小説情報を編集し、やっとまともなあらすじが書けたと思います。しかし文字制限の壁があり、おそらく第五章のあらすじは書けないでしょう。
ごめんね。
ごめんね。
あなたを普通の子にできなくて
ごめんね。
―――………
パチパチと焚き火が弾ける音がする。
適度に薪をくべれば、そうそう簡単には消えやしない。
そこでやっと、己の内に響く声に意識を傾けた。
殺せ――
と頭の中で響く声に『うるさい』と返し、
壊せ――
と耳のそばで囁く声には『黙れ』と返した。
従いたくとも今は何もできないのだ。
この俺じゃない俺の声は、壊れたレコードのように繰り返し、脳内に溢れかえらせる。
犯罪を教唆するそれは、どうしようもなく不快で痛快で愉快で爽快で俺を容易く人でなしにさせる。
何故ならばその声に従った時、俺は何者にも勝る愉悦に浸れるのからだ。
声自体は物心着く前から聴こえていた。鬱陶しさを抱きつつも、その声に従えばどうなるかという好奇心も抱いていた。
その好奇心はいつしか鬱陶しさを上回り、そして俺はあの日声に従った。
あの日のことはよく覚えている。俺の七歳の誕生日だった。
ごく普通の家庭のように誕生日を祝られ、ケーキを食べ、プレゼントを貰い、興奮のままに毛布にくるまった。
その興奮のままに初めて、脳裏に響く声に従った。
結果、気付けば俺は寝室にいてベッドの上で血の海に沈む両親を見下ろしていた。
手にした包丁に恐怖は抱かず、夥しい血の量に戦くことすらなく、この虚ろな胸腔に満ちたのは不思議な達成感。
加えて誕生日を祝ってくれた時よりも激しく吹き上がる歓喜、恍惚。
声に従えば更に悦ばせてくれると、何者にもなれると、教えられてもいないことを本能的に悟る。理解する。
これは紛れもなく七歳を迎えたことによる『ワザ』の発現だった。
只人ならば酷く恐ろしく感じ、忌避感すら覚えるそれを、俺は微塵も思わなかった。
総身を震わし、胸を高揚させるこれを、どうして恐ろしいと感じようか。
『殺せ』
声が囁くままに、ケーキの上に灯る蝋燭の火をフッと吹き消すような軽さで、俺は弟妹を殺した。
生きてきて今まで、こんなに快楽で打ち震えたことなどなかった。
歓喜で頭が真っ白になることもなかった。
これが、これこそが、俺の『ワザ』。誰にも真似できない俺唯一の能力。
誰かに化ければ俺に繋がるものはない。証拠となり得る声も指紋も何もかも、警察の矛先は俺ではなく俺が化けた誰かに向く。
俺を止められる者は誰もいない。
この夢みたく素晴らしい日々は永遠に続く。
そう信じて疑わなかった。
あの忌まわしき名探偵に捕まる前までは。
全てが燃えているような夕暮れ時。
呪われし地獄のような黄昏時。
化けた相手を殺してその相手の家に潜んでいた時、その家への帰り道に、かの女はやってきた。
童顔ながらも金髪碧眼のナイスバディの女。
まだ年端もいかぬ少女を前にして、己の心は色めきたった。
脳内の声が囁くままに、服を剥いて縛り上げ、自分がじっくり楽しんだ後に浮浪者の群れに放り込むかと思考を巡らせた。或いは拷問にでもかけて悲鳴を楽しむかと指が動いた。
だが俺はぴくりとも動かなかった。いや動けなかった。
何も魔法をかけられた訳ではない。ただ女が笑っただけだった。
花が綻ぶような笑みが、何よりも効果的に俺の身体を硬直させ、己の心の深層さえも見通すような眼差しに、冷たいものが背筋を伝った。
「どうも初めまして。アメリア・ワトソンです」
聞いたことがある名前だった。
迷宮入り無しの名探偵。解決率百%の名探偵。
二つ名はなく、自称『歌って踊れるワトちゃま伝説』。率直に言ってふざけてやがる。
しかし噂通りの推理力であった。
まるで見ていたかのように俺の行動を言い当てた。更には予想だにしない証拠を押さえられ、もはや言い逃れはできなかった。
何故分かったと問いた時、女はニンマリと笑って、
「簡単なことでしょう? right?」
と、一言。
高らかに笑う女に骨の髄まで憎悪が灼け付く。魂の一欠片さえも残さず滅ぼしたいという怨毒が沸き上がる。
この瞬間、あの夕日のように燃え上がる怨讐が五臓六腑に焼き付いた。
言い逃れできない事実を受け入れ、女を殺せば解決と思い忍ばせていたナイフを取り出すも、時既に遅し。
どこからともなく現れた黒い風に大鎌で斬られ、死んだかと思ったものの目覚めた先は牢獄だった。
この時俺がどんな思いで叫んだのか、女にはなにも分かるまい。
お前は俺に消えることの無い憎しみを植え付けた。
お前が、お前こそが俺の唯一無二の、最悪の悪夢そのものだ。
その悪夢を払うために、女はどうにか殺してやりたかった。
だが俺が入れられた白銀騎士団の牢獄は堅牢の一言。
両手と両足に嵌められた枷が魔法と『ワザ』を封じ、物理的な方法でないと脱走は不可能。
監視の眼も厳しく脱走などできやしない。
声に従えない鬱憤が糊のように積み上がり、爆発寸前まで膨れ上がった。
手足に繋がれた枷を振り回し、擦れた皮膚から血が流れる。その痛みと赤みでかろうじて理性を保っていた。
そんな薄氷の上のような状態ではまともな門答は出来ぬと悟ったのか、俺は暫く尋問部屋に連れていかれることは無くなった。
しかし一人の男がやってきた。
何よりも目が行ったのはその高さ。
二百は裕に越えているだろう。
その男は大空警察の警服に身を包み、俺と尋問部屋で二人きりになった時、名前を名乗った。
ベータと。
「――ベータ? 変な名前だな」
「本名は別だ。お前にはあえてこの名を名乗っている」
訝しげに眉をひそめる俺に、ベータは指を組んで話し出した。
「お前はシークレット・アーカイブ・ユニットを知っているか?」
「知らねぇな」
「私はそこに所属している」
「んだそりゃあ? 大空警察の内部機関か?」
「違う。寧ろ大空警察の敵だ。私はここに工作員として潜入してるのだ」
「ほぉー……」
大事そうなその情報を俺に伝えるとは、一体何を企んでいるのか。
俺の思考を読んだように、ベータは口を開いた。
「お前には私の後継者となって貰いたい。お前の地力はともかく、切断された四肢を再生できる程の治癒魔法の腕と誰にも変身できるその『ワザ』は魅力的であり、私にも通じるものがある。後継者となってくれれば教えられることもあるだろう」
「!? あぁそういうことか」
ベータは男だった筈なのに次の瞬間には女に変化していた。ただ髪と瞳は変わらず金と青のまま。ここを変えられるのか変えられないのか不明だが、確かに通じるところはある。
しかし。
「俺のメリットがねぇな」
「釈放しよう。今すぐには無理にでも一週間後には外を歩けるだろう」
その言葉に心が動かなかったと言うのは嘘になる。
だが俺は素直に頷くことが出来なかった。
「……ここにいる以上時間はたっぷりある。存分に悩んでくれて構わない」
「…………」
「あぁ、だが二週間後の夕暮れまでには決めておけ」
「そのタイムリミットは?」
「白銀家の屋敷を一部爆破する。アルファによればここの監獄まで届く程の衝撃が来るそうだ。その混乱に乗じてお前が脱獄できるよう手筈を整えておく」
「………」
「この勧誘を断っても構わない。だがもし、我々の仲間となるのなら“ポイント・アルファ”を目指せ。では嬉しい返事を期待している」
結局答えは出ないまま、二週間が過ぎた。その日の夕暮れ、ベータの言った通り監獄自体が揺らぐ程の爆発があった。
「何の爆発だ!?」
「囚人の監視を強化しろ!! 誰一人として逃がすんじゃない!!」
「駄目ですシステムが機能停止しています!!」
「爆発のせいか!!?」
血相を変えて行き交う騎士共は、衝撃か故意か知らないが俺の牢獄の扉が外れかかっていることに気付いた様子はない。
直ぐ様俺は行動した。
騎士の一人を枷の鎖で首を締め上げて落とし、携帯していた剣で俺の両足首を切り落とした。更には両手首をも切り落とした。
両手に関しては固定した剣に叩きつけるように切り落としたから、半ば千切ったにも等しい。
これで枷が封じていた魔法の行使及び『ワザ』は使用可能となった。
血液不足で死ぬ前に治癒魔法を唱え、手足を再生させる。
治癒魔法が使えなかったらこんな荒業はできなかっただろう。
後はもう力に任せての逃げの一手だ。
隊長レベルの騎士が駆けつける前に、俺を捕まえようとする獄士から逃げ、姿を変えて監獄から脱出した。
だがあちらも馬鹿ではない。
優れた目の持ち主か、あるいは魔法か『ワザ』の恩恵か、俺を決して逃がさんと追いかけ続けてきた。
こんな時でも犯罪を唆す声が鼓膜を揺らすが、無視して逃げ回った。
時には虫ケラのように無様に這いつくばり、時には犬畜生のように泥にまみれた。
そこまでして逃げるのはベータの言うこともあったが、ひとえにあの女を殺したかったからだ。想像を絶する程の苦痛を与えた後に殺したかった。
だが俺は断腸の思いで見逃した。今はどうやっても無理だろうと判断したからだ。
だがお前を殺すのはこの俺だ。
首を洗って待っておけ。
そう捨て台詞を心の中で吐き、一か八かで魔法の森の渦に飛び込んだ。
有難いことに神とやらは俺を見捨てなかったらしい。
空間の渦に腕や足を引きちぎられることはなく、五体満足でウェスタから逃げることに成功した。
それのみならず、身を隠すのに最適な洞窟も見付けられた。
ただ、ここがどこかは分からない。
雪兎が跳ねていたからどこぞの雪国だと思うが、雪国など幾らでもある。まさかウツシヨではないと思うがそれすらもあやふやだ。
ここ数日は周囲の探索を行っていたものの、未だ誰ぞの人影も見たことがない。
だが今は脱出してからおよそ三ヶ月。打ち付けるように吹雪いていた嵐は落ち着きを取り戻し、最近は木の実以外に肉も頻繁に調達できるようになった。
そろそろここを出て人里でも探しに行くべきかもしれぬ。
ここはカクリヨなのかウツシヨなのか、俺以外に人がいるのかいないのか、ポイント・アルファに向かう向かわないに関わらず最低限これだけでも知らなければならない。
俺は溜め息を吐きつつ、重い腰を持ち上げた。
―――………
ラミィとしては、久しぶりにすっと起きれました。
最近、息苦しさで起きることが多かったのです。
今日の天気は雪だったはず。けれども窓の向こうはまだ薄暗く、外の様子ははっきりとは見えません。
ただ、風が強いそうで窓がカタカタと音を立てていました。
「お? 起きた?」
「ゎ!?」
薄暗い部屋の中、ラミィの顔をししろんが覗き込みました。その眼がネコ科らしく光っていて、思わず驚いてしまいました。
一方ししろんの表情は少しだけ心配そうで、眉尻が緩やかに下がっています。
それも仕方ないことでしょう。
昨日の夜、ラミィは急に咳が止まらなくなって彼女達に心配をかけたのです。
『お父さん呼んでこようか?』
『いいえ、大丈夫です。心配をかけたくありません』
お父様とお兄様に心配をかけたくないので黙ってくれるようお願いした後、ラミィは早めに寝室に向かいました。
寝れば治るかとベッドに横たわるも、咳が止まらず眠気も来ません。それなのに、どうやらいつの間にか眠っていたようです。
「ししろんは何時からここに?」
「昨日の夜からだよ」
もしかして看病をしてくれていたのでしょうか。
そう思った途端、左手がししろんと繋がれているのに気が付きました。
やっぱり看病してくれていたのでしょう。嬉し恥ずかしで顔に血が集まるのを感じます。
左手をほどいて赤くなった顔を見られないように寝返りをうち、毛布に顔を埋めました。
そしてボソッと、
「ありがと」
と言いました。でもししろんには聴こえて無いようで反応は返ってきませんでした。当たり前です。聴こえて欲しくて言った訳じゃありませんからね。
ふと部屋の照明が付きました。
あまりの眩しさに目を瞑ります。いわゆる目がぁー! っていう奴です。
ラミィは逃げるように毛布を頭から被りました。
「ラミちゃん朝だよ」
「んー……もう少し寝よう?」
被った毛布から目元だけをひょっこり出して、縋るようにししろんを見つめます。
お父様やお兄様に有効なこのワザはししろんにも効果があったようです。口淀むししろんにラミィは畳み掛けます。
「一緒に寝よう……?」
ししろんの腕を取り、そのまま力を込めて引っ張ります。しかし目論んだミイラ取り計画は失敗でした。
見た目は細腕なのにぴくともしません。ししろんを毛布の中に取り込み一緒に寝る計画は水泡と帰しました。
「朝だよラミィちゃん」
「えー……」
「……………まったく」
ベッドに懇ろなラミィに、仕方がないという顔をしてししろんは毛布を剥ぎ取りました。
この暴挙、だいふくよりも酷いです。
ししろんはラミィの責めるような視線を何でもないように受け流しました。
「よいせ」
「はわわわ!!?」
ししろんは急に接近したかと思えば、パジャマ姿のラミィの大腿の下に、背中に、手を差し込んで持ち上げ横抱きにしました。いわゆるお姫様抱っこと呼ばれるものです。
「……っう」
思わず恥ずかしさで蚊の鳴くような声が出た。
まったくもうししろんったら!
ししろんったら!!
このこのこの……っ!!
「は、離して下さい起きますからぁ!!!」
じたばたすれば解放してくれると思ったのに、更に強い力でラミィを抱き締めてきた。
そうなればより至近距離でししろんの顔が見えることになります。
スッとした鼻筋も、さらさらした灰色がかった髪の毛も、ちょっぴり顔を出す八重歯も。
更にはししろんの大きな宝石のような瞳が真っ直ぐラミィを貫くから、ラミィはあちこちに視線を泳がせました。
視線が泳ぎすぎてバタフライしているラミィの首筋に、フッとししろんの吐息がかかりぞくぞくしました。
これにはもう駄目だと両手で顔を覆って、物理的にししろんの顔を遮断します。
これでもう大丈夫な筈です。
「離したらラミィちゃん逃げるでしょ? だから逃がさないよ?」
視界を遮断すれば聴覚が敏感になるんですよね。
つまりししろんの声はいつもの数倍となってラミィの頭の中に入ってくる訳ですよ。
策士策に溺れるとはこのことで、ラミィはもう茹でダコもかくやというものになってしまいました。
「も、もう……ししろんのばか。………ばかばかばかぁ………あほ」
顔を覆うラミィの反応に、ししろんが面白そうに笑っている声が聞こえました。
ばか。
・
・
・
「オイコラぼたんや。ちっとばかしツラ貸せや」
「嫌って言っても強制だかんねー」
「なんだよお前ら」
「はーん!? 聞きましたねねさん!?」
「バッチリ聞きましたわポルカさん。こいつシラを切るつもりですわ」
「だから何の話しだよ」
「昨日の夜いつの間にか居なくなったと思ったら、ラミィちゃんと一緒に居たんですね!!?」
「そんで何したらラミィちゃんの顔が赤くなるんですかねー!!? ナニでもしたんですかい!? かぁー、ペッ!」
「リア獣撲滅委員会名誉会長としては見逃す訳にはいかんのですよ」
「同じく名誉副会長としてお前を見逃す訳にはいかない!」
「名誉副会長ってなんだよ。それに何もしてないったらー」
「「嘘つけぇっ!!!」」
という一悶着はあったものの、その日の朝は特に何事もなく過ぎていった。
―――………
交通の便が不便の一言では言い表せない程の辺境にある雪花家の買い出しはまとめて行われる。
そのため、欲しいものや調度品、食料等々は近くの街に赴いて大量に購入する。
つまり今日は買い出しに行く日だった。
通常雪花家に仕える雪民達が街に出向くが、今回は彼女達が手伝ってくれることになり、運搬に役立つポルカのワザのこともあって街には彼女達と一匹の雪民だけとなった。
その彼女達というカテゴリーの中には、雪花ラミィも含まれていた。
「ラミィちゃん、その格好は?」
「お忍びスタイルです」
ポルカの指摘した通り、ラミィは雪兎を模したフードを被っていた。
このフードは魔力の放出ができないラミィでも使える特殊な品だ。
「なんで?」
「……んまぁ、簡単に言えば“エルフ”だからですね」
「でも今はもう迫害とかされてない筈では?」
「そうかもしれませんが、体裁とか色々あるんです。石とか投げられるんですよ?」
エルフという種族はニブルヘイム時代において、その莫大な魔力量、あるいは霊力の高さに目を付けられ、魔王によって暴悪の片棒を担がされた。
この己の意思に反する暴力行為は、心優しきエルフの精神を蝕んだ。
別の考えでは被害者ともいえるエルフと言えど、もたらされた被害は甚大。自然は破壊され死者も山のように出た。
だからこそ、エルフという種族は森や山などの辺境に住み、多くのヒトビトが住む都市には近付かないようにしているのだ。
例え再び操られようと誰かの命を奪わないように、滅多に人が近付かない場所で生きていこうと。
魔王から解放された当時のエルフ達はそう戒めたのだ。
そして二つのエルフは道を分けた。
太陽のエルフである不知火家は竜霊山に。
月のエルフである雪花家は雪国ユニーリアに。
しかし、いかに俗世から離れようと人々を迫害した歴史は変わらない。
特に人間族においてエルフという種族への差別や迫害が始まってしまった。
始めは恐怖故の差別が百年も経たない間に、操られたのは性根が弱いから云々だという侮蔑や嘲笑に代わった。ここまでくればもう辿る道は迫害となった。
しかし石を投げられたり魔法を撃たれたりと突如として、脈絡無く暴力を振るわされたことはあっても、当人のエルフ達が反撃することはなかった。
エルフは総じて寿命が長く、そして泣きたくなる程に心優しき種族。操られた本人達は存命であり、彼ら彼女らは中傷も謗りも受け止めて、ただただ自分を責めて心を痛ませた。
この時に一度考えを改め、人脈も絞ることになり、滅多に人前に現れることはなくなった。
そうなれば人間族は意識することも次第になくなり始め、更には社会性が成長するにつれてかつての先祖の言動を恥じて差別や迫害は無くなった。
――という経路があるものの、世間知知らずなお嬢様な雪花ラミィは本で学んだ知識が主だ。あるいは家族からの知恵だが。
「お姉様はウェスタの病院で働いているんですが、種族を偽っていると聞いてます。なのでラミィはせめて顔を隠すべきです」
「……そうかぁ」
きゅっとフードの端を摘むラミィの顔は、認識阻害の効果で窺えない。
ポルカは頭の後ろで手を組んで、少しいじけるような声音でそう呟いた。
「まぁ、ラミィが街に行くのは初めてなんですけどね」
「石投げられたこと無ぇんじゃねぇか」
・
・
・
ポルカの『ワザ』によって呼び出された魔物の背中に乗り、予想より早く街に着いた一行。
街は既に迎春祭へと向けての準備が始まっていた。
街灯と街灯を繋ぐ紐に結ばれたユニーリアの国旗。
あちこちに飾り付けられたツウィルの花。
まだ日も傾いて無いのにお酒を傾ける人達。
子供達は頭に花冠を被り、何かの歌を歌いながら走り回っていた。
そんな騒がしくする人達の間を行き交う雪の精霊である雪民。精霊なので性別があるかどうか疑問だが、彼ら彼女らも楽しそうにフワフワと浮いていたり、意味もなくクルクル回っていた。
けれども皆がみんな、街を精一杯楽しく飾り付けを行っていた。
そんな楽し気な雰囲気に当てられて、ウキウキし始めた一行は、あちこちに目を向けては頻繁に足を止める。
目を輝かせる彼女らを邪魔するのは可哀想と思ったのか、執事である雪民は一匹で黙々と買い出しを始めた。
しかし流石に申し訳ないと思ったのか、一行は慌てて執事を手伝い必要な物を買い始めた。
ぼたんとねねとポルカは食べ物と日用品を。
ラミィと執事はその他嗜好品を。
三人と、一人と一匹は集合場所と時間を決めて分断して買うことにした。
それぞれ高揚感を抱きながらも街を周ること一時間弱。
空は雲行きを変えて暗雲垂れ籠め始めた。
はらりはらりと雪が舞い落ちる。
今日もまた、何もかも白く塗り潰す雪が落ちてくる。
「あれ? ラミィちゃんから電話だ。なんだろう?」
ひとつの電話がかかってきた。
―――………
初めての友達。
初めての街。
表面上は冷静さを保ちながらも、ラミィの心は天にも昇るように、浮き足立っていた。思わず鼻歌も出てしまいます。
街は危険だと本に書いてありました。けれどこんなにもヒトビトが楽しそうにしてるのです。きっと誇張されて書かれていたに違いありません。
そう思うと、お姉様が種族を偽っているのにも首を傾けます。
エルフと人間族との外見の差は耳の長さしかありません。そこを魔法とかで誤魔化していてもいずれはバレてしまう筈です。やはりお姉様はウソを言ってたんでしょうか。
いやでも、優しいお姉様が可愛い可愛い妹にウソを吐くでしょうか?
まぁ真偽はいつかお姉様に訊ねてみるとして、今は買い出しを手伝いましょう。
ラミィは自分で買い物したことありませんが、執事のやり取りを見ていればなんとなく分かります。
ですが、執事からしてみれば仕えるべき主人の娘であるラミィにやらせたくはないのでしょう。
手伝いますと何度言ってもやんわりと断られます。見た目ふわふわな癖に岩のように強情なやつです。
遂にはお駄賃を渡されて遊んでらっしゃいと放逐されました。
「むぅ、執事さんの頑固者!」
捨て台詞を吐いて、ラミィは雑貨屋から背を向けます。
いいもんいいもん! こうなったら酒屋でも行ってくるもん!
ぷんすこ頬を膨らませて怒りながら、ラミィは適当に街中をぶらつきます。
酒屋といってもどうせなら、隠れた名店とか探したいところです。そして自慢して後悔させてやるのです。
そんな決意を新たに、ラミィはメインストリートから離れて路地を歩き回ります。角を数回曲がれば、人気の少ない裏通りに出ました。
そこは陽光が射し込まないために薄暗く、不気味な通り。
思わず足が止まってしまいます。
けれども。
「………よし」
たじろぐ足を諌めていざいかん。
雪花ラミィの冒険は始まったばかり!
心の中で壮大な音楽をかけ、ラミィは勢いよく足を踏み出した――。
――ていう茶番劇です。
実際はおどおどしながら歩いてます。
仕方無いよね、怖いものは怖いもの。
「とと、危ない危ない」
急な突風にフードがもってかれました。
フードが脱げると認識阻害が働かないので、直ぐ様被り直します。
まったく、悪戯な風さんです。
それはさておき、なかなか酒屋さんに着きませんね。
それになんだか……。
「静かすぎでは……?」
薄暗い裏路地と言えど、こんなにも誰かの声や何かの音がしないということはあり得るでしょうか?
「戻った方がいいかな……」
「――お嬢ちゃん」
踵を返したところで、後ろから誰かに肩を叩かれました。思わずピクリと肩を震わせます。
「―――はッ」
振り向いて、その人の目を見た瞬間、得体の知れない何かが背筋を凍らせました。
冷たい目です。
冷たい顔です。
ニコニコしているのに、まるで人を人だと微塵も思ってないような、逆に人じゃないような、人を喰らう化け物のような相貌を、彼はしていました。
「君ってエルフだよね?」
「……」
温度を感じない声です。
温もりのない声音です。
彼の確信に満ちた問い掛けに、ラミィは返すどころか動けません。
蛇に睨まれた蛙という言葉の通り、ラミィは硬直してしまったのです。
「フード取って見せてみてよ」
「…………」
動かないラミィに痺れを切らしたのか、彼はトントンとラミィの肩を叩きます。率直に言って怖すぎます。
「もう、仕方無いなぁ」
「や、やめ」
「ほぅら、やっぱりエルフだ。珍しいや!」
日の元に晒されたラミィの容貌。
彼は素晴らしいものでも見たかのように、両手を叩きました。お調子者のようにパチパチと音を立てて、口笛も吹きました。
そんな道化染みた言動が、スイッチが切り替わったように無くなります。
「―――エルフって今まで殺したことないんだよね。どんな声を上げて死ぬのかな? ちょっと教えてくれよ」
「な、何を言って」
「君可愛いしやっぱり可愛い声で泣くのかな? それとも甲高い声で叫ぶのかな? ―――教えろよ」
「ッ」
その途端、弾かれたようにラミィは走り出しました。彼を突き飛ばして、反対方向に走ります。
「いいねぇいいねぇ! 鬼ごっこの始まりだ!!」
彼のおちゃらけた声が後ろからラミィの鼓膜を揺らします。
怖い怖い恐い。
助けて誰か。
堪らず泣き出しそうになり、視界が歪みます。
こんな時に思い浮かんだのは、あの人の顔。
ラミィは迷わずその人に電話をかけました。
どうか出てくれますように。
―――………
「どうしたのラミィちゃん?」
電話に出たぼたんの鼓膜を揺らしたのは、酷く息切れを起こしている声。
それに思わず顔を険しくした。
「助けてししろん! 誰かに殺されそうなの!!」
縋るような声色。その一言に、獅白ぼたんは眼光鋭くこう返す。
「任せろ!!」
詳細は聞かない。
聞かなくても問題ない。
何故なら、うちのお嬢様を泣かせるやつは誰であろうと許さないからだ―――。
「ポルカ鳥獣の召喚! ラミィを探して!!」
「何があったか分からんが了解!」
「ねねは探知魔法の展開!」
「ラジャー!!」
ラミィからの電話を受けるなり豹変したぼたんからの指示に、二人は異を唱えることなく従った。
ぼたんの顔を窺えば、戦闘する時の面立ちをしていた。
瞳孔は縦に収縮し、獲物を見つけたとばかりに爛々と光り、冷酷な顔を覗かせていた。
ポルカはそれを見て背筋を震わせた。恐怖からではない。興奮からだった。
ぼたんのその顔は、本気になった証拠。
(あ~あ、こりゃあ酷く荒れそうだ……)
この事に気付いたポルカは、心の中でそう呟いた。
「それでラミィちゃんに何があったの?」
前方を走るぼたんにねねが問う。
ぼたんは振り返ることなく返した。
「誰かに殺されそうだって」
「ええっ!!?」
悲鳴とともに青ざめるねね。それに反して、ポルカは薄々気付いていたため、驚いても表情にはおくびにも出さなかった。それどころか非常に冷静さを保ったままだった。
「エルフは滅多に人前に姿を表さない。もしかしたらラミィちゃんは誰かに拐われそうなのかもしれないね」
ポルカはサーカス団の出自だ。故に見世物小屋なるものも知っている。エルフというレアな生き物を捕らえて商売に使うつもりなのかもしれない。
あるいはどこぞの科学者に売り飛ばされて解剖とかされるかもしれない。
そう想像した途端、ポルカはあまりの悪辣さで目眩がした。
「早く見つけ出さなきゃ!」
ねねが叫んだ瞬間、右前方から天へと昇る大きな錬成光が見えた。
その直後、まるで天気を錬成したように、不意に突風が四方八方に吹き荒れる。更に鈍色の空からは雪が荒び、突風を伴って吹雪になった。
そうなれば嵐を感じ取った人々はあっという間に家に入り、外に居る人は彼女らだけとなった。
「行くぞお前ら!!」
街中であれ程大規模な錬成光を放つのは普通じゃない。ならば、あれはラミィが上げた狼煙のようなものじゃないか。
そう判断して、ぼたんは力強く疾駆する。後ろからねねとポルカが着いてきているか確認しないまま身体強化魔法で地面を蹴り、飛ぶように空中へと跳び上がれば、白く染まった世界に導くように青く光るものが見えた。
(あそこか!)
家の屋根に着地し、跳躍。二度、三度、四度の跳躍で、そこに辿り着いた。
見えたのは細い路地裏の奥。突き当たりの隅で三角座りをしている人物。
驚かさないように優しく彼女の名前を呼べば、フードがピクリと震え、恐る恐るぼたんの方へと向いた。
「ししろん?」
「迎えに来たぞ」
「ししろんぅぅー!!」
弾けるように立ち上がり、安堵で涙ぐむラミィの抱き着きを、ぼたんはしかと受け止めた。
「怖かったよぉおお!!」
「よしよし」
肩口に顔を埋め、恐怖で肩を震わせるラミィをぼたんはぎゅっと抱き締めた。そのままラミィの背中を優しく叩き、無事で良かったと言葉を漏らす。
「――へ?」
だが次の瞬間、ラミィはぼたんに突き飛ばされた。
急にぼたんから拒絶されたラミィは、何が起こったか分からぬ、ポカンと呆けた顔を晒して、道端へと転がった。
「──逃げろラミィちゃん!!」
動揺するラミィの鼓膜にぼたんの叫びが追い付いた。
銃を抜いたぼたんの右腕からは血が流れていた。
ぼたんの背後で座り込むラミィを狙うように飛来した魔法を、取り出した銃の銃身で間一髪のところで防ぐ。
大事な砲筒部で防いだため、ぼたんは暴発を危惧して投げ捨て、もう一丁拳銃を取り出した。
「近くにねねとポルカがいるはず!!」
ぼたんの叫びに背を押され、ラミィはふらふらと立ち上がる。けれどぼたんに背中を向けることはできなかった。
「ししろんを置いて逃げられないよ!」
「いいから逃げろ!」
『この吹雪の中じゃラミィちゃんを守りきれない!』
そう続けそうになるのを噤み、ぼたんは叫んだ。
「全力出したらラミィちゃんが危ない!」
「でも!」
真っ白に染まった世界から、また一筋の魔法が飛ぶ。それを避けたぼたんは敵が居るであろう方角へと銃声を轟かせる。そこに微塵も命を奪うことへの躊躇いは無い。
ちょうどそれに、ぼたんは閃いた。
「あたしが人を殺すところが見たいのか!!?」
そう叫べば、思った通りにラミィは口ごもる。
再び前方へと幾つか弾丸を放てば、ラミィは意を決したようにぼたんへと叫ぶ。
「たとえししろんが人を殺しても、ラミィはししろんのこと嫌いにならないからね! 死なないでね!!」
そう言い残して、ラミィはぼたんから背を向けて走り出した。
――ぼたんは銃を構え直した。もう後顧の憂いは断った。
それにラミィからの激励も貰った。負ける気がしない。
「へっ─」
口の端が釣り上がる。
心臓が音を立てて拍動する。
腕を負傷しているが外す気が微塵も無い。外す未来が見えない。
こんなにも誰かの言葉が力になるなんて、ぼたんは思ってもみなかった。
だがそれは果たして、ラミィの応援だからなのかは、この時のぼたんは分からない。
胸の温かさが、興奮によるものだとしか分からない。
「姿を見せろよクソ野郎! いっちょド派手に殺り合おうじゃねえか!!」
アメリア・ワトソン
七変化による事件現場を本当にその場で見ていたのかもしれない。だって彼女はタイムトラベラーなのだから。
なお時間の典獄であるオーロ・クロニーは良い顔をしてない。
ちなみに現在助手を募集中。
雪花ラミィ
錬成したのは発光物質で見た目が派手なだけで殺傷能力はない。
ちなみに普通の人とは違って霊力で錬成陣を描けないため、予め描写してある紙を用意していた。
簡単に錬成構築式について述べるが、外円を何重にも重ねることで規模と威力を上げられる。詳しくはいずれ。
次回SAN値ピンチ。
七変化
普通の家庭に産まれたものの、普通ではなかった。
七変化に殺される寸前、母親は悲しみで泣いたそうだ。命の灯火が事切れるまで何度も謝罪を繰り返していたらしい。
なお、七変化のワザは『七変化』であり、脳内の声ではない。七変化の視点では声がワザだと認識していたが、これは幼かったために勘違いしていた、という設定なので誤植ではないです。
ちなみに、口調が所々変わっているのは声とワザのせいで性格が歪んでいるからです。
過去も考えているのに名前を考えてないんだよね。
ワザ
ワザには先天的に発現するものと後天的に発現するものに分かれる。
先天的な場合、種族的なワザなどが発現しやすい。例 鷹嶺ルイ。
後天的な場合、イワレの蓄積による発現であるため多種多様なワザが発現しやすい。例 獅白ぼたん。
ちなみに、先天的な場合七歳の節目で発現するが、これは七歳までは神の子だからである。
治癒魔法
以前で説明した通り、切断された四肢を元通りに繋げたり四肢を生やしたりする程の治癒魔法の使い手は滅多にいない。更に言えば治癒魔法自体が生まれた時に使えるか使えないか決まるものであるため、七変化にこれ程の力があるのは皮肉である。本人は治癒魔法を使って拷問を繰り返していたから最悪である。