STARDUST∮FLAMEHAZE 【完全版】 作:沙波羅 或珂
【1】
穏やかなクラシックがそれと気づかない程度に流れる店内。
天井が高く広い空間にアンティークもののインテリアが
機能的にも華美に配置され、 悠揚たる空間を演出している。
古き良き時代の洋館をコンセプトにした
キャンドル型シャンデリアの淡い照明が降り注ぐ、
大人の雰囲気で充たされた喫茶店の一角に
花京院 典明は座って、 否、
「……」
テーブルを挟んで自分の真向かいに脚を組んで座っているのは、
マージョリー・ドーと名乗る北欧風の美女と
マルコシアスと名乗る……『本』
何故 『本』 が喋るのかという当然の疑問はさておき、
花京院は眼前の美女を茫然と眺める。
美女はそんな彼の様子など一向に気にした様子はなく
まるでこの店のオーナーであるかのように制服姿のウエイトレスを呼びつけ、
「一番高い紅茶、 ホットで2つ、 早くなさい」
と勝手に注文した。
完璧な発音の広東語。
先程も想ったがこの女性は見掛け以上に、 自分の想像を超えて聡明だ。
その妖艶な外見から職業を判別するのは難しいが、
案外歴史学や民俗学系の助教授か何かなのかもしれない。
だからあのような異様に大きな 『本』 を肩にブラさげているのだろうか?
最もその 『本』 は喋るのだが。
半ば拉致同然にこの喫茶店に強制移動させられ、
しかしそれ以外の実害はなく結果としてお茶を御馳走になるコトに
なった花京院は、 戸惑ったらいいのか礼を言えばいいのかの判断がつかず
ただ沈黙する以外の術を失っていた。
「まだ、 名前を聞いてなかったわね?」
思い悩む中性的な美男子を射るような視線で、
真向かいに座る美女が口を開く。
「……え? あ、 あぁ、 花京院 典明と言います。 ミス、 マージョリー」
未だ彼女に対する警戒心 (というよりソレのみ) は薄れないが、
相手が女性なので花京院は最低限の敬意を保ってそう返す。
その受け答えに、 何故か美女の整った眉がピクリと動いた。
「結婚、 してるようにみえる?」
「……」
“ミス” の所で僅かに言い淀んだのが気に障ったのか?
別に深い意図はなく、 妙な緊張感のために口先が巧く廻らなかっただけなのだが。
非礼を詫びるべきか、 しかし是非もなく無理矢理連れてこられたのだから
そのような筋合いもないのか、 どちらともつかず花京院が口を閉ざしていると、
「いいじゃねえか、 いいじゃねえか。
“ミス” でも “ミセス” でもよ。
我が永遠の伴侶、 マージョリー・ドー。
大体ンなコト気にするよーな “歳” じゃあね
グボォアッッ!!」
上品な店内の雰囲気をブチ壊しにする銅鑼声と共に、
女性に対しては絶対言ってはいけない禁句を躊躇なく口走った 『本』 に
美女の正義の鉄槌が即座に撃ち落とされる。
(だから、
俄には信じがたい超常的な現象だが、
生来の性質上そのような事象には馴れている美男子は
伏せた視線で 『本』 を視る。
その彼の真向かいで、
(
深い菫色の瞳を微かに瞬かせた美女が、
鮮やかに染め上げられた栗色の髪を一度たおやかに掻きあげた。
今まで “案内人” に、
このような 「呼び名」 は初めてだ。
今までの人間は良きにしろ悪きにしろ、
必ず強者で在る自分の存在に媚び諂ってくるのが当然だったから。
しかし、 ただの人間にそのような呼び方をされたコトに対し
プライドが苛立つかと想ったが、 自分でも意外なほどに心は平静だ。
否、 それどころか、 悪く、 ない。
そう、 悪くない、 気分だ。
「もう一回呼んで」
美女は開いた胸元の前でその部分を強調するように腕を組むと、
眼前の花京院にそう促した。
「え?」
自分の意図が伝わらなかったのか、 特徴的な学生服姿の美男子は
瞳を見開いてそう聞き返す。
どこぞの殺人鬼が聞いたのなら、
「質問を質問で(以下簡略)疑問文には疑問文で(うるさい)」だが、
美女は別段苛立った様子もなく静かに諭す。
「私のコト、 さっきなんて呼んだの?」
そう言いながら麗しい脚線美をテーブルの下で組み替える彼女へ
花京院は店内に流れるクラシックに乗せるように
「ミス・マージョリー」
美女の深い菫色の双眸から己の澄んだ琥珀色の瞳を逸らさずに言った。
「……」
気の所為か、 それとも外の温和な気候の所為なのか、
純白に粧された頬にほんの少しだけ赤味を差したその美女、マージョリー・ドーは、
「いいわ。 その “呼び方” で。
私もアンタの事、 “ノリアキ” って呼ぶから」
手持ち無沙汰にもう一度テーブルの下で脚を組み替えた。
「それじゃあ、 早速 『仕事』 に取り掛かるわよ。 ノリアキ。
「え? あ、 はぁ」
何をするかは解らないが、 どうやら拒否権は端から自分に与えられていないらしい。
異論の余地を与えぬままに中性的な風貌の美男子を自分の助手につけた美女は、
テーブルの上に無造作に放ってあった黒いレザーのブックホルダーを颯爽と肩にかけ立ち上がる。
「取りあえず、 この街の大まかな構造と風習、 趨勢なんかを実地で教えて。
それから、 最近起こった妙な事件や異変なんかが在った場所の聞き込みは
アンタに任せるわ。 ノリアキ」
そう言っていくわよと自分に背を向ける美女を花京院は呼び止める。
「あ、 あの、 ミス・マージョリー」
「な、 なによ?」
まだ 「呼び名」 に慣れていないのか、 先刻よりも赤味が差した表情で
自分に向き直った彼女に、 花京院が指差した先。
「……」
立ち上がった自分の傍らに、 注文された紅茶を運んできたウエイトレスが
彼女の迫力に気圧されたのか困惑顔で佇んでいた。
「……」
縁のない
無言で木製のトレイから高級そうなカップを無造作に取り上げる。
そして、 湯気の上がっている熱湯寸前の中身を、ま
るで出陣前の乾杯の如くいきなり全部喉に流し込もうとした刹那、
「あっ……!」
眼前の美男子が想わず声を漏らした。
「……?」
不審な視線でカップを持ったまま花京院をみる美女。
脇のウエイトレスも何故か同様に彼へと視線を向けている。
「や、 火傷をしますよ。 急ぐにしても、 少し冷ましてからでないと」
そう言って、 自分の行為を押し留めようとでもするかのように立ち上がっている。
「……」
火傷。
蒼炎の魔獣の化身で在る自分には一番縁遠い言葉だが
ソノ自分に対しこの目の前の脆弱な人間は、
ソレが心の見えにくい場所で、 妙にくすぐったくて気恥ずかしくて。
だから青年の行為に毒気を抜かれたのか、
美女はソーサーごとカップをテーブルの上に置き不承不承席につく。
「わ、 わかったわよ。 まあ、 お茶を飲む時間くらいはあってもいいわ」
「……」
それを聞いた目の前の青年は本気で安心したのか、
先刻街路で見せていたような心安らぐ微笑を再び口元に浮かべている。
美女はソレに再び己のペースを乱されないよう双眸を閉じ、
カップをルージュで彩られた口唇に運ぶ。
セカンド・フラッシュの柔らかな口当たりと、
マスカット・フレバー独特の深い甘味。
想えば、 こうやって誰かとお茶を嗜むコト等、
もう遙か遠い昔に忘れてしまったような気がする。
掛け替えのない 『あの娘』 を、
この腕の中で永遠に
クラシックの穏やかな旋律とロイヤル・ダージリンの爽やかな香り。
その自分の眼前で優美な仕草で紅茶を嗜んでいる美男子。
血で血を洗う凄惨なる日々を今日まで生きてきた自分には、
もう二度と永遠に訪れるコトはないと想っていた平穏。
(……)
まぁ、 確かに、 少々性急過ぎたのかもしれない。
このカップの澄み切ったオレンジ色の液体がなくなるまで、
異次元世界の能力者 “フレイムヘイズ” と
ヒトを喰らう異界のバケモノ“紅世の徒”
ソノ概要くらいは説明してやってもいいかもしれない。
短い間とはいえ、 同じ目的の為に行動を共にする者なのだから。
そう想い目の前の美男子をみつめていた美女の、
ラピスラズリの破片で飾られた耳に届く電子音。
ソレは彼の左胸、 その内側から発せられていた。
「失礼」
短くそう言って制服の中から、
真新しいディープ・グリーンのスマート・フォンを
取り出した花京院をマージョリーの視線が鋭く穿つ。
(女?)
という勘(邪推ともいう)により想うよりも先に手が動き、
「え!? あの、 ちょっ」
と花京院が声をあげるよりも速く彼の手からスマホを毟り取った美女は、
そのまま相手が誰かも確認せず着信ボタンを押し耳に当てる。
そして一度優雅に脚を組み替え、 どこぞの女帝かと錯覚するような佇まいで
椅子の背もたれにゆっくりとその躰を預け、 口を開く。
「ノリアキは、 今現在急用で電話に出られません。
最低一週間は間を置き、 用件も何もかも忘れた頃にかけ直しやがりなさい。
あ、 いっとくけどリダイヤルは無駄よ。
アンタの番号 『着信拒否』 にしとくから」
「……」
ソコから、 数百メートル離れた海岸前。
真新しいメタリック・プラチナのスマホを耳に当てた無頼の貴公子が、
一方的に切れた電話の通話終了音を聞きながら、
「誰だ? 今の女?」
困惑し切った表情で一人そう呟いた。
←To Be Continued……