STARDUST∮FLAMEHAZE 【完全版】   作:沙波羅 或珂

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『戦慄の暗殺者ⅩⅥ ~Final Prayer~ 』

 

 

 

 

【1】

 

 

 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……

 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……!!

 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……!!!!

 

 

 

『私の動きに幻惑されず……斬撃を受け止めた事は……誉めてあげるわ……

大した反射神経ね……でも……私が今(つく)りだした……

この “魔幻鏡(まげんきょう)” の(うち)では……返って逆効果よ……

幻光の斬撃を……防ぐ事が……出来たとしても……

反射して……無数に……弾き返る……光の飛沫(しぶき)からは……

決して……逃れられない……どんな……紅世の徒だろうと……

例え…… “王” であろうと……絶対にね……』

 

 ありとあらゆる角度から聴こえるエコーの残響に、

フリアグネは自分が発狂したのではないのかと当惑する。

 

『さあ……立ち上がるまで……待っててあげるわ……

ここからは……公平(フェア)に……いきましょう……

善悪(カタチ)は……どうあれ……

おまえの……その…… 『精神』 には……

「敬意」 を……表するわ……だから……尊敬の念を……込めて……

討滅……して……あげる……壮麗なる……紅世の王……

“狩人” ……フリアグネ……』

 

 自分の周囲円周上全てを、 煌めく紅蓮の燐光と共に疾走る紅い幻影が。

 ありとあらゆる方向から響き渡る、 神霊な少女の声が。

 静かに終末の訪れを告げる。

 撃つべき 「手」 は全て完全に封じられた。

 あまりにも(はや)過ぎて 『トリガーハッピー』 は命中しない。

 純白の長衣 “ホワイトブレス” も同じ事。

 残った宝具は、 燐子自爆能力を持つ背徳の魔鐘

『ダンスパーティー』

 しかしあの疾さでは。

 燐子を 「召喚」 した時点で全てバラバラに切り刻まれるだろう。

 否、 ソレ以前に召喚系自在法を執る際の無防備状態を狙われれば、

ソレだけで一瞬にして首筋をカッ斬られる。

 フリアグネは、 己の現状を呪った。 

 ()()()()()()()()――。

 フレイムヘイズ自身も、 己の動きについていくだけで精一杯の筈。

 つまり、 攻撃に特化しているが故に、

“防御にまでは対応出来ない”

 故に広範囲を一度に攻撃できる “爆破系自在法” なら、

どんな小さなモノでも発動させれば必ず命中(あ])たる。

 カウンター効果でその威力を数倍にも増大させて。 

 なんとか、 なんとか 「一体」 だけでも、

燐子(りんね)” を召喚出来れば、 閉塞状態に陥った現状を

打破出来る 「(くさび)」 を撃ち込む事が出来るのだが。

 

()……()……?)

 

 フリアグネは、 無意識に自分の胸の中の存在を見つめていた。

 そして、 永い経験で培われたその戦闘思考能力は、

本人の意志を無視して一番合理的な方法を紡ぎ出す。

 これもまた、 遠隔暗殺能力に特化した “狩人” の本能。

 しかし、 【その事】 を認識したフリアグネの全身を、

これまでにない戦慄が劈いた。

 

(私……は……私は……ッ!

一体いま……()()()()()……ッ!?)

 

 フリアグネは、 激しく己自身を呪った。

 全身を引き裂いて引き千切り、 灰燼(はい)も遺らない程に焼き尽くしてやりたいと

想うほどの憎しみを抱いた相手は、

皮肉にも己が 「宿敵」 である “フレイムヘイズ” ではなく

それと対峙する “自分自身” だった。

 

「……」

 

 蒼白の主の表情から意図を察したのか、

胸の中のマリアンヌが静かに問いかける。

 

「ご主人……様……?」

 

 その声は、 何よりも甘く、 何よりも優しく、

そして何よりも哀しくフリアグネの耳に届いた。

 

「ダメだッ! マリアンヌッ!」

 

 両腕で細身の躰を包み、 全身を駆け回る吐き気と怖気(おぞけ)を堪えながら

フリアグネは叫んだ。

 

「ご主人様……ッ!」

 

 まるで懇願するような、 悲哀と慈愛に充ちた最愛の者の声が

再び耳に届く。

 

「ダメだダメだダメだダメだダメだダメだダメだァァァァァァァァァッッッッ!!!!

()()()()()()()()!! マリアンヌッッ!!」

 

 まるで依るべき者を失った子供のように、 フリアグネはその表情を崩壊させた。

 

「ご主人様……ッ! でも……! でも……!」

このままじゃ貴方の御体が!」

 

 マリアンヌがそう叫ぶより前に、 フリアグネが彼女の声を断ち切った。

 

「私は君がいれば! 君さえいれば! 他に何もいらないんだ! ずっと一緒にいよう!

今までもこれからもいつまでも! ずっと! ずっと! ずっと!」

 

 今にも泣き出しそうな、 まるで幼子のような表情で

フリアグネは悲痛な声で懸命に叫ぶ。

 

「君が! 君が私に教えてくれたんじゃないか!

今まで! ずっと独りきりだった私に! ずっと 「孤独」 だった私にッ!

紅世の宝具をただ簒奪することのみに心血を注いでいた私にッ!

君が生まれて初めて! 存在の灯火を与えてくれたんじゃないか! 」

 

「ご主人……様……ッ!」

 

 感極まった涙ぐんだ声で応じるマリアンヌに、

フリアグネは尚も胸元の彼女に向かって叫ぶ。

 

「そうさッ! 君が! 君が私に教えてくれたんだ! 

温もりも優しさも愛しさも何もかも!

生きる事の喜びさえも!

『幸福』 を、 私に与えてくれたんじゃないか!

君が! ()()()()! 」

 

 

 

 

 そう。

 全ては、「彼女」 が始まり。

 彼女がいなければ、 途轍もない絶対的な存在に平伏し

忠誠を誓おう等とは想わなかっただろう。

 彼女がいなければ、 紅世の徒でもない 「人間」 という存在を、

己が友として受け入れようとは想わなかっただろう。

 何故なら、 それまでの自分の生涯など、

虚無に等しき日々だったのだから。

 何もかも、 “自分すらもどうでもいい” 時の流れの中、

ただただ 「紅世の宝具」 を奪う事で、

淋しさと虚しさを紛らわせていただけなのだから。 

 全ては、 「彼女」 がいたから。

 いて、 くれたから。

 自分という存在は初めてその殻を破り、 他の存在へと手を伸ばす事が出来た。

 出来る事なら、 今すぐ剣等を手離して彼女を包み込んであげたい。

 彼女を護る為なら、 自分の身等どうなろうとどうでも良かった。

 しかし、 無情にも――。

 マリアンヌは涙で歪んだフリアグネの視界、

その一瞬緩んだ僅かの(いとま)に最愛の主の胸元から意を決して抜け出す。

 その肌色フェルトの左手に、

“ホワイトブレス” の中に収蔵されていた破滅の魔鐘

『ダンスパーティー』 を携えて。

 

「お赦しくださいッ! ご主人様! 」

 

「マリアンヌ!?」

 

 マリアンヌは、 生まれて初めて、 最愛の主の命令に背いた。

 最愛なる存在(もの)を護る為に。

 その燐子が行き着く先。

 眼前に拡がる、 悪夢と破壊の滅砕陣。

 紅蓮の光塵結界、 フレイムヘイズ “炎髪灼眼” の生み出す 『魔幻鏡』

 

「――――ッ!」

 

 フリアグネは、 咄嗟に 「彼女」 に向けて、 もう届かない手を伸ばす。

 他の事は、 自分の身体の傷は無論、

今一番意識を向けるべきフレイムヘイズの事すらも意識からは消え去り、

ただただマリアンヌの存在だけがその心中を支配する。

 しかし、 時の流れは余りにももどかしく、

まるで停止した時間の中にでもいるようだった。

 その彼の手に、 マリアンヌの背から靡いた白の燐光が、 微かに触れる。

 そんな極度に減速して引き延ばされた時間の中で。

「世界」 の中で。

 フリアグネの、 真実の想いだけが、 空間を駆け巡る。

 

(私は……君がいれば……君さえいれば……それで……それで幸せなんだ……

宝具なんていらない……アノ御方に見捨てられたとしても構わない……

君とずっと一緒にいられれば……他にはもう何にもいらないから……!)

 

 

 

 

 そして、 時は、 動き出す。

 

 

 

 

(だから! だからッ! マリアンヌッッ!!)

 

 周囲の時の流れが通常に戻ると同時に、

フリアグネの絶叫が屋上全域に響き渡った。

 

「“そこに” 行ってはダメなんだァァァァァァァァァァァァッッッッ!!!!」

 

 そこで。

 初めてマリアンヌは、 フリアグネに向かって振り返った。

 そして、 その心の裡で、 何よりも優しい声で語りかける。

 聖女のように。

 天使のように。

 

(大丈夫……ご主人様……貴方の御力なら……私を……いいえ……

“マリアンヌ” を……一から 「修復」 する事も可能でしょう……

大丈夫……大丈夫だから……だから……泣かないで……) 

 

「―――――――――――――ッッッッ!!!!」 

 

 そのマリアンヌの、 『覚悟』 の意志を感じ取ったフリアグネは

声にならない声で叫ぶ。

 でも、 彼女の傍に駆け寄ることは出来なかった。

 全身を切り刻まれた先刻のダメージ。

 意志に叛して身体は動かない。 

 加えて今、 彼女の傍にいけば、

自分も 『ダンスパーティー』 の誘爆に巻き込まれる。

 マリアンヌの一番哀しむ事を、 自分が行う事になる。

 最愛の者の “死” を目の前に、 何もせずにただ 「傍観」 するだけという、

最も卑劣で残酷な 「選択」 をフリアグネは取った。

 ()()()()()()()()()()

 彼女の為に。

 マリアンヌの為に。

 

 

 

 

 

 

 

人の世の 『運命』 には、 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

『ぬきさしならない状況』 というモノも存在する。

 

 

 

 

 

 

 無情なる、 因果の交叉路の只中にて。

 交錯する、 二人の言葉。

 最後の、 邂逅。

 

「必ずッ!  必ず君を甦らせてみせる!! マリアンヌ!!

君の存在の原核(コア)はッ! まだこの長 衣(ホワイトブレス)の中にッッ!! 」

 

(ハイ……ハイ……! 必ず……必ず……復活させてくださいませ……ッ!

ご主人様……ッ! 「約束」ですよ……貴方はいつでも……()()()()()……)

 

 その、 紅世の少女の願い。

 ソレは、 ()()()()()()()()()()()()

 何故なら、 生みの親であるフリアグネ自身すらも

気がついていない 『真実』 に、

彼女は、 マリアンヌは、 もう遠い昔に気がついてしまっていたから。

 創成の自在法により、 無数に生まれいずる “燐子” だからこそ気がついた、

一つの、『真実』

 それは、 緩やかに降る雨露よりも、 もっと淋しい存在の(つぶ)

 それ故に、 滔々と沁み出ずる、 少女の想い。

 何の偽りもない、『真実』 の追送(ことば)

 

(ご主人……様……? お心遣い……感謝致します……でも……)

 

 そう心の中で呟いて、 そこでマリアンヌは、

少しだけ哀しそうに微笑った。

 

(でも……それは……きっと……)

 

 封絶の放つ気流が、 毛糸の髪を静かに揺らす。

 

 

 

 

“今の私じゃないと想います”

 

 

 

 

 湧き上がる、 万感の想い。

 紅世の少女の、 切なる声。

 

 

(この……“貴方にさよならを告げるマリアンヌ” では……きっと……)

 

 

 

 

 

そう。

 

例え、 何から生み出されたものであろうとも。

 

例え、 無から生まれた存在であろうとも。

 

どんなものにでも 「生命(いのち)」 は一つ。

 

どんなものにでも 「精神(こころ)」 は一つ。

 

そして、 魂は、 たったの一つ。

 

それは、 とても淋しくて、 哀しいことなのかもしれないけれど。

 

()()()()()()()

 

他の何よりもかけがえが無く、 存在の輝きを放つもの。

 

 

 

 

 その事に、 マリアンヌは気がついていた。

 最愛の主が、 教えてくれた。

 

(でも……いいんです……マリアンヌは……

ご主人様が、 笑っていてくださるだけで……

ただ……それだけで……全てに……充たされます……

それだけで……

全てに……満足……致します……!)

 

 本当は、 そうじゃない。

 本当は、 もっとずっと一緒にいたい。

 時が赦してくれるのなら。

 いつまでも。 いつまでも。

 共に、 傍らに。

 永遠、 に。

 でも。

 後悔等、 ない!

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()、 気がついたから。

 いま、 ようやく、 ソレが解ったから。

 穏やかな気持ちのまま、 終わっていける。

 

(ありがとう……ご主人様……貴方の存在が……貴方と今日まで過ごした

たくさんの 『想い出』 が……私の精神(こころ)を……

ここまで…… 『成長』 させてくれたんです……導いてくれたんです……

モノ言わぬ操り人形…… “燐子” である……この私を……)

 

 そのマリアンヌの脳裡に、 まるで水晶で出来た万華鏡のように甦る、

最愛なる主との、 光輝くような幾千の日々。

 柔らかな雨の降る深い森の中、 自在法の加護を借り

二人共に清浄な空気の許を歩いた事。

 寒い冬の最中、 二人で暖炉を囲みたくさんの 「宝具」 に囲まれながら

他愛のない事で笑い合った事。

 時に些細なことやつまらないことで、 ケンカをした事。

 シルクのベッドの上で愛する主の手に抱かれ、

その胸の上でお互い無防備な表情のまま、 一緒に眠った事。

 どれも、 みんな、 大切な想い出。 

 他にはもう、 何もいらないくらい。

 その全てに、 感謝したかった。

 最愛の主が、 自分を誕生させてくれなければ、

そんな大切な 『想い出』 が、 生まれる事もなかったのだから。

 生きているという事の素晴らしさに、 気がつくこともなかったのだから。 

 だから、 逃れようのない絶対の破滅を目の前にしても、

マリアンヌの心はこの世の何よりも澄み切っていた。

 恐怖は、 なかった。

 絶望も、 感じなかった。

 不安な事は全て消え去り、 ただただ静かな気持ちでいられた。

 在るのは、 最愛の主との、 輝くような 『想い出』 だけ。

 そして、 その主が与え育ててくれた、 何よりも暖かな心だけ。

 

(新しいマリアンヌと……どうか……どうか……

いつまでもいつまでもお幸せに……)

 

 遠い追憶の中、 そして、 遙かな未来の中。

 最愛の人は、 いつでも笑っている。

 例え自分が誰よりも遠い場所に行って、

その姿を感じる事は出来ないとしても。

 いつでも。

 いつまでも。

 ソレが、 幸せ。

 きっと、 幸せ。

 誰よりも、 何よりも。

 この 「世界」 で、 一番大切な事。

 意志を持つ燐子の脳裏に、 最後に映る存在。

 それは、 彼女最愛の主の、 汚れのない笑顔。

 涙は流さなかったが、 きっと、

マリアンヌは泣いていたのだろう。

 そして、 静かに奏でられる、 終末の鐘の音。

 

(さようなら……大好きな……大好きな……)

 

 

 

 

 

 

“私のご主人様”

 

 

 

 

 

 

 

 白く染まる、 視界。

 その中でマリアンヌは、

脳裏で微笑むフリアグネに笑みを返した。

 自分が出来うる、 精一杯の笑顔で。

 最愛の主は満面の笑顔と共に、

優しい声で自分の名前を呼んでくれた。

 そう。

 淋しくはない。

 誰も、 淋しくはないのだ。

 この 「世界」 に生きている者は。

 一人残らず、 誰も――。 

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

 

 

 ヴァァァァッッッッグオオオオオオオオオオオォォォ

ォォォォォ―――――――ッッッッッッッ!!!!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 白い、 閃光。

 彼女は、“燐子” マリアンヌは、 『消滅』 した。

 己の生命の全てを。

 己の存在の全てを。

 白炎の大爆裂に換えて。

 死して尚、 己の想いを貫いた。

 

「あ、ぐぅぅぅぅぅぅぅぅぅ――――――――――――――ッッッッ!!!!」

 

 空間を覆う白い爆炎の中から飛び出した、

人型の炎の塊が崩落した瓦礫の上に勢いよく叩きつけられる。

 同時に、 屋上中域を覆っていた紅蓮の光塵結界も掻き消える。

 爆炎でズタボロになったセーラー服。

 焼け焦げた胸元のリボン。

 そして華奢な躰から、 長い炎髪から、

多量の水滴が蒸発するような音と共に白煙が幾筋も空間に舞い上がった。

 

「…………………」

 

 剥き出しの、 生身に近い状態で死の白炎を至近距離で

直撃されたフレイムヘイズの少女。

 瓦礫の海に仰向けの状態で、

瞳孔が裏返り白一色の双眸で完全に失神していた。

 その傍らには、 先刻まで刀身全体を覆っていた炎が掻き消えた

贄殿遮那が無造作に転がっていた。

 その意識を断たれたフレイムヘイズの、

先に立つ者は――。

 今や、 無限の精神の暗黒に支配された、 哀れなる紅世の王。

 

「…………………」 

 

 前髪でその表情が伺えないまま、

まるで幽鬼のように虚ろな足取りで、

糸の切れたマリオネットのような狂った歩調で、

気絶しているシャナの脇を通り過ぎ

「彼女」 の許へと歩み寄る。

 瓦礫の海でただ一人、 笑みの口元のままで浮かんでいる、

肌色フェルトの人形の元へ。

 最愛の、 マリアンヌの元へ。

 

「誰が……そんな勝手な真似をしろと……言ったんだ……?」

 

 右腕が焼け落ち、 左足が(こぼ)れ落ち、 特製に設えた清楚な服も

今や爆炎でボロボロとなり、 そして、 全身無惨に焼け焦げたマリアンヌの亡骸を、

フリアグネは優しくそっと(すく)い上げた。

 

「どうした……? 返事をしろ……? マリアンヌ……」

 

 そう言って静かに、 灼けたその身体を微かに揺すり、

口調が一度も彼女に使った事のない命令調になる。

 でも、 もう、 優しい言葉では足りなかった。

 乱暴でもなんでも良い、 ただ彼女に傍にいて欲しかった!

 

「何か……言え……よ…………ッ!」

 

 しかし、 言葉は虚空に消え去るのみ。

 フリアグネにしか見えない、 彼女の幻影がたゆたうのみ。

 

「笑えよッ! マリアンヌッッ!!」

 

 透明な温かい雫が、 手のひらの中で静かに眠る

マリアンヌの亡骸に何度もかかる。

 何度も。 何度も。 

 ズン、 とフリアグネの両膝が重く瓦礫の上に堕ちた。

 そし、 て。

 

「ア……アァァ……ア……ッ!」

 

 震える全身から、 その口唇から、

悲哀と絶望に充ち充ちた魂の慟哭が

白い封絶に覆われた屋上全域に鳴り響く。

 

 

 

 

 

「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ァァァァァァァァ

ァァァァァ―――――――――ッッッッッッッ!!!!!!!」

 

 

 

 

 

 紅世の “狩人” の、咆吼。

 最愛の存在を永遠に喪失った、 絶望の嘆き。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「ッッ!!」

 

 その絶叫でシャナは目を覚ました。

 その瞳は意識を失って精神の持続力が途切れた影響か、

元の灼眼に戻っている。

 

「マリアンヌ…… マリアンヌ……ッ! マリアンヌ……ッッ!!

私の…… 私の…… ! マリ……アンヌ……ッ!」

 

 その美貌を涙で全面濡らしながら、

フリアグネは物言わぬマリアンヌを全身で掻き抱いた。

 もうどこにもいかないように。

 もう勝手にいなくならないように。

 自分の、 一番傍に置いておく。

 いつまでも。

 いつまでも。

 

「大丈……夫……何も……心配は……いらない……この私が必ず……!

君を……『復活』……! させて……みせる……ッ!

万が一自在法が無理でも……! アノ方の……死者をも……甦らせるという……ッ!

『幽血』 の……御力を……お借りすれば……!

だから……だから……! 何も……何も……心配しなくていい……ッ!

何も……心配する事は……ないんだよ……私の……私の……!

マリ……アンヌ……ッ!」

 

 涙で濡れた掠れる声で、 フリアグネはマリアンヌを純白のスーツの内側に

そっとしまい込む。

 そし、 て。

 一瞬の、 沈黙の後。

 

「―――――――――――――――ッッッッ!!!!」

 

 憎悪で剥き出しにしたその口元をきつく食いしばり、

コレ以上ないと言う位のドス黒い暗黒の光で充たされた

パールグレーの双眸でシャナを睨む。

 その眼光だけで、 少女を()り殺そうとでもするかのように。

 そして、 ゆらりと立ち上がると、

その身に纏った宝具 “ホワイトブレス” の中から

クラシックなデザインのリヴォルバーを取り出し、

慣れた手つきでシリンダー部を開錠、 鋭く回転させて銃身に戻す。

 そしてコツコツと瓦礫を踏みならしながら、

狂暴な存在のプレッシャーを全身から放ちながら、

シャナの方へと歩み寄る。

 

「私には……この世に……生まれ落ちた時の 「記憶」 がない……ッ!」

 

 流れ落ちる幾筋もの透明な雫で、

その磨き込まれた水晶のような肌を全面濡らしながら

憎しみで彩られたこの世の何よりも禍々しいパールグレーの瞳で

フリアグネは拳銃を右手に携え、 黒い放電を撒き散らしながらシャナへと近づいていく。

 

「気がついたら紅世の存在の坩堝(るつぼ)の中に在りッ!

そしてその無限の存在の坩堝の中を彷徨(さまよ)っていた!!」

 

 そう叫んでシャナの目の前で立ち止まり、

震える憎悪と哀切の輪郭で少女を見下ろす。

 

「その……無限の存在の虚無の中を……幾星霜も彷徨ってきた私の……!

たったひとつの拠り所が……ッ! 私の生きた 『証』 こそが……!!

“私のマリアンヌ” だったのだからッッ!!」

 

【挿絵表示】

 

 

 そして言葉の終わりと同時にその銃口を至近距離、

シャナの眉間の延長線上に突きつける。

 

「殺す……ッ! フレイム……ヘイズ……炎髪……灼眼……!!」

 

 この世の何よりも(くら)き声で、 瀕死の少女に宣告するフリアグネ。

 

「イヤ違うッ! 貴様には 「死」 すらも生温い! 

その身を八つ裂きにしてッ! 紅世の暗黒空間にその肉片をバラ撒いてやる!!

我が自在法により永遠に苦痛が続くようにしてなッッ!!」

 

「……ッッ!!」

 

 シャナは何とか立ち上がろうとした。

 が、 ズタズタの黒いニーソックスで覆われたその足は、

もうただ痙攣(けいれん)するだけでそれ以上は決して動こうとしない。

 体力が限界を超えた所為(せい)なのかもしれないし、

または先刻の爆裂で完全に折れたのかもしれない。 

 しかし、 どっちにしろ状況は同じ事。

 突き立てた大刀の柄を支えに、 しゃがみ込んだ今の体勢を維持するのが

やっとという状態。

 そんなシャナの様子を、 最後の悪足掻きと受け取ったのかフリアグネは

余計にその憎悪を募らせる。

 トリガーへかかる指に、 力が籠もる。 

 

「さて……()()()()()まず……邪魔なモノを排除しなくてはな……

君にはそろそろ御退場願おうか……? アラストール……」

 

 冷酷な声でそう宣告し、 手にしたフレイムヘイズ殲滅の魔銃

『トリガーハッピー』 の照準を眉間の中心に合わせる。

 そんな絶対絶命の状況下の中、シャナは、

“それとは別の事” を考えていた。

 昔、 今はもう無き 『天道宮(てんどうきゅう)』 の書庫で読んだ、

一冊の 「書物」 の事を。

 

(二……人の……囚……人が……鉄……格子の……窓……から……外を……

眺めて……いた……一……人は……「泥」を……見て……いた……

もう……一……人は……「星」を……見て……いた……

私は……一体……どっち……?)

 

 考える間もなく、 もうとっくに答えは出ている。

 多分、 最初に逢った時から、 きっと。

 

(もちろん私は…… 『星』 を見るわ……!

アイツに逢うまで…… 『星』 の光を見ていたい……ッ!)

 

 その暗黒のフリアグネの視線に、

シャナは一歩もたじろかず逆に自ら照準へ歯向かうように顔を向け

凛々しい視線を返した。

 

「キ、 サ、 マッッ!!」

 

 この期に及んでも絶望の表情をあげない。

 あげさせなければ気が済まないフリアグネは、

歯を軋らせて険難にシャナを見下ろす。

 

(そう。 アイツがいるから。 いて、 くれるから。 だからッ!)

 

 湧き上がる、 決意の炎。

 そう。

 いつだって。

 どんな時だって!

 

「 『希望』 は在るのよッッ!! 【闇】 じゃないッッ!!」

 

 その眉間に銃口を突きつけられながらも、

シャナは微塵もたじろかず震える指先で構えた逆水平の指先を

フリアグネへと突きつけた。

 

←To Be Continued……

 

 

 




あぁ~、やっぱあきませんね「この回」は。
(久しぶりにティッシュ箱「空」になったわ……('A`))
もう『この二人』が可哀想で可哀想でね( ノД`)
でもまぁ、【敵でも死んだら悲しい】という
『ジョジョのテイスト』は受け継げたと想います。
(チト「やり過ぎ」な感もありますが)

『挿絵』はちょっと迷ったんですが、
この回『人型のマリアンヌ』は載せない事にしました。
フリアグネは彼女の「姿」が好きなのではなく
()()()()()()好きなので、「人形」じゃないと
その焦点がブレてしまうのですね。
所謂『本当に肉体を介在させない、究極の純愛』というヤツです。
(“スティール氏とルーシー” とか、
作品違いますが“メルエムとコムギ”とか)


しかしまぁ、やはり【第一部のヒロイン】は“彼女”だった。
それだけは揺るぎない『真実』だったと想います。
願わくば、彼女の存在を覚えて於いてあげてください――。

【挿絵表示】
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