2022/7/29
改稿
文体を40話前後の書き方に統一しました。
駐輪場に置かれたバイクを眠らせる最低限の作業を済ませた俺は、特に目的もなく来た道を戻っていた。
陽はまだ高い。
なんとなく、時折聞こえてくる学園生のものらしきの声の方に向かうと、広大な練習トラックが見えてくる。
その大きさたるや、陸上用の400mトラックがすごく小さく思えるほどで、トラック内には並行して土のコースや障害走用らしい設備も見える。
そのトラックのコースを、体操服姿の学園生たちが流すように団子状態でランニングしていた。
その練習の様子を見渡せるように、通用門への道を形成する土手の斜面に座り込んで学園生たちの練習を眺める。
彼女たちの走りは、流すように、とはいっても結構早い。
ゆっくりした脚の動きで踏み出される一歩の幅が、ヒトのそれと違ってかなり大きい。
ヒトのランニングを見ているつもりでいると、スピード感がおかしくなりそうだ。
結構走り方が違うもんだな、と眺めていたのだけれど・・・
そのままじっと見ていることが俺にはできなかった。
斜面に座った尻の収まりが悪すぎるのだ。
尻尾が邪魔で仕方がない。
さっきウオッカと喋っていた時は車止めの上に座っていたから気にならなかった。
しかし、いざ地面に直接座ると、尻尾のおさまりのいいポジションがなかなか見つからない。
尻の下に敷くと、この尻尾、中身が入っている部分が意外と太いらしく、尻の下でその太い存在を主張して座り心地が悪い。
尻の下から出すと、地面に当たって変な方向に曲がる力がかかるので向きによっては痛い。
尻尾の毛をまとめながら、あっちに向けたりこっちに向けたり、身体をねじって怪我の痛みに悶絶したりしていたら、長い髪の毛が背中に回している左手の手首に絡みついて腕を背中から戻せなくなってしまった。
無理に引っ張ると髪がまとめて抜けそうだし、かといって後ろ手になって髪が絡みついているところが見えないので外すに外せない。
悪戦苦闘していたら逆にほどこうとしていた右手まで髪の毛に拘束された。
時折、ランニングしているウマ娘が通りがかりざま何やってるんだこいつみたいな奇異の目を向けてくるが、それだけだ。
誰も助けてはくれず、視線だけくれてあっという間に駆け去っていく。
いよいよ身動きが取れなくなっていたところを、肩を掴まれて動きを止められた。
「動くな。」
落ち着いた、静かで太い大人の男性の声だ。
「暴れると髪の毛が抜ける。
ちょっと身体を転がすぞ。」
地面をごろりと転がされて斜面にうつぶせにされ、腕に絡んだ長い髪を解かれていく。
両腕が解放されると、彼は手櫛で俺の髪を梳かし、手慣れた感じでくるっとまとめてうなじのあたりで結んでくれた。
「もういいぞ。」
「助かりました、ありがとうございま・・・す?」
振りむいて、固まる。
岩男のようながっしりした柔道体形の三十路男が、スーツケースと鞘に収まった日本刀を傍らに、しゃがみこんでこっちを見ていたのだ。
異様な風体としか言いようがない。
ドカンズボンにも似た太いスラックスと着崩したジャケットは、あまりに広い肩幅に全く似合っていなかった。
「ん?怪我か?
地方からの見学生か?」
ウマ娘が学園のジャージに来賓プレート下げてるとそんな感じに見られるのか。
ええ、まぁそんなもんですと返すと、俺が、日本刀をちらちらとみているのに気づいたのだろう。
彼は刀に視線をやって答えた。
「ん、ああ、これか。
担当の勝負服の備品だったものだ。」
俺の目の前で鯉口を切る。
抜かれた刀身が、陽の光を反射してきらめいた。
「竹光だ。」
笑って見せるが、どこか力ない。
無理やり作ったであろう笑顔が、目尻から消えていく。
愛想笑いが苦手なのだろうか。
俺が笑いも消えるような怖い顔をしているってことはないと思うけれど。
この刀、担当の勝負服の備品と言ったか。
きっと、この人はトレーナーなんだろう。
髪の扱いがうまいのも納得できる。
日常的に、長髪のウマ娘の世話をしているに違いない。
担当のウマ娘の荷物を携えて、これから大きなレースに向かうのかもしれない。
そのトレーナーは、刀を納めると、スーツケースの引き手を伸ばして踵を返した。
「髪に絡み取られて動けなくなっているウマ娘なんて初めて見たよ。
絡まって身動きが取れなくなるくらいなら、髪は結いなさい。
一人で結えないなら、他人に結って貰いなさい。
・・・怪我は時が経てば治る。
焦らずに、しっかり治しなさい。
頑張れよ。」
優しい、声だった。
特に会話を交わすこともなく、そう言い残して、ゴロゴロとスーツケースを引きずり、そのトレーナーは駐車場の方に去っていく。
去っていく彼は、あんなに広い背中で、大きな身体をしているのに、肩は落ち、どこかしょぼくれて見えた。
まもなく、車のエンジン音がして、1台の車が学園を出ていった。
髪の毛に絡まって動けなくなるという醜態からは脱したものの、尻の座りが悪い問題は相変わらず解決しない。
試行錯誤の結果、身体を斜めに傾けての女の子座りが良い塩梅だと気付いて、尻尾をうまく逃がして練習を眺める。
俺の頭の上のウマ耳が、後者の方からアスファルトの上を駆けてくる足音を聞きつけて勝手に音を拾いに動く。
そちらを見れば、一人の男性が通行人に声をかけては辺りを見回し、きょろきょろと挙動不審な動きをしながら、やがて彼はこちらへとやってきた。
「おーい、そこのキミ!」
どこかで聞いたことのある声だ。
黒いベストに刈り上げ頭、口に加えた棒キャンディ。
癖のあるウマ娘ばかり集めたスピカというチームを率いるトレーナー、沖野さんだ。
「キミ、ってあれ?
今朝保健室に担ぎ込まれた娘か?
学園生だったのか?」
ああ、そういえば、俺の脱臼を治療してくれたのは沖野トレーナーだという話だったっけ。
気絶していたからさっぱり覚えがないけれど。
「いえ、服が全部だめになったのでジャージは借りました。
沖野トレーナーですよね、初めまして。
今朝方は、怪我の処置をしていただいたそうで、ありがとうございました。」
「あれ?顔合わせしたっけか?」
沖野トレーナーは俺を知らない、けど俺は彼を知っている。
ゲームではなく、アニメの中の登場人物として。
俺はちょっといたずら心を起こして、ジト目を作りながら答える。
「いえ、ヒシアマゾンさんに聞きました。
合法的にウマ娘のトモを触れる機会だと嬉々として治療に当たられていたと。」
「なっ・・・あの野郎・・・
違う、違うぞ!
俺はただ単にキミの手当を急ぐ一心で・・・」
ははは!
余りにも予想通りの反応をしてくれて思わず笑いが漏れた。
やめられない止まらない、思わず手が出るトモ触り。
悪癖ではあってもその行為に悪意はないんだ、彼には。
あっちの世界での俺の年齢と近そうなこともあって、自然と馴れ馴れしい口調が出る。
「ははは、冗談だ。
俺はラベノシルフィー。
脚に頬ずりされたぐらいでグダグダ言わねーよ。」
「してねーっての!
てかそのなりで俺っ娘かよ・・・」
なぜかげんなりした顔をされる。
容姿に関しては三女神の趣味だろうから勘弁願いたい。
今は髪の毛上げてるけど下ろしたら普通に和服とか似合いそうなツラしてたもんな。
それで俺とか言われたら、面食らうか。
「まぁ中身はアンタと似たようなもんだ。
・・・ところでどうよ、俺のトモは?」
「ん?ああ、細くて締まっている。
瞬発力のある身体じゃないが、中長距離向けで鍛えていけば結構・・・」
ウマ娘のことしか考えてなさそうな沖野トレーナーは、俺のどさくさのカマかけにも律義に答えてくれる。
ほう?俺の脚の筋肉のつき方は中長距離向きか。
この人確かトモに触れての解析能力に関しては変態じみてるって話だ。
もし、俺がトレセン学園で走ることになるのなら、中長距離を目指せばいいってことだな。
「じゃなくて!
牧野トレーナー、って言っても知らないか。
こっちに、こう、横にでかくて弁当顔の人来なかったか?」
横にでかくて弁当顔、って言うとさっき髪の毛に絡めとられていた俺を助けてくれたあの巨漢のトレーナーだろう。
「柔道やってそうな人か?」
「そうその人。」
「刀とスーツケース持って、車で出てったけど。」
「あちゃ~、もう行っちゃったか。」
沖野トレーナーは彼を探していたらしい。
「急ぎの用でも?」
「いや、あの人今日で最後の勤務だったんだが、別れの挨拶するタイミングが合わなくてな。
そうか。
刀持ってか。」
「あの刀、担当の勝負服の備品だって言ってたけど。」
「ん、ああ、あれな、牧野トレーナーの担当ウマ娘の遺品なんだわ。」
担当の勝負服の備品『だった』と彼は言っていた。
笑顔がどこか尻すぼみだったのもそのせいか。
「遺品、て・・・
担当のウマ娘がレース中の事故か何かで?」
「レース中の事故でウマ娘が亡くなるなんて滅多にないさ。
病気と・・・不運が重なったんだな。
彼女は努力家だった。
でも、頑張り過ぎたんだ。」
沖野さんが言うには、そのウマ娘は侍装束の勝負服で、ロングポニーテールの似合う強いマイラーだったらしい。
GI 2勝目を目指し、トレーニングに励んでいた矢先に亡くなったと。
「急性腎不全、てやつだ。
彼女は体調が悪いのを圧して、トレーニングを続けていたんだろう。
同室の相方が、起きてこない彼女の異変に気付いたときは手遅れでな。
そのまま、意識も戻ることなくあっさり逝っちまったらしい。
本当なら俺らトレーナーが気づいてやらなくちゃならなかった。
彼は・・・気づいてやれなかった自責の念に堪えられなかったんだろうな。」
連続して負荷のかかるハードなトレーニング。
レースは、十分に休養をとってからの全力での一発勝負だが、トレーニングは違う。
骨を筋肉を、自分の意志でいじめ抜き壊し続ける果て無き苦行。
その苦行の最中、身体に起こったわずかな異変。
よくあることだと、その不調を根性で押し潰して頑張り続けた結果・・・
彼女の身体は本当の限界点を超えてしまっていた。
ルームメイトが朝起きて見つけたのは、ベッドの中で意識不明のまま目覚めない彼女。
急性腎不全からの多臓器不全で、意識が戻ることなく彼女はあっさりとこの世を去った。
つい2週間ほど前のことだそうだ。
「彼女は、GIレースが控えていたからな。
身体の危険信号を無視し続けてしまったんだ。」
「怪我は治る、がんばれよって声かけられたよ。」
「ああ、今の医療技術があればレース中の怪我はそうそう命に関わるまでいかない。
けどな、病気はそうじゃない。
おまえらウマ娘はヒトより病気には弱いんだ。
なのにおまえらときたら・・・
走った後にぶっ倒れたと思ったら、血の一滴まで使い切って死ぬ寸前まで平気で身体を追い込みやがる。
レースの結果も、栄光も、命あっての物種だってわかってんのか?」
沖野トレーナーにぐしぐしと頭のてっぺんの髪を鷲掴みにされて引っ掻き回される。
その横顔は、どうせこいつも言うこと聞かねえんだろうなぁ・・・という苦々しさに満ちていた。
正直な話、俺にはウマ娘がなんで命を削るようにしてまでレースにのめり込むのかわからない。
ウマソウルとやらを俺が持っていないからかもしれない。
この新しいウマ娘の身体で、もしかしたらヒトであった時と違って人並み、いや、ウマ並に走れるかもしれないっていう淡い期待はあるけれど、たぶんそこで得られるのは、『まともに走れるようになった』という自己満足まで。
アスリートとして身を立ててこの脚だけで生きていこう、なんて覚悟は最初からない。
あの自称女神の敷いたレールに乗っかって、せいぜい破滅しないように足掻くだけだ。
あの自称女神が本当にこのウマ娘世界を司る三女神の一柱だったとして、女神は俺に何をさせようとしているんだろうな・・・