STARDUST∮FLAMEHAZE 【完全版】 作:沙波羅 或珂
【1】
成田新東京国際空港。
巨大な機体の大轟音が相も変わらず交錯し、
多種雑多な人々が行き交う空港ロビー。
通常有名芸能人の渡航や海外の映画俳優、
ミュージシャン、 アスリートの訪日など特別な事例以外では
他者の存在を余り意識はしない空間だが今現在、
空港内の一角で異様に人目を惹きつける一団が在った。
女性のように細い躰のラインに
裾の長いまるでバレルコートのような学生服を着た中性的な風貌の美男子。
近年ハリウッドでリメイクされた、
某アドベンチャー映画の冒険家を想わせる服装に
その鍛え上げられた肉体を包んだ初老の男性。
その小柄で可憐な風貌には不釣り合いな、
黒寂びた色彩の黒衣を身に纏った凛々しき双眸の美少女。
そして、 マキシコートのような特製の学生服の襟元に長い黄金の鎖を垂れ下げ
その勇壮なライトグリーンの瞳に強い意志の光を宿らせる、
これまで訪日したどの海外スターにも勝り得る
桁外れの美貌を携えた無頼の貴公子。
その4者 (正確には5) の圧倒的な存在感。
行き交う人々の群も己の意志に関わらず想わず見遣ってしまう。
その黙していても異様に目立つ特異な雰囲気の一団は、
現在初老の男性が若者達に何かを説明をしているようだった。
「取り敢えずはまず、 君達に “コレ” を渡しておこう」
エジプト・カイロ行きの搭乗手続きを済ませ、
発着時間まで時間を潰すコトとなった一行は
空港に備え付けのソファーに腰を下ろし各々の佇みでジョセフの言葉を聞く。
ジョセフが年季の入った大型の旅行鞄から取り出したモノ。
ソレは様々な色彩の 「
予備も兼ねてのコトなのか、 その数は随分沢山ある。
「コレからは、 いつDIOからの刺客が襲ってくるかわからん。
故に、 可能な限り一人で行動するのはさけ、
自分がいま、 どこにいるのか、
定期的に連絡を取り合い互いの位置を把握しておく必要がある」
穏やかだが重い威厳を含んだ声で、
ジョセフは目の前に座る若者達にそう告げる。
「まぁ、 いいけどよ。 常に懐に入れてると、
戦いの時にブッ壊れねーか? コレ」
ジョセフの言葉に応じながら、 無頼の貴公子は何となく摘み上げた
ミッドナイト・ブルーのスマホをしげしげと眺める。
その孫の問いに対し、 実の祖父はフフンと誇らしげに鼻を鳴らす。
「その点は心配いらん。
“コレ” は 『SPW財団情報技術部』 が総力を挙げて開発したモノ。
財団独自の特殊技術に加え軍の最新鋭の機器も組み込んである特別製だ。
故にその強度は折り紙付きで例え装甲車が轢いても壊れンし、
防水性も完璧。 しかも人工衛星を介してこの世界のどこにいても
互いの位置の探査が可能という優れモノだ」
胸の前でその年齢には似つかわしくない逞しい腕を組みながら、
ジョセフはまるで自分が開発したかのように尊大な態度で言う。
「ソレはスゴイけど、 でも、 “封絶” の中じゃ役に立たないでしょ? コレ」
承太郎と同じようにスマホを手にし、
慣れない手つきでそのボディをタッチしていたシャナがジョセフに問う。
「“その点” も心配はいらん。
実は 『SPW財団超常特務機関』 では、
石仮面、 波紋、 スタンドと平行としてシャナ、
永年君の追ってきた “紅世の徒” に対する研究も進んでおってな。
調査に赴いた 『スタンド使い』 を通して既に
何人かの “協力者” を得るまでになっている。
彼等の協力で通常の科学技術の外に在る
「理念」 を盛り込む事に拠り、
“封絶” の中でも使用するコトが可能となったのじゃ」
「――!」
ジョセフの想わぬ発言に、 少女は想わず息を呑む。
「財団に、 “フレイムヘイズ” がいるの?
しかも研究員の人達に協力してるって――。
ソレじゃ、 一種の 「宝具」 ね。 コレ」
そう言って少女は、自分の手の中にある真新しいスマホを注視する。
“紅世の宝具” は、 紅世の徒同士は勿論だが、
自分の愛刀、 渦巻く紅蓮の討滅刃 “贄殿遮那” もその一種だ。
それとは少しケースが違うが、 この 「携帯電話」 はその再現と言っていいだろう。
現代に於ける最先端の情報機器に、
紅世の徒のチカラが使われているのは
何か少し妙なカンジではあるが。
「まぁよーするに、 とんでもなく頑丈で
フーゼツの中でも使えるケータイってこったろ。
小難しい御託はどーでもいいぜ」
スマホの詳細には興味が無いらしく、
無頼の貴公子は腕を後ろに組んで革張りのソファーに背を預ける。
「……」
思慮深くみえて、 実は結構大雑把でぶっきらぼうな所がある実孫を
ジョセフは仏頂面で見据える。
携帯電話と言えば、 若者がこぞって最も好奇心をそそられるモノの一つの筈。
なのにこの孫はソレに関心がないらしい。
遠く離れていてもコレならいつでも会話が出来るというので、
操作方法を夜の目も見ずに必死で覚えたというのに。
正直 “このような旅” でもなければ、
自分に一生孫から電話はかかってこないかもしれない、
そんな空恐ろしい想像をジョセフは思い描き即座に打ち消した。
「さて、 それぞれ色は違うが中の機能は全て一緒じゃ。
そこで問題は一体どの 「色」 を選ぶかという事だが、
まぁ、 ここは公平にジャンケンで――」
気を取り直し笑顔で目の前の若者達に握ったグーを差し向けた
ジョセフの視線の先で、
「オレはコレにしとくか」
「じゃあ私はコレね」
「ボクは、 やっぱりコレかな」
彼等はジョセフの言葉を(まるで)聞いてなかったらしく
各々勝手に旅行鞄の中から自分のスマホを手にし始めていた。
「おい、 花京院。 レーザー回線で番号送っとけよ」
「私の番号、 メールのアドレスと合わせて送っといたわ。
花京院のと合わせておまえの番号こっちに送って」
「他にも色々と機能があるみたいだね。
チュートリアルが付いてるけど
全て把握するには少々骨が折れそうだな」
承太郎は怜悧なメタリック・プラチナ、
シャナは眼にも鮮やかなクリムゾン・レッド、
花京院は森厳な色彩のディープ・グリーンのスマホをそれぞれ手にし、
互いに喧しく情報交換を行っている。
「オイ? どーでもいいがアドレスの一番上にもう、
ジジイの番号入ってやがるぜ。 顔付きで」
「ホント。 私のにも」
「ボクのもだ」
「……」
自分なりのサプライズのつもりだったが、
何故か若者達の
「気持ち悪ぃな。 こんなモン削除だ、 削除」
「かける頻度が高い順に並べ替えた方が合理的よね。
私は3番目位にしておくわ」
「まぁ、 ボクは、 このままで」
(……)
必死に勉強して、 画像アイコン作成まで覚えたというのに。
何故か誠実な青年にフォローじみたコトまで言われる始末。
ソコへ無情に流れる、 館内アナウンス。
「ン? もう 「時間」 か。 行こうぜ」
「他の機能は飛行機の中で覚えればいいわね」
「機内では電源を落とさないとダメだよ。 シャナ」
自分の存在に気づかないのか、 知っていてわざと無視しているのか、
それもコレが 「
離れていく若者達を見送りながらジョセフはそのまま棒立ちとなる。
(
小さくなっていく彼の姿に対し、
異世界の友人が心中で呟いた愁いの声が届いたか否か。
何故か視界が滲んで劣化していく中、
ジョセフは最後までグーを出したままだった。
【2】
紆余曲折在ってようやく入った航空機内。
ファースト・クラスなのでリクライニング・シートは
ゆったりとしていて座り心地は良い。
10:30に離陸した成田発エジプト航空965便は途中幾つかの国の空港を経由し、
速ければ翌日の3:00には目的地であるカイロに着陸する。
シーズン外の平日、 しかも午前中なので空席が目立ち
旅行客らしき者も殆どいないので周囲の人の気配は閑散としている。
スーツ姿の人間が多くその大部分が時差惚け対策の為に浅い眠りへついていた。
無論ソレはジョセフ達一行も例外ではなく、
特に承太郎とシャナは昨晩ロクに睡眠を取っていないので
動く旅客機内独特の雰囲気にその身を委ね離陸して早々、
まるで互いの魂を交換するかのように共に眠りの世界へと誘われている。
静寂のキャビンに間断なく鳴り響くジェット・エンジンの噴射音。
その中に突如来訪する、 ごく限られた者にだけ感知できる異質な
「!!」
最初に異変に気づいたのは、 承太郎。
即座に傍で深い眠りへと堕ちている少女に呼びかける。
「オイ、 起きろ」
周囲の乗客に気取られないよう、
青年は出来るだけ抑えた声で少女の肩を揺すり起こす。
「……ふ……ぇ……? な、 に……? もう……着いた、 の……?」
完全に熟睡していたらしくトロンとした寝惚け眼を擦りながら、
少女はフワフワした声で脇の青年に問いかける。
「違う。 だが今、 妙なカンジが背筋を走った。
新手の 『スタンド使い』 がな――!」
「何ですってッ!?」
しきりに下へと落下していた瞼が、 一気に上へと跳ね上がる。
その少女の声に合わせて、 ジョセフと花京院が同時に目を覚ました。
「
「早くもDIOの刺客が襲ってきたのか……!
しかし
両者の声に合わせるように、 突如キャビン内に姿を現す、 異質な物体。
本来ソコにいる筈のないモノ。
ソレは、 不気味な羽音を立てて縦横無尽に空間を飛び回る 『奇虫』 の姿。
怪異なる紋様の浮かぶ硬質な上翅を水平に拡げ
血液の循環作用で赤みがかった半透明の後翅を展開して、
何かを模索するように機内を旋回し続けている。
「か……かぶと……いいえ、 クワガタ虫ッ!?」
黒髪の少女がその姿を認め指差した瞬間、
奇虫は空間に鋭角の軌道を描きリクライニング・シートの陰に入る。
「むうぅ、座席の陰に隠れたぞ……!」
「機内にバカデケェクワガタ? 普通じゃあねぇな」
祖父とその孫がそれぞれ声をあげ、 姿を消した奇虫の存在に神経を研ぎ澄ます。
「封絶ッ!」
威風堂々と前を向いたまま、 鋭い声で無頼の青年がそう叫び
自分の脇にいる少女へ 『能力』 の発動を促す。
しかし。
「ダ、 ダメ……!」
返ってきた声は、 焦燥を孕んだ一言。
「出来ねーのか?」
咎めるような色はなく、 青年は眼前に注意を払ったまま
細い流し目で脇の少女に視線を送る。
「そうじゃないけど、 リスクが高い。
普通の平野とかだったら大丈夫だけど、
今みたいに 『上空を常に高速で動いているような特殊な空間』 だと、
封絶の範囲指定が難しいの。
無理に展開してもし “因果” の切り離しをミスったら、
最悪この機が墜ちるわ」
「 “やり直し” は考えるなってコトか」
告げられた事実から少女のサポートは期待できないと瞬時に割り切った
青年は、 より鋭い眼光で前方の空間を凝視する。
「 “
少女の胸元のペンダントからあがる、 荘厳な声。
「在り得ます…… “虫” のカタチをした 『スタンド』 」
男の声に少女の背後に座っていた、 中性的な美男子が応じる。
その次の刹那。
無頼の青年の超近距離で響き渡る、 奇虫の耳障りな羽音の唸り。
「承太郎ッ! おまえの顔の横!!」
少女の叫ぶような声と同時に己の左方へ視線を向けた美貌の青年の眼前に、
おぞましき奇虫の裏面が蠢いていた。
世界最大のクワガタ、 “ギラファ・ノコギリ・クワガタ” すらも
遙かに凌駕する奇虫のサイズ。
巨大な顎を暴虐的にガギガギと何度も交差させ、
その下唇肢から淀んだ灰色の体液を断続的に滴らし、
更にその内部から節くれ立った階層状の “触針” を剥き出しにする
生命の
荒廃した 「本体」 の精神をそのまま具現化したかのような、
醜貌なるスタンドの姿。
(気味悪ィな……)
眼前の超至近距離で迫った奇虫に対し、
眉一つ顰めず無頼の貴公子が心中で想った感想はソレ。
そして青年は鋭い視線でそのおぞましきスタンドを睨め付け、
即座に戦闘体勢へと移行する。
「ここはオレに任せろ。 ジジイもシャナも手出しは無用だ」
醜悪極まる姿をしているとはいえ、
あくまで戦闘の基本は正々堂々一対一。
その矜持の許ゆらりと奇虫に向き直った青年は、
己がスタンドを繰り出す為に精神を集中する。
「気をつけるんだ。 スタンドだとしたら、
“人の舌を好んで喰い千切るスタンド使い”
が、 いるという話を聞いたコトがある」
「……」
背後から告げられた花京院の言葉をしかと耳に留めながら、
青年は軽く立てた左手の親指をそのまま鋭く己の美貌の側面へと掲げる。
『
勇壮なる叫び。
空間の歪むような異質な音と共に、 突如青年の右腕からもう一つの屈強な腕が出現し、
瞬時に彼の背後に現れた勇猛なる人型のスタンドが鋼鉄すらも容易く両断する、
峻烈なる手刀を音速で奇虫に繰り出す。
しかし。
ソレが触れるよりも遙かに
「!」
「!?」
「!!」
頭上で、 再び耳障りなスタンドの羽音。
奇虫は淀んだ体液に塗れた剥き出しの触針をスタープラチナに向けながら、
スタンドの死角の位置で変わらぬ挙動のまま佇んでいた。
「
目の前で発射された弾丸さえも掴み取れるスピードが在る
スタープラチナよりも、 更に
眼前で刹那に繰り広げられた驚愕の音速攻防に、 少女はその双眸を見開く。
「このスピード、 そしてこの
やはり “ヤツ” だ。 タロットでの 『塔のカード』
破壊と災害。 そして旅の中止を暗示するスタンド……」
その眼前で耳障りな羽音を響かせ暗い灰色の燐光を空間に撒き散らす
蟲型スタンドの全容が、 翡翠の奏者の口を衝いて出る。
『
本体名-不明
能力-『近距離パワー型』、 スタープラチナすらも上廻る超高速のスピード。
そして同じ超高速の触針で対象の舌を突き挿し、 引き千切る。
破壊力-B スピード-A 射程距離-C
持続力-B 精密動作性-A 成長性-D
「うわさには聞いていたがコイツがDIOの配下になっていたとは……
『
大量殺戮を繰り返す 『スタンド』
飛行機事故、 列車事故、 ビル火災等はこいつにとってはお手の物。
昨年イギリスで起こった死傷者が300名以上と言われている飛行機墜落事故は、
実はコイツの仕業だと 『スタンド使い』 の間で目されている」
椅子一つ挟んだ距離で己を語る翡翠の美男子の姿を認めた奇虫のスタンドは、
やがてその怖気の走るような下唇(クチ)を蠢かせて喋る。
『ククククククククク……ご紹介に預かり光栄だな。
まぁ、 今言ったコトは概ね事実だと認めておこう。
余りに手広く墜とし過ぎて、 どこの飛行機のどの便か迄は忘れたがね……』
「テメェ……ッ!」
奇虫が過去行ってきた残虐なる悪行に、 無頼の青年はその口元を軋らせる。
『ククククククク……空条 承太郎。
貴様だけは何をおいても真っ先に 「始末」 しろと
エンヤ殿から厳命を受けているのでな?
カワイソーだが今すぐにその舌を引き千切らせてもらうぞ』
「やれるもんならやってみやがれッッ!!」
眼前で耳障りな羽音を鳴り響かせ悪意に充ちた宣告をつげるスタンドに向かい、
青年は一歩も怯むコトなく吼える。
『クククク……言われずとも、 殺ってやるさッッ!!』
そうスタンドが叫ぶと同時に奇虫の下唇が陰惨なる牙を無数覗かせながら裂け、
ソコから淀んだ体液に塗れた階層状の触針が超高速で飛び出して来る。
「!」
予想を遙かに超える速度。
しかし承太郎は己の精神を鋭く研ぎ澄ませ、
『
その再び音速のスタンド戦を繰り広げようとする両者の死角から突如舞い降りる影、
否、 炎の
(ッ!)
(!!)
その紅い流星のように飛来する、 灼熱の存在に両者は同時に気づく。
紅蓮の火の粉を振り撒きながら空間に舞い踊る深紅の髪。
その裡に熾烈なる炎の燭(ともしび)を宿した真紅の瞳。
跳躍とほぼ同時に全身を覆っていた黒衣を気流に靡かせながら、
手にした戦慄の美を流す大刀を振り挙げて構える少女の姿を。
(一つ “貸し” よ。 承太郎ッ!)
心中で鮮やかにそう叫びながら、 少女はそのまま 『スタンド』 に向け
右斜め方向から高速の正面斬りを撃ち降ろす。
“手を出すな” とは言われたが、 相手が承太郎に攻撃を仕掛けてくるのなら話は別。
この躰は抑えられない。
この心は止められない。
しかし。
(!?)
次の瞬間、 そのスタンドは少女の眼前から完全に消え去っていた。
振り降ろされた大太刀はそのまま後に遺された
スタンドの残像を透き抜けるのみ。
(そんな!? 私よりも疾いッ!?)
「後ろだッッ!!」
(!!)
少女が胸中でそう認識したのと胸元でアラストールが声をあげたのはほぼ同時。
咄嗟に振り向いた先、もう既にシャナの背後でスタンドが口を開け、
超高速の触針をその宝珠のような口唇に向けて撃ち放っていた。
(間に合わ、)
もう既に躱すのは不可能だと解した少女は、
己に迫るおぞましき触針を直視する以外術がなくなる。
ズァッッッッッグゥゥゥゥゥゥゥゥ――――――――――!!!!!!!!
(――ッ!)
想わず眼と耳を塞ぎたくなるような、 生の肉が抉れる貫突音。
しかしソレと同時にやってくる筈の、 軋るような激痛が襲ってこない。
眼前の事態を認識した次の刹那、
少女のその真紅の双眸が大きく見開かれた。
「グ……ウゥ……!」
漏れる苦悶と共にスタープラチナの巨大な
自分の眼前を覆うように伸びていた。
伸縮するスタンドの触針はスタープラチナの右手を貫通して
完全に手の甲側を突き破り、 そこで直進の動きを止められたまま
本体はその口から淀んだ灰色の体液を周囲に撒き散らしている。
「承太郎ッ!?」
庇ってくれた。
そのコトを認識するより後か先か、 しかし少女が青ざめた表情で叫んだ瞬間、
スタンドの法則により本体である承太郎の右手にも向こう側が覗ける程の傷穴が穿たれ、
ソコから多量の鮮血が噴き騰がるように飛び出す。
(――ッッ!?)
少女が想わず悲鳴じみた声をあげそうになる最中、
承太郎はその怖気がするような苦痛に微塵も怯むコトなく
即座にスタンドを操作して次の行動に移らせる。
音速で閉じるスタープラチナの掌握。
しかしスタンド、 『タワー・オブ・グレー』 の触手は
音速の捕獲から余裕で逃れる。
「チッ、 針を掴んでソコから蜜蜂のように
引き吊り出してやろうかと思ったが、
やれやれ、 なかなかすばしっこい 『スタンド』 だぜ」
口元を苦々しく結びながら、 承太郎は自分の右斜めの位置に廻り込み
耳障りな羽音を立てる奇虫のスタンドを睨む。
奇虫は次の襲撃の機会を窺うように、
静止した空中から一㎜も動かず野生の甲虫そのままの挙動で佇む。
(……)
瞬時に青年の裡で起動し始める、
鋭い洞察力と深い判断力に裏打ちされた「戦闘の思考」
その刹那。
「じょ、 承太郎」
自分の左隣から、 切迫した少女の声。
その声に対し承太郎はスタンドに攻撃態勢を執らせたまま、
細めた流し目で一瞥する。
「……」
己のすぐ傍で、 火の粉舞い散る紅髪の美少女がしきりに
オロオロとした表情で自分をみている。
今自分の胸中で渦巻いている感情を、 自分でもどう扱ったらいいか
解らないとでも言うように。
(……)
何か敵の 「弱点」 でも掴んだのかと想ったが、
どうもそうではないらしいと解した承太郎は少女から視線を切り
再び眼前に向き直る。
「大したこたァねー。 舐めときゃ治る」
刺突痕が開き全面血塗れになった右手を無造作にズボンのポケットへ突っ込み、
ぶっきらぼうにそう告げながら。
「で、 でも、 でもッ!」
しかしそれでも少女は、 変わらぬ狼狽した表情で自分に潤んだ視線を向けてくる。
そんな少女に対し裾の長い学生服に身を包んだ青年は、
「オレのコトより周囲の警戒を怠るな。
感情を込めず端的にそう告げて、彼女の数歩先へと歩み出た。
その広く大きな背中を見つめながら、 少女は心中で呟く。
(『余計なコト』 ……なんかじゃない……)
いいながらも心中でざわめく、 自分でも理解不能の感情。
(今の私のこの気持ちは…… 『余計なコト』 なんかじゃない……ッ!)
半ば逆ギレにも近い心情で、 少女は自分に背を向けた青年に叫ぶ。
「さぁ、 て」
背後から少女の灼け付くような視線を感じたが、
今は自分の成すべきコトをするだけだと振り切った無頼の貴公子は
スタープラチナに音速の多重連撃を繰り出させる為、
己の裡でその高潔な精神を高める。
スタンドの 『原動力』 は、 ソレを操る人間の精神力。
故にその本体の精神が高ぶれば昴ぶる程、
より疾くより強力に
熱く、 激しく、 燃え尽きるほどに。
「オオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォォォォォォォ!!!!!!!!!!!」
まるで壮烈なる光竜の息吹のように、 承太郎の口唇から発せられる鬨の声。
それと同時にスタンド、 スタープラチナの全身から立ち昇る、 気高き白金の燐光。
その二つの波長が、 完全に一致したその刹那。
『!!』
突如散大する、 スタープラチナの双眸。
そして。
「ォォォォォォォォォォォラオラオラオラオラオラオラオラオラオラ
オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラ
オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラ
オラアアアアアアァァァァァァ――――――――――!!!!!!!!!!」
けたたましいスタンドの咆吼と共に夥しい数の拳撃の嵐が、
山と積まれた散弾式廻転重火器が爆裂一斉総射されたかの如く、
狂乱の超弾幕が白金の迸りと共に眼前を埋め尽くす。
(ス、 スゴイッッ!!)
青年の背後にした少女も、 心中の蟠りも一瞬忘れて魅入る程の拳嵐。
正確に視て取れるのは半分に充たず、 数えられるのは更にその半分に充たない。
今まで共にした戦いの中で、 その力量を充分に認めてはいたがまさかコレ程だったとは。
否。
明らかに以前よりも、 遙かにその
数多の戦いと幾多の訓練を通して、 確かにこの青年は 『成長』 している。
自由自在、
白色彗星で在るかの如く。
だ、 が。
その白金に輝く乱撃の超弾幕はスベテ、 昏い灰色の燐光を放つ蟲型の飛行スタンド、
『
触れ得たのは残像、 或いは常軌を逸した超スピードが生み出す幻影。
目標であるスタンド本体には掠りもせず、
その異形なる外殻にも半透明の羽根にも擦り傷一つ付いていない。
スベテは刹那の間。
一秒にも充たない時の中。
ソレにも関わらず――!
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!!
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!!!!
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッッッッ!!!!
先刻よりも密度を増した、 薄ら寒い脅威が、 静寂の航空機内を包んだ。
←To Be Continued……