STARDUST∮FLAMEHAZE 【完全版】 作:沙波羅 或珂
【1】
「ただいま」
白い肌を血に濡らしながらも少女は晴れやかな表情で、
本当にただ帰宅したような口調で青年に言った。
「……」
承太郎は口元に微笑を浮かべたまま無言でソレに応じる。
心中は自分が戦い抜いた後のような、
奇妙な充足感で満ちていたがそれを言葉にする術は持たない。
ただ、 もしアラストールがいなければ、 ラミーがいなければ、
そのまま少女の両脇を抱え上げ、
いやがる彼女を思い切り何度も何度も振り回してやりたいと想った。
正直それ以外、 限界を超えて最後まで立派に戦い抜いたシャナを
称えてやれる方法が想いつかなかった。
(最高、 だ……やっぱりおまえは……最高だ……!)
代わりに己の裡でそう呟きながら無頼の貴公子はその躯を屈ませ、
首にかけた神器を少女にかけ直す。
「……」
頬を少し紅潮させそれに応じるシャナも、
今の気持ちを伝える術を持たずただそのまま立ち尽くす。
もしアラストールがいなければ、 ラミーがいなければ、
すぐにでも彼の胸の中へと飛び込んでいきたかった。
そして自分がそうする以上に、 それよりももっと強い力で
壊れるくらい抱き締めて欲しかった。
貴方の為に戦った事を、 貴方と一緒に戦っていたという事を、
その抱擁を通して心の中に伝えたかった。
どうしても言葉には出来ない事も、 互いの存在さえ在れば、
「人間」 は確かに伝える事が出来る。
何故か既視感にも似た強い高揚が少女の胸を充たしていた。
「……どーでもいーけどよ。 オメー、 オレの
最後のアレァどー見ても “スター・ブレイカー” だし、
やれやれ気ィつけねーとうかつにワザも出せねーな。
片っ端から盗まれちまう」
場を包む和やかな雰囲気も悪くなかったが、
承太郎はわざと
「な! う、うるさいうるさいうるさい!
ちょこっと参考にしただけよ! 別にアレじゃなくても勝てたんだから!」
対してシャナは件の如く顔を真っ赤にして承太郎に食ってかかる。
その様子 (尚も文句を続けるシャナ) を黙ってみつめながら、
承太郎はやっぱり
からかうと面白いし、 落ち込んだ顔は似合わない。
やかましくてうるさい女は確か嫌いだった筈だが、
どうも目の前のこの少女だけは例外であるらしいという事実を
今更ながらに認識しながら。
その、 刹、 那。
「!!」
「!?」
二人の背後から途轍もなく狂暴な存在の奔流が、
この世のありとあらゆる災厄を裡に孕んだかのような
奇禍の驚愕に承太郎、 シャナが同時に振り向いた先、
完全に意識を断たれた筈のマージョリーが、
ズタボロになった半裸の躰を亡霊のように引き起こし
白一色の双眸のままその全身から自虐的とも云える
禍々しい炎気を暴走させていた。
「そ、 そんなッ! 立ち上がる力なんて、 それ以前に意識がもう!」
「……」
通常絶対に在り得ない現象に言葉が断片的になる少女とは裏腹に、
無頼の貴公子は口元を軋らせながら臨戦態勢を執る。
意識を完全に断たれた人間が、 ソレでも尚敵に立ち向かうコトは可能であろうか?
確かに今現在マージョリーの脳は、
先刻シャナの刳り出した永続斬刀陣に拠り休眠の状態に在る。
しかし、 他者の存在を想えるのは、“感じるコトが出来るのは”
「脳」 のみとは限らない。
人体を構成する細胞、 その数約60兆。
その一つ一つに例外なくスベテ、
数百年にも及ぶ彼女の紅世の徒に対する憎しみが宿っており、
ソノ深淵の慟哭が、 暗黒の異図で繋がれた
彼女の躰を無理矢理動かしているのだ。
まるで、 死して尚 “怨念” のみで無限に稼働を続けるスタンド能力で在るかの如く。
この世に蔓延る紅世の徒スベテを、 ただ殲滅するその為だけに。
視る者全てに脅威を植え付けるには充分な光景で在ったが、
実質はただ立ち上がっただけなので
すかさずシャナ或いは承太郎が攻撃を仕掛ければ
敢え無く決着はついた筈である。
しかし凄惨ながらも心を震わせるソノ姿に
想わず魅入った二人の反応が、 一瞬遅れる。
その合間に美女の右腕を取り巻く、 夥しい量の群青の炎。
(こんな……所で……やられるなら……こんな……所で……倒れるなら……)
マージョリーの躰の裡から嘆きのように滲み出る、 深き怨嗟の声無き声。
(なら……一体……何の為に……?)
その間にも蒼炎は一本の巨大な脚と化し、
尖端にギラつく大爪が甲底部を突き破るのを厭わず拳を握る。
“一体……
美女の全身を取り巻く可憐な少女の幻象を背景に、
ガラスの大地に揮り上げられた群青の拳槌が断首台の如く
ヴァッッッッッシャアアアアアアアアアアアアアアァァァァァ
ァァァァァァ―――――――――――ッッッッッッ!!!!!!!
海面に巨大な火球が激突したかのような大鳴動と共に、
先刻までの死闘の舞台はいとも容易く撃ち砕かれた。
暴風が
それらスベテを彩る、 莫大な量の硝刃大豪雨。
「!」
「!?」
「!!」
その直中に位置していた承太郎、 シャナ、 ラミーは崩落に巻き込まれ
周囲に
ほぼ同時に破壊の余波で屋上全域が完全に崩壊し、
4方を取り囲んでいた巨大な龍の彫像も重力の魔に引かれ
時空を消し飛ばす能力で呑み込まれるように奈落の底へと堕ちていく。
落下に伴う一瞬の浮遊感を認識する間もなく
砕けた夥しい残骸が階下に絡まるガラス張りのブリッジを直撃し、
ものの数瞬で無惨な廃墟へと変えた。
(――ッ!)
己の落下経路がちょうど、 残骸の豪雨に見舞われ大きく抉れた空間だというコトを
危難の最中で察知した承太郎は、 そのまま自分の近くを共に落ちている
ラミーをスタープラチナの左手で強く突き飛ばしバックリと口を開ける
破壊空間の喉元へと正確に押し込む。
面食らったような表情で落下する己を見つめる老紳士を後目に
彼もスタンドの右腕を伸ばしブリッジにメリ込んだ残骸の端に掴まろうと試みるが、
射程距離が足りずもう一つの腕は虚しく空を掻く。
(チィッ……!)
絶大な破壊力を誇る近距離パワー型スタンドも、
今この状態に在っては単なる搦め手。
更に差し迫る窮地に承太郎が歯噛みする刹那、
己のスタンドを強く握り返す柔らかい手が在った。
「承太郎ッ!」
シャナが瓦礫の端から躰を乗り出すように手を伸ばし落下する己の躯を支えていた。
おそらく纏った黒衣の能力を利用して落下スピードを減退させ、
宙に浮く残骸を蹴り付けてここまで飛んで来たのだろう。
「……」
開けた空間に宙吊りの状態で、 促されるように彼の口唇にも微笑が浮かんだ刹那。
「――ッッ!!」
突如シャナの背で無数の蒼い炎弾が爆ぜ、 吐き出された多量の呼気と共に
黒衣と肉の焦げる匂いが無頼の貴公子の鼻をついた。
「あうぅッッ!!」
予期せぬ襲撃にバランスを崩して瓦礫に伏し、
剥き出しの鉄骨ギリギリの位置までその身を追い込まれるシャナ。
咄嗟に見上げた視線の先、 鉄骨が
生ける
長い栗色の髪を破滅の戦風に吹き散らし、
ズタズタの半裸の躰でこちらに左手を差し向けている。
髪に紛れてその表情は伺えず、 未だ意識も復活していないが
狂戦士へと変貌を遂げている。
「うっ……!」
如何なる時も冷静で常に論理的な判断を下す承太郎の状況分析が、
眼上から聞こえた声によって停止した。
焦撃で先刻の傷が裂け、 無数の紅い筋が伝う腕であっても
彼女はその手を反射的にも離そうとはせず
不安定な体勢のまま懸命に承太郎の躯を繋ぎ止めている。
今の状態は限りなく無防備に等しく、
このままでは地の利の在るマージョリーの攻撃を
一方的に受け続けると
「大、丈夫……平、 気……」
線の震える顔で、 少女は笑った。
「ッッ!!」
このままでは共倒れ。
そう長い時をかけず少女は自分に引き擦られて落ちる。
その後に狙われるのはラミー。
ガラスの
故に、 彼が出した結論は。
「承太郎ッ!?」
驚愕するシャナを真上に、 承太郎はスタンドの手を高速で反転させ
彼女の小さな手を無理矢理振り解いた。
心中に様々な思惑が渦巻いてはいたが、
いざ行動に移した時の心情はたった一つの
自分が少女の為に傷つくのは構わない、 だがその 『逆』 はダメだ。
「――ッッ!!」
瞬く間に重力の魔に縛られ小さくなっていく承太郎に、
シャナは声無き叫びをあげてもう届かない手を伸ばす。
その刹那に、 承太郎はあらん限りの感情を込め、真紅の瞳に呼び掛けた。
(行け……シャナ……オレの事ァ構うンじゃあねぇ……!)
(でも……! でも……ッ!)
瞳を潤ませ尚も追い縋ろうとする少女に、 彼は恫喝するように告げる。
“フレイムヘイズだろッッ!!”
(――ッッ!!)
烈しい衝動と共に見開く少女の瞳。
対して承太郎は、 超高速で眼下に迫る災厄を見る。
絶息の重力落下地獄の終着点。
美術館一階に設置された噴水池を圧し潰して
夥しいガラスと鉄片で構成された残骸の墓標に。
その秒速の
彼の 「戦闘の思考」
(……やれやれ、 吹き抜けだから掴まれる場所はどこにもねぇ、
しかも墜ちる先はガラスと鉄骨の針山、
防御してもスタープラチナは兎も角、「本体」 のオレが
良くて再起不能、 ヘタすりゃ死ぬな)
絶望的な解答が導き出される中、 しかし彼の勇壮なる風貌は不敵な笑みを絶やさない。
(しょうがねぇ。 まだチョイ練習が足りねぇが、 “アレ” を試してみるか)
同時にそのライトグリーンの瞳で燃え上がる決意の炎。
(フッ、 面白ぇ、 分の悪い賭けほど、 面白ぇモンは他にねーぜッ!)
魂の喚声と共に発現するスタンド、『
しかし彼が心中で決した新たなる
その頭上から同様の決意を固めた存在が紅い流星のように迫ってきた。
(シャナ!?)
何故来たという論難よりも、 バカな!? という驚愕が
脳裡を貫いた承太郎に反発するかの如く、 少女の裡で湧き熾る精神の叫号。
(なんでも……できる……!)
失策の憂慮など感じる暇も無く、 ただ己のするべきコトを成し遂げる専心のみが
狂しい程に少女の胸中を充たす。
(なんでもできる!!)
頬を打つ風など気にならない、 その先に待つ破滅の墓標も眼に入らない、
ただ一つの揺るぎない想いだけが、 少女の内と外で爆裂する。
“アナタの為なら!! なんでもできるッッ!!”
「!!」
「!!」
その次に起こった神異なる光景に、 承太郎とアラストールは同時に息を呑んだ。
落下に伴う逆風の最中、 重力に逆らうように捲き挙がっていた炎髪の火の粉が
螺旋状にシャナの背で集束し一瞬の発光の後、 紅き波濤の如く燃え上がる。
そしてソレは炎で構成された翼の形容を執り、
重力に抗う
その姿、 正に神の福音を一身に受ける
( “
悠遠の彼方、 己と共に在った者の姿を
アラストールが想い起こすのと重なるように、
「火の鳥、 か……?」
承太郎も心中を衝いた印象をそのまま口に出す。
そして自分が落ちているコトも一瞬喪心していた彼の手を、
空間を支配する重力の悪魔から奪い取るように再び少女の手が掴み直す。
(もう離れない! 絶対絶対離さない!!)
自分の今在る状態すらもどうでも良く、
シャナは哀哭のように繋ぐ手に力を込める。
しかし瞳を滲ませた彼女を、 最愛の者の声が叱咤した。
「おい! 助けンならちゃんと助けやがれ!! “下に” 向かって加速してるぜ!!」
「うるさいうるさいうるさい!! 気が散るから黙っててッッ!!」
互いに声を吐き、 刹那の間とはいえ正気を逸脱していたコトを諫めた少女は、
己の背に意識を集中しその延長線上に在るモノを己が全霊を以て可動させる。
舞い散る紅蓮の羽吹雪と共に、 大きく展開する炎の双翼。
「――ッ!」
転進――。
絶望的な速度で目下に迫っていた破滅の墓標が炎蒸爆発を起こして弾け、
下降線を描いていた周囲の空気が息の詰まるような上昇気流へと換わる。
ソレに伴って撒き挙がる硝塵のキラメキと共に、
炎の光跡で空間を灼きながらシャナは承太郎と共に目的の場所へと高翔した。
瞬時に視界に入る、 二つの存在。
先刻の崩落で生まれた瓦礫の断崖を既に飛び越え、
蒼き爪牙をその腕に宿らせてラミーへと差し迫る亡霊のフレイムヘイズ。
(間に、 合わない……ッ!)
心中を衝く悔恨、 だが実際に口からでた言葉は。
「承太郎ッ!」
「おう!」
シャナの見た光景を同時に認識していた承太郎は既にスタンドを出し
彼女の黒衣をその幻象の腕で掴んでいる。
そし、 て。
「オッッッッッッッラアアアアアアアアアアアアアアァァァァ
ァァァァァァァァァァァ――――――――――ッッッッッッッ!!!!!!!」
飛翔の速度を全く殺さず、 更にスタープラチナのパワーとスピードも上乗せし、
直線軌道でシャナを
急場凌ぎとは想えない、 息の合ったコンビネーション。
「――ッッ!!」
すぐさまに時間を数秒消し飛ばしたかのようにして迫る、 マージョリーの姿。
雲は千切れ飛んだ事に気づかず、 炎は消えたその瞬間を炎自身すら認識しない。
ソレほどの速度で空間を疾走った二人の
その時の狭間で。 未来への軌跡に同調するようにして。
シャナは、 既に斬っていた。
(……)
美女はその事実に全く気づかず、 ただ歩みを止めただけ、 振り向きもしない。
だが然る後に峰へと返された刀撃の斬痕が、 メリメリと彼女の躰に刻まれていく。
「――ッッ!!」
同時に体内へ叩き込まれた衝撃に美女が喀血して初めて
「い、 一体どっから!?」
神器を介してマルコシアスが叫び、 時空を飛び越えて出現した存在を見上げた。
炎の双翼を左右に捺し拡げ、 重力を無視して空間上に屹立する一人のフレイムヘイズを。
その直後、 斬閃の余波で美女の足場が大きく音を立てて崩れ、
傍にいたラミーは間一髪飛び退いたが最早彼女にそんな余力は無い。
機転を利かせたマルコシアスがグリモアで彼女の背に廻り込んだが、
最早戦うコト等叶わず周囲の瓦礫と共にただ陥落するのみ。
「……」
片手に剣を携えた、重 力を制する紅髪の天使が見据える先で。
鮮やかな栗色の髪を周囲に散らばらせながら、
堕天使のようにマージョリーは群青の火の粉と共に堕ちていった。
深い、 深い。
←To Be Continued……
『後書き』
はいどうもこんにちは。
「羽根の形」が原作と違うかもですが、
「天使の翼」みたいにすると
「安っぽいコスプレ」にしかならないので
コッチにしました。
まぁ一応「アラストールの翼」が以前に出てるので
矛盾は無いかと想います。
(ってか本来“コッチ”じゃないとオカシイんでしょ、
アラストールの「存在」が現れるんだから……('A`))
あぁ、後で『挿絵』足すかも知れません。
『ノトーリアス状態』のマージョリーが抜けてましたね。