STARDUST∮FLAMEHAZE 【完全版】 作:沙波羅 或珂
【1】
穏やかな春の陽光。
緩やかな早春の息吹。
静かに舞い散る桜色の
その中を、 3つ人影が静かに歩いていた。
一番左側。
マキシコートのような学生服の前を全開にして高雅に着こなし、
襟元から黄金の鎖を垂れ下げた長身の青年。
その真ん中。
クロムグリーンのセーラー服の胸元に、
銀鎖で繋がれたペンダントを揺らしながら歩く小柄な少女。
その隣。
まるで女性のように線の細い躰をタイトな学生服で包み
耳元で果実を模したイヤリングを揺らして歩く中性的な美男子。
その三者の身体からそれぞれ湧き上がって靡く、
麝香と果実と花々の香り。
最近、 三者の真ん中に位置する少女も自分の左隣の青年に
彼と同タイプの “天使の心” という名の付いた
女性用の香水を仄かに香る程度つけるようになっていた。
(一度ソレを使用している事になかなか 「彼」 が気づいてくれないので、
付ける量を徐々に増やし最終的には 「付けすぎだ」 と注意を受けている)
「……」
その少女の胸元で揺れる紅世真正の魔神 “天壌の劫火” アラストールは、
彼女が自らは気づかない内にその 「殻」 を破ろうとしている事に対し、
少々複雑な心境で沈黙を護る。
実は、 その軽率な街娘のような所行を
何度か窘めようとした事は無きにしも在らずだが、
しかし少女の躰から発せられる特有の香りと混ざって湧き熾る花々の美香は、
神明なる紅世の王足る彼の心を揺らすに充分足るモノだったので
ソレを一番間近で感じる事の出来る至幸の冥利には贖いきれず現在に至っている。
そんな種々の芳香の中、 3人ともほぼ無言で桜並木のなか歩を進めていたが
険悪な雰囲気は微塵も感じ取れなかった。
それ所か言葉には出さなくとも、
互いに繋がり合っている強い 『信頼』
ソレがもう今は三者の間には在った。
そんな穏やかな沈黙の中、 所々傷の在る潰れた学生鞄を持った
美貌の青年が口を開く。
「腹減ったな。 ラーメンでも食ってかねぇか? 花京院?」
呟くように青年は、 小さな影一つ隔てた中性の美男子に問いかける。
「そうだね。 少し歩くけれど、 美味しい所を知ってるよ」
「決まりだ」
そう言って承太郎は花京院の掌を叩き、 彼も同じようにソレを返す。
「ダメ。 アノ喫茶店に行くわよ」
まるで対戦格闘ゲームの乱入者のように、
真ん中の少女の声が割り込んだ。
その凛々しき事、
有無を云わさぬ響きで少女は両隣を歩く二人に告げる。
「じゃあオメーとはここでお別れだな」
「さようならシャナ。 また学校で」
少しだけ
両脇の美男子がそれぞれ告げる。
「うるさいうるさいうるさい。 おまえ達に選択権はないわ」
その二人に対し少女は相変わらずの暴君さ返した。
承太郎はやれやれと肩を
一度、 一人ズンズンと歩を進める少女を何となくそのまま見送り、
二人が付いて来てない事に気が付いた少女がキッとした表情で
こちらを振り返って睨んだ後、
そのままいきなり小さな肩を震わせふぇっと泣きそうになったので
この小さな姫君のわがままは極力素直に聞き入れるというのが
この若き 『スタンド使い』 二人の共通認識となっていた。
(長身の男二人の間に小柄な少女が一人涙を浮かべていれば、
どうみても 「悪者」 は 『こちら側』 である)
アレから――。
異次元世界の 『能力者』 紅世の王 “狩人” フリアグネとの死闘から
既に二週間が経過していた。
そして日々は、 それなりに平穏で過ぎていた。
そして、 その戦いに身を投じた3人も、
一様に変わらない普通の高校生と同じように時を過ごしていた。
例を挙げるならば、
アミューズメントパークで承太郎の出したパンチング・マシーンのトップスコアに
対抗意識を燃やしたシャナが、 フレイムヘイズの力を抑えず 「本気」 で殴って
機械を叩き壊し逃げた事や――
カラオケ店の個室で承太郎の歌う洋楽と花京院の歌う邦楽が軒並み90点以上の
高得点を連発する中、 ようやく自分の知っている歌を見つけ承太郎の番に割り込んで
歌ったシャナの童謡が見事19点の大台を叩き出しキレたシャナが
カラオケの機材を蹴っ飛ばして破壊し逃げた事や――
映画館のアクション・シーンでスクリーンに映ったフルCGのモンスターを
新手の “徒” と勘違いしたシャナが暗闇の中突如炎髪灼眼に変わり、
纏った黒衣を気流に靡かせながら劇場の大スクリーンを大太刀
“贄殿遮那” で一刀両断の許に斬り捨てて逃げた事や――
……
と、 まぁ、 逃げてばかりではあるが取りあえずはスタンド使いにも
紅世の徒にも襲われる事はなく日々は平穏だった。
「……」
美形二人に挟まれるようにして歩くシャナは、
まだ少しムッとした表情で目当ての場所に向け歩を進めていた。
その表情の 「
二人が自分を置いてけぼりにしようとしたコトとはまだ別に在った。
実は、 この二週間の間アノ時の 「記憶」 が、
紅世の王 “狩人” フリアグネとの壮絶なる死闘、
互いの剣技と焔儀の限りを尽くした極限レベルの炎熱戦、
ソノ、
“煉獄ノ太刀” の一斉乱射でアノ男を 「討滅」 した所までは覚えているのだが、
どうしても
今までの “紅世の徒” 討滅の際、
頭部、 特に脳に強い
その前後の記憶が 「飛ぶ」 というコトはまま在ったのだが、
フレイムヘイズで在る自分にとっては 『討滅した』 という結果のみが
重要だったのでその 「喪失した部分」 に気をかける事はなかった。
しかし、 ならば何故? 今回に限って “そんなこと” が
無性に引っ掛かっているのだろう?
でも、 そんな意味のない筈の事が何故かどうしようもなく気になって仕方がない。
どうしても想い出したいような、 逆に、 何が何でも想い出したくないような、
相反した感情が相克状態に陥って一歩も引かない。
なにか、 “スゴク大事なこと”
或いは、“途轍もなく凄まじいコト” を
その事について同じ場にいた承太郎に訊いてみると、
“さぁな? オメーが覚えてねーんなら、別に何にもなかったンじゃあねぇか?”
と、 すげなく言われ。
アラストールに訊くと、
“我は知らぬ。 何も 「見て」 おらぬ”
と、 強固な口調で言われ。
花京院に訊くと、
“……別に”
と、 何故か少しムッとした口調でそう言われ。
勢いでつい訊いてしまったジョセフには、
“なんでワシに訊くんじゃ?”
と、
結局 「真相」 は闇の中。
誰も知らない宇宙の果てでも在るかのように永遠の謎となってしまった。
まぁ、 肝心要の紅世の王は討滅したわけだし、
そのコト自体は覚えているわけだから、
本当に何も無かったのかもしれない。
常識的に考えて 「その後」 に何か特別なコト等起こりようがないわけだから。
(ただ 「その後」 不覚にも気を失ってしまい学園の 『修復』 を
アラストール任せにしてしまった事は本当に申し訳ないと想ったが)
でも、 自分が覚えていない事でも 『良い事』 は別に在った。
その時の事を想い出す度に何故か勝手に顔が綻んで、
少し面はゆい気持ちになるけれど。
実は、 「アノ後」 自分は――。
己の 「器」 から限界を超えて存在の力を絞り尽くした
その極限をも超えた疲労とダメージの為、
三日三晩眠りっぱなしだったらしい。
そして、 『波紋』 で傷の治療をしてくれたのはジョセフで
着替えや全身の至る処に巻かれた包帯を取り代えてくれたのは
ホリィ(慈愛に充ち充ちた 『聖女』 のようだったとはアラストールの談)だったのだが、
その後、 熱を持った爆炎の裂傷を氷漬けの冷水で浸したタオルを絞り、
ソレでずっと患部を冷やしてくれていたのは承太郎であったらしい。
彼と共にずっと自分の傍にいたアラストールの口から
(不承不承の面もちで)語られたコトに拠ると、
冷水にその手を何度も何度も浸し
ソレを何百回、 何千回と繰り返した為承太郎の 「手」 は、
最後の方は紫色に変色し
彼は、 自分が小康状態を取り戻すまでロクに睡眠も取らず
三日三晩付きっきりで看護を続けていたそうだ。
自分も戦いの疲労とダメージが在るにも関わらず、
ずっと、 傍らで――。
自分が傷の痛みとソレの発する熱で
タオルを
ジョセフも何度か助力を申し出たそうだが
彼は 「ジジイはスッ込んでろ」 「ジジイは寝てろ」 の
台詞のみで取り合わなかったらしい。
そして、
ようやく発熱が治まり自分の頬に仄かな赤味が差し
寝息が穏やかなものに変わった事を確認すると、
彼は一度口元を笑みの形に曲げ
“後は任せたぜ。 アラストール”
ソレだけ言って部屋を出ていったそうだ。
脳裡に思い起こされる、 彼の手。
目を覚まし 「その事」 をホリィとアラストールから聞かされた自分は、
二人が止めるのも聞かずパジャマ姿のまま寝室から飛び出し
広い屋敷を迷い子のように駆け廻って、 目に付いた扉は手当たり次第に開けて
ようやく茶室でジョセフと将棋を打っている承太郎を発見した。
呆然と立ち竦む自分にその時の彼は、
まるで
「よぉ、 起きたか
いつものように、 無愛想な表情と口調で。
その視線の先、 両手に血の滲んだ包帯が巻かれた
彼の 「手」 が眼に入った時。
自分、 は。
もう何もいう事が出来ず、 咄嗟に部屋から飛び出していた。
だって、 「その後」 の自分の顔は、
とても他人に見せられるようなモノじゃなかった筈だから。
どこをどう走っているんだが解らないまま、
動物のプリントが入った寝間着のままフレイムヘイズの黒衣を捺し拡げ、
渡り廊下の縁側から屋根の上へと飛び移った。
だって、“誰も来ない場所が” そこしか思いつかなかったから。
その屋根の最上部で。
蓮の彫刻の入った役瓦に囲まれて。
そのフレイムヘイズの少女は、
小さな両膝を抱え声を押し殺して、 泣いた。
何故だか、 涙が止まらなかった。
哀しいワケじゃない。
でも。
次々に涙が溢れて止まらない。
自分が何で泣いているのかも解らない。
でも、 ただ、 一つだけ――。
“いいな”
そう想った。
“人間って、 いいな”
そして。
その誰にも見つからず、 昇っては来ない空条邸の屋根の上で、
フレイムヘイズの少女は、 その小さな肩を震わせ、
声を押し殺して泣き続けた。
その瞳を “灼眼” よりも真っ赤にして。
いつまでもいつまでも、 泣き続けた。
まるで、 たった今
【2】
「何ニヤついてンだ? 妙なヤローだな?」
「!?」
突如、 頭上から来訪する冷然とした声。
少女の見上げた視線の先で、 件の青年が剣呑な視線で自分を見据えていた。
どうやら、 無意識の内に思い起こしていた記憶の 「映像」 に
不覚にも理性のタガが緩んでいた自分は、
包み隠さない満面の笑顔のままで二人の間を歩いていたらしい。
心中の
そのまま
「う、 う、 うるさいうるさいうるさい! 別にニヤついてなんかないッ!」
お決まりの台詞を長身の青年に返した。
「ニヤついてたじゃねーかよ」
「してない!」
「あぁそーかい。 じゃあ、
「うぅ~~~、どーしていっつもおまえはそーやって
引っかかるコトばっかりいうのよッ!」
顔を更に真っ赤にして息む少女を、 隣の中性的な美男子が
まぁまぁと笑顔で諫める。
その、 見ようによっては微笑ましい光景を、 遠巻きに眺める幾百もの視線。
ほんの数メートル隔てたその三者の背後には、
目測で100は降らない大人数の女生徒達が後を追っていた。
その理由は言わずもがな、
周囲の状景を無視して無理矢理己にクローズアップさせてしまう
長身の美男子二人である。
例え傍らにいられなくても構わない、
その二人と帰り道を共有するだけで彼女達は幸せなのであった。
もっとも、 その二人の傍らは今や最も近く、 最も遠い場所と成ってしまったが。
多くの女生徒達にとっては正に 『聖域』 にも等しき場所で在る
その二人の間に、 いつも当然のように陣取っている
妖精のように可憐な風貌だが絶対的な強さと知性を兼ね備える
天が誤って二物も三物も与えてしまった用心棒の 「先生」 によって。
ちなみにこの 「先生」 は、
その容貌は似ても似つかないが件の美青年の
そしてその明晰な分析力と観察眼で何人もの教師のアイデンティティーを粉々に粉砕し
再起不能に陥れたという 「武勲」 を誇る。
直近では体育の自由競技で行われたドッジボールでの、
中性的な美男子との異次元レベルでの 「攻防」 が記憶に新しい処だ。
(ちなみに「決着」はつかず。 もう一人の無頼の貴公子は当然の如くサボり、
屋上で銜え煙草のままその様子を眺めていた)
まぁそんなこんなでただでさえ遠かった空条 承太郎の傍は、
今や完全に難攻不落、 無敵の超要塞を化してしまった。
その様子を、 そこから更に遠巻きに見る人影が数名。
目の前の、 大名行列真っ青の 「一団」 からすれば
存在を掻き消されそうな幾つかの下校グループ。
その中の一つから陽気な少女の声があがった。
「かぁ~。 相も変わらずだねぇ~。 空条クンは」
その声を発した一人の少女は、 周囲の女生徒達と比べてもかなり背が高く、
すらりと均整の取れたスレンダーな躰付きをしている。
下校途中なので当然制服姿だが、 まるで少年のようなショートカットの髪と
その躰から醸す健康的な雰囲気から一目でスポーツ少女だというのが視て取れる。
「ねぇ池クン? 男の立場からすると、 やっぱあーゆーのに憧れるモン?」
スレンダー少女がTVリポーターのように手をマイクの形に模し、
脇の 「池」 と呼ばれた縁取り眼鏡の少年に問いかける。
「そうだね。 男の僕からみても、 魅力的な人物だと想うよ」
「えぇ~!? ソレって問題発言じゃない!?」
眼鏡の少年の受け応えに、 少女は陽気な声で大袈裟に返す。
「ご、 誤解だよ! 緒方さん! 僕はただ客観的な事実を述べただけでッ!」
池という少年と緒方と呼ばれた少女が、
しばし無邪気な冷やかしと生真面目な抗弁を繰り返した。
「……」
その二人の傍らでもう一人の小柄な、
肩口でキレイに整えられた亜麻色の髪の少女が俯いて歩く。
自分の脇では親友である少女 “緒方 真竹” の、
そして同じく友人である “池 速人” に対する冷やかしが
ようやく一段落付いたようだ。
「そういう緒方さんはどうなんだい?
興味があるなら 「あの中」 に混ざってくれば良い。
僕達に気兼ねしなくていいんだよ」
散々からかわれて面白くない池は少しふてくされた面もちで、
でも生来の面倒見の良さでさりげなく友人
通称 “オガちゃん” の名で親しまれているスレンダー少女に促す。
「!」
言われた方の少女は一瞬、 口を半開きにしたままその両目を見開いた。
ここ最近少女は、 どこにいても周囲の目を引く無頼の貴公子
“空条 承太郎” は例外としてその傍らにいる中性的な風貌の美男子、
“花京院 典明” の事を会話の折りに冗談めかして挟む事があったので
その事から彼女自身も気づかないまま 「彼」 に対して興味、
或いは憧憬に近い感情が有るのではないかと密かに推察していた。
無論、 目の前に拡がる大集団の中には承太郎のみではなく
花京院目当ての女生徒もたくさんいるから狭き門ではあるが、
何も行動しないよりはマシだと考えての配慮だった。
しばらくその頬を年相応に赤らめ、 沈黙していた緒方 真竹だが
やがて軽く頭を振っていつもの明るい表情に戻ると、
「ン? ンン~? ちょっと興味あるけど、 今日はよしとく。
傍にいる 「姫」 サンが怖いからサ」
そう言ってマスコットの付いた学生鞄を両手に担ぎニャハハと笑った。
言いながらも少女は視線の隅で、
空条 承太郎と言葉を交わしながら時折爽やかな笑顔を浮かべる
美男子の姿を追いかけていた。
「……」
池は慣れた手つきで眼鏡の縁を
彼は、 花京院 典明は、 ほんの10日ほど前、 突然学園に転校してきて
そしてその年齢に不釣り合いな知性的な瞳と女性と見紛うほどの華麗な風貌、
加えてどこか人間離れした、 神秘的な雰囲気も相
全学年の女生徒が(中には教師も混じっていたとかいなかったとか)
一目 「彼」 を見ようと教室に殺到し、
学園全体が軽いパニック状態に陥ったという 「逸話」 を持つ男である。
更にその 「彼」 は学園内では誰一人として連まず
決して誰にも心を赦さない鋼鉄の無頼漢、
空条 承太郎と 『友人』 同士だというのだから
周囲にとっては二重の絨毯爆撃であった。
故に彼は、 クラスも一緒というコトも在ってか学園内ではよく
空条 承太郎と二人でいるコトが多い
(正確には用心棒の 「先生」 も含めて 「3人」 だが)
今までは男だろうと女だろうと、 馴れ馴れしく近づいてくる者に対しては常に
“うっとうしいぞ!” のセリフのみで悉く一蹴してきた空条 承太郎が、
何故か花京院にだけは気さくに声をかけ、 行動を共にしている姿を何度か見掛けた。
一度、 学生食堂で彼が花京院と肩を並べ、
一緒にラーメンを啜っている所等を目撃した時は
想わず手にしていた紙コップを落としそうになったほどだ。
(その隣で山積みになっている 「先生」 のメロンパンの量に驚いたというのもあるが)
無論、『友人』 同士であるならそんな事は当たり前の事の筈なのだが
アノ空条 承太郎がまさかそんな 「行動」 をする等という事は、
更に言うならばその彼に 『友人』 がいる等という事自体が、
授業中大勢の生徒達の目の前でセクハラ教師をブン殴り、
即日病院に送りにした彼の “武勇伝” を知る者ならば信じられない話だったのだ。
しかしソレ以来、 無頼の貴公子の傍らに彼とは対照的な、
だが美貌では全く劣らない中性的な美男子が加わる事によって
飽和状態に陥りもうこれ以上増える事はないと想われていた
空条 承太郎の 『親衛隊』 は、
さらに爆発的に増殖し今でもその勢いは留まるコトを知らなかった。
(一説によると他校の女生徒も混ざっているとかいないとか)
その記憶を反芻していた池の耳に、 突如飛び込んでくる二つの声。
「さぁッ! い、いくぞ! 佐藤ッ!」
「あ、 あぁ! 解ってる!」
取り立てて説明の必要もない、 聞き慣れた声。
一人は田中 栄太という、まるで座敷犬のように愛嬌のある顔立ちをした大柄な少年。
もう一人は佐藤 啓作という、 まぁ 「美」 をつけても
それほど不自然ではない華奢な少年である。
二人ともいつも一緒に帰る下校グループの仲間だから当然よく見知った間柄なのだが、
なんだか今日はいつもと少し(かなり?)面もちが違った。
自分の脇を歩く、 いつもはあまり自己を主張しない控えめな少女、
吉田 一美までもがぎょっとした表情でその瞳を丸くしている。
そして彼女と同様驚きの表情で、
ただならぬ雰囲気発する両者を見やる緒方 真竹。
「ちょ、 ちょっと? 二人共一体何する気!?
まさかッ! あの集団の中に飛び込もうっての!?」
件のその二人はまるで100メートル走のタイムを測る時のような
やや前傾の姿勢で、 何故か小刻みにその身体を揺らしている。
そこに響き渡る、 鬼気迫った少年の声。
「止めてくれるなッ! オガタ君!
今日こそ! 今日こそッ!
俺は! 空条の 『兄貴』 に “
片や神風を想わせる決死の 「覚悟」 で。
「お、 お、 お、 俺、 は、 花京院……さんの……ッ!」
片や自分も同じ 「人」 が良かったがジャンケンで負けたから仕方なく、
でもアノ人なら優しそうだから案外二つ返事でOKしてくれるかもしれないという
妥協と打算とが見え隠れした表情で緒方の詰問に答える。
「……」
その両者の答えに、 絶句するスレンダー美少女。
ハァ、 と前髪に手を当て、 ため息をつく池 速人。
どうも、 ここ最近二人の様子がおかしかった 「理由」 がようやく解った。
佐藤はともかく普段漫画ばかりで本などライトノベルですら読まない田中が、
突如ナニカ悪霊にでも取り憑かれたかのように
『実録! 男の生き様』 『時を越えて受け継がれる美学』 『試される男の品格』
等の書籍、 更にフィリップ・マーロオや北方 謙三等の文庫本をどっさり買い込んで
授業中にまで熱心にそれを読み耽っていた。
しかしそれがまさか、
「く、 空条の 「兄貴」 って、 学年同じじゃん」
クラスが違う緒方はその二人の 「背景」 を知らない為、
事態についていけない困惑で田中に言う。
「ッ!」
その隣では、 吉田 一美がやや俯き加減だった顔をいつのまにか上げていた。
自分の邪推かもしれないが、 どうも 「空条」 という名前が挙がった瞬間のようだった。
脇では、 緒方と田中が口論めいた口調で言葉を交わしている。
何か端からみてると、 頑固親父と世話女房という構図に見えないコトもない。
「やめときなって! きっと他の子みたいに “うっとうしいぞ!” って怒鳴られるよ!」
「そんな事はどうでも良い! 俺はアノ人こそ!
真の 『男の中の
最近の 「兄貴」 は! なんだか知らんが前より一段と “凄味” を増した!
まるで得体のしれないナニカが乗り移ったかのようだッ!
「男」 っていうのはあーゆー人の為に働くものだ!
そうだろう! オガタ君!」
「そ、 そうだろうって言われても、私 「女」 だし……」
田中に 「女」 扱いされてないコトを少しだけ寂しいなと想いながら、
緒方は血気盛んな少年を押し止める。
「だからってTPOを考えなよ。 「明日」 にしたら? 今日は絶対マズイって。
「姫」 サンも傍にいるしさ」
「明日?」
出来るだけ平淡な口調を務めた緒方の言葉に、 突如田中の表情が引きつる。
「明日の
人がいっぱいいるから人のいない休日にしよう。
今日は月曜で機嫌が悪そうだから休み前の土曜日にでもしようとでも言うつもりか!?
この俺はッ!?」
自問自答なのか緒方に対する反論なのかよく解らない口調で
田中は強く言い放つ。
そのいつもと違う田中の声の迫力に気圧されたのか、
吉田 一美が自分の影に隠れるようにして二人を見つめていた。
「
例え何が起ころうとソレは 「運命」 の一部だ!
「天」 がそうだとこの俺に告げているッ!」
そう叫んで田中は何故か照りつける太陽に向けて両腕を広げた。
「……」
「天」 と 「運命」 は概念的に似たようなモノなのだが。
池は想わずそうツッコミそうになったが止めておいた。
どうやらいつもはコレ以上ないというくらい人当たりの良い友人は、
今は自分で自分の言葉に陶酔しているらしく精神のベクトルが
かなりヤバイ方向に驀進しつつあるらしい。
自分に出来る事はせめて、
傍らで怯える可憐な少女の影になってやる事くらいだ。
「だからって」
「それにッ!」
緒方の言葉を田中の声が打ち消す。
「今を逃したらもう二度とチャンスは巡って来ない! 兄貴はッ!
「――ッ!」
特に深い思慮が在ったとは想えない田中の言葉に、
吉田 一美がか細い悲鳴のような声をあげた。
池は、 敏感にソレを察知した。
「……」
一体、 どういう事なのだろう?
彼女は、 空条 承太郎とはクラスも違い言葉を交わした事も、
更にいうならば一時的な接触を取った事すらない筈だ。
それなのに何故? 空条 承太郎が
「いなくなる(しかもこれは田中の妄想に過ぎない)」
という事に、 こうも過敏に反応するのか?
まるで、 自分の知らない所で彼と深い関わりが在ったかのようだ。
しかし、 そんな事は天地がひっくり返っても有り得ない。
何故なら、 彼女は会話の中に、
空条 承太郎という
その少女の様子に対し、 池 速人の心の裡に、
普段冷静な彼でもコントロール出来ない
寂しさと怒りが織り混ざったかのような、
形容しがたい感情が拡がっていった。
その自分の脇では、 こちらの心情など意に介さないと言った様子で
田中と緒方が言い争っている。
「だから
「だからダメだって!
機嫌が悪かったら怒鳴られるだけじゃなくて殴られるかもしれないよ!
三年の先輩が10人まとめて病院送りにされた事忘れたの!?」
「 “覚悟” の上だ! 「兄弟分」 にして貰うまでは例え100発殴られても!
否ッ! 1000発殴られても食い下がる “覚悟” だ!
それが俺の 『男』 を示す事になるッ!」
「アノ人から100発も1000発も殴られたら死んじゃうってッ!」
緒方は田中が一発殴られるのも耐えられないと言った面もちで、
前に行こうとする少年の腕を掴んで懸命に押し止める。
その一方佐藤の方は 「俺は殴られる心配ないから気楽だなぁ」 と言った表情で
口元に笑みまで浮かべていた。
「……ぅ……ク……ン……?」
「!」
唐突に池の脇で、 再び吉田 一美が消え去りそうな声を出した。
耳をすましても聞こえない位小さな声だったが、“池には” 確かに聞こえた。
彼女の、 “空条 承太郎” の名を呼ぶ声が。
その少女の様子は、 残酷な程に悲痛で、 儚くて、
在りもしない追憶を必死で想い出そうとしているかのような、
或いは、 決して完成しないジグソーパズルを
ソレでも必死で組み上げようとしているようにも見えた。
「……ッ!」
その事に対し、 突如抑えようのない怒りが池の胸中で燃え盛った。
善悪の観念はどこぞに消し飛び、
全ての事象がその怒りの対象となった。
同じ 「男」 として密かな憧れを抱いていた、 空条 承太郎にすらも。
「後生だ! 行かせてくれッ! オガタ君! 男が男を見込んでの頼みだ!」
「だぁ~からダメだって!! それに私、 女の子ッッ!!」
緒方はもう両手で田中の右腕にしがみつき、靴の踵を引き擦られるようにしながら
必死で田中をその場に押し止めようとしていた。
抜群の運動神経を持つ長身の少女だが、
大柄な 「男」 である田中を押し止めるには流石にパワーが足りない。
「池君もなんとか言ってやって! っていうか手伝ってッ!
この時代錯誤の即席熱血バカ何とかしてぇ~!」
少々乱暴な口調だが、 これも彼女の田中を想う気持ちがそうさせているのだろう。
しかし、 次の瞬間池が言い放った言葉は。
「
眼鏡越しの鋭い視線で、 両腕を組みながら彼ははっきりとそう言った。
「!!」
「!?」
予期せぬ彼のその言葉に、 腕にしがみついたままの緒方は勿論
しがみつかれている田中までもが細い目を見開いてその場で停止する。
「骨は僕が拾ってやる! 悔いのないようになッ!」
「ちょ……ちょっと……池……君……?」
まだ事態が認識出来てない緒方の両手から、 田中の右腕がするりと抜け出る。
そして田中は、 その歓びの表情を隠そうともせずに真正面から池をみつめ、
「池……まさか……まさかお前がそう言ってくれるとはな……
まさか……
感慨入った表情で右手の親指をグッと立てる。
連られたのか池も両腕を組んだまま同じ仕草で応じる。
その彼の行為に俄然勢いを付けられた田中は唖然とする緒方に背を向け、
「よしッ! 行くぞ! 佐藤! 例えこの身朽ち果てようとも!」
「あぁ! 死ぬときは一緒だぜ! 田中!」
「あ、 あぁ~ッ!」
呆気に取られながらも前方にもう届かない右手を伸ばす緒方を後目に二人は、
“明日っていまさ” 等と何だかよく解らない台詞を吐き
そして意味不明の喊声を発しながら可憐な女生徒達の遙か前方に位置する
空条 承太郎と花京院 典明に向かって突撃し……
そして、 見事に散った――。
(詳細は、 二人の 「名誉」 の為に敢えて伏せる。
まぁ何とか女生徒の群を掻き分けて目的の 「二人」 の射程距離に到達した刹那、
自分達の背後から迫る異様な存在を鋭敏に察知していた 「先生」 の、
スタンドに匹敵する左拳の片手弾幕がゼロコンマ一秒以下の速度で
佐藤、 田中両名の全身に隈無く叩き込まれたとだけ言っておこう)
「やはり、 こうなったか……」
「バカ……」
余りにもお約束過ぎるその展開に、 池は両腕を組んだまま、
緒方は風に靡く前髪に手を当てて深いため息を付く。
そのモノ言わぬ
たくさんの女生徒達が一様に驚きの表情で脚を止めていた。
その前方では件の 「三人」 迄もがその歩みを止め、
互いに顔を見合わせ二言三言言葉を交わしている。
「……」
吉田 一美は、 その遙か先に位置する人物を凝視していた。
特殊なデザインの学生服に身を包んだ、 勇壮なる青年の姿を。
同時に心の裡で湧き起こる、 得体の知れない精神の渇望。
華奢な彼女の躰の裡に、 そんな凄まじいモノが存在しているとは
信じられない位の激しい炎が、 少女の想いを狂しく灼き焦がす。
どうして?
こんなに迄 「彼」 のコトが気になるのだろう?
まともに会話をした事も、 朝の挨拶すらも交わした事がない筈なのに。
でも。
記憶の何処かに 「彼」 がいるような気がして。
そしてその彼が、 懸命に自分の為に何かをしてくれたような気がして。
どうしようもない。
でも、 ソレは。
いつ、 何が、 どこで、 どのようにして起こったのか?
どうしても思い出す事が出来ない。
記憶の 「映像」 の中に何か紅い 「
ソレは記憶の中の 「映像」 をビデオのノイズのように覆い隠してしまっていて、
そして消えてしまう。
『真実』 は、 余りにも遠過ぎる。
忘れてしまった。
何か、 とても、 大切なコト。
忘れて、 しまった。
絶対に、 忘れちゃいけないコトだったのに――。
「……ッ!」
再び見た視線の先。
桜花舞い散る空間の向こう。
彼が。
空条 承太郎が。
「自分を」 見据えていた。
どこか人間離れした、 神秘的な光を称えるライトグリーンの瞳で。
「ぁ……ッ!」
想わず、 いますぐに彼の傍に駆け寄りたい。
そういう狂暴な感情が、 耐え難く迫り上がってくる。
邪険に扱われても構わない。
無視されたって気にしない。
でも、 ただ、 すぐ傍に。
“隣にいる 「彼女」 と同じようにッ!”
そのとき。
彼の次の行動がなければ。
吉田 一美は、 本当に彼へと向かって駆け出していたのかもしれない。
しかし、 空条 承太郎が取った行動は。
ただ無言で彼女から視線を逸らし、 己の背を向けるというもの。
「……ッッ!!」
ソレが、 明確な 『拒絶』 の意を示していた。
“オレの 「傍」 に来るな”
言葉には出さずとも、 彼はハッキリとそう言っていた。
その行為で。 その態度で。
そして、 余りにも大きなモノを背負った、 広く淋しいその背中で。
その、 残酷とも言える 「選択」 の本当の 「意味」 を、
知り得る者は誰もいない。
ソレは彼が、 少女をこれ以上傷つけない為に。
そして、 己を取り巻く 『宿命』 の縛鎖へ巻き込まない為に、
行った 「手段」 だという事を。
「……」
張り裂けそうな、 胸の絶望感。
躰の一部を、 もぎ取られたかのような喪失感。
様々な負の感情が哀しみとなって、 少女、吉田 一美の胸中に押し寄せる。
認めたくない。
認めたくない。
認めたくない。
けれど。
でも、 もう、 嫌でも、 解る。
「彼」 は、 遠くに、 行ってしまった。
もうどれだけ頑張っても。
もうどれだけ必死に走っても。
決して追いつくコトの出来ない、 遙か遠くまで。
きっと。
この 「世界」 の果ての、 もっとずっと先の方まで。
“行って、 しまった”
「ど、どーしたのッ!? 一美!?」
「吉田さん!?」
彼女の前方にいた池 速人と緒方 真竹が
驚愕の表情で振り向く。
少女は、 吉田 一美は、 まるでたった一人、
時間からすらも取り残された
そしてその存在が掻き消えたかのような虚ろな表情で、 泣いていた。
その瞳から次々と零れ落ちる、 温かく透明な雫を隠すこともなく。
口唇を閉じたまま嗚咽すらあげる事もなく。
ただ、 泣いていた。
その涙に濡れた少女の頬を、緩 やかな早春の風が優しく撫でる。
労るように、 その躰を包み込む。
風に靡く、 亜麻色の髪とセーラー服。
傍に駆け寄った二人の友人が、 蒼白の表情でしきりに何かを問いかけている。
しかしソレは、 少女の耳には届いていない。
聴こえるのは、 ただ、 風の音。
音も無く砕け散った、 少女の淡い想い。
ソレは、 一つの 『運命』 の終曲。
そして、 新たなる 『運命』 への序曲。
その確かなる到来を。
少女がこれから進むべき 『光輝ける道を』
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