白銀家のきつねじゃい!   作:千月

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 書きたいことは決まってるのに書けない日々が続いておりました。

 ホロライブエラーについても書きます。過去と現代両方とも。そのため、書き下ろしがあるというホロライブエラーウエハースのカードをコンプリートしました。私が住む街には売ってなかったので通販で。これでより理解が深まります。でも欲を言えば他の方々の書き下ろしも欲しかった。第二弾やってくれないものか。
 ちなみに初めてホロライブのグッズを買いました。両親に見られないように隠さなくては……!

 それにしても文庫本っておよそ一冊十万文字程度なんですね。つまり私は現段階で二冊分程書いていることになるのか。なのに主人公は今でも不在である、と。φ(..)メモメモ


第18話 それは単なる夢物語のはずだった

 明日に帰る筈のぼたん達であったが、ラミィのお願いで暫く滞在することになった。

 彼女達がユニーリアの迎春祭が開催されるまでユニーリアに滞在することを知ったラミィが、それまで一緒に過ごしましょうと提案し、それを彼女達が受け入れたため雪花家に滞在することになったのだ。

 

 しかし滞在すると決めたとは言え、ホテルをチェックアウトしてないため残りの荷物をこっちに移さなくてはならない。

 そんな訳で、一旦彼女達は雪花家を離れることになった。

 

「ラミちゃんめっちゃ可愛かったね!」

「マジそれな」

「エルフって美形が多いけど、ラミちゃんは別格だったね! 美人さんを見てなんだか寿命が延びた気分!」

「うんうん」

 

 ホテルへの行く道にて、桃鈴ねねと尾丸ポルカは雑談に興じていた。

 そして話の水先は当然ながら、二人の後方を歩く獅白ぼたんにも向けられる。

 

「ねーししろんもそう思うでしょ?」

「あ? ああ、そうだな」

「何? 考え事?」

「いや、考え事って言うほどじゃ無いんだけど」

 

 そう前置きして、ぼたんは心の内で思っていた事を話し始めた。

 

「ラミちゃんはさ、魔法が使えないって言ってたじゃん? それがなんでかって気になってさ」

「あーまぁ言ってたな。でもそんなに気になるもんかぁ?」

「チッチッチ、おまるん甘いね。きっとししろんには深い考えがあるんだよ」

「ないわ」

 

 いかにも分かってますという雰囲気を出したねねを一刀両断。

 

 ぼたんがふぅ、と息を吐けば寒さで白む。ポケットに突っ込んだ指は既に冷たい。

 さて、一体どんな因果で使えないのか。膨らむ想像の答え合わせは、思いの外早く訪れるのをこの時はまだ誰も知らない。

 

 

 

 

 

 

 

 眼光鋭く、眼前の敵を見やる。

 面差し険しく、剥いた牙が煌めく。

 

 獅子の名に恥じぬ佇まい。燃える夕日を背中に背負い、威風堂々と仁王立ちする獅白ぼたんの前には、不敵に笑う桃鈴ねねの姿があった。

 

「ふっ、喩え百獣の王――獅子であろうと食物連鎖の頂点に立つ人間様には勝てまいよ」

「ほぅ、その無駄に吠える口、喉を咬み千切ってもまだ言えるか?」

「カカカッ、威勢がいいのう。そのうち慌てふためき獅子舞い踊る姿*1が目に見えるわ」

「いやまったく上手くねぇんだわ」

 

 彼我の間には静謐な戦意が張り詰める。

 不敵な笑みに反し、桃鈴ねねの脳裏には敗北の二文字がちらつく。

 相手は百戦錬磨の獅白ぼたん。たとえ得物を持っていないからと言って高をくくるのは厳禁。肉体的な能力はあちらがこちらを上回るのだ。

 しかしここで負けては女が廃る。何より負けたくは無い。今この一戦に置いてはこのライオンには負けたくは無いのだ。

 

 何故って?

 

ししろん頑張れー!

「おう」

 

 あの美人ちゃんが奴を応援しているからだっ!!

 

 なーにが、ししろん頑張れー!だ。可愛いんだよ。

 なーにが、おう、だ。すかしてんじゃねー!

 桃鈴ねねは目の前の光景を見て、ギリギリと歯を食い縛った。

 

 何故二人が敵対しているか。別に嫉妬に狂った桃鈴ねねが獅白ぼたんに果たし状を突きつけた訳ではない。

 単に雪合戦するために外に出ていただけだ。

 『雪が積もれば雪合戦をする。常識だろ?』とはポルカの言葉だ。

 

「それではこれより、第十八回雪合戦~チキチキ☆雪の冠は誰のもんだ選手権~を開始します」

 

 その尾丸ポルカは進行役を務めており、手を上げてそう宣言した。

 そして二人の様子を眺め、満足そうに頷いた。

 

「どちらも戦意は十分なご様子。審判は僭越ながら、私尾丸ポルカが務めさせていただきやす」

 

 言い切るのと同時に戦意に満ちた空気を吸って、いつの間にか取り出した法螺貝へと強く強く息を吹き込んだ。

 

「試合始めぇぇぇええ!!!」

 

 途端、ぼたんが投げた雪玉が剛速球でねねの顔面へと飛んでいく。

 それを想定していたねねはマトリックスのアレで回避。

 

「ねね選手に十点!」

「ちょっと待って!!?」

 

 ここでラミィからのツッコミが入った。

 

「今ねねちゃん避けただけですよ!!?」

「まぁお嬢様は知らないでしょうけど、雪合戦には芸術点というものがあるんですよ」

 

 やれやれと言った感じで説明したポルカは、『これだから世間に疎いお嬢様は』と溜息ついた。

 

「そ、そうなんですか?」

「そうです」

 

 キリッとした顔で言い切ったポルカは、解説を始めるべく視線を前に戻す。

 その隣では間違った説明を真に受けたラミィが、世間知らずでごめんなさいをしていた。

 それを横目で見ていたポルカは思わず吹き出した。

 

「冗談だよ冗談。普通にやってたら終わんないから芸術点とかつけてんの」

「もう、法螺吹かないで下さいよ!!

 

 ……法螺貝だけに。フッwww」

 

 …………。

 

 周囲の気温が下がった気がするのは何故だろうか。

 

「……さむっ」

「おまるん。こういう時は()でも()()出すんだよ。()()だけに。いや上手いなぁーこれ」

 

 服の上から肩を擦ったポルカに、ラミィは追加でダジャレを浴びせた。

 と、そこに雪玉が二つ飛来しポルカの顔面に直撃した。

 

「おい誰だ審判に雪玉投げた奴は!!?」

 

 眼を剥いて憤るポルカに、投げた本人であるねねとぼたんは知らん顔をした。

 二人はラミィと楽しそうに話すポルカを見て無性に苛つき、気付けば全力で手が滑っていたのだ。

 手が全力で滑っただけなのでわざとではない。決して。

 

「ねねじゃありませんけど?」

「じゃあししろんか!!?」

「違うけど?」

「嘘つけどっちかだろ犯人は!!? あるいは両方か!!?」

 

 視線を交互に移すポルカに、ぼたんとねねは黙りを決め込む。

 

「………」

「……」

 

 それを見たポルカは『そうか』と一言。

 そして剣呑な雰囲気を醸し出した。

 

「このまま行ったら戦争だぞ。良いのか? どちらか倒れるまで続くぞ?」

「ハッ上等」

「やってみろってんだ」

 

 眼を飛ばすぼたんに、頬を膨らませるねね。それにプラスして拳をポキポキと鳴らすポルカ。

 

「はわわわわ……」

 

 どうしましょうと困るラミィは、ひとまず平和主義的に喧嘩は駄目ですと声を上げた。

 しかしそれで止まる三人ではなかった。

 

「売られた喧嘩はまとめ買いするのが冒険者流。そして相手の顔面と懐を赤字にするのも冒険者流」

「血を流すんですか!!?」

「お嬢様には分からないだろうが……これも冒険者っていう生き物の定めなんよ」

 

 ポルカはラミィへと振り返らずに背中で語り、腕を横に伸ばしてぐっと親指を立てた。

 

「応援しててくれよ。そしたら負けねぇからよ」

 

 渾身のキメ台詞が決まった。

 ポルカはもう満足。大満足。

 その一方でぼたんとねねの戦意はうなぎ登り。

 

「へっ、フェネックへの応援だなんて罵声で十分だろ」

「イヌだかキツネだか不明な奴め」

「おいそれはライン越えだぞ!!」

「実際『君ってフェネックの獣人?』って言われたことありゅ?」

「ねぇえよなぁあ!!!?」

 

 ぼたんとねねの息のあった挑発はポルカの逆鱗に触れた。

 

「はぁぁあーんっ!!? もうこうなったら唯の戦争じゃねぇなぁ!! 頂上戦争だわ!!!」

「あわわわわわ……」

 

 どうしてこうなったのか。雪花ラミィは頭を抱えたくなった。

 件の三人は普段とても仲が良いのに、今やバッチバチに三人の間に稲妻が走ってる。

 どうすればいいかとあれこれ思案するも、三人は既に衝突寸前。

 

(止めないと……!!)

 

 案がまったく出ないまま、ラミィは我武者羅に飛び出した。

 言うべき言葉は『止めて』の一言。だが口から出た言葉は違かった。

 

「この戦争を終わらせに来た……」 

 

(あっれぇえええ!!?? なぜに!? なして!?!? なんばしよっとね!??)

 

 ラミィは心の中で突っ込んだ。別にボケるつもりはなかった。しかし口が勝手に動いたのだ。お酒の飲み過ぎで舌が回ってないのかも知れない。

 ちょっと自重しようとラミィは思った。

 

 そして三人と言えば。

 

「「「………」」」

 

 それなんて感情? って具合に無だった。

 そんな三人に、ラミィは言った。

 

「戦いはっ、止めましょうよ!!」

 

 いかん。これはまずい。

 その後に続く言葉*2を言う前に、意識して口を閉じたラミィは、真面目に禁酒することを考え始めた。

 

(いい? ラミィ。素直に真っ直ぐ言うのよ。喧嘩は駄目だって。真っ直ぐ言わないとまた何か変なこと口走っちゃうわよ)

 

 心の中で深呼吸し、いざ。 

 

「喧嘩は駄目!!」

 

 やった! 言えた! と心の中でガッツポーズ。

 深呼吸してクールになった思考はユニーリアを流れる清流のように澄みきっている。

 三人も毒気を抜かれたのか、ピリピリとした雰囲気は無くなった。

 

「えーっと……」

 

 おもむろにポルカは法螺貝を取り出し、音を鳴らした。

 

「勝者、雪花ラミィ……ってことでオケ?」

 

 なんだかよくわからん空気の中、まばらな拍手が空虚に響く。

 こうして、第十八回雪合戦は雪花ラミィの勝利で幕を下ろしたのだった。

 

 

 

―――………

 

 

 冷えた体を暖めるのは、やはりお風呂。そしてお酒です。このコンビは外と中から同時に暖めてくれる最強の組み合わせだと思います。皆さんもそう思いませんか?

 

 ……えっ禁酒? 知らない子ですね。

 

 

 今ラミィがいるのは脱衣所です。ちなみにラミィはお風呂に入るつもりはないので服は脱ぎません。

 

 ふと視線を脱衣所の隅に向ければ、そこにある三つの籠の中には三人の脱いだ服が入ってありました。

 三つのうち二つはきちんと畳んでありましたが、残りの一つは適当に放り投げられたようにぐしゃぐしゃでした。きっとこれはねねちゃんのものでしょう。

 彼女の天真爛漫な性格はここにも表れているようですね。

 そうラミィが笑みを零したところで、引戸の向こうから大はしゃぎするおまるんとねねちゃんの声が聞こえました。

 

「露天風呂でけぇー!!」

「広ぇえーー!!!」

「あまりはしゃぐなよお前ら。怒られるからな」

「「はーい!!」」

 

 それに加えて、二人を嗜めるししろんの声も。

 ドタバタする音で、今彼女達がどんな顔をしているのか簡単に想像がつきました。それに笑みが深まります。

 

「どっちが速く泳げるか勝負しようよ!!」

「いいぜ! ポルカのジェットストリームバタフライを見せてやんよ!!」

「人様のお風呂で泳ぐな!!」

「「わー!! ししろんが怒ったぁああ!! 逃げろぉおおーー!!」」

 

 賑やかな声を聞きつつ、ラミィは三つの桶に大和酒の徳利とお猪口をそれぞれ入れたものを持って、落とさないように慎重に露天風呂へと続く引戸を開けました。

 うんしょ、と軽くかけ声をかけて開けば、ホワホワと漂う白い湯気が空へと昇っていくのが見えます。

 転ばないよう足元にしっかり注意して、湯気の先にいるししろんを目指します。

 

 ところで、獅子っていうカッコいい獣人なのに、愛称はししろんって凄い可愛らしいですよね。あと笑い方も好きです。ししろんは嬉しいこととか楽しいことがあると、『カッカッカ』とか『カハハハ』って笑うんですけど、照れ臭い時には、にへって顔を崩して『へへっ』って笑うんです。普段の雄々しい姿とのギャップにきゅん! としちゃいます。更に言えば銃を構えている時の目付き。これもまたラミィはずっきゅんしちゃいます。危うくラミィのハートが撃ち抜かれそうになりました。

 

 や、別にししろんのことはそういう目で見てる訳ではないですからね?

 勘違いしないよーに。

 

 それはさておき、温泉に浸かっているししろんに声をかけました。首を回して振り返ったししろんは桶を下ろしたラミィの姿を認めるとバツが悪そうに苦笑いしました。

 

「わりぃな、アイツらはしゃぎ回っちゃってさ」

「いえ、賑やかなことは良いことです」

「オイししろん聞いたか? はしゃいでいいってよ!!」

「あーはいはい」

「あ、そうだししろん。これお酒です」

「おう、ありがとな」

 

 桶とお猪口を渡し、ラミィが徳利をししろんが持つお猪口に注ぐ。

 トクトクと大和酒をお酌し、表面張力ギリギリを攻めます。ちょっと悪戯心が湧いちゃいました。

 

「わっ待って待って溢れるってラミィちゃん!!」

「うふふふ」

 

 案の定、ししろんはお猪口ごと口に含む勢いで吸い付きました。

 イタズラ成功です。

 恨めしげにラミィを睨むししろんにごめんなさいと謝れば、ししろんは優しいので簡単に許してくれました。んふー、そういとこ、好きっ。

 

「うふふ、もう一献いかがですか?」

「じゃあよろしく頼む。今度はちゃんとやってね?」

「もちろんですよ」

 

 流石に二度目は普通にお酌したので、溢れるような事はなく、ししろんは味わうように口の中で大和酒を転がしました。

 

「う~んまろやかな舌触りに、ふっと鼻の奥を抜ける香り。喉越しも爽やかで余韻も素晴らしい」

「そうでしょう? お父様が勧めてくれたお酒なんです」

 

 ラミィがお酒を嗜むようになったのも、お父様から一口戴いていたからです。

 

 その後もししろんとの会話に花を咲かせていたら、おまるんが目の前にやって来ました。

 

「ししろんとラミィ、見とけやこれが俺の、俺たちの最高峰だっ!!」

 

 おまるんはそう言い捨てて潜るなり、湯の中で逆立ちしてるのか足だけを水面から飛び出させました。

 

「んぅ~~~~……合体っ!!」

 

 更にねねちゃんが床を走ってきたと思えば勢いを衰えさせぬまま飛び上がり、そして見事におまるんの足の上に着地しました。

 

「おお~~!! 凄いです!!」

「でしょでしょでしょー!!」

 

 パチパチパチと拍手をすれば、ねねちゃんはえへんと胸を張って腰に手をあてました。

 それにしても凄いですね。ええ、無駄に凄いと思います。

 

「どうやどうや、これがねねぽるの絆じゃー!!」

「絆じゃー!!」

 

 おまるんとねねちゃんが仲良く手を繋いで自慢してきますが、それはともかく先程から言いたいことが。

 

「あの、女性しかいないからと言って裸で走り回ったりするのは、淑女としていけないことかと……」

 

 そう、さっきからこの激しい運動を裸でやってるんですよね。見てるこっちが恥ずかしくなります。

 語尾が尻すぼみになったのはそのせいです。

 だというのに。

 

「おい聞いたかねねち」

「ああ、聞いたよおまるん」

 

 二人はラミィが変なことを言ったようにやれやれと首を振りました。

 

「淑女なんてもんはなぁー、冒険者にはいねぇーんだよ」

「おまるんの言う通り、淑女だなんて生物は絶滅したんだよ。大きな酒場とか夜行ってみ? エグい下ネタ叫ぶ女性とか割りといるからね?」

「そして野郎に紛れて地面に虹を錬成してっからな」

 

 さもありなんと返されて、ラミィは動揺が隠せません。

 嘘だと願ってししろんに視線を向けるも、目を反らされました。そうなのか……そうなんですか。

 

 えっちょっと待って待って。つまりししろんもそんな感じなの? 

 そんな……そんな……。

 

「ししろんも下品なこと叫ぶんですか……?」

 

 恐る恐る訊ねた声は震えていた。

 どうか否定してほしいと願うなか、ししろんは逡巡するように眉をひそめた後、おもむろにニカッと笑いました。

 

「セ!!」

「あばばばばばぁっ!!?!?」

「ああっ!? ラミィちゃんが白目剥いて倒れた!!」

 

 意識が薄れる中、ししろんの『ごめーんさっきの意趣返しだったんだ!』という声が聴こえた気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 目が覚めたら見知った天井が目に入りました。ラミィの寝室です。

 

 さて、あれは夢だったんでしょうか。

 いや夢だったんですよ。

 ししろんがあんなことを言うわけないですからね。

 

「いやいや全く、嫌な夢を見ましたね」

「こんねねー!」

「わきゃあ!!?」

 

 まるでラミィが起き上がるのを分かっていたかのように、ベッドの陰からねねちゃんが飛び出してきました。

 

「くくく、悪戯成功ぅ!!」

「もう、心臓が破裂しちゃうかと思いましたよ」

 

 あーもう、まだ胸がドキドキしています。

 それに何だか咳も出始めてしまいました。

 

「ゴホッゴホ……まぁ、それはともかく、ししろんとおまるんは?」

「じゃんけんで負けてラミィのお父様からお酒貰いに行ったよ」

「そうですか」

「ちなみにねねは勝ったからラミィの寝顔を堪能してたよ」

「うおぉい!!? やめろ恥ずかしい!!」

 

 そんな寝顔を見られてたなんて恥ずかしい。変な寝言とか言ってないですよね?

 

「やぁー嬉しいなぁ『ねねちゃん愛してるー』だなんて!」

「え、そんなこと言ってました!!?」

「ウン言ってた!」

「―――」

「言ってないじゃないですか!!」

 

 割り込んできただいふく曰く何も言ってないということ。愛してるーの下りはねねちゃんの嘘。

 ねねちゃんは嘘がバレても『シシシ』と笑ってラミィのジト目を受け流しました。

 

 まったく、ねねちゃんのことは好きですけどそれは友達としてですからね。愛してるだなんて言わないはずです。

 

「そういえばラミちゃんの本棚物色してたらさぁ」

「おい勝手に漁るな」

「ごめんて。それでさ、並べられた本の中におもしろそーな絵本があってさ。それちょっと読ませてもらってもいい?」

「別に構わないですよ」

「ありがとー」

 

 人の本棚を漁ってもそこは弁えるんですね。ひとつねねちゃんに関して知れました。

 そのねねちゃんは目的の絵本を取り出し、ラミィのベッドの上に広げます。

 本の色褪せた色合いで察していましたが、やはり絵本のタイトルは『青いお花のお姫様』。ユニーリアが舞台の恋愛を題材とした物語です。

 

 もちろん絵本というのは幼い子供向けのものです。文字は少なめで可愛らしい絵が大半を占めるそれを、ねねちゃんは真剣な表情で読み、そして読み終わりました。

 

「いやあーいいお話でした!」

「うふふ、それはよかったです」

「あのシーンは胸熱だったよ! 窮地に陥った姫様を騎士様が救い出すシーン!」

「ラミィもそこのシーン凄く好きです。あと騎士様がお姫様に告白するシーンも。お花を片手に愛を謡うだなんてキュンとしちゃいました」

「ねねもねねも!」

 

 ――ねねちゃんと語らう傍らで、ラミィは淋しさを覚えました。

 だって、この絵本を書いたのはラミィのお母様で、そのお母様はもうどこにもいないのですから。

 

 そう思ってしまった途端、胸の奥がきゅっと少しだけ締め付けられる感じがしました。それに加えてほんのりと目の奥が熱くなります。

 駄目ですね。お母様がいなくなって二百年以上経っているのに、エルフという長寿種のせいか今でも引き摺ってしまっています。

 それでも、一番始めの方と比べたら遥かにマシになったのですけれども。

 

 でもまぁ、仕方ないことです。ラミィがこうして淋しさを感じてしまう程、お母様はラミィにとって大切な人だったんですから。

 

 それでも。

 例えどんなに大切な人であっても、時間の流れとは残酷なものです。

 

 人は五感の中で聴覚が一番忘れてしまうようです。それはハーフエルフであるラミィにも当てはまるようで、お母様の顔も匂いも覚えているのに、もう声は朧気です。

 

 果たして、夢の中で出会うお母様は本当に、ラミィのお母様なんでしょうか。

 

 もはや自分の記憶でさえも、曖昧なものとなってしまいました。

 いつかはお母様がいたことさえ忘れてしまう。そんな時がきてしまうのでしょうか。

 もしそんな時が来るのだとしたら、ラミィにはそれが、この世の何よりも恐ろしいことだと感じてしまいます。

 

 

 

―――………

 

 

 

 桃鈴ねねが雪花ラミィの本棚を漁ったのは、好奇心に押されたからだった。

 ラミィをベッドに運び込む際、本棚が目に入った。

 その本棚には普通の魔法書に加えて錬金術書、更に黒魔術、特に死霊術に関する魔法書が特段多く入っていた。

 

 死霊術というのは、一言でいってしまえば魂に干渉し死者を操る術だ。腐っていようが骨になっていようが、対象の生体情報(ゲノムDNA)があれば死者の魂を呼び出すことができる。また肉体が完全に残っていれば魂が宿った死体――亡者となる。

 

 だがひとつ勘違いして欲しくないのが、死体に魂が宿っても、それは決して死者が蘇った訳ではないということ。

 

 そして死者を蘇らせる魔法は存在しない

 更に言えば死者が生き返る法則もない。

 

 よって、死霊術士は神の使いではない。神の部下である天使でさえも不可能なことを、単なるネクロマンサーができる訳がない。

 

 しかし、不可能だからといって諦めない輩は必ずいる。

 雪花ラミィも、そのうちの一人だった。

 

 死した母親を生き返らせようと死霊術の勉強を始めた。幼いラミィでは初歩的な死霊術の書物も難しかったが、諦めず何年も時間をかけて取り組んできていた。

 だがそれも十何年とは続かなかった。当初胸に燃えるように抱いていた母親の死の痛みは、時間が癒してすっかり下火になっていたのだ。それに加え、死者を復活させることはできないと悟ってしまった。更に追い討ちをかけるように、自身ではどうやっても簡単な死霊術さえ使えなかった。

 

 だから、母親を生き返らせるのは諦めた。

 

 この話は何も雪花ラミィだけの話じゃない。大切な人を失った人は誰もが同じような道を辿り、そして諦める。

 

 死霊術の勉強を諦めたラミィは、今度は錬金術の勉強を始めた。

 ラミィは何の因果か死霊術どころか何の魔法すら使えなかった。魔力は存在していても何故か形にならない。例えるならば詰まった水道管のようなものだった。

 

 そのため、魔法による自衛手段の代わりに、錬金術による自衛手段を得ることにした。

 なぜなら錬金術は術者の魔力ではなく周囲に存在する魔力や霊力を源とする。魔法が使えないラミィにとっては有難いものだった。

 

 また、錬金術には嘘か真か永遠の命を与える賢者の石というモノがある。

 これを再現してかつ応用できれば死者に命を与えることができるかもしれないと考えた。無論、賢者の石さえも錬成できたことは一度もなかったが。

 

 それでも勉強したことは無駄になっていない。

 錬金術はしかと雪花ラミィの血肉となったのだ。

 

 

 話が大分それたが、ねねがその中に埋もれていた絵本を見付けたのは、魔術書の中に絵本という異質さがあったからだ。

 それは桃鈴ねねは勿論のこと、獅白ぼたんと尾丸ポルカの両名もラミィを運び込む際に視界に飛び込んできた。

 

 だが何故そこにあるのかと口に出す前に、思考が回転し口を噤めと結論を出した。

 

 そういう家系でもないのに大量の死霊術の書があることはイコール、大切な人を亡くしたということとほぼ同義。

 そして大切な人はおそらくラミィの母親。

 加えて大量の死霊術の本に紛れて置いてある絵本。

 

 ゆえに結論は容易くついた。

 だから疑問を口に出すことはしなかった。

 安易に話題に上らせて、好ましい人から嫌われたくはないのだから。

*1
きりきり舞いになるという意味で使っている

*2
命がもったいだい




 雪花ラミィ
 氷笑の魔術師の名は伊達じゃない。
 ししろんは下品なことを言わないってそれ古の時代から言われてるからー!!

 獅白ぼたん
 獣人としての本能か、それとも冒険者としての経験か、何だか嫌な予感を抱き始めた。

 尾丸ポルカ
 トランペットやエレキギターなどに加えて法螺貝や叫ぶ黄色いニワトリなど、日常生活でいらない奴も沢山隠し持ってる。通称音デッキと呼ばれるこれらは一体どこにどうやって隠し持っているのか。

 桃鈴ねね
 おれのラミィ……。

 賢者の石
 伝説上の石だが錬成に成功した獣人がいる。
 とある場所のとある斜塔に住んでいるようだ。

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