九秒間の便り   作:じろう氏

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第1話 10年

 ピーン、ポーン……と間伸びした盲導鈴が流れる空港で、ゴールドシップはスーツケースを引き、コートを靡かせて無表情に歩いていた。

 

 やがてアメリカ行きの飛行機の時間が迫り、支給された端末を見つめた。

 

 18歳の時のことだ。トレセン学園を卒業後、ゴールドシップはすぐに、その任務の過酷さ故にウマ娘のみ就職可能な国の諜報機関で、潜入捜査官として働き始めた。

 働き始めてからは友人たちとも連絡を絶ち、疎遠になって長い親戚と縁を切り、一切の痕跡を消し去って――ネット上にあがっていた写真や動画などは諜報機関が規制をし――ゴールドシップは、ある組織に潜入した。

 

 その組織の名前はドィーム。ロシア語で煙を意味する言葉で、ドィームは一般から国家権力レベルの依頼まで幅広く受け入れ、精巧な爆弾を使って暗殺を遂行する組織だった。

 

 

 ゴールドシップの祖父は警察官だ。

 若い頃は警察庁警備局で勤め、幾人もの悪人を捕らえた。歳を取ってからは警察大学校長を勤めるなど、国家に大きく貢献したと言っても過言ではない人物である。

 

 ゴールドシップから見る祖父、警視監を父として持つゴールドシップの母も警察官であり、ゴールドシップの父もまた、警察官だった。

 

 両親が殉職したのは、ゴールドシップがまだ10歳の頃。

 

 多くの犯罪者に恨まれていた両親は、ドィームによって爆弾で殺された。

 

 失意に暮れていたゴールドシップを育て上げたのは、警視監である祖父だった。

 現在は警察庁警備局長、警視総監となり、ゴールドシップの上司でもある。

 

 

 祖父の勧めで潜入捜査官となったゴールドシップは、ドィームに潜入した。持ち前の器用さで爆弾作りも行い、それによって犠牲者が出てしまったこともあった。

 それも全て、組織の完全壊滅のため。

 

 捜査官となって2年、組織に潜入して8年。

 

 長きに渡る戦いは幕を閉じ、ゴールドシップの手によって組織の幹部たちは捕らえられ、ドィームは崩壊した。

 

 8年の任務から戻ったゴールドシップは、早々に警察庁に呼び出された。

 

 

「……ボディーガード」

 

「表向きは、な。ドィームの完全崩壊の件、誠にご苦労だった。君の尽力によるものだと、我々も承知している」

 

「ありがとうございます」

 

「君は優秀な潜入捜査官だ。本来ならばすぐにでも復職させたいところなのだが……言ってしまえば、警視総監からの命令なのだ。祖父としてのお願いと言ったところだが、命令とあらば従わねばあるまい」

 

 呆れた様子の上司に、ゴールドシップは泣く子供が失神するような見た目をする、割とお茶目な祖父の顔を思い出し、苦笑した。

 

「組織が壊滅してからも日が浅い。残党が君を狙う可能性も、ないとは言い切れない。それで命を落としてしまっては、我々は英雄を守れなかった間抜けとなってしまうからな」

 

「つまり……ボディーガードっていうのは、大使の書記官のことですか」

 

「うむ。とはいえ、長期的に同じ国に滞在してしまえば国内外でも危険は同じ。視察も兼ねて、各国を数ヶ月単位で転々としてもらう。事実上としては休暇のようなものだ、気軽に取り組んでくれて良い」

 

「……ありがとうございます」

 

「不満げな顔だな……今までの君の勤勉な態度からすれば察するものもあるが。視察先には観光地として有名な場所を選んでいる。この10年遊ぶ機会もなかったろう。存分に旅行を楽しんでくれ。可愛い子には旅をさせよ、まあ意味合いとしては少し違うが、そういうことだ」

 

 その言葉に、ゴールドシップは渡された紙を見つめる。

 外務省付きの書記官としての出向を命じる旨が書いてあった。

 

「最初の赴任先はアメリカ。その後は現地にて辞令を受け、次の赴任先に向かってもらう。まずは10年分の心身の傷を癒してきたまえ――」

 

 

 

 

 およそ13時間ほどのフライトの途中、ゴールドシップはずっと自分のことについて考えていた。

 

 10歳の頃、ゴールドシップはドィームに殺された両親の復讐心に燃えていた。

 それを悟っていた祖父は、ゴールドシップにさまざまな情報を与えた。今にして思えば、祖父もゴールドシップがいつかドィームを壊滅させることを望んでいたのだろう。

 

 祖父が勤める警察庁警備局で統括している、ウマ娘のみ入ることを許された諜報機関にゴールドシップを推薦してやると言ったのは祖父だった。

 そしてそれは、ゴールドシップがトレセン学園で優秀な成績を残すことを条件に、だった。……おそらく復讐心に取り憑かれた孫娘が、青春らしい青春を経験し、復讐を諦めることを期待してのものだったのだろうが、ゴールドシップは決して諦めず、卒業後はすぐに捜査官になった。

 

 10年だ。ドィームを憎み始めてからを含めれば、18年。ゴールドシップは自身のことは二の次に、ドィームのことだけを考えて生きてきた。

 

 改めて思う。

 

 時には名前も捨てて奔走してきた10年。何から始めれば良いのかが、わからなかった。

 

 職務に身を捧げてきた。学生時代を知る者からは、柄ではないと言われてしまうかもしれない。

 あのひたすらに楽しかったトレセン学園時代を思い出したが、それにすら欲はわかなかった。

 

(今更会いたいなんて思わねえ。……思っちゃいけない)

 

 今回の任務は1年。その間に残党の処理などを済ませるつもりなのだろう。

 

(……着いてから考えるか)

 

 せっかくの休暇だ。いくらでも考える時間はある。

 

(……あいつらは元気かな)

 

 チームスピカとして、走ることにだけ集中できたあの日々。

 

 少しだけ、心が動かされたような気がした。

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