STARDUST∮FLAMEHAZE 【完全版】 作:沙波羅 或珂
【1】
部屋に、重い沈黙の
アラストールの言葉を通して語られた、
DIOの途轍もない存在に全員が感応し、
その場にいた全ての者が言葉を閉ざすこと以外を余儀なくされる。
その重苦しい沈黙の中、ようやくジョセフが口を開く。
「あの日……君がズタボロの姿で帰ってきた夜……
強敵だとは言っていたが、
その相手がまさかあの、『DIO』だったとは……」
動揺を隠せぬ表情で、脇にいるシャナを見るジョセフ。
「すまぬな、
隠すつもりはなかったのだが、
機が来るまで黙って置いた方が良いと我が言ったのだ。
もし真実を知れば、
お
彼の者に挑み掛かって行きかねんのでな」
「む、う……そ、それは」
違うと否定したかったが、
確かにアノ時「本当の事」を聞かされていたら
果たして自分を抑える事が出来たかどうかは正直自信がない。
何しろ『波紋使い』ではない普通の人間である妻のスージーですら、
惨たらしく傷ついたシャナの姿に動転し、
“次からは私も一緒に付いていくッ!”
と言って聞かなかったのだから。
「……」
承太郎は、鋭い眼光で
シャナの胸元のアラストールを見つめていた。
「なるほどな。
この空条 承太郎に喧嘩を吹っ掛けてくるだけあって、
なかなかヤりやがるみてーだな。
その、DIOのヤローはよ」
取りようによっては傲慢とも受け取れる承太郎の言葉に、
いつもならここでシャナのツッコミが入る所だが
今少女に彼の言葉は届いていなかった。
(逃げた……私は……
『屈辱』 が胸の内に甦り、全身が己に対する怒りで燃え上がる。
(アラストールの “フレイムヘイズ” で在るはずの……この私が……!)
肩を震わせるそのシャナの心情を敏感に察知したジョセフが、
小刻みに揺れるその小さな肩に、そっと自分の右手を乗せた。
「……ッ!」
いつもの凛々しさは影を潜め、
シャナは今にも泣き出しそうな瞳でジョセフを見る。
その視線を黙って受け止め、
ジョセフは静かに穏やかに、そして優しく言った。
「シャナ? 逃げた事を恥じる必要は、全くない」
顔に刻まれた、巨木の年輪を想わせる
深い皺の数に裏打ちされた、威厳のある声。
「ワシもかつて、若き頃。
『神』に匹敵する絶大な力を手に入れた
【究極生物】と戦わねばならなかった時、最初は逃げた。
相手の正体も解らない、能力も解らないでは勝機はゼロに等しいからな」
そう言うとジョセフは突然何かを思い出すように
顎髭に手を当て、そして少し俯いた。
そのまましばらくしてその顔を上げると、
「 “人間の偉大さは恐怖に耐える誇り高き姿にある” 」
と一息に言った。
「ッ!?」
言われたシャナはキョトンとなる。
「ギリシアの史家、プルタルコスの言葉だ。
古き 『戦友』 の受け売りだがな」
そう言うとジョセフは
少しだけ淋しそうな表情をその顔に浮かべ、
自嘲気味に笑う。
「その男」 は、もうこの世界にはいない。
今は、
“JOJOのヤロー、オレのセリフでカッコつけやがって”
とでも言っているのだろう。
「君は、 「恐怖」 を知った。
あとはそれを乗り越え、『成長』 に変えていけば良い。
それが
ワシも “アイツ” も、そうやって強くなっていった」
「アイツ?」
その質問に、ジョセフは穏やかな微笑だけで応じた。
その瞳には、微かに切なげな色があった。
もし “アイツ” が
果たして一体、何と言っただろうか?
“マンマミヤー! 可愛らしいお嬢さん!
御安心ください! この私が全力で貴女を
とでも、言ったのだろうか?
もっと共に生きていたかった。
喩え一分でも、 一秒でも。
同じ 『宿命』 を背負う者として共に切磋琢磨し、
辛い時も苦しい時も、互いの存在が自分を支えてくれた、
本当の “親友” だったから。
互いが互いの、『誇り』 そのものだったから。
自分の家族を、見せてやりたかった。
自分の孫を、逢わせてやりたかった。
そして。
最近出来た、紅い髪と瞳を持つ、
誇り高く心底負けず嫌いなもう一人の
そのもう一人に、ジョセフは優しい口調で言い聞かせるように告げる。
「大丈夫じゃ。君ならその 「経験」 を
今よりもっと強く『成長』 する事が出来る。
このワシが保証するよ」
目の前の少女、その小さな姿に何故か、
かつて偉大なる 『風の戦士』 に
若き日の自分が折り重なった。
(乗り、越える? 成、長?)
身体の 『生長』 が止まったフレイムヘイズで在る自分には、
いまいちピンとこない話だった。
だが、奇妙な説得力が実感としてあった。
その自分の心情を知ってか知らずかジョセフは、
春の陽光のような優しい微笑みを向けてくる。
「得体の知れぬ、それも “アノ男” を相手に、
よくたった一人で孤独に闘ったと思うよ。
その小さな躰でな。
シャナ。ワシは君を誇りに想う」
「……ッ!」
ジョセフのその穏やかな言葉に、
シャナは何故か目頭が熱くなった。
反射的に俯いて目蓋の裏に力を込める。
自分も含めて、今まで逃げた事を
褒めてくれる者など決して誰もいなかった。
そしてそれは、当たり前の事だと思っていた。
今でもそう思っている。
では、なんなのだろう?
いま心の中を流れる、この温かな気持ちは?
「ッ!」
不意に、頭の上に熱を感じた。
空条 承太郎が、自分の頭にポンッと手を置いていた。
そして。
「良かったじゃあねーか。死なずにすんでよ」
ぶっきらぼうな言い方だが、手の平から伝わる熱からは
本当に自分の身を労り、無事を喜んでくれているのが感じ取れた。
感情を無闇に表現しないという性格は、
同時に己の感情を偽らないという事にも繋がる。
苦しんできた者には、慈悲を。
傷ついてきた者には、慈愛を。
差し伸べずにはいられない。
例えそれが、終わりのない 『悲劇』 の始まりだったとしても。
何度も。何度でも――。
それが、ジョースターの血統の者。
それが、何百年にも渡り受け継がれてきた 『黄金の精神』
「ヤローの腕一本ブッた斬ったんだろ?
なかなか大したもんだぜ」
変わらぬ静かなトーンで再び承太郎は言った。
慰めなのか戯れなのか、
ともあれDIOにも勝る響きで耳に届く承太郎の言葉。
手から伝わる暖かな熱、
水晶のような静謐さと気高さを併せ持つ怜悧なる美貌、
陽光に煌めくライトグリーンの瞳と両耳のピアス、
仄かな麝香の匂い。
(……え!? う、うそ、やだ! ちょっと待って!?)
『星の白金』の真名に恥じないそれら全ての要素に、
浄化の炎を遙かに凌駕する温もりを感じ
シャナは神速で部屋を飛び出した。
顔を見合わせる承太郎とジョセフの耳元に
洗面所の方から勢いよく流れる水の音が聞こえてくる。
しばしの間。
「……」
アラストールに渇かしてもらったのか水滴一つ無い顔で、
檜の床を踏み鳴らしながらゆっくりと戻ってきたシャナは
承太郎をキッと睨み付けると件の如く
「うるさいうるさいうるさい!」
と遅いリアクションを返した。
灼眼でもないのに目が微妙に赤いのが気になったが、
ジョセフも承太郎も何も言わなかった。
「しかしまさに、九死に一生とはこの事だった」
何事もなかったかのようにアラストールが話を続ける。
「もしあのまま彼の者との戦いを続けていたら、
この子、シャナもまたこの小僧のように
“肉の芽” で下僕にされていただろう」
「そしてこの少年のように、数年で脳を喰い尽くされ死んでいただろうな。
イヤ、或いは――」
ジョセフは
そのジョセフの言葉に、承太郎の瞳が
「
承太郎の視線が祖父であるジョセフの両眼を真正面から鋭く射抜き、
それから脇にいるシャナを一瞥する。
「この花京院のヤローはまだ」
そう言葉を発する承太郎の背後から
スタンド、スタープラチナがその獅子の
長く雄々しい髪を揺らしながら勢いよく出現する。
「死んじゃあいねーぜッ! シャナ!」
「了解ッ!」
承太郎が片膝をつき両手で花京院の頭部を固定するのと同時に、
シャナの髪と瞳が、“炎髪灼眼” に変わる。
そして即座に華奢な躰をフレイムヘイズの黒衣が拡がって包み込んだ。
「オレのスタンドで! こいつの “肉の芽” を引っこ抜く!」
承太郎は簡潔に言うと、スタープラチナの手が
素早く精密な動作で花京院の額に埋め込まれた
“肉の芽” に伸びた。
「待て! 早まるな! 承太郎ッ!」
ジョセフは驚愕の表情で、承太郎に向かって叫ぶ。
「騒ぐんじゃあねーぜ! ジジイ! 気が散るから静かにしてろッ!
こいつの脳をキズつけずに、 “肉の芽” を
オレの 『スタンド』 の 「指先」 はッ!
目の前で発射された弾丸を掴み取るほど
「精密」 な動きが出来る!」
承太郎が集中力で研ぎ澄まされた
そのライトグリーンの瞳で“肉の芽”を見るとほぼ同時に、
彼と折り重なるように出現している
スタープラチナの指先が微塵の躊躇もなくソレを摘んだ。
「やめろッ! その“肉の芽”は
なぜ肉の芽の 「一部」 が額の外に出ているのかわからんのか!
優れた外科医にも摘出できないわけがそこにあるッ!」
外部からの刺激に反応した “肉の芽” が、
一度生々しく
露出した触手が毒蛇のように鎌首を
高速で頭部を固定する承太郎の生身の手へと襲いかかった。
「摘出しようとする者の 『脳』 にッ!
ソレは侵入しようとするんじゃああああああああああああ――――――――ッッ!!」
ジョセフの痛切の叫び。
そのドリルのような触手の先端が承太郎の手に突き刺さる瞬間、
ソレは突如音もなく真っ二つに両断された。
「何ッ!?」
ジョセフは、その両目を見開く。
しかし斬られた触手はすぐに、
その宿主譲りの驚異的な再生能力で瞬時に元へ戻り、
再び承太郎の手に潜り込もうとする。
が、それよりも速くその触手全体が
「!」
いつのまにか、承太郎のそのすぐ真横に
シャナが大刀を片手に構えて立っていた。
その手には、溶鉱炉の中で融解した鋼のような
刀身の周囲に揺らめく陽炎が舞い踊る、
ソレは。
DIOとの戦いによって己の未熟さを悔いたシャナの、
血の滲むような鍛錬の結晶の末に生み出された、
新たなる炎刃の
“火炎そのもの” ではなく、熱をより強力に円環状に集束させ、
加粒子に近い状態で刀身内部に宿らせる。
その為に持続力は低下し、存在の力も多く喰うが
威力は飛躍的に上昇した。
強靭無比。
『
本能的に危機を察知したのか“肉の芽” は、
花京院の額の皮膚と癒着していた触手を全て
本体を摘出しようとする承太郎へと一斉に襲い掛かった。
しかしそれら全部まとめて朱の軌跡を描いて空間を疾走する
紅蓮の劫刃に両断され、そして今度は再生前に全て蒸発する。
「UUUUUUUGYYYYYYYYYYYY―――――――――――!!!!!!」
スタープラチナの引き絞られた指先に掴まれている
“肉の芽” の本体は、奇声を上げて蠢き再び触手を量産し始めた。
ものの数秒で先刻の倍はある触手が再生を完了し、
死体に群がる禿鷲のように大挙して
承太郎の生身の手へと襲い掛かる。
「ッッシィィィ!!」
しかしそれすらも、キレのある喊声と共に
瞬時に空間を疾走する灼熱の斬撃によって
全てバラバラに斬り落とされた。
「その調子だ! “肉の芽” の触手を
一本たりともこっちによこすんじゃあねーぜ!」
「うるさいうるさいうるさい! 誰に向かって言ってるの!」
出逢って一日の二人が、
まるで十年来の
優れた連携を見せつける。
(いかせるわけ……ないでしょ……おまえの所になんか……絶対にッ!)
シャナはそう強く己の胸に誓い大刀を振り乱した。
「ッッ!!」
不意に、今まで頑なに閉じられていた
花京院の両眼が突如見開く。
清廉な琥珀色の双眸が、真正面から承太郎の姿を捉えた。
「…………空……条……? お……まえ……」
眼前の事態がとても信じられないのか、
花京院は驚愕の表情で承太郎を見る。
「ジッとしてな、花京院。
動けばテメーの脳は、永遠にお
承太郎は花京院が目覚めた事など意に返さずそれだけ告げると、
全身の神経が指先で一体化したような精密な動きで
微細な振動すら起こさず “肉の芽” の本体を抜いていった。
「む……ぅぅ……」
ジョセフは、今、自分の目の前で行われている
壮絶なる光景に想わず息を呑んだ。
(ワシの孫は、いや、孫
承太郎は熟練の外科医でも不可能な
“肉の芽” の摘出手術を行っているにも関わらず、
その
本体もスタンドも震え一つ起こさず
精密機械以上に、力強く正確に動いているッ!
対してシャナは、微塵の誤差もなく触手のみを切り裂き、
承太郎の身体数㎜の位置まで正確に探知している!
それなのに承太郎本人にはキズは
「…………………………………………」
「はあああああああぁぁぁぁッッ!!」
静と動。
二つの絶技が、半径3メートルにも満たない
空間の中で互いに折り重なって交錯する。
「ッッ!!」
シャナは。
胸が、奇妙な高揚に充たされているのに気がついた。
自分は今。
使命以外、“戦い以外の事で”
“戦う為にではなく” 誰かを護る為に、助ける為に。
今までの『使命』とは、全く違う剣の使い方。
しかし、悪くない。
悪くは、ない。
その可憐な口元へ、いつしか微笑が浮かんでいたのに
シャナは気づいていなかった。
(悪くない)
胸の奥、体の芯、足の底から、力が叫ぶように湧き上がってきた。
(悪く、ないッ!)
灼紅の大太刀に灼眼が映え、笑みが頬に強く刻まれる。
それと同時に、斬撃の廻転が加速度的に上昇した。
(
“肉の芽”の本体が花京院の額から半ば露出した所で、
承太郎はその下部から伸びている骨針が
脳の致命点を通り過ぎた事を確信する。
『ッッッッラァァァァ!!』
音速の手捌きで素早く
“肉の芽” の本体を花京院の額から摘出すると、
スタープラチナは即座に両手で、
周囲で蠢く触手の束を全部まとめて引っ掴み
その怪力でバラバラに引き千切った。
「コオオオオオオオオオォォォォォォ――――――――――――――!!!!!」
その背後で、ジョセフが既に“波紋の呼吸”を練り始めていた。
(驚いてばかりもいられんッ!
ワシとて歴戦の 『波紋使い』!
まだまだ若いモンにゃあ負けはせんッ!)
やがて。
その全身から迸る、煌めく山吹き色の生命光が右手に集束していく。
「50年振りに行くぞぉぉぉぉぉぉ―――――――――――!!
太陽の波紋ッッ!!
ジョセフの渾心の叫びと共に高速の掌打が
撃ち落とし気味に触手本体に叩き込まれ、
“肉の芽” は
音を立て、瞬時に跡形もなく蒸散した。
「な……?」
血が伝うこめかみを手で押さえながら、
花京院は呆然とした表情で承太郎を見る。
「……」
承太郎はまるで何事もなかったようにすっと立ち上がると、
そのまま花京院に背を向けて歩き出す。
その背に向けて、花京院は動揺と困惑を隠せない表情で訊いた。
「空条 承太郎。
何故君は……敵である筈のボクを、
自分の命の危険を冒してまで助けた?」
その花京院の問いに、承太郎は背を向けたままで答えた。
「さあな……そこンところが、オレにもよくわからん」
「空……条……」
感極まった表情で、 花京院は喉の奥に何かが詰まったように押し黙る。
「あと
後で礼いっときな」
承太郎はシャナの紅い頭をむんずと鷲掴みにすると、
そのまま部屋を出ていった。
「!」
瞬時に真っ赤となったシャナが黒衣を翻して後を追う。
「こら! 待ちなさい! おまえ!」
「褒めてやったんだがな」
「うるさいうるさいうるさい!
やり方が問題
徐々に遠くなっていく二つの声。
それを肩を震わせながら聞く花京院の瞳で、
微かに光るものがあった。
「……」
ジョセフはそれからそっと目を逸らすと、
静かにそこから立ち去った。
庭で、鹿威しの澄んだ音が静寂した空間に響き渡る。
その中心で、包容なる淑女が。
(お母さんは……ちゃんと解っているんですからネ♪)
見る者全てを安息に包み込むような温かな笑顔で、
純白のシーツを広げていた。
←To Be Continued……