STARDUST∮FLAMEHAZE 【完全版】   作:沙波羅 或珂

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『DARK BLUE MOONⅩⅣ ~Scar Faith~ 』

 

 

【1】

 

 

 紆余曲折あって、 結局美女が腰を落ち着けた場所は

自分が予約を取ったホテルの地下2階に在るBARだった。

 落ち着いた大人の雰囲気をより一段シックに洗練した造りの店内に、

高級そうなソファーやスツールが余裕たっぷりに(しつら)われ、

夜の気品を携えた照明が淑やかに降り注いでいる。

 鈍い光沢のあるカウンターの向こうでグラスを磨いたり

シェイカーを振っているバーデンダーも、

臨時雇いの者ではなく熟練の技巧をその腕につけた本職らしかった。

 その背後に無数の酒瓶が一見無造作ながらも機能的に並び

静かに今宵の来訪者を待っている。

 

「……」

 

 隣の大人の色香に彩られた美女はまだしも

明らかに学生服姿の自分には不相応である店の雰囲気に、

花京院 典明はその表情に微かに強張らせる。

 しかし己の細い左腕をがっきりと拘束 (傍目にはただ組んでいるだけに見えるが)

されているので後退するコトは叶わず、

そのまま美女に促され店内のカウンター席に腰を下ろすコトになった。

 落ち着かない心持ちのまま店内を視線の動きだけで見回す花京院を後目に、

美女は慣れた手つきでメニューを開き

ウェイターを呼びつけあれこれと注文を始めている。

 夜とはいえソレが深まるまでにはまだ時間がある為、

店内に人影は少なくソファーには誰も座っていない。

 食事の為に入った筈の店ではあるが

本来 『そうゆう店』 ではなく、

純粋に酒を愉しむ場なのであろう。

 最も未成年である自分の見解なのでその正当性は定かではないが。

 

「……キ、 ノリアキ」

 

 他愛もない思考に耽っていた自分の脇で名を呼ぶ声がし、

顔を向けた先で美女が開いた革表紙のメニューを差し出していた。

 

「アンタの注文は? 取りあえず飲み物だけでも先に頼んでおきなさい」

 

「え、 えぇ、 そうですね」

 

 そう応じてメニューに視線を移すが、 一体何を注文すれば良いモノやら。

記載された文字を読めないわけではないが

当然こんな店には今まで入ったコトがないので

眼に入るスベテは意味不明な言葉の羅列だ。

 なので花京院は丁寧な手つきと物腰でオーダーを取っている若いウェイターに、

何かアルコールの入ってない飲み物はあるかと流暢な広東語で聞き、

柔らかな笑顔でメニューを差す彼に従いよく解らない名前のカクテルを注文した。

 やがて、 初来店だというのにボトルを入れたマージョリーの前に

大量の氷で充たされたアイスペールとグラスが置かれ、

その他新鮮な魚介類の冷製やチーズ、 生ハム、 生肉の盛り合わせ、

パフェの器に盛られたサラダや個性的な彩りのパスタ等が次々に置かれていく。

 多様で華やかではあるが、 どうみても全て酒 肴(しゅこう)であり健全な夜の食事とは言い難い。

 しかし折角の美女のお招きであるし、 何より熟練の 『スタンド使い』 である自分は

最大一週間は飲まず食わずで活動出来るので、 花京院は何も言わず表情にも出さなかった。

 そして目の前に運ばれた、 微かにミントの香りのする液体で充たされた

フルート型のグラスを手に取り静かに美女へと向き直る。

 

「……」

 

 マージョリーもソレに倣い 、何故かムッとしたように頬を紅潮させるという

器用な表情でアイリッシュ・ウイスキーの注がれたロックグラスをこちらに向ける。

 

「では、 何に乾杯するとしましょうか?」

 

 あくまで礼儀作法に習い、 店内に降り注ぐ淑やかな照明の許

神秘的に煌めく瞳で己を見つめる美男子に

 

「な、 なんでも良いわよ。 テキトーにアンタが決めて」

 

美女はぶっきらぼうに返す。

 

「ン……そうですね。 では」

 

 花京院は一度瞳を閉じた後グラスを掲げ、

 

「今日という 『運命』 に――」

 

澄んだ声と共に美女の差し出すグラスと合わせる。

 静謐な音が響き渡り、 その場は時が止まったかのように、

極めて森厳な雰囲気で充たされた。

 まるで、 古き名画のワンシーンで在るかのように。

 少し雰囲気に酔ったのか、 自嘲気味な笑みを浮かべてグラスから口を放す翡翠の美男子。

 しかし。

 その彼の穏やかな心情はこの数十分後、 急転直下で変動するコトになる。

 

……

…………

………………

 

「ッハ、 ハハハ、 アハハハハハハハハハハハ!!!!」

 

 まるで年端もいかない少女であるかのように、

マージョリーは今日初めて、 あけっぴろげな笑い声をあげた。

 その原因は言わずもがな、 来店して一時間も経ってないのに

速くも半分近くに減ったボトルの中身である。

 

「ふぁ~、 久ぁ~しぶりにぃ~良い酒ェ~、

いいわぁ~、 ここぉ~、 気に入っちゃったかもぉ~♪」

 

 (とろ)けるよう、 否、 既に溶けた後のようなフニャフニャした笑い声で

美女は合わさる氷の音と共にグラスを傾けている。 

 最早通常の、 高原で気高く咲き誇る一輪の花ような雰囲気は残らず消し飛び

ただ酒気に戯れる無邪気な女がいるのみだった。

 

「本当に、 お酒がお好きなんですね」

 

 露の浮かんだカクテルグラスを前に、 花京院は穏やかな笑みと共に言う。

 無論彼女の唐突な豹変ぶり(笑い上戸というヤツだろうか?)

に驚かなかったと言えば嘘になるが、

心底楽しそうに酒を嗜むマージョリーを見ていると

余計なコトを指摘するのは無粋に想えた。

 

「そうぉ~ようぉ~、 酒とぉ~、 戦いがぁ~、 無かったらぁ~。

この世なんてぇ~、 生きるにぃ~、 値しないわぁ~」

 

 トロンとした表情で歌うように哲学じみたコトを口走った美女は、

そのまま残りが三分の一ほどになった花京院のカクテルに手を伸ばす。

 

「あ、 あの、 ソレは……!」 

 

 飲み物の確保とは全く別の意味でマージョリーの挙動を制しようとした

美男子を無視し、 彼女はそのまま中の液体を一息で飲み干す。

 

「なぁ~にぃ~、 これぇ~、 ただのぉ~、

フルーツ(しぼ)ったシラップじゃないのぉ~」

 

 半分閉じかけた瞳のまま、 美女は(もぉ~等と言いながら)

そのマニキュアで彩られた細い指先でグラスに氷を入れ、

次いで琥珀色の液体と同じ原産地の水で割り

ガラス製のマドラーで軽くかき混ぜて元に戻す。

 

「はぁ~い、 ノリアキの分~」

 

 まるで児戯のように、 無垢な満面の笑顔でソレを勧めるマージョリー。

 しかし当然中身は空想の産物ではなく現実の酒なので花京院は想わず息を呑む。

 

「あ、 あの、 お気持ちだけ、 受け取っておきます。

ボクはまだ、 未成年なので、 ミス・マージョリー」

 

と、 真っ当な正論で美女の勧めを辞退しようとしたがすぐに、

 

「なぁ~にぃ~? 私のぉ~、 酒がぁ~、 飲めないってぇのぉ~? ノリアキィ~」

 

と、 酒席では一番言ってはいけない台詞を座った眼で訴える。

 

「……」

 

 やがて両者無言の膠着状態に陥り、 自分から瞳を逸らさない美女に根負けしたのか、

花京院は緊迫した面持ちのまま不承不承グラスを手に取る。

 そして己の端麗な口唇に運ぶ刹那、 飲み口にルージュの痕が眼に入ったので

そこは作法のようにそれとなく避け慎重に中身を呷る。

 

「……!」 

 

 枯れた、 渋みのある複雑な味に微かな甘さ。

 口当たりが想ったよりも滑らかだったので別段飲めなくはない。

 だがしかし、 酒に於いて真に怖ろしいのは 『その後 (良い見本が目の前にいる)』

なので花京院は軽く口に含んだ程度でグラスを置こうとするが、

ジッと己を凝視する深い菫色の双眸がそれを許さない。

 

「……ッッ!!」

 

 コレなら、 『能力』 の解らないスタンド攻撃を受けた方が余程マシだという心情のまま、

中性的な風貌の美男子はその瞳を閉じてグラスの液体を一気に嚥下(えんか)する。

 

「良~いィ、 呑みっぷりだったわぁ~。

やっぱりぃ~、 男はぁ~、 こうじゃないとねぇ~」

 

 (てら)いのない笑顔のまま、 美女は子供のように手をパチパチとやっている。

 

「……」

 

 無言のまま深く息をつき、 口直しにアイスティーの類でも注文しようとした

花京院のイヤリングで飾られた耳元に、

 

「それじゃあ~、 “二杯目” を作るわねぇ~。

どっちがどれだけ呑めるかぁ~、 勝負よぉ~、 ノリアキィ~」

 

「ッッ!!」

 

信じがたい事実が飛び込んできた。

 

 

 

 

 

 

【2】

 

 

 ソレから約3時間後、 花京院 典明は故郷を発ってから

最大最強の危難に遭遇していた。

 途中承太郎に連絡を入れ、 自分はかなり遅くなるという旨を伝えた後

今は見事なまでに酔い潰れてしまったマージョリーを肩に背負い、

だらりとなった右腕を胸元で抱え半ば引きずるようにしながらフロアを歩く。

 自分も相当量の酒を呑まされた筈だが、 何とか美女を(熟練のホスト顔負けの話術で)

巧みに(なだ)(すか)したコトにより、 何とか前後不覚になるのだけは避けられた。

 最も、 美女と二人で完全にボトル一本空けてしまった為、

正直足下は妙にフラつき視界も滲むようにボヤけている。

 普通は直進するのもままならぬ深酔いの状態ではあるが、

ソコは何とか歴戦の 『スタンド使い』 のみに宿る強靭な精神力で

崩れ落ちそうになる躰をなんとか支える。

 正直かなりしんどいが、 しかし絶対に倒れるワケにはいかなかった。

 高級ホテルの煌びやかなフロアとはいえ、

その一画で絶世の美女が一人酔い潰れていたら

世に蔓延る邪な男の誰かに間違いなく “お持ち帰り” にされてしまうだろう。

 幾ら凄絶極まる能力(チカラ)を持つフレイムヘイズだとしても、

この状態で抵抗出来るかどうかは疑問だ。

 ソノ自分でもよく解らぬ使命感の許、

肩にかけた “グリモア” の重さに辟易としながらも

翡翠の美男子はマージョリーの予約した部屋

(よりにもよって最上階のロイヤル・スイートルームである)を目指す。

 頬にかかる、 酒気の入り交じった悩ましげな吐息。

 鼻腔を取り巻く、 パヒュームの残り香と入り混じった女の香り。

 暑いからといって大きくはだけた胸元の豊かな双丘が

不遠慮に背へと押し付けられるが、 とてもそこにまで気を回している余裕はない。

 本当に、 今の自分は糸一本で鉄骨を支えているようなもので、

いつ崩れ落ちてしまっても不思議はない。

 そして倒れたら、 もう二度と立ち上がるコトは不可能だろう。

 

「悪ィなぁ~、 カキョーインよぉ~。 いつもはここまで呑まねーんだが、

一体何がそんなに御機嫌だったのかねぇ~、 我が麗しの酒 盃(ゴブレット)はよぉ~、

ヒャッヒャッヒャ」

 

 自分の腰元からマルコシアスの戯弄するような銅鑼声が聞こえたが花京院は無視した。

 手伝ってくれない(手伝えない?)のならせめて黙っていて欲しい。

 ただでさえ周囲の人目を引く状況だというのに、

尚かつ喋る 『本』 を訝る者の対処にまで回す気力はないのだ。

 その、 とき。

 

「……ゥ……」

 

 耳元のすぐ傍で、 消え去りそうな美女の囁きが聞こえた。

 

「……ルル……ゥ……」

 

 想わず視線を向けたその先、 閉じたマージョリーの瞳から、

透明な雫が一条(ひとすじ)音も無く流れ落ちる。

 ソレはすぐに己の学生服の肩口へと伝い形をなくす。

 同時に彼女の胸元から、 鈍い光を称える銀色のロザリオが零れた。

 

「……」 

 

 家族か誰かの、 名前だろうか?

 確かフレイムヘイズは己の肉親なり恋人なりを紅世の徒によって存在諸共喰い殺され、

その 『復讐』 を動機に人間としてのスベテを捨て “変貌” する者が多いと

アラストールから聞いたコトがあった。

 

「やれやれ、 想い出しちまったか。

或いは、 アノ “嬢ちゃん” との、

『在りもしねぇ』 幸福な未来の夢でも見てんのかね」

 

 珍しく真面目な口調でマルコシアスがそう言う。

 

「ミス・マージョリーの、 御姉妹(ごきょうだい)か誰かですか? ソレを紅世の徒に……」

 

「イヤ、 そうじゃあねぇ。 ()()()()()()()()()ねーんだ」

 

 花京院の足並みに合わせて振り子のようにゆらゆら揺れる本が、

複雑な心情と共に告げる。 

 

「結果的には同じコトになっちまったが、

紅世の徒に身内を喰われたワケじゃあねーよ。

『もしそうだったのなら』 逆にソッチの方がどれだけマシだったかよ……」

 

 微かな悲哀を滲ませて言葉を紡ぐ紅世の王の言葉を聞きながら、

花京院はもう一度自分に寄り添うマージョリーの顔を見た。

 頬を朱に染め微かな吐息を漏らすその眠れる美女は、

どこにでもいる一人のか弱い女性にしか見えなかった。

 

 

 

 

 

【3】

 

 

 長い時間と労力を費やし、 やっとのコトで辿り着いた美女の寝室。

 内装は瀟洒なメゾネットタイプで一人で泊まるには充分以上に広い。

 ハロゲンランプの優しく暖かな光に包まれた部屋の中脇に設置された

豪奢なダブルベッドの上にマージョリーを下ろし、

寝返りを打つと危険なのでグラスも外し脇のチェストに置いておく。

 上 掛 け(カバーレット)もかけようとしたが

暑いのかマージョリーがすぐに突っぱねてしまうので

仕方なくそのままにした。

まぁイオンミストを大量に放出する高性能のエアコンが

常時回っているので風邪を引く心配はないだろう。

 これにて、 花京院 典明のフレイムヘイズ付きの 『仕事』 はようやく終わり。

 その手当代わりというわけではないが、 喉が渇いたので冷蔵庫の中から

ミネラル・ウォーターを取りだし革張りのソファーに腰を下ろしてそれを飲む。

 何より少し酔いを醒ましてからでないと、

帰りの道すがら路上でブッ倒れるのは今度は自分かも知れない。

 

「よぉ~、 御苦労だったなぁ~、 カキョーイン」

 

 手前の、 木目の美しいウォールナットのテーブルの上で、

人目を気にする必要がなくなったからかマルコシアスが

革表紙をバタバタ鳴らしながら磊落(らいらく)な声をかける。

 

「えぇ……」

 

 立場上、 美女の保護者のような者だと認識しているこの異次元世界の魔獣を、

だったら少しは手助けしてくれても良いだろうにと花京院は (いぶか) るように見る。

 

「でもよぉ~、 正直 “役得” だったろぉ~?

同じ男として、 オレも気を遣ってやったンだぜェ~」

 

「ハァ?」

 

 本気で解らないといった表情で、 花京院はペットボトルを口に運ぶ手を止める。

 

「我が麗しの酒 盃(ゴブレット)の魅惑の姿体(ボディ)が、

圧迫祭りの密着御輿(みこし)でよぉ~。

ほれほれ(とぼ)けンなよこのドスケベヤロー、

ヒャーーーーッハッハッハッハッハ!!!!!!」

 

「……」

 

 マージョリーのように本気で(しかもスタンドで)殴ってやろうかと想ったが、

花京院は胸三寸に収め話題を変える。

 

「ところで、 “ルルゥ” と言いましたか。

その少女について、 少しお訊きしてもよろしいですか?

ミス・マージョリーとは、 一体どのような関係だったのです?」

 

 本人のいない所で彼女の過去を詮索するのは無神経だと承知していたが、

答えは返ってこない事を予想して花京院は訊いた。

 正直、 ただ単純に 『うるさい』 のだ、 この放埒な紅世の王は。

 普段の時でもかなり鼓膜が痛いのに、 消耗したこの状態で余り聴きたい声ではない。

 というか、 それ以前にあんまり騒ぐとマージョリーが起きる。

 

「……()()、 みるか?」

 

 先刻の軽薄な物言いとは一転、 重くナニカを含んだような口調でマルコシアスは告げる。

 

「え?」

 

 意外な返答に花京院が応じる間もなく、 神器 “グリモア” の口が開き

そこから群青の炎が狭霧のようにフッと吹き出し、 彼の中性的な美貌を取り巻く。

 次の瞬間。

 

(!!)

 

 花京院の脳裡に(あまね)く無数の光景が、 閃光のようにフラッシュ・バックした。

 砕けて黒焦げになった石塀(せきべい)、 見るも無惨に焼け落ちた幾つもの(はり)

視界の全てを覆い尽くすほどの勢いで立ち込める黒煙の乱流の中、

煤と血に塗れた異常に白い手が見えた。

 場面は変わって、 どこかの草原の中。

 その目と鼻の先には、 先刻の惨劇の渦中に在ったと想われる石造りの建物が

原型を留めず灰燼と化している。

 破滅の旋風が吹き抜ける中、 眼前に在るモノが何の脈絡もなく

狂暴な金属音と共に降り立った。

 ソレは、 覆い被さるように手足を大きく広げ、 轟々と銀色の炎を全身から噴き上げる、

赤錆た西洋の甲冑。 しかし先日目にした騎士のスタンド、

銀 の 戦 車(シルバー・チャリオッツ)』 のような荘重とした雰囲気は微塵も無く、

ただただ禍々しさと(おぞ)ましさだけがその存在から迸っていた。

 やがて、 がらんどうの鎧の中から、 ザワザワと多足類のような

夥しい数の蟲が這い擦り出し、 内側から噴き上がった淀んだ銀色の炎により

バガンッと開いた兜のまびさしの中から、 優に百を超える眼がこちらを見据えていた。

 嘲笑(あざわら)うように、 (さげす)むように、 (さいな)むように、 (せせ)らうように、 (いや)しむように!

 同時に響き渡る、 この世のモノとは想えない、 地獄の蓋が開いたかのような女の絶叫。

 その光景を、 丘の上から見下ろす影。

 眼の冷めるような闇蒼の月を背景に、

鍛え絞られた剥き出しの痩躯をヴァイオレントなレザーで覆い、

刃のような群青の髪と瞳を携えた、 美しき餓狼を想わせる一人の男。

 その視線の先には。

 先、 には。

 白いワンピースのような服を鮮血と焼塵で汚し、

血涙と共に泣き叫ぶ一人の女性と、 その彼女の胸の中、

静かに瞳を閉じる栗色の髪の少女が在った。

 

【挿絵表示】

 

 

(!!)

 

 心象に映る幻影に、 花京院は想わず手を伸ばそうとする。

 その理由は解らない。 意識すらも追いつかない。

 だが、 次の刹那。

 

「!?」

 

 唐突に途切れる、 追憶の断片(カケラ)

 同時に戻ってくる、 現実の風景。

 否、 先刻の光景も、 かつてこの世界のどこかで、 ()()()()()()()()()()()

 髪形もその色も違うが、 間違えようがない。

 深い、 菫色の瞳。 

 あの、 地獄のような光景の中で、 ただ一人絶望の叫びをあげていたのは、

紛れもなく――。

 

「今の……()()、 は……!」 

 

 驚愕、 困惑、 畏怖、 何れの感情も強く渦巻いていたが

静かにしかし何よりも熱く、 翡翠色の焔のように

花京院の裡で燃え盛っていたのは 『怒り』 であった。

 激しい苦悶に身と心を灼かれ、 泣き叫ぶ女を見て 『ただ愉しんでいる』

紅世の徒に、 形容し難い嫌悪と憎悪が湧いた。

 

「 “(ぎん)” って、 オレ達ァ呼んでる。

アノ時ほんの少し垣間見ただけで、

一体どこのどんな “徒” なのかその名前すらも解らねぇ。

それから数え切れない程の徒も王もブッ殺してきたが、

その存在の切れっ端すら浮かんでこねぇんだ」

 

「では……今も……どこかで……」

 

 躰を包む怖気と共に、 花京院は鋭い視線でマルコシアスを見る。

 

「高笑いしてやがんのかもな。 マージョリーの “(きず)” を(さかな)にしてよ」

 

「……」

 

 想わずテーブルを叩きそうになったが、

自分が憤っても何もならないので花京院は抑える。

 

「何故、 ボクに()()()()()を教えたんですか?」

 

(不可抗力とはいえ) 訊いたのは自分だったが、

心中に走った衝撃の為にそのコトは忘れていた。

 

「さぁ~て、 何でかねぇ~。 ただ何となく、

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

って想ったんだよ。

理由なんぞ知らねー。 考えンのもメンドクセー」

 

 ぞんざいにそう返す 『本』 に、 誰かに似てるなと花京院は微笑を漏らす。

 

「ただ、 今日のアイツ、 マジに喜んでた。

いつもは部屋で一人静かに飲んで、 オレとも二言三言話すだけなのによ。

あんなガキみてーに笑って、 バカみてーにはしゃいで。

そーゆー事ァ、 紅世の徒のオレにゃあしてやれねーからよ」

 

「……」

 

 いつもあんなカンジではないのか、

少々意外そうな表情でベッドの上の美女を見た花京院は、

やがておもむろに立ち上がる。

 

「そろそろ、 お(いとま)します。 さようなら、 マルコシアス。 また明日、 ですね」

 

 まだ完全に酔いが抜けたわけではないが、

さっきよりは大分マシになったのでドアの方へと向ける足を、

マルコシアスの無粋な声が制した。

 

「おいおいおいおい、 ()()()()()

男と女がメシ食って酒飲んだら後ァヤるコト決まって、」

 

「次に()()()()()を言ったら、

“エメラルド・スプラッシュ” を撃ち込ませて戴きます。

どうか忘れないでくださいね」

 

 細い腕を腰の位置で組んで軽快に振り返った美男子は、 澄んだ声でサラリと告げる。

 一抹の嫌味もない爽やかな笑顔が、 何故か一層の凄味を視る者に感じさせた。

 そし、 て。

 

「おやすみなさい。 ミス・マージョリー。 良い夢を……」

 

 ドアの手前からベッドの上の美女にそう告げた花京院は、

音を立てないよう静かにその部屋を後にした。

 扉が閉まる刹那、 美女の口唇が寝息と共に微かに動き、 誰かの名前を口にした。

 

 

【挿絵表示】

 

 

←To Be Continued……

 

 

 

 

 

『後書き』

 

「髪の色」が()()のはお解り戴けたと想います。

こーゆー処に「意味」を持たせないと

作品に『深み』が出ないんですよね。

なんでもかんでも「赤」にしたり「ピンク」にしたりする

風潮は正直好きではないです。

 

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