ抜き加工をお願いしたいんですが。」

 

「あんこ抜きね。

 声からしてあんた女のようだがあんたウマ娘かい?ヒト娘かい?」

 

「ウマ娘ですね。」

 

「尻尾避けの加工はどうするね?

 オリジナルのシルエットをなるべく保ちたいなら、二人乗りの座面のウレタンをスポンジに変えてある程度は尻尾を沈ませることはできるが、長時間乗るのは音を上げるウマ娘が多いんでお勧めはできねぇな。

 長時間乗ることがあるなら、スケベ加工がお勧めだ。」

 

「スケベ加工?」

 

なんだその卑猥な響きの加工提案は。

まあすっかり頭から抜けていた座った時尻尾の逃げ場がないと痛いというのを、向こうから解決策を提案してくれたのはありがたかったけれども。

 

「SKB加工、オリジナルはケンタウルスの椅子だとかいう名前で欧米で開発されたものらしいがね。

 要するに二人乗りのシート部分の真ん中に尻尾の逃げの為の細長い凹みを付ける加工だな。

 それが介護用の風呂椅子に似てる、ってんでスケベ椅子加工とか呼ばれ始めたんだが、オリジナルのSKBと語呂の相性が良すぎてな。

 誰もSKB加工って呼ばなくなっちまった。

 スーパースポーツ以外のウマ娘用のバイクは、メーカー純正でもこいつが定番だぜ?」

 

「じゃぁそのSKB加工もお願いします。」

 

こっちがウマ娘だとか女性だとか全く気にせず平気でスケベ加工だとかスケベ椅子だとか連呼していて商売人としてそれでいいのかと思わないでもないけれど、わざわざレトロバイクに乗っているらしいウオッカの親父さんが推薦してくるんだ、腕はいいんだろう。

前の方の角は落として、とにかく足つきを最優先に、とか細かい要望を出して、加工内容を煮詰めていく。

シートのクッションが薄くなっても、できる限りお尻にやさしいように座面にはちょっとお高めの最新高反発素材をお願いした。

 

「シート革はエンボス入りの純正同等素材張り替え、スケベ加工にクッションは年式から言って全交換だな。

 税込み13000円てとこだ。

 送料見てみっから住所教えてくれるかい?」

 

安ッ!

2万円超えくらいを予想していたのにはるかに安い。

ちょっと驚きながら住所を伝える。

 

「東京都府中市の・・・」

 

「ちょっと待った。

 府中でウマ娘って言うとあんたもしかしてトレセン学園の?」

 

住所を言いきらないうちに、待ったが入る。

 

「ええ、まあ。

 学園生ですね。」

 

「ああ、じゃあ送料はいいや。

 仕入れに行くとき近く通るからその時ついでに届けてやるよ。」

 

トレセン学園の名前が効いたのか、本当に単に仕入れの通り道なのかわからないけど、送料無料のサービスはありがたい。

今日だけで結構な額を散財しているからな。

 

「ありがとうございます。

 では、美浦寮のラベノシルフィーまでお願いします。」

 

よろしくお願いして、電話を終える。

思っていたより、安く済んだ。

 

シートを送るための梱包用に、食堂裏のゴミ捨て場へ段ボールを拾いにいく。

野菜なんかの運送で使われるのか、農協のマークの入った段ボールが大量に畳んで捨てられていた。

ちょっと長めの段ボールを2組ほど貰っていくことにする。

 

帰り際、以前聞いていた粗大ごみ捨て場を探して覗いてみる。

四角い鉄骨の柱に、波板で片流れ屋根と三方を覆っただけの簡素なゴミ捨て場だ。

 

覗いてみたら、結構いろいろな物が捨てられてた。

 

・・・昔ヘアサロンにあった頭にがっぽり被せるスタンドタイプのパーマ器なんかが捨てられてるんだけど、卒業したお嬢様方の中にパーマ頭のウマ娘がいたんだろうか。

他にも足つぼマッサージ機とか、腰用のでっかい電動マッサージ機とか、ハンガーがかかったままのぶら下がり健康機とか、足湯マシンなんてものあるな。

身体の疲れを抜くための必死さ加減が垣間見えるラインナップだ。

 

布団乾燥機も何台かあったけど、本体より布団に挟むシートの方が破れていたり、吹き込んだ雨に濡れて茶色い錆びた汁を隙間から垂れ流していたりと、そのままじゃ使えないものばかりだった。

 

ピンとくるものがないな、という中で、唯一持ち帰って役に立ちそうなのが、扇風機。

ガチャガチャと機械式のスイッチを押すシンプルなつくりのものだ。

タイマーもダイヤル式で、回すとバネの力でじりじりと音を立てながらゆっくり戻っていくタイプ。

 

ちょっと埃にまみれていて、掃除しないとダメそうだけど、これはこれからの季節必要だろう。

粗大ごみ置き場の柱についているコンセントに差し込んでみると、まだ動く。

これは拾って帰ろう。

 

結局、段ボールと扇風機を抱えて部屋に戻った。

 

段ボールを切って、バイクのシートをくるんでガムテープで止めると、そのまま寮長のヒシアマさんの所へ持って行く。

ほぼ毎日なんかの荷物が届くので、ヒシアマさんに預けておけば宅配屋が来た時に送って貰える。

送り票を書いて2000円くらいをヒシアマさんに預けて発送をお願いしておいた。

 

部屋に戻って、拾ってきた扇風機の掃除をする。

といっても、ちょっと羽根の周りを分解して雑巾で埃を拭き取るだけだ。

あらかた拭き終わってきれいになった扇風機を組み立てて、電源を入れる。

ゴワー、とちょっとうるさい気もするけれど、これで暑くなっても何とか過ごせるだろう。

 

夕方近くなって半端に時間が余ったので、この酷い筋肉痛を繰り返さないためにもウマホでストレッチの仕方を探して実践してみる。

絵で解説されているのはいまいち体の動かし方がわからないので、動画で探してたら・・・

 

見つけちゃったよ、ムッターチャンネル。

 

ムッタートレーナー自身がストレッチしてる実践動画があったのでそれにリピートをかけてスロー再生。

屈伸、前屈からの身体を捻りながら片手を延ばして後ろを向き・・・って、痛い痛い痛い!

 

普段使わないようなところの筋まで伸ばされるのか、筋肉痛以外のところも結構あちこち痛い。

 

前屈なんかは余裕で地面に手がつくからこの身体はかなり柔らかい方だと思うんだけど、それでも痛い。

 

ひぃひぃ言いながら15分くらいかけて一通りのストレッチを終えて立ち上がると、なんとなく身体が軽くなった気はする。

 

そうこうしていると、壁を伝わって隣のドアが開閉する音が聞こえた。

お隣さんが帰って来たんだろう。

 

床に放置していた紙袋を抱えて、隣を訪問する。

 

帰ってきていたのはゲムパちゃんだけだった。

 

「あ、ベノちゃんだ!

 ここじゃなんだから入って入って!」

 

俺の呼び方からいつの間にか『シ』が消えていた。

なんか呼ばれ方がまた一つ進化した気がする。

 

俺を部屋に招き入れると、トレーニング終わったばかりでまだ身体が火照っているのだろう、ゲムパちゃんは、机の椅子を引っ張ってきて、床に置いたボールみたいなサーキュレーターからの風を浴び始めた。

 

ちょっと驚いたのは、その背後のベッドだ。

 

ゲムパちゃんのベッドは、なんと2段。

とは言っても、白く塗られた鉄製のシンプルなフレームの上段は、布団ではなく段ボールやら衣装BOXやらで埋まっていたけれども。

ベッドのフレームを利用して物干し台にもしているらしく、ハンガーなんかがベッドの上段からぶら下がっている。

 

対して、アップルサンデーさんのベッドの方は俺の部屋と同じベッドが鎮座していた。

壁際にフックがいくつか設置されていて、スカーフとか帽子とか外出時にちょっとつっかけるものがひっかけられているくらいで、物自体が少ない。

断捨離系の生活でもしているんだろうか。

ゲムパちゃんのベッドの上が物で埋まっているのと対照的だ。

 

サーキュレーターに齧りついていたゲムパちゃんが、俺が抱えている紙袋に気が付いた。

 

「あー、それ回って来たんだ?

 ちょっと見せて。

 なんか新しいの入ってるかな?

 ・・・私の入れた本はどこかで交換されたみたいだねー、ないや。」

 

「うん、いつの間にかドアの前に置かれていてどうしたらいいのかなって。

 これ、普通に回ってくる物なんだ?」

 

「うん。

 誰が始めたのか知らないけどねー。

 年に数回、回ってくるよ。

 前回回ってきたときは、トレセン学園に入ってから愛用してた東京食べ歩きマップ出したんだ。

 交換したのはこれ。」

 

ゲムパちゃんが取り出してきたのは、薄い本。

紙袋の中のアレな同人誌と違って、耽美なタッチで男性と女性が見つめ合う表紙が飾られている。

渡された薄い本をぱらぱらとめくってみると、エロスのエの字もなさそうな純愛ものらしい。

最後の1ページを閉じると、裏表紙の真ん中に描かれたイモハンのようなサークルロゴが目に入る。

『メガドボ』と。

どっかで聞いたことがあるような、と裏表紙をもう一度めくり直して奥付を見ると、作者、どぼめじろう先生だよこれ。

ゲムパちゃんこういうのが趣味か。

俺のでっち上げ身の上話に食いつくわけだ。

 

うひゃー!えっぐー!と紙袋の中のマンガを見てゲラ笑いしているゲムパちゃんに聞いてみた。

 

「ねえ、メジロドーベルってウマ娘、学園にいる?」

 

「いるも何も美浦寮の寮生だよ?

 高等部の先輩。

 なんで?」

 

「いや、ちょっと気になっただけ。」

 

いるのか、しかも同じ寮に。

 

確か男嫌いとかそんな話だった気がするから、本能的に察知されてとげとげしい態度を取られるかもしれないな。

 

・・・まさかとは思うけど、この紙袋持って来たのって、あのとんでもないでっち上げ身の上話を聞いたどぼめ先生が、同士なのか見極めようと仕掛けた罠じゃないだろうな?

だとしたら、ちょっと対応に窮するぞこれ。

 

どうしたものか悩んでいると、ゲムパちゃんは俺がこの紙袋の処置に悩んでいると勘違いしたのか、さらっとアドバイスをくれた。

 

「特に興味が無ければ、そのままその回覧順のどこかに適当に置いて来ればいいと思うよ。

 もうすぐサンちゃん帰ってくるからお風呂行こ。」

 

 

 

「ちかれた~」

 

と、アップルサンデーさんが帰ってきたのはそのすぐ後だった。

 

 

3人で一緒にお風呂に行ったのはいいけれど、服を脱いだら全身の関節の裏やら皮膚の柔らかいところが赤い発疹だらけなのを見つかってお肌のケアについて二人から説教を喰らった。

 

お風呂上りは、脱衣所で洗濯が終わるまでの待ち時間、買って来たベビーパウダーを使ってのパフパフ教室。

汗疹の薬を塗って、脇や肘裏、膝裏にパフパフ、パフパフ。

アップルサンデーさんは、おっぱい下にもパフパフしていた。

大きいと蒸れるんだろうなあ。

 

その後、夕ご飯も一緒に食べて、部屋に戻って課題なんかを終わらせて。

今日見つけた肉屋さんの牛筋や豚軟骨をこれからの休日メニューに加えるべく、あっちの世界でよくお世話になっていた業務用スパイスの安いお店を探す。

あっちの世界で有名だったそのお店は、ウマ娘世界でも健在だったようであっさりと見つかった。

大量に作ることを考えて、大袋で5種類ほどを購入する。

・・・これで準備は万端、次の休日が楽しみだ。

 

回覧で回ってきた紙袋は、中身には手を付けずに、自分の部屋の前の廊下に放置することにした。

回覧ボードに、ちょっとしたメッセージを書き込んだ付箋を貼り付けて。

勘がいい相手なら、これで放っておいてくれるはず。

 

・・・くれるよね?

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