九秒間の便り   作:じろう氏

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第2話 アメリカにて

 朝、ホテルを出て近くの公園を散歩していると、ギャーギャーと猫のような鳴き声が聞こえる。

 迷い猫か、と茂みに目を向けるが、声は聞こえているのに、猫の姿は見当たらない。首を傾げていると、視界の端で小鳥が羽ばたいて、やっと思い至った。

 

「ネコマネドリかよ」

 

 ゴールドシップは苦笑して、また歩き出す。ぼーっと歩き続けながら、アメリカに来て、この2週間のことを考えた。

 

(アメリカに来て2週間、これといった連絡もなし)

 

(大使も特に問題なしで、本当の意味での休暇……)

 

 外交官とはいえ、かなりの自由が許されている。

 下手な会社員よりも暇で、完全週休2日。勤務が終わればすぐに帰路につき、ホテルは朝夕のバイキング、外出も自由。

 

 とはいえ、護衛役か監視役か、何人か捜査官が張り付いているようだが。

 

 ひりついた視線は感じず……例えるなら、友人の子どもが1人でいるところをたまたま通りかかって、それとなしに見守っているような、そんな視線だ。

 ともすれば気づかないような監視に気づいたのは、この10年でかなり気が張っているからに過ぎないだろう。

 

 公園をぷらぷらと歩き、いつの間にか1周していたのか、入り口に戻ってきた。今日の勤務は午前中でもう終了していて、午後は暇を持て余していた。

 

 どこかショッピングにでも行こうかとも思って、一度財布を取りに帰ろうと、ホテルへ向かった。

 

 

 

 財布にはいくつかのクレジットカードが入っていた。自分のものが3枚と、今回の任務で好きなように使え、と祖父に渡されたカードが1枚。

 祖父に甘えて、アメリカに来てからは祖父のカードしか使っていない。この10年で貯まったかなりの額の貯金は全く手をつけておらず、普段から散財のしないゴールドシップは、死ぬまで無くならないんじゃないかと奇妙な不安を抱いていた。

 

 ……きっとこの先、結婚をして子を成すことはないだろうと彼女は考えていた。

 

 祖父以外の親族とは縁を切っていて、父母もすでに他界し、年齢から考えれば祖父もすぐに死んでしまうだろう。

 そうなれば、遺産は国のものとなる。

 後ろ暗い仕事とはいえ、ゴールドシップは警察官の端くれだ。国のためになるなら、それでもいいかもしれない、と笑った。

 

 

 

 ショッピングに来たは良いものの、買うものといえば服や本くらいで、それであっても決して高い買い物ではない。

 それならスーツでも新調しようかとも思ったが、今使っているスーツもまだまだ新品も同然で、シャツもネクタイも足りているし、足りないものといえば髪をまとめるゴムくらいのものだった。

 

 少しは洒落っ気を出そうと小物やら何やらを買うことも思いついていたが、そもそも今はホテルに泊まっている身で、あまり物を買うと移動の時困ってしまうだろう。

 

 迷った挙句、電化製品を見ることに決めたが、家電コーナーに来てため息を吐く。

 

(……日本で買った方が断然良いだろこれ)

 

 女性のストレス発散とも言われるショッピングでストレスを感じているようではショッピングは向いていないな、と苦い思いをした。

 

 大人しく気になっていた本を何冊か購入し、目に入ったカフェへと立ち寄る。落ち着いた雰囲気の店で、それほど流行っていないのか人はあまりおらず、とりあえずコーヒーとサンドイッチを頼んで本を読み始めた。

 

 時折コーヒーを口に運びながら、紙をめくる。英語で書かれた日本の小説で、原作を読んだことのあるゴールドシップは、言語の違いを楽しみながら読み入っていた。

 

 ――prrrrr,prrrrr……

 

 支給された端末が震えた。誰からの着信だろうかとディスプレイを確認すると、捜査官としてドィームに潜入していた頃の部下からだった。

 

「――どうしたんだ、キタニ」

 

『あっ、警部、お久しぶりです!!』

 

「声大きいな相変わらず。久しぶりだな。何かあったのか?」

 

 キタニ――キタニサツ。彼女もまた優秀な潜入捜査官で、ゴールドシップも一目置いていた部下だった。

 

『いえ、そろそろ生活に飽きた頃かなって……』

 

「ははは……バレバレかよ」

 

『やっぱりです? 今まで緊迫した状況に置かれてたから、こんなに平和な任務で飽きないのかなって。……ちなみに大使のこと調べたりしました? 無駄ですからね、真っ白ですもん』

 

「……調べてねえよ」

 

 何もかもお見通しで、ゴールドシップは苦笑した。

 

「それよりキタニ、それだけで連絡したわけじゃないだろ?」

 

『いえ、本当にそれだけです。あ、あと任務先の人真っ先に疑うの職業病ですからね、ちゃんと休養してくださいね。あ、昨日カレー作ってみたんです! 聞いてくださいよ、カレーごときとか思ってたらめっちゃ失敗して……』

 

 ものすごい勢いで捲し立て始めたキタニサツに、落ち着け、と声をかける。

 

「いくらでも聞いてやるから。ていうかそっち、まだ深夜帯だろ」

 

『明日……っていうか、今日はオフなんです! 羨ましいですか……って、休暇も同然の任務してる警部に自慢しても意味ないか〜』

 

「元気だな……アタシはカフェで読書中だよ」

 

『なにそれ優雅! そういえば最近、警視総監が警部の様子はどうだ〜って聞いてくるんですけど』

 

「連絡して来れば良いのに」

 

『言いましたよ! 言いましたけど、上司から連絡されても嬉しくないんじゃないかとかってうじうじうじうじ……あんな見た目で。あ、これ内緒ですよ、まあそういうことで、たまには連絡してあげてください』

 

「悪いな。メール入れてみるよ」

 

『あと……』

 

 一瞬押し黙ったキタニサツに、ゴールドシップは首を傾げた。

 

「あと?」

 

『……あと、大事な人とかに連絡しても良いそうです』

 

「大事な人……」

 

『だから、つまりですね、過去に関係を持っていた友人とか……?』

 

「……いやダメだろ」

 

『でも警視総監がいいよ〜って』

 

「あのジジイ……無責任なことを」

 

 頭を抱えて毒を吐くと、キタニサツが乾いた笑いを漏らした。

 

『まあ、たった1人の孫が心配なんですよ! 飲みに行くと、いっつもあの子は警察官の一家に産まれたばかりにあんなクソ真面目に育ってしまったとかなんとか』

 

「お前、ジジイと仲良いよな」

 

『ジジイって言わないであげてくださいよ! うるさいんですから!』

 

「はいはい……でも実際、個人的な連絡はしちゃダメだろ。警察関係のデータが入り過ぎてるし」

 

『――わかりました』

 

 その声に、嫌な予感がゴールドシップの頭を掠った。

 この部下が自信満々の声を出すときは、決まって面倒なことしか言わないのだ。

 

『じゃあ、プライベート用の端末も贈りますね!』

 

 

 

 最新機種の端末が届いたのは、それから1週間経った頃。新しい赴任先に到着した時のことだった。

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