フランスへ到着してすぐ、最新機種の端末が届いて、ゴールドシップは思わず祖父と部下のキタニサツを着拒しかけた。
なんとか思いとどまって2人にメールをしたのは、「しばらく許さない」という内容だった。
それから何度かメールが届いたが、全て流し見て、返信はしなかった。
プライベート端末が届いてひと月、フランスでの生活も慣れ始め、ゴールドシップは休日にレース場へ訪れていた。
(最初の赴任先がフランスだったらフォワ賞も見れたけど……ま、それは仕方ねえか)
今日はフォワ賞の3週間後……つまり、凱旋門賞が行われる日だった。
フランス、パリロンシャンレース場。
その昔、自分自身も参加したっけな、と懐かしく感じて、本番前の緊張感を思い出した。
今日の凱旋門賞は、なんでも去年惜しくも2着に入った日本のウマ娘も出走するらしかった。
レースから離れて長いゴールドシップだが、一昨年に史上7人目の三冠ウマ娘が出たというのは聞いていた。
名前はなんだったかな、と端末を確認する。名前よりも先に写真が目に入って、ゴールドシップは目を瞬かせた。
喋ったことも、生で見たことすら無いウマ娘に、なんだか不思議な親近感を抱いてしまったのだ。
(出たウマ娘あるある)
ウマ娘であるゴールドシップにとっては、慣れた感覚だった。
戦績を見て「うわ強えな」と呟く。ジュニア級は決して目立つものでは無いが、クラシック級、シニア級はかなりのものだ。
とはいえそれは戦績を見ただけの評価。暇なのだから一度過去レースでも見てみるか、と新たな楽しみができたところで、スタート前の空気感を察知し、ゴールドシップはバ場がよく見える場所まで移動した。
凄い熱量だった、と呆気にとられる。
クラシック級のフランスのウマ娘。5戦5勝の無敗での凱旋門賞制覇。あまりにも強すぎる差だった、とゴールドシップは久しぶりに、レースで悔しく思った。
彼女は今年も2着だった。だがゴールドシップには、もう1人の日本のウマ娘を称賛したい、と純粋に考える。
(こっちの子が出てなきゃ、2着じゃなかったかもしれない)
1着のウマ娘をマークしつつ、同じく日本陣営であるはずのウマ娘に蓋をし、自身は4着に入った。
――勝つのは日本じゃ無い、私だ。
ゴールドシップは確かに、その子の目に大きな執念を感じた。
(……オルフェーヴルとキズナ、か)
しばらく触れてこなかった『競走』というものに、ゴールドシップは拳を握りしめる。
(懐かしくなるな……走りたくなってくるくらいだ)
悔しげに立ち尽くすウマ娘も、疲れ切って膝に手をつくウマ娘も、勝って喜びを表現するウマ娘も。
チリチリとした熱が、ゴールドシップの中で燻る。
しかしそれに敢えて手を加えることもなく、ゴールドシップは諦めたような表情で、暗く笑った。
ブブブ、と震えてディスプレイが光った端末に目をすがめ、ゴールドシップはアルコール臭い息を吐き出した。寝落ちていたらしい。
「……なんだ」
『よかったぁ、着拒されてるかと思っちゃいましたよぉ!』
「うるせえな……こっちは深夜だぞ。寝てたのに……」
『すみませーん……あら? もしかして警部、お酒飲まれてます?』
「……ちょっとな」
『警部、嘘つく時に間を開けちゃう癖やめたようがいいですよ。信頼されてるからっていうの分かりますけどぉ』
うるせえな、ともう一度言って、ゴールドシップはキタニサツになんの用事かを問いかけた。
『ご友人に連絡されました?』
「してねえけど」
『もー、何のためのプライベート端末ですかっ!』
「あー……レースについては調べた。ウマ娘の戦績とか色々」
『確かにそれもいいですけどぉ……』
不満げな様子のキタニサツに苦笑する。
いつもは口うるさい部下だが、それも心配しているが故というのも、ゴールドシップは理解していた。
「気が向いたら、な」
『いつになりますかねえ』
「さあ」
『まあまだ時間はありますし! 何もできなかった10年分、ゆっくりしてくださいね』
「わかってる。サンキューな」
『やだっ! 警部がありがとうキタニ、なんて言うなんて……!』
「サンキューしか言ってねえんだけどなあ……」
やけに低い声で言われた言葉に、ゴールドシップは呆れたように笑う。
『じゃあ警部、そろそろ切りますね! またお電話します! あ、接触許可はちゃんと取ってくださいよお?』
「ああ、わかってる。お前もほどほどに頑張れよ」
通話が切れたことを確認し、ゴールドシップはカーテンを閉めた。
明日は午後からの勤務。ゴールドシップは少し伸びをして、汗を流そうとシャワールームへ向かった。