STARDUST∮FLAMEHAZE 【完全版】 作:沙波羅 或珂
【1】
精巧な
その中に注がれていた真紅の液体は
いつの間にか無くなっていた。
「……」
男はグラスの表面に映った自分の姿を黙って見つめる。
その脇に佇んでいた白い大きな外套と帽子、
そして零下に磨かれた氷像を想わせる
繊細な容貌の少女が音も無く男に歩み寄る。
そして手にしたクリスタル製の水差しから
たった今湧きだした鮮血のように紅い、
空気に触れてその蠱惑的な芳香を最後まで引き出された
液体を完璧な作法でグラスに注ぎ、 中程までに充たす。
「……」
そのグラスを手にした者。
その真名 “邪悪の化身”
叉の名を 『幽血の統世王』
DIO。
その絶大なる
クリスタルの水差しを手にした少女に向けて
堕天した
「……ッ!」
少女は、 その絶対零度の容貌を仄かに朱に染め、
クリスタルの水差しを両手に持ったまま少し俯いた。
DIOはその様子を悦しそうに一瞥すると、
真紅の液体で満たされたグラスを傾けた。
「……ッッ!!」
そのDIOと少女の背後で、
イタリアギャングの 「幹部」 が着るようなダークスーツに、
プラチナブロンドの髪をオールバックにしたサングラスの男が
口元をギリッと軋ませ震える右手で拳を握った。
「……」
またその一方で、 ダークスーツの男の様相を敏感に察知する
アッシュ・グレイの髪を背に携えた長身の男。
象牙のように滑らかな質感の白い肌、
両腕両脚部を剥き出しにしたラヴァー製のコスチューム、
細身だが戦闘用に極限まで鍛え抜かれた
美しさと獰猛さを併せ持つ肉体。
ソレに相剋する強靱な精神力、
統世王配下最強の
『亜空の瘴気』 ヴァニラ・アイス。
その途轍もなき遣い手が静かな、
しかしこの世の何よりも暗い眼差しでダークスーツの男を見据える。
「ッッ!!」
男の方もすぐに、 そのドス黒い険難な視線に気づく。
ヴァニラ・アイスは言葉には出さず、
しかし瞳孔に宿った漆黒の意志のみでダークスーツの男に呼びかける。
(ッッ!!?)
ダークスーツの男を、 突如全身バラバラにされるような凄まじい戦慄が劈く。
紹介が遅れたが、 実はこの男、
この世に渡り来た “紅世の徒” が作った組織の中では最大の規模を誇る組織、
【
その主柱的存在 『三柱臣』 の一角足る強大なる“紅世の王”
その真名 “
付け加えるならば先刻DIOのグラスに真紅の液体を注いでいた
零下の美少女も同じく “紅世の王”
『三柱臣』 では 『
冠するその真名を 『
当然の事ながら、 この両者は他の “徒” など足下にも及ばない程の
強大な力を携えた恐るべき存在である。
自分の僅か数メートルの距離に位置する
たった一人の 「人間」 に戦慄している。
そう、 決してシュドナイ自身が弱いわけではない。
だが、 彼の視線の先にいる白い肌の男、
『亜空の瘴気』 だけは、 話が別次元の 「領域」 だったというだけだ。
仮に、 シュドナイがその “千変” たる力を如何に駆使しようとも、
この男、 ヴァニラ・アイスの
そのスベテが文字通り跡形もなく “無” に
「……ッッ!!」
シュドナイの脳裡に甦る、 己の存在に深く刻まれた 『屈辱』
そして、 その更に深奥に抉り込まれた未だ嘗てない 【恐怖】
ソレは、 ほんの数ヶ月前――。
永い時の中で苦楽を共にした同胞の協力により、
「探訪」 の自在法に拠ってようやくその居場所を探り当てた
『幽血の統世王』 その最初の邂逅時。
まるで異次元空間のような深く永い回廊を抜け、
数多の幻影に惑わされながらようやく辿り着いた統世王の寝所にて。
天蓋付きの豪奢なスーパーキングサイズのベッドの上、
半裸の姿のまま片膝を抱え込み、
妖艶な視線で既にこちらの来訪を予見していた存在に対し、
シュドナイが口走った言葉。
“アンタが 『DIO』 か?”
その、 たったの一言。
いつものように挑発的な薄ら笑いを口元に浮かべ、
ベッドの上で佇む統世王にシュドナイがそう言い放った刹那。
そのすぐ傍に控えていたこの男は、
自分が連れてきた配下の “徒” 数十名と 「己の半身」 を
音もなく一瞬で跡形もなく削り飛ばした。
(―――――――――――――――ッッッッッ!!!!!?????)
当然 “なにをされたか” は微塵も解らなかった。
男が、 ヴァニラ・アイスが執った行為は、
ただ目の前で構えた二本の指で鋭く空間を薙ぐ
という、 たったソレだけの行為。
だが、 たったのソレだけで、
屈強なる自分の配下の徒が(中には “王” もいた)
己が死んだコトすらも解らずに上半身を
遺った胴体からそれぞれ色彩の異なる炎を間歇泉のように噴き上げながら
存在の忘却の彼方へと消え去った。
宛ら、 今まで自分達がその存在を喰らってきた人間の成れの果て、
『トーチ』 で在るかのように。
咄嗟に己を 「変貌」 させていなければ。
そして、 眼前の惨状に眉一つ動かさず穏やかな口調でかけられた
まぁ待て、 というDIOの言葉がなければ。
濁った紫色の火花をコルク栓を抜き取ったかのような切断面から
鮮血のように吐き出し続け、 首と僅かな上半身を残して
柔らかなペルシャキリムの絨毯に転がっていた自分は、
間違いなく己が 「全身」 を消し飛ばされていただろう。
何故なら、 そのとき既にこの男は、
先刻と同じように構えた二本の指を
狂気の光で充たされたアッシュグレイの眼前に構え、
ソレを
それが、『亜空の瘴気』 ヴァニラ・アイス。
統世王に絶対の忠信とそれに見合う極大なる
途轍もない存在。
「……ッ!」
シュドナイの強張る視線の先に位置したその男は、
充分に過去の 「背景」 を見据えた上でダークスーツの男を、
強大なる紅世の王である筈の“千変”を、
まるで虫ケラでも見るかのような表情で見据え
狂気の視線を通じて宣告した。
(つくづく学ばないヤツだ……貴様如き異界の虫ケラが……
DIO様に “そのような感情” を向けることなど赦されない……)
「ッッ!!」
突如見開かれたアッシュ・グレイの双眸が、
一際兇悪な光を放つ闇黒の視線が、
シュドナイを真正面から挿し貫く。
その心の裡で噴出する、 ドス黒い精神の叫号。
“ブチ殺すぞッッ!! このド畜生がッッ!!”
そこでヴァニラ・アイスの、
ギリシア彫刻の如き犀利な美貌が何よりも残虐に歪んだ。
秀麗な芸術作品が、 一瞬で狂った邪教徒の創造した
悍ましき
正に凄惨なまでの変貌振りだった。
(クゥッ!? や、 殺る、 気か……ッッ!!)
絶対の 「殺意」 を向けられた “千変” シュドナイは、
頬に冷たい雫が伝うの感じながらも平静を装い
ヴァニラ・アイスに向かって一歩歩み寄る。
幾ら途轍もない 『能力』 を携える最強戦士だとはいえ、
自分もれっきとした紅世の“王”
その誇りも
それを開戦の合図だと解釈したヴァニラ・アイスは、
(ほう……下賤な貴様にしては良い 「覚悟」 だ……
ソレに免じ、 一瞬で 『消し飛ばして』 やろう……)
即刻その男の断裁処刑を決意し、 自分もシュドナイの方へとゆっくり歩み寄る。
最愛の主に、 ほんの僅かでも薄汚い感情を向ける者は決して赦さない。
その 「矜恃」 の為になら 「死」 すらも覚悟しての行動だった。
そこへ、 静謐に到来する
「……止さぬか……貴様等……此処を一体何処だと心得ておる……?」
殺気だった 『スタンド使い』 と “紅世の王”
その両者の間に殆ど水着のような、
半裸に等しき洋装を纏った絶世の麗女が割って入った。
背にかかる漆黒の髪。
褐色の艶めかしい、 流線型の躰のライン。
蒼黒の翡翠のような、 神秘なる双眸。
極薄に織られ黒く染め上げられたパシュミナのショールで妖艶な素肌を覆い、
頭部にソレと同色の、 黄道の象徴を彫金した銀鎖の装飾で彩られたヴェールを被っている。
その神麗なる姿。
まるで
霊妙かつ
しかしその美しい外見とは裏腹に、
紡ぐ言葉はまるで百年以上生きた賢者のように凛然としている。
「血気の抑まりが付かぬというのなら……
この
貴様等若僧
『
いなくなって久しい故な……」
森厳なるその声で、 スタンド使い、 紅世の徒両名に問いかける
統世王DIO配下の組織、
【
『最大』 のスタンド能力を携えた妖麗なる占星師。
その名は “エンヤ”
「……」
「……」
片方はその相手に対する敬意から、 もう片方は自分に対する保身から、
不承不承振り上げかけた拳を降ろす。
(貴女とコトを構える気は毛頭ありませんよ……
失礼の段、 お詫びいたします)
(チッ……この女の 『能力』 もまた未知数……!
今ヤり合うのは得策じゃない……
ここは引いといてやるぜ、 妖怪ババア……ッ!)
そう対照的に心の裡を呟いた両者は、
互いに背を向けて元の位置に戻る。
その酷烈なる精神のブツかり合いの波濤が
一人の麗女の存在に拠って引いた瞬間、
空間に鳴り響く、 讃美の音が在った。
「見事だ。 “狩人” フリアグネ」
黒い本革のソファーの上にその長い脚を組んで座っていたDIOが、
眼前に拡がる 『光景』 に向けて拍手を送っていた。
「敗れこそしたが、 お前はこのDIOの心を震わせた。
その真名に恥じない、 見事な戦い振りだったぞ」
その眼前の 『光景』 に向けて讃辞を贈り続けるDIOの、
細く艶めかしい指先から延びたモノ。
無数に煌めく、 透明な
その透き抜けるウォーターブルーの蔦全体から
まるで放電現象を引き起こしているかのように遍く光が迸り、
そして光源を 「台座」 にして 『この空間ではない映像』 が
スーパーハイテクノロジー機器の
ように浮かび上がっていた。
その 「映像」 の中に在る、 三つの人影。
裾の長いマキシコートのような学生服に身を包んだ、
ライトグリーンの瞳を携える美貌の青年。
ズタボロに灼け焦げたセーラー服を纏い、
所々その白い素肌が露出した紅い髪と瞳の美少女。
前述の青年と同じく裾の長い、
バレルコートのような学生服を着た中性的な美男子。
そして、 たった今、 その葛の映し出す 「映像」 の中で
バレルコートの美男子の腕の中、
『鳥』 の形を成して消え去った存在。
その最後の最後の刻まで己が最愛の存在の為に戦い抜き、
そして悠麗に散って果てた同胞その真名が、
清冽な水色の髪と瞳を携えた美少女の口から語られる。
「
その従者…… “燐子” マリアンヌ……」
その美少女、 ヘカテーは宝石のようにエメラルドがかった双眸を閉じ、
可憐な指先を組んでたった今天へと昇った
二つの存在に静謐な祈りを捧げた。
眼前に拡がる、“此処ではない何処か” に向けて――。
その、 此処より遙か遠方の彼方を映し出す、
DIOの左手から延びた 『スタンド能力』
冠するその名は、
『
本来、 今や一心同体となったDIOの 「肉体」 嘗ての保持者、
“ジョナサン・ジョースター” の 「
潜在の中で眠っていた 「能力」
だが、 今、ソ レを操るのは、
その彼の肉体と完全に融合したDIO本人。
男は、 較ぶ者なき絶対者は、
ジョナサン・ジョースターの肉体のみではなくその精神の力、
『スタンド』 すらも己のモノとしていた。
DIOはそのスタンド 『
己が忠実な配下であったフリアグネの
「しばらくは冥府で安らうが良い。
何れ 『
其処から 『復活』 させてやろう。
お前の愛する従者共々な。
ソレが、 最後までこのDIOの為に戦い抜いた
お前の 「忠心」 に対する褒賞だ」
呟くようにそう言ったDIOが、 葛型のスタンドが絡みついた左手を軽く振る。
その動作とほぼ同時に、 DIOの左腕に絡みついていた水晶の葛は
余韻すらも残さずアッサリと立ち消え、 眼前の 「映像」 もまた全て掻き消える。
スタンド能力を解除したDIOが再びグラスを口元に運んだ刹那、
一つの小さな影が、 いつの間にか視界に飛び込んで来ていた。
「……」
DIOは別段ソレを気に止めた様子もなく、
かといってその存在を見落としたわけではなく、
真紅の液体で白い喉を潤す。
組まれた脚の上に、 軽い衝撃。
同時に湧き上がる、 無邪気で明るい少年の声。
「DIOサマァァァァァ――――――――――――ッッッッ!!!!」
脚の上に、 上品な臙脂色のスーツを着た
波打つ金色の髪を携える十代半ば少年が
黄金の双眸を嬉々とした表情で覗き込んでいた。
「こ、小僧ッ!? 貴様ッ!?
「……」
その背後で怒髪天を衝くヴァニラ・アイスの凄まじい気配を察したのか、
DIOは背を向けたまま軽く片手を挙げ制する。
「!」
ヴァニラは、 ただそれだけの所作で歩みを止め、
一度剣呑な表情のエンヤに振り向くと、
主の意図を感じ取り不承不承押し黙る。
傍らでは氷像のような美少女が珍しく、
不快感を露わにした伏し目でDIOに抱きつく
少年を見据えていた。
「……あ……あ……あ……あ……の……? あの……?
お……お……お……お兄……様……?」
唐突に挙がった、 静かに空間を流れる少女の声。
いまDIOに抱きついている少年と全く同色の、
豪奢な金髪の先端が大人びた螺旋状にくるまった美少女が、
大量の冷や汗を空間に飛ばしながら焦燥していた。
無数のリボンをあしらった淡い
ソレと同色の鍔広帽子で美しい金色の髪が飾られた
まるでフランス人形のように可憐さ極まるその美少女が、
直ぐにドレスの裾を摘んで瀟洒にDIOの元へ駆け寄り
頭に被った大きな帽子を両手に取って深々と頭を下げた。
「統世王様ッ! し、 し、 し、 失礼の段! 心からお詫び致します!
ですからッ! どうか! どうか!
「罰」 ならこの
今、 星形の痣が刻まれた首筋に両手を廻して抱きつく少年と、
全く瓜二つの容貌。
わざわざ 「双子」 だという説明が不要なほどに似通った、
まるで合わせ鏡のような存在。
「フッ……相も変わらず、 気苦労が絶えないようだな? “ティリエル” 」
DIOは心蕩かすような甘い声でその青い瞳をきつく閉じ、
大量の冷や汗を飛ばしながら真っ赤な顔で頭を下げる
美少女に語りかける。
「顔を上げろ。 いつものコトだ。 気にはしていない」
「ハ、 ハ、 ハ、 ハイ……ッ!」
青の双眸をキツく閉じながら “ティリエル” と呼ばれたドレス姿の美少女は、
頭を下げた姿勢のままでそそ、 とDIOの元から離れる。
その紅世の美少女、 ティリエルの胸中で湧きあがる感情の渦。
(あぁ……! 本来なら……
その真名 『
お兄様がこの私を差し置いて他の者に抱きつくコトなんて、
絶対に絶対に絶対に我慢できないコトの筈なのに……ッ!
どうして……? どうして “コノ方” には……!
そんな感情が微塵も湧いて来ないのかしら……ッ!?)
心の裡でそう煩悶する紅世の少女、 ティリエルの胸中で湧くモノは
今まで 『溺愛する兄』 に近づく者に対して抱いてきた感情とは、
対極に位置するモノ。
(そ……そ……そ……ソレ……どころか……も……も……も……もし……!
もし……ッ! ゆ……赦されるのなら……! わ……わ……わ……私も……!
お……お……お……
そこで少女はハッと、 そのフランス人形のように可憐な顔を上げる。
気流に揺れる豪奢な髪が、 巻き挙がるように空間を撫でる。
(あぁ……! イケない……イケない……! イケないわティリエル……ッ!
そんな
心中でそう叫び、 美少女は鍔広帽子を胸元に抱えたまま
その触れれば折れるような
金色の髪と一緒に振り乱した。
その愛くるしい仕草に連動して異様に明るい山吹色の火の粉が、
落葉のように次々と空間へ撒き散る。
(――ッ!)
そのティリエルの、 揺れる視界に映ったモノ。
少女のその、 視線の先。
エメラルドがかったサファイア・ブルーの双眸を携えた少女が、
己の煩悶を咎めるような視線で静華にこちらを見据えていた。
その零下の美少女、 ヘカテーの存在を認識した刹那
ティリエルに湧き起こる激しい憤慨。
(何か、 文句、 ありますのッッ!!)
ティリエルは先刻の表情とは対極のキツイ視線で透徹の少女を睨み返すと、
研がれた小刃で張り詰めた糸を斬るように視線を外した。
「……」
透徹の少女ヘカテーもまた、 視線を横に傾ける。
その、 見た目も性格もまるで対極な美少女の狭間では、
先刻の少年がDIOの艶めかしい首筋に手を廻しより強く、
キワどい体勢で抱きついてた。
「フッ……アノ 「剣」 が。
マジシャンズの
気に入ったのか? “ソラト” 」
ほんの30分程前、 妹と共にこの部屋を訪れ
「能力」 の映し出す 『光景』 に魅入っていた少年の様子から
その意図を汲み取っていたDIOは、 今自分の至近距離にいる美少年
紅世の徒、 その真名 『
微笑を浮かべて問いかける。
「ウンッ!
“ソラト” と呼ばれた金髪の美少年は、
嬉々とした表情で何度も頷く。
「フッ……自分の 『願望』 に忠実なのは良い事だ。
通常は理性の “タガ” が働いて、
なかなか素直には成りきれんからな。
特に 「人間」 は」
「もしアノ 「剣」 がッ! “ニエトノノシャナ” が手に入ったら!
ボクがソレでDIO様の 「敵」 をみんなみんなみィィィ~~~んな
ブッ殺してあげるッッ!!」
「ほう? それは頼もしいコトだな」
無邪気な口調で兇悪な台詞を、
嬉々として語る少年に向かいDIOは静かに告げる。
「ウンッ! ボクDIO様大好きッッ!!」
そう言って再び、 自分の首筋に両腕を絡めて
抱きついてくる異界の少年。
「いい子だ……」
DIOは甘く危険な微笑を口唇に浮かべて呟き、
少年の波打つ金色の髪をそっと撫ぜた。
「――ッ!」
少年 『愛染自』 ソラトはDIOの躯から湧き熾る、
信じられないほど甘い美香とその艶めかしい手つきの心地よさに
まるで仔猫のように青い瞳を細める。
しかし、 その甘美なる悦楽の刻は即座に終わりを告げた。
「さっ、 お兄様。 お
後ろで怖い方が睨んでいらっしゃいますから」
ソラトは再び猫のように、
ただし今度は実の 「妹」 にその襟首引っ掴まれて
無理矢理DIOの元から引き剥がされる。
ソラトはまだ甘え足りないのか、
絨毯の上を引き擦られながらも
その両腕を伸ばしワタワタと動かす。
その無垢な紅世の少年の様子を、
一人の超強力な 『スタンド使い』 が鬼神の如き形相で見据えていた。
「……」
DIOは残った真紅の液体を一気に呑み干すと、
配下の者達に背を向けたまま指示を送る。
「フリアグネの
下がっていいぞ。
ヴァニラ。 エンヤ。 ヘカテー。
おまえ達 「3人」 もだ」
そう言ってDIOは空になったヴェネチアングラスを北欧風のチェストに置く。
その背後で、 配下の者達は規律正しく動いた。
「失礼致します」 とドレスの少女が完璧な礼儀作法で一礼し、
(その隣で笑顔で手を振っていた兄も無理矢理頭を下げさせられ)
その後をダークスーツの男が仏頂面のまま軽く頭を下げてから続き、
最後にDIOに呼ばれた 「3人」 がそれぞれ最大限の敬意を払った
主に深く
豪華な造りと繊細な装飾の入った両開きの扉が閉まる音。
ソレと同時にその真ん中に位置していた麗人と、
その脇にいた美少女の視線とが重なる。
「……」
「……」
微妙に険悪な雰囲気が、 その両者の存在から滲みつつ在った。
が、 場所が場所で在るだけに、 褐色の麗女の方が先にその視線を外す。
「
エンヤが隣にいた男に、 視線を向けずにそう告げる。
「……」
意外だったのか、 ヴァニラは少しだけ見開いた視線を麗人に返す。
「茶ノ湯じゃ。 一人で飲んでもつまらん。 付き添え」
そう言ってティールームの方角へと踵を帰すエンヤに向け、
「……えぇ」
と端的にヴァニラ・アイスは応え、 その後に続いた。
「……」
後に残された人間ではない少女は、
その二人とは逆方向に足を向け
先刻、 己が主の 「能力」 が映し出した
『
その裡に映った、 凄烈なる者の姿を。
「アレが……『星の白金』……」
強靱な精神の光で充たされた、 栄耀なる瞳の輝き。
「アノ方の……倒すべき……敵……
この私の……討滅すべき……「敵」……ッ!」
己の意志とは無関係に紡ぎ出される言葉と共に
透徹の少女の裡で湧き上がる、 『大命』 の焔。
足下に敷かれた柔らかな絨毯を踏みしめながら、
紅世の少女は一人回廊を歩く。
その眼前に、 一つの人影が唐突に現れた。
「……ッ!」
額に、 軽い衝撃。
それと同時に空間を舞う、 白い大きな帽子。
ソレを、 今自分にブツかった人物の腕から延びた 『もう一つの腕が』
硬質に煌めく白銀の甲冑で覆われた 「右手」 が、
宙を舞った細い金細工で飾られた白い帽子を素早く掴み取り、
手練の手捌きでサッと自分の頭の上に戻した。
「失礼。 美しいお嬢さん」
「!」
若い、 男の声。
今自分とブツかった男性はそう言って非礼を詫び、
(非は考え事をしながら歩いていた自分の方に在ったのだが)
そして自分の頭に戻された白い大きな帽子を
からかうようにポフポフと叩いた。
「……」
その、 自分の目の前に立つ男性。
銀色の髪をまるで獅子の鬣のように雄々しく梳きあげ、
やや細身だが鍛え抜かれた躯を
両腕部が剥き出しになった黒のレザーウェアで包み、
ラフな麻革のズボンを履いている。
腰元には銀の鋲が付いた黒いサロンが巻きつき、
耳元ではハートの
黙っていても、 その全身から否応なく発せられる
研ぎ澄まされた
超一流の 「遣い手」 で在るコトは容易に類推できる。
「ソレじゃ」
男性は発せられる雰囲気とは裏腹の陽気な声でそう言い、
片目を軽く
(……)
恐らく、 次の 「大命」 遂行者は、 今の男性。
他者の存在を介さない、 統世王直々の勅命。
ソレは、“アノ方自身が” 今の男性に対して
絶対の 『信頼』 を寄せているという何よりの証。
その事実に対し何故か無性に、
羨望にも似た感情が “紅世の王” 『頂の座』 の胸中に沁み出ずる。
少女は、 ヘカテーは、 その男性の背を視界から消えるまで見つめていた。
そして心の中で、 少しだけ切なげな口調で問いかけた。
(貴方の
貴方に対する……【裏切り】 なのでしょうか……?)
サファイア・ブルーの双眸を閉じる少女の背後に、
絶対の全能者の微笑が幻象の如く浮かび上がった。
【2】
国籍も種類も多種多様な、 その配置も
調度品で彩られる豪奢な客間に一人残ったDIOは、
再び左手をスッと差し出しスタンド、
『
DIOの左腕から絡みながらも湧き上がり、 具現化する水晶の葛。
その手から数メートル延びた葛の先端がより強く発光し放電現象を
引き起こしながらも上へ上へと立ち昇り、 やがて一つの 『象』 を結ぶ。
浮かび上がったその 「映像」 は、
上質のシルクのように艶めかしい素肌を露出させた
ドレス姿の美しい女性。
眩いばかりのその姿はさながら聖女、 或いは女神の似姿。
このスタンド、 『
そしてDIO自身も、 この女性のコトはよく知っている。
嘗て、 ジョナサン・ジョースター相手に不覚を取り
「首」 だけとなった己の屈辱的な姿を、
敢えて晒した数少ない者の一人なのだから。
DIOはスタンドの映し出す美貌の女性を一瞥すると、
左手から延びた
「ジョナサン……お前の愛する 『エリナ』 は……もうこの世にはいない……
もう……遠い昔に……死んでしまったぞ…… “ジョジョ” ……」
当然の事ながらスタンドは何も語らず、
ただ透明な光を迸らせ眼前の女性を映し続けるのみ。
「フッ……」
DIOは再び甘い微笑を浮かべると、
葛の絡みついた左手を振り翳しスタンドを 「操作」 する。
『エリナ』 と呼ばれた女性の姿が静かに立ち消え、 映像が反転し、
次々と違う人物をフラッシュバックのように空間へ映し出す。
スタンド使い。 紅世の徒。 フレイムヘイズ。 “ソレ以外の” 能力者達。
そして、『能力』 を持たない者達、
やがてその映像が、 一人の 「人間」 の所で停止した。
裾の長い学生服に身を包み、 襟元から黄金の鎖を吊り下げた一人の男。
DIOはその無頼の貴公子に向け、 挑発的な笑みを口元に浮かべる。
(フッ……鼓動が……微かに高鳴っている……フフフ……
ジョナサン……
お前の “子孫” の血脈を……
時空を巡ってこの現代にまで受け継がれてきた……その 『精神』 を……)
DIOの呼びかけに呼応するかの如く、 鼓動は一際大きく脈を打つ。
全身を駆け巡る、 魔薬のような体感と共にDIOは、
己が 『宿敵』 の末裔である青年にその美貌を何よりも邪悪に歪めて告げる。
「空条……承太郎……!」
闇黒の光で充たされた黄金の双眸が、 強烈にその存在を突き挿す。
「お前はッ! 必ずオレが
そのDIOの心中で、 黒いマグマのように噴き挙がる精神の波動。
魂の、
「速く此処まで上がってこい!!
最愛の者に対する言葉と錯覚するかのように、
DIOは 『スタンド使い』 である青年にそう宣告する。
「もし此処まで来れたのならッ!
貴様の 「片割れ」 となった “マジシャンズ” 共々!
このオレが直々に相手をしてやる!!
全てを超越したッ!
我が最強のスタンド 『
そう狂い猛るDIOの 「背後」 から突如、
空間を爆滅するかのような途轍もない存在感を伴って
這い擦り出して来る、 一つの巨大な
「この 【
その超極絶なる存在の冠する御名が、
『幽血の統世王』 自身の口唇から高々と宣告される。
そし、 て。
邪悪な声音で猛り狂うDIOの口唇から、
意図せず魔皇の微笑が零れ落ちた。
「クッ、 クククククククククク、 ククク、 クハハハハハハハハハハハハ!!!!」
やがてソレはこの世の何よりもドス黒い、
邪神の
「ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!!!
フハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!!!!
クァァァァァァハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!!!」
深遠の闇の中で、 その牙を剥き出しにした統世王の嗤い声が鳴り響いた。
いつまでも。 いつまでも。
この世界の終幕を彩る、 最後の鐘の音で在るかのように――。
←To Be Continued……
『
本体名-ジョナサン・ジョースター(現本体名-DIO)
破壊力-B スピード-C 射程距離-∞(この世界の全て)
持続力-A 精密動作性-C 成長性-完成
能力-ジョナサン・ジョースターの潜在の中で眠っていたスタンド能力。
DIOのスタンド 『
彼と融合したジョナサンのスタンドもまた同時に覚醒した。
能力はこの世界中のありとあらゆる場所の映像を
超高画質のマルチ・ハイヴィジョンで視るコトの出来る
【多重遠隔透視能力】
更に一度視た映像は、 PCのハードディスクのようにスタンド内部に
「保存」され、 いつでも好きな時に再生可能となる。
戦闘以外の様々な分野にも応用可能な、 正に汎用遠隔型究極能力。
尚、 このスタンド能力が発現したその【真の理由】 だが、
ソレは死しても尚、 最愛の者の 『幸福』 を心から祈り。
そして、 この世の何よりも温かく優しい心を持った
いつまでもいつまでも護り続けたいというジョナサン・ジョースターの、
その強く気高き精神が具現化したモノだと推察される。
【
能力者名-DIO
破壊力-UNKNOWN スピード-UNKNOWN
射程距離-UNKNOWN 持続力-UNKNOWN
精密動作性-UNKNOWN 成長性-UNKNOWN
能力-その全貌は、 全く以て不明……
一体どのような 「能力」 なのか?