STARDUST∮FLAMEHAZE 【完全版】 作:沙波羅 或珂
【1】
鮮血の付着したルージュの隙間から、 手負いの獣のような呻り声が微かに漏れる。
「まだ!! 来ちゃダメッッ!!」
反射的に傍へと駆け寄ろうとしていた二人に、 シャナが背を向けたまま叫んだ。
その言葉は、 最後まで自分が戦うという信念以上に
大切な二人を戦闘に巻き込みたくないという優握な想いが在った。
半分まで出かかっていたスタンドを静かに引っ込め、
承太郎は呆れたように言う。
「やれやれ、 しぶてーヤローだ。 自在法、 か?
ンなもんを練る暇はなかったようにに想えるがな」
「うむ。 確かに練達の自在師とはいえ
“アノ瞬間” は無理で在ったであろうな。 しかし……」
そのアラストールの言葉を先読みし、
承太郎はマージョリーの纏うズタズタのタイトスーツに眼を向けた。
「なるほど、 ね。 戦国時代の “
流石に一流のフレイムヘイズ。 一筋縄じゃあいかねーってコトか」
近代ビルの一画を崩壊させる程の大爆炎を受けたのにも関わらず、
美女の着ている服は想いの外原型を留めており、
裂け目から露出している肌からも出血が少ない。
ソレはマージョリー自身の炎に対する抵抗力も在るが、
その本質は今までの凄惨なる戦闘経歴に起因。
善も悪も関係ない、 そして一瞬の油断も赦されない無情なる戦場の直中に於いて
常にあらゆる最悪の事態を想定していた為、
予め己の
『防御系自在法』 を編み込んで在ったのだ。
戦闘系の自在師ならば別段珍しいコトではないが、
永い時間をかけて周到に編み上げた為その防御能力は絶大なモノを誇る。
しかしシャナの撃ち放った焔儀はその障壁すらも突き破り
更にマージョリー自身にも甚大なダメージを与えた。
恐らくその備えが無ければ、 先刻の爆滅焔儀で跡形もなく焼滅していただろう。
「クッソガキがァ……ッ! 『
確か “万条の仕手” でも、 “儀装の駆り手” でも無理だった筈だ……!
どうする? 我が愁傷の愛妃、マージョリー・ドー。
こうなったら、
受けたダメージ以上に、 己の大切な
怒りと共に火を吐き散らすマルコシアスへマージョリーは私憤を諫めて気丈に言う。
「私を、 一体誰だと想ってるのよ?
我が蒼惶の魔狼、 マルコシアス。
この程度、 何でもない。 まだまだこれからよ」
「だ、 だがよ!」
食い下がるマルコシアスにマージョリーは先刻の憎しみに支配された表情からは一転、
破滅の風が吹き荒れる戦場の直中で、 まるで聖女のような微笑みを彼に向ける。
「ずっと、 一緒にいてくれるんでしょう……?
だったら、 大丈夫よ……信じてよ……」
「……ッ!」
痛みで啼き叫ぶよりも、 それに堪えて微笑まれるほうが、 ずっと何も言えなくなる。
彼女と、 マージョリーと初めて出逢った時の、
そしてソレ以降の光景がマルコシアスの裡で甦った。
創痍の躰を押して、 マージョリーは三度シャナと対峙する。
追い込まれれば追い込まれるほど、 絶対にソレには屈しないという
確固たる決意の許、 尚も蒼炎は燃え上がる。
「まだ、 続ける気……? もうこれ以上は、 どっちが勝っても無意味よ」
傷つきながらも倒れない、 全身ズタボロになっても最後まで立ち向かう、
その尊さを誰よりも知っている為、 少女は悲痛な声を滲ませてそう告げる。
「フフフフフフフ、 もうここまで来ちゃったら、 互いに治まりがつかないでしょう。
アンタもフレイムヘイズなら、 いい加減そこらへんの所を覚りなさい。
命取りになると言ったはずよ、 その甘さ」
「――ッ!」
胸中を突く一言。
自分は今、 自分が 『正しい』 と信じたコトの為に戦っている。
でもそれは、
口で言うだけじゃダメ、 頭で想うだけでもダメ、
本当に大事なのは、 本当に本当に大切なコトは――
何が在っても、 絶対に揺るがないコト。
どんな苦境に立たされても、 ソレを貫くコト。
そういう意味では、 例え狂気の妄執に取り憑かれていたとしても、
目の前のこのフレイムヘイズの方がずっと己に殉じていた。
その美女に少女は、 彼に対する気持ちとはまた違う、
親愛にも似た感情が芽生えるのを覚える。
それと同時に、 互いが憎いわけでもないのに戦わなければならない
その 『運命』 に、 何故か無常な寂しさと哀しさを感じた。
「……ならもう、 何も言わない。 全力でアナタを止めてみせる。
同じフレイムヘイズとして……!」
言葉の終わりと同時に煌めきを増す、 黄金と紅蓮を共に宿した気高き双眸。
「ヤれるものなら、 ヤってごらんなさい。
追いつめた気になってるんでしょうけど、
コレでようやく五分以下だってコトを教えてあげるから」
灼けつく躰で強い視線を受け止めながら、 美女は不敵にそう返す。
言いながらも
既に構築しつつ在った。
(もうここまで来たら……“
しかないわね……まさかここまで追い詰められるとは想わなかった……
存在の力は残りを振り絞ればなんとか確保出来るけれど、
でも流石に発動までの時間が大きい……
焔儀発動の瞬間にこちらの懐に飛び込まれたら終わり……
何とか力の消耗を最小限に抑えて相手の隙を造るしか……)
そこまで考えて、 美女は意識していなかった、
戦闘に集中し過ぎて完全に “盲点” となっていた存在に眼を止めた。
「……」
自分達の標的であるラミーの傍らで、 異界の神器を首から下げ、
射抜くような視線でこちらを見ている一人の勇壮な “男” に。
ソレを認めた刹那、 マージョリーは背徳の微笑を血で濡れたルージュに浮かべる。
窮地に想わぬ僥倖が潜んでいた。
何故もっと早く気がつかなかったのか?
『たったの一つ』 しかないというのに。
自分もそうであったように、 この少女もまた例外ではない。
己は手に出来なかったモノを粉々に破壊できる倒錯した喜悦を悟られぬよう、
マージョリーは眼前のシャナに視線を戻した。
(フッ……
自分の “男” の前だからリスクを厭わず常に背水の陣を 『覚悟』 し、
ソレで存在の力を増大させてたってワケ……)
少女の変貌振りの源泉を見透かしたマージョリーは、
心中で呟きながらも両腕を掲げ、 再び焔儀発動の構えを執る。
シャナはその発動の刹那、 一瞬の隙を突く為全身の神経を
針のように研ぎ澄ませる。
(でも……長所と短所は表裏一体……
アンタに力を与えているその存在が
「弱点」だというコトは盲点だったようね……
戦場で敵が攻撃するのは、
何も対峙している自分自身だけとは限らないのよ……)
ドス黒い憎悪が生み出す狂気の視線で、
マージョリーはシャナからは視線を逸らさず瞬時に両手に集めていた炎気を消し、
右手を己の死角に撃ち出す。
( “その男” が……! アンタ最大の「弱点」よ……ッ!)
一切瞳を動かす事なく、 経験と勘のみで射出された無数の蒼い炎弾は
そのスベテが微塵の誤差もない精密性で 「標的」 へと襲い掛かる。
彼女の明察は、 概ね正解。
事実、 自分が標的へと定めた青年とほんの僅か心が擦れ違っただけで、
少女は本来の力を著しく減退させた。
ただ一つの誤算、 は……
『オッッッッッッッラアアアアアアアアアアアアァァァァァ
ァァァァァァ――――――――――ッッッッッッ!!!!!!』
その 「弱点」 が、 他の “ミステス” 等足下にも及ばない、
紅世の王すらも凌ぐ強大な 『能力』 を携えていたというコトだけだ。
隣にいるラミーも同時に撃ち滅ぼそうとしていた蒼き炎弾の嵐は、
その
スベテ明後日の方向へと弾き飛ばされる。
突如、 何の脈絡もなく傍に立ったその存在を
絶句しながらみつめるラミーを後目に、
青年の胸元でフッという微笑が聞こえた。
『……』
神聖な白金の燐光に全身を包まれて出現したその 『
真っ向から美女を見つめ引き絞られた指先を振り子のようにチッチッとやっていた。
そんなモノでは百年経ってもオレを倒せないと啓蒙するかのように。
全力ならまだしも牽制程度の焔儀では、 暴走する列車をも止めかねない
近距離パワー型スタンドには大海の前の
(ノリアキと、 同じ “能力者!?” )
既視感にも似た心情でその存在に視線が釘付けになる美女の視界に映る、
その能力を発現させた男の瞳。
そして交差する二つの瞳を通して静かに告げられる言葉。
(オイオイ……いつまでもオレに眼ェ向けてて良いのか……?
オメーの相手はオレじゃあなくて、 “アイツ” だろ……?)
そう言って顎を差し向ける無頼の貴公子に釣られ、
咄嗟に視線を戻す美女。
「――ッッ!!」
極度に圧縮された時間の中、 マージョリーが空条 承太郎に見入っていたのは
実質3秒にも充たなかったが、 一瞬の交錯で決着が付く死闘の最中に於いては
世界が一巡するほどの致命的タイムロス。
その間にシャナは大太刀を真一文字に胸元で構え炎を流動しながら、
この戦いの終極を告げるべき “
何が在っても絶対に彼は大丈夫という揺るぎのない、
この旅の始まり以降更に強まった “信頼” と共に。
本来外に向けるべき炎気を己の
宝具である大刀を経由して極限まで修練させ、
ソレを一挙に開放して全身に駆け巡らせる
『スタンド使い』 と “フレイムヘイズ” その互いの存在、
何れが欠けても実存不可能な至宝の能力。
【贄殿遮那・
発動者名-空条 シャナ
破壊力-AA スピード-AA 射程距離-B(最大50m)
持続力-AA 精密動作性-AA 成長性-AA
二つの言葉が重なった瞬間。
少女の足下から紅蓮の灼光が弾け、 次いで足下の強化ガラスにも鋭い亀裂が
走って周囲に捲き散る。
(消え、……!?)
瞠目したマージョリーの視界に映るモノは、 紅蓮の色彩を反照する硝塵のみ。
ソノ余りにも
大刀を斜に構えたまま既に己の超至近距離に迫り、 戦慄の一撃を振り下ろしている。
「――ッッ!?」
美女がグリモア内部に記載された、
無意識に開いていたのは、 永年の経験に拠って染み着いた単なる躰の反射に過ぎない。
瞬く間すらも遙かに超越した速度で
炎衣の表面を削ぎ取りながらも
だがしかし!
即座にソレと同等、 否、 ソレ以上の夥しい斬撃の嵐が
驀進の勢いと共にマージョリーに襲い掛かる。
「ぐ……ッ! うぅぅ……ッ!」
上下左右、 更に斜交正面とありとあらゆる方向から射出され続ける斬撃に
躰を凝結され、 美女は回避も転倒すらも出来ずその場に縫いつけられる。
「はあああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ
ぁぁぁぁぁ――――――――――――――ッッッッッッッ!!!!!!!!」
薄く狭まった視界で響き渡る少女の喊声。
まるで己が全精力をこの一点に捻じ絞るが如く
斬撃の廻転は更に上がっていく。
(この……私が……?)
信じられない、 認めたくないという気持ちと共に纏った群青の衣にも欠損が生じ始め、
ソコから温かな真紅の雫が空間に繁吹く。
(この……私が……ッ!?)
今を以て在り得ない、 “敗北” という二文字が否応なく心中に刻まれる。
やがて柔質な感覚と共に構成を維持できなくなった炎の衣が残らず消し飛び、
タイトスーツが更に引き千切れ半裸に近い姿となったマージョリーは、
その折衝で大きく
「――ッッ!!」
無論その隙を見逃すシャナではない、 というより最初から彼女の目的はソコ、
傷つき崩れた体勢ながらも尚倒れるコトを拒否したマージョリーの、
グラつく視界に映ったモノ。
もう既に先刻の嵐撃と同時進行しながら、 贄殿遮那内部に編み込んでいた存在の力。
刀身に 『火炎そのものでない』 熱気を宿し、
周囲にその狂暴なる灼光を迸らせる強靱無比なる閃熱の劫刃。
“贄殿遮那・
スベテは、 この一撃の為に。
相手の体勢を大きく崩し、 必殺の絶刃で確実に討滅する為に。
ソノ最終形の前には、 先刻の凄まじい驀進嵐撃すらもただの 「布石」 に過ぎない。
(そ、 “そんなモノ” で、
最早己の躰を支えるのがやっとで、 防御も回避も行えないマージョリーを劈く危局。
(死――ッッ!!)
創痍の身で震える口唇と共に見据えた少女の口唇にも、
冷然とした微笑が刻まれる。
「一応…… “同属” ……だし……ね……」
だったら何だ!? 苦しませず一想いに死なせてヤるとでも言うつもりか!?
絶体絶命の状況下により恐慌に陥ったマージョリーの前で、
シャナの手にした大刀がカラリと反転しその柄頭が美女の胸部下方へと強襲する。
「オッッッッッッッラアアアアアアアアアアアアァァァァァ
ァァァァァァ――――――――――ッッッッッッ!!!!!!」
星灼の咆吼と共に、 間髪入れずマージョリーの無防備な水月へと
大太刀を支える頑強な柄の突端が添えた掌底ごと微塵の容赦も無く叩き込まれ、
真紅の炎と共に爆散する。
「――――――ッッッッッッ!!!!!!」
同時に苦悶の絶叫を吐き出すコトも赦されず、
美女の全身を貫く皮膚と肉とがバラバラに削げ落ち
神経が剥き出しにでもなったかのような峻烈の衝撃。
『贄殿遮那・
ソレの影響でマージョリーの躰はくの字に折れ曲がり、
束ねた髪も根本から解れグラスも弾け飛ぶ。
そして瞬時に霧散した意識の許、 躰は地球の引力に
スローモーションのように崩れていく。
ガラスの大地の上に栗色の髪が散らばり、
白一色の双眸となって天を仰ぐ蒼炎のフレイムヘイズ。
その姿を認めたシャナは、
己の勝利を誇るわけでも敗者を見下すわけでもなく、
静かに呟く。
「自分の力だけで勝ったとは、 想わない……
フレイムヘイズとしても、 焔儀の遣い手としても、
アナタは私を遙かに上回っていた……」
まるで哀悼のように、 真紅の瞳を細める少女。
「でも私は……
ただ……ソレだけのコトよ……」
その眼下で眠るように喪心する一人のフレイムヘイズに、
一切の遺恨は残らなかった。
奇妙なコトではあるが、 ただただ彼女に対する感謝と敬意のみが
シャナの心を充たしていた。
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