ここまで遅くなった理由は二つ。
一つ目は忙しいから。理系大学四年生は暇じゃないです。『四年生だから暇だよね?』って言ってくる奴には軽く殺気を覚える程暇じゃないです。
二つ目は最近モチベーションの低下を感じているから。配信も見てません。このままいくと『世を照らすのは日輪だけじゃない。』みたく更新停止になってしまいます。
そんなわけで、皆様方厚かましいお願いでありますが、評価と感想を下さい。このままだとソコロがちゃんと登場する前に更新が止まってしまいます。伏線も回収せず、プロットの半分さえもいかずに終わってしまいます。
それはさておき、ネット記事で見たのですが、オルタナティブの漫画が出るそうで、舞台は魔界の学校らしいです。そこでは雪花ラミィも登場するそうです。つまりユニーリアは魔界にあった?
さて、今回ししらみ要素ありです。
色々視点も変わります。
展開が変わりすぎて分かりにくいかもしれません。
どの方角に進むべきか。
七変化は暫く迷ったが、適当に棒切れを放り投げ、それが示した方角へと進むことにした。
元々七変化が居た場所は山奥も山奥。
山というより樹海と呼ぶのが正しいような秘境で、迷えば死あるのみを体現する悪路険路を、七変化は雪を足で掻き分けながら歩く。
魔法があるから多少は楽になると言えど、限度というものがある。
それに雪で白く染まった山地は静寂の一言。
まるでこの世界に己しかいないような感覚に苛まれる。
しかしそれは峠までのこと。
峠の頂上から、人の手で造られたと分かる建造物が見えた。
この時、七変化が目を煌めかせたのは言うまでもない。
転ぶように斜面を下り、街に辿り着いた七変化。
目の前に広がる光景に、七変化は大きく安堵の溜め息を吐いた。
ふわふわと浮かぶ白い生物。
飾り付けられた青色の花。
それはユニーリアに生息する雪の精霊。
厳しい寒さでも力強く咲く雪上の花。
その姿を目にして、自分が今どこにいるのか判明したのだ。
それと同時に好都合だった。ユニーリアにウェスタのような軍事組織は存在せず、精々自警団レベルのものしかない。
なら捕まる道理がない。
七変化は一息吐くと共に空腹を覚えた。
まず食事にありつけたいと思ったが、金など一銭も無し。食事処も知らぬので、手頃な家にお邪魔した。
無論家の主は侵入者に対して眉尻を跳ね上げたが、何かを言う前に腹を貫かれた。
「何か無ぇーかな」
苦悶の声を上げて床をのたうち回る家主を捨て置き、七変化は勝手知ったる他人の家とばかりに冷蔵庫を漁る。
しかし運が悪かったらしく、中身は殆んど無かった。代わりに酒は充実していたので頂戴し、七変化は行儀悪く瓶から直接喉に流し込んだ。
「ハハッ良い酒揃えてんじゃねえの」
冷えた身体が酒精で暖まる。
もう一度酒瓶を呷った七変化は、家主のクローゼットやタンスを開けて服を着替える。囚人服では人の目を集めてしまうからだ。
適当に見繕った後、七変化はリビングのソファに座った。その頃には家主は事切れていた。
「さて、今後どうするか。ここがユニーリアだってんのは分かった。このまま逃亡生活を続けるか、あるいはポイント・アルファに向かうか……」
どの道を選ぶにしろ、自身を絶望に叩き落としたアメリア・ワトソンのことはいずれ殺すつもりだ。
言い換えるならば逃げながら奴を殺すか、あるいは準備を整えてから殺すかの二択、といった所か。
そう考えた時、成功する確率は後者の方が高い。
「……目指すか、あの砂漠を」
そう七変化は決断着けた。
かの砂漠はこの大陸の中央に存在し、広大な領域を占めている。自身の記憶が正しければ、というか常識的にあの砂漠には何もない筈だった。
だがベータはそこを合流地点とした。
何かあるのか。あるいは何か隠されているのか。
「……いや考えんのめんどくセェ。行けばわかるだろ」
思考を放棄し、手に持っていた酒瓶を呷った。
その時、何の気なしに窓の外へと目を向けた途端、七変化は驚きのあまり酒瓶を落としてしまった。甲高い音を立てて割れる瓶に目もくれず、七変化は立ち上がる。
「今のってエルフじゃねえか。初めて見たぜ……」
同時に、声が『殺せ』と囁いた。
「良いねぇ、俺もエルフは初めてだ」
その声に反対する理由は無い。
七変化はつい先ほど殺した家主の姿に身体を変える。そして狙いを定めるように黄色く濁った片目を瞑り、ククッと嗤った。
・
・
・
やはりアレはエルフだった。
そのエルフは今、この白く染まった街中を逃げている。
直ぐに殺すことはできなかったが、気にする程度ではない。恐怖はこの雪のように降り積もるもの。溜めに溜めて解放された悲鳴は、名曲にも勝る音を奏でる。
「……ん?」
なぶるように足音を立ててエルフを追い詰めている最中、前方上空が青く光った。
探知魔法を使って追いかけていたが、自ら自分の居場所を知らせるなど愚の骨頂としか思えない。
それに魔法が使えるなら何故逃げの一手しか打たないのか。話に聞いた通りエルフという種族は人を傷付けるのが恐ろしいのか。
なんにせよ、エルフまでは直ぐそこだ。
しかし、俺は直前で歩みを止めた。
エルフが獣人に抱き付いている。さては家族、いやエルフじゃないから友人か。
その瞬間、反射的に思い付く。
もし、エルフの前であの
エルフは情の深い種族だ。そのエルフが目の前で友人が死んだとすれば―――ああ、ああ、そう思うだけで心が踊る。きっと今まで聴いてきた悲鳴よりも素晴らしいものに違いない。
身体が愉悦で震える。興奮で脳が震える。
そうだ、それにあの女にも絶望を見せてやりたい。
これは簡単だ。俺があのエルフに変化すればいい。既に手で触れている。条件は満たしている。
俺がエルフに変化して、女に殺される寸前まで追い詰められた時、果たして女はどうする? どんな声を上げる?
ははっ、俺はなんと、なんと素晴らしいことを思い付いてしまったのだろうか。
興奮覚め止まぬまま、魔法を飛ばした。威力を落とした魔法は女の腕に当たり、予想通り女がエルフを庇った。良いぞその調子だ。
「逃げろ!」
「ししろんを置いて逃げられないよ!」
「いいから逃げろ!」
逃げられると困るなぁ。
ちょっと威力高めに魔法を飛ばしてみたが、躱されて反撃を喰らった。銃弾が右腕に二発当たって血がドクドクと出る。
「たとえししろんが人を殺しても、ラミィはししろんのこと嫌いにならないからね! 死なないでね!!」
あえて完全な治癒はせず、血をポタポタと垂らしておく。相手は獣人だ。鼻も優れているから俺が怪我したことが匂いで分かるだろう。
エルフは逃げてしまったが、また探し出せばいい。目の前で女を殺すことは出来なくなったが、女の首を見せればそれで構わない。お釣が出る程十分だろう。
「姿を見せろよクソ野郎! いっちょド派手に殺り合おうじゃねえか!!」
つまり相手からは俺の姿は見えないと。
しかしこの猛吹雪の中、探知魔法を展開しないのは何故だ? 魔法が使えない? それともただの不得意なだけか?
思考を巡らせたまま、探知魔法が示す方向へと魔法を飛ばす。間髪入れずに銃弾が胴を貫いた。
思わず吐血をするも、治癒魔法を施すことはしない。この程度の痛みなら慣れている。
それにしても、やはり女は魔法が使えないのか? だが使えなくても問題ない程戦いのセンスを持っている。一体この世界でどれだけの人間が感覚だけで魔法の兆候を感知して、そこに寸分違わず銃弾を放てるか。
ある意味異常だ。
しかし惜しいな。魔法も使えていたらもっと強くなれただろうに。
そして俺に殺されることは無かっただろうに。
(そろそろ頃合いか……)
俺はあえて身体に何発も銃弾を受けて地面に倒れた。
ドチャリと身体が倒れる音を聞いたのか、女が近付いてくるのを魔法で感じる。
うつ伏せになってるから何も見えんが、絶えず探知魔法が教えてくれる。女が油断せず銃を構えていることも。慎重に足を進めていることも。
そして、
「―――え?」
銃を手放したことも。
―――………
撃ち合っていたのは確かに、敵の筈だった。
本能で感じる敵の位置に狙いを定め、躊躇いなく引き金を引いた。引いていた。だって相手はラミィちゃんを襲った敵だから。
だが、今目の前で血を流して倒れているのは、真白の雪を赤い絨毯のように塗り潰しているのは、逃げた筈のラミィちゃんだった。
見間違える筈がない。あのハートのアホ毛はラミィちゃんだ。
「な、んで?」
おかしいおかしいおかしい。
頭の中が混乱でパンクしそうだ。
(敵、だけどラミィちゃん、でも敵? 幻惑魔法だとしたら出来すぎてるし……いやもしラミィちゃんだったら止血しないと、でももし敵だったら?)
思考が堂々巡りして纏まらない。電池切れ間近の人形のように、かくかくとしか身体が動かない。
そんななか、目の前のラミィちゃんは苦しげに息を吐いて、こっちに顔を向けた。
「ししろんっ、なんでっ、どうして……!」
今も死にそうな声で「グゥッ」と呻き、咳き込んで血を吐く。あたしを見る目は完全に怯えた目をしてた。
(もしかして、ラミィちゃんを襲ってたのはあたしだった? ドッペルゲンガーみたいに、もう一人のあたしがラミィちゃんを襲ってた? いやそんなこと考えてる場合か? 早く治療しないと)
混乱を極めた足は亀の歩みよりなお遅く、泥中を踠くようにラミィちゃんへと足を踏み出した。
「止めてっ! 来ないで!!」
けれどその雲雀の声に拒絶された。思わず止まる足だが、直ぐ様思い直してラミィちゃんへと近付いた。
どんな謗りも受け入れよう。どんな暴力も受け入れよう。あたしは決して許されないことをした。
「……ごめん」
針を吐くように、溢れた声は掠れていた。頬に伝う雫はない。けれど、あたしは泣いていた。
銃を握っていた手が無性に震える。抑えるためにギュっと両手で握り締めた。
もし、時間を戻せれるなら戻したい。骨の髄から溢れる後悔にあたしは溺れている。息が苦しい。うまく呼吸が出来ない。
でも一番苦しいのは、ラミィちゃんの方だ。
あたしが被害者ヅラする資格はない。
「ねねちゃんの所に連れていくよ」
面は精一杯の嘘を張り付けて、ラミィちゃんへと手を差し伸べる。
けれど握り返してはくれない。五秒経っても、十秒経っても。
(やっぱり嫌われちゃったよな。当たり前だ)
顔は見れなかった。もしその目に写る自分を見たら、あたしは自分で自分を殺したくなる。
そんなあたしをラミィちゃんは恐ろしい程静かに見詰めてて、
「―――つまんねぇな」
あたしの腹を貫いた。
―――………
桃鈴ねねと尾丸ポルカと合流するや否や、雪花ラミィは直ぐ様来た道を引き返した。
二人のラミィを心配する声は耳に届かず、ラミィはただひたすらに走る。ともすると夜よりも視界が悪い世界を疾駆する。
(ししろん、ししろん、ししろん!)
肺が張り裂けそうな痛みを訴えても、足が鉛のように重くなっても、心があの人の無事を祈るばかりに、遅い体を置き去りにして、焦る。
凍てつく寒さは、肌にじっとりと張り付く不安が掻き消した。
(お願いししろん、無事でいて……っ!)
雪が容赦なく顔を叩く。
溺れるようなこの息苦しさはきっと、吹雪や疲労で呼吸がしづらいだけじゃない。
ラミィは今、ぼたんを心配する心で溺れている。
「―――!」
限界まで研ぎ澄ました聴覚が、遠くの銃声を拾う。
己の進路を妨げる白き闇を切り裂いて、音目掛けて転がるように走った。
真白に覆いつくされた路地裏。その少し開けた場所に、獅白ぼたんは立っていた。腕の怪我以外に負傷はなく、しっかりと両足で立っていた。
何故少し屈んでいるのか分からなかったが、生きていることには変わりない。
そう安堵した瞬間、ラミィは反射的に足を緩めた。
安心した。
安心してしまった。
だが、
「がっ!!?」
ぼたんの背中から、鋭利な何かが飛び出した。
「―――――!!」
声なき絶叫がラミィの喉から迸る。
心臓が鷲掴みされるような感覚と共にぼたんが飛んでくる様が鈍く見え、世界を一つ膜を通して見ている気がした。
後ろから聞こえてきたポルカとねねの叫び声もくぐもって聞こえ、はっきりとは分からない。
背中が竦み上がるような恐怖心が、ラミィの遠い記憶を揺さぶった。
『――――』
瞬いたのは誰かの後ろ姿。
『――――!』
消えたのは誰かの叫び声。
脳裏に映る光景が走馬灯のように過ぎ去って、再びラミィは現実に戻ってくる。
身体を貫通した魔法の勢いで、こちらに飛んできたぼたんの身体がドサリとラミィの足元に落ちた。ぼたんの口からごぼりと嫌な音が吐き出され、ラミィの足元とぼたんの胸元に赤黒い水音を落とした。錆鉄の、嗅ぎなれない臭いがラミィの鼻を撫でる。
「ししろん!!!」
叫びながら伸ばした手は、瞬く間にぼたんの血で汚れた。服が汚れるのも構わず、未だ血を吐くぼたんの体を抱き起こす。
「うぁ……あ……」
「ししろん!!」
「大丈夫だよ、助かるから! ねねが治すから!」
隣に寄り添う桃鈴ねねが必死に治癒魔法をかける。お腹に空いた穴をその小さな手で抑え、けれども流れ出る血の量は変わらない。
「ラ……ミィ、ちゃん」
血と泡が混ざったような息がぼたんの喉を鳴らす。猫が甘えるように喉を鳴らして、まるで最期に何かを吐き出すように。
「なに!?」
ポタポタとラミィの頬から涙が落ちる。
その涙を眩しそうにぼたんは見つめて、ゆるゆると重たげに手を伸ばす。
震える手はラミィの頬を撫でて、愛おしげに、名前を呼んだ。
「ラミィ、ちゃん」
今際の際、こんな状況で、ラミィの名を呼ぶ。長年連れ添った仲間で友である桃鈴ねねでもなく、同じく尾丸ポルカでもなく、彼女の名前を呼んだ。
喉から絞り出された声は、普段とは比べ物にならないくらいに痛々しく、酷くか細い。
「なに!? どうしたの!!?」
頬に触れるぼたんの手を、しがみつくように掴む。絶対に放さないとばかりに、ぎゅっと握り締めた。
「よかっ、た……、あたし、ラミィ、ちゃんに、嫌われ……ちゃったかと」
嬉しそうにぼたんは微笑んで、何時ものように八重歯がちょっぴり覗く。覗いた八重歯は赤かった。
「嫌いになるわけ無いじゃない!! だって、だって―――!!」
ぐっと伏せられた睫毛。声は胸が張り裂けるように。
決意を固めるように両手を握り、けれど握っていたぼたんの手は宝物のように扱うような手付きで、決して痛みが走らないように、酷く優しく。
開かれた蜂蜜の瞳は、真っ直ぐぼたんに注がれる。
眼差しの奥に、陽炎のような熱がある。
ゆらゆらと、揺れている。
冬の化身が微笑んで、
ししろん、と雲雀が囁いた。
「好きだよ」
その四文字は、まるで銃の弾丸のように、鋭く。されど日溜まりのような温かさを孕んで、雪に溶ける。
想いの丈をそっと告げてから、一息。万感の想いが込もったため息に喉を震わせて、ラミィは、照れ隠しのようにはにかんだ。
ぼたんは驚くように目を見開いて、はっ、と一息。ラミィへの答えは、握った手で返した。
ラミィの白く柔らかい手を、きゅっと握り返した。
「ありが、と」
だがその握り返した手が緩む。
流れ出た血と共に命も体から抜け出していく。
ぼたんの灰色の目が眇む。
微睡むように瞼が閉じる。
眠りに着くようにひっそりと息を吐いた。
「やめて、やめて」
お願いだと、声が泣く。
逝かないでと、涙が落ちる。
「だめだめだめ! だめぇええええ!!!!」
現実を受け入れられない辛さ、大切な人を喪う悲しさ。そして敵への憎悪。
ラミィのあり得ない程の感情の高ぶりは、二百年前と同様、霊力の暴走を引き起こした。
その結果。
―――街中に氷山が出現した。
―――………
少し時間を巻き戻す。
時間的には三人がぼたんのところに駆け付けたところ。
夥しい量の血を流すぼたんを一目見た瞬間、尾丸ポルカの判断は早かった。
来るであろう敵の攻撃と侵入を防ぐために結界を構築。己は三人を守るために前方へ。
結界の外側に外殻の硬いゴーレムを召喚し、時間稼ぎに入った。
ねねとラミィがぼたんに寄り添う傍らで、ポルカは頼みの綱である白銀騎士団の副団長、遊撃隊としての役割も併せ持つ
チヒロに直通に繋がる『
そうしてやっと、ポルカは冷静に息を吐いた。
こんなにも冷静沈着なのは、決してポルカが冷徹な獣人だからじゃない。冒険者だからだ。
昨日生きていた人間が今日死ぬ。
同じ釜の飯を食らった仲間が物言わぬ遺体で帰ってくる。
それどころか、遺品だけで帰ってくることもよくある話だ。
冒険者とは命をかけて己の生き様を何かに刻み付けること。墓石でもいい、友人の記憶でもいい、実体が有ろうが無かろうが何でもいい。
自分勝手に好き勝手やるのだ。それに魂さえも賭けることの出来ない奴に、冒険者になる資格は無し。
ポルカ自身、他の冒険者の死に際には数え切れない程立ち会ってきた。先の件の髑髏島しかり。それどころか無意味、無価値、無惨に殺された無辜の民すらも立ち会ったことがある。
その死を悼むことはあった。哀しむこともあった。
けれど他の冒険者と仲間は違う。
命の天秤は、必ず仲間の方が重い。
白銀騎士団の副団長を救援として呼び出すのは、一般人以外では金が高く付く。だがしかし、高かろうがお金一つで仲間の命が助かるならば、なんと安く淡いものか。
(それに……)
チラリと後ろに目をやった。
そこではラミィが縋るようにぼたんの手を握っていた。
もしここでぼたんが死ぬようなことになったら、一番に悲しむのは他ならぬラミィに違いない。種族故の友愛もあろうが、彼女自身の博愛さが何よりもそう告げていた。
加えて、ラミィはぼたんに懸想をしている。ぼたんもだ。恐らく、ぼたんは自分では気付いて無いようだが。
ポルカはそう確信していた。単なる女の勘で。
(大丈夫、ぼたんは死なない。獣人のしぶとさは他の追随を許さない)
いや、この傷では、もう。
おそらく。
(っ、バカやろう! 信じてやれよ!! 仲間だろうが!!)
冷静故に下した判断を、認めたくないと首を振った。
ちょうどその時、後ろからラミィの涙に濡れた声が鼓膜を揺らした。
「嫌いになるわけ無いじゃない!! だって、だって―――!!」
束の間の沈黙。
「好きだよ」
それはきっと、ライクではなくラブの方で。
ポルカは思わず笑みを浮かべた。だがその直後、ゾッと背筋が凍るような感覚が走った。
弾かれるように振り向けば、ラミィの様子がおかしい。今にも何かが爆発しそうな、危うい雰囲気。
「ラミィちゃん?」
不意に風が吹き付けた。
ヒュウヒュウと音を鳴らして。
―――空気が変わった。
「だめだめだめ! だめぇええええ!!!!」
瞬間、巨大な氷山が聳え立った。
それは結界すらも破壊して、ゴーレム諸とも敵を氷山の中に閉じ込める。
(暴走か……!!)
主にコントロールの未熟な幼児が起こす現象だ。癇癪を起こして、遇に火の玉を出したり水を出したりする。
だが今回の規模はそれを遥かに上回る。エルフ特有の莫大な霊力が後を押したのだろう。
それに驚きで目を見開くよりも先に、ポルカは糸が切れたように崩れ落ちるラミィに駆け寄った。
「ねねちゃん!」
「わかってる!!」
氾濫した川に浮かぶ木の葉のように、目ぐるましく状況が移り変わる。
ぼたんが致命傷を負ったかと思えば、ラミィの告白。
そして霊力の暴走、ラミィの気絶。
更に―――。
「―――銀鏡チヒロ到着しました」
遠くから街中に聳える氷山が見えたのだろう。
上空から白銀騎士団副団長、銀鏡チヒロがこの場に参上した。
チヒロはぼたんの負傷を見た途端、懐から回復ポーションを取り出しぶっかけた。
高級なポーションだったのか、それとも桃鈴ねねの腕が良かったのか、腹部の傷と腕の負傷は完全に回復し、僅かにであるがぼたんの血色が良くなった。
「ありがとうございます!」
「ほんっと、危なかったわ。あざっす」
ねねとポルカの言葉に、チヒロは背中を向けて手をヒラヒラと揺らす。
「いえ、仕事ですから。それよりも―――」
視線はどこか遠くを見つめ、チヒロはおもむろに両腕を広げた。
「この場から皆さん離れないでくださいね?」
そう告げて、フッと息を吐いて力めば、ブワッと雪が舞い上がり渦を巻く。さながら竜巻のように雪を巻き上げ、ここら一帯の雪を排除した。
「一体何を……?」
何の目的でチヒロが視界中の雪を排除したのかは分からない。
ポルカとねねは緊張感を漂わせながら、眠っているぼたんとラミィに寄り添っていた。
「―――見つけた」
グイっとチヒロが前に出した手を引いた。まるで何かを掴んだように、手元に引き寄せる。
しかし、チヒロの前には何もない。未だ舞い散る雪が視界を過るだけ。
「早急に魔法を解いて姿を見せなさい。さもなくば強引に解いて拿捕します」
「――いやはや、見えない筈なのに、流石『白銀家の仙狐』だな。我輩ビックリしたわ」
その筈なのに、声が何処からともなく響いた。若い女の声だ。
彼女は観念したかのように幻惑魔法を解く。そうなれば彼女の姿がポルカのねねからも見えた。しかし顔は認識阻害がかかったフードの効果で見えなかった。
「何者ですか? 答えて下さい」
チヒロの詰問に、女はカラカラと笑う。
その笑い声に捕まることへの怯えはない。
「我輩の名かぁ? 知りたきゃ教えてやるぞ。デルタだ」
「デルタ……そう。ならゼータの名前に覚えは? あるいはオメガの名を知っていますか?」
「知ってるも何も仲間さ! 我輩の仲間と主様だ!!」
「なるほど。なら尚更あなたを逃がす訳にはいけませんね」
「……いやぁ…アハハッ、やっぱりアルファの言う通りになったな」
デルタはチヒロの念力に捕らわれていながらも、余裕綽々と笑う。腕が自由だったら頭を掻いていそうだ。
「なぁチヒロさん。主様から伝言があるぞ」
「何ですか?」
「『今、貴方の後ろにいるの』」
「ッ!? あなたは!!」
一体いつ現れたのか、チヒロの背後にいるポルカとねねの更に後ろに、オメガは浮いていた。
チヒロは直ぐ様ポルカとねね、そしてオメガの間に入って四人を背中に庇った。
敵意を剥き出しにしているチヒロをオメガは一瞥し、チラリとデルタを見やる。
「デルタ。私はそんなこと言ってない」
「いやぁ、ちょうど思い付いちゃってな。テヘ☆」
「はぁ……」
オメガは軽く溜め息を吐いた。
「銀鏡さん、あの人達は一体……」
警戒心を滲ませるチヒロに、ポルカがすり寄り小声で訊ねる。
チヒロはチラリとポルカを見て、そこから動かないようにと手で警告を発した。
「……髑髏島からの帰還で起きた神器『宝鐘』の強奪未遂事件、そして白銀家の爆破事件。更に学会襲撃事件。これら三つの事件を引き起こした犯罪組織です。先ほどのデルタの言葉から察するに、そのトップがあのオメガのようですね」
視線をオメガから外さないまま、ねねとポルカへと説明をする。
すると背後から二人分の息を呑む気配が伝わってきた。
「マジっすか。ヤバくないっすか?」
「だいぶヤバいです。私は一回負けてますから」
「パネェっすね。マジ激ヤバなんですけど」
「ええ、パネェっすよ。相手は神ですからね。それはさておき、一体何しにここへ来たんでしょう? 物見遊山な訳が無いでしょうに」
「―――早く助けて下さいよ主様ぁ~」
二人が小声で話す中、デルタは媚びへつらうような声音でオメガに助けを求めた。助けを乞われたオメガはデルタへと向けてすっと腕を伸ばす。
念力の兆候を感知したチヒロは抵抗しようとするも、オメガの権能のせいでデルタを奪われた。
「やったぁー!! 我輩解放されたー!!」
デルタの背中から滑らかな黒翼が顔を出す。蝙蝠のそれに似た翼は魔族の特徴。
それを大きくはためかせ、デルタはオメガの隣に浮かんだ。
「ありがとな主様」
「別に。確かめたいことがあったからな」
おもむろに、オメガが権能を纏った右拳を握る。そしてぐっと身を屈めた直後、目にも止まらぬ速さでチヒロへと飛び出した。
光さえ飛び越しそうな程の拳速。
当たればただでは済まないだろう。
けれども、
「やはりな」
オメガの拳はチヒロの心臓の前で、不自然に停止していた。
それはまるで、目には見えない何かが止めたように。
「考えていたことは同じようですね」
チヒロも、いつの間にか桜花爛漫を抜いてオメガの首筋に当てていた。その刀も、一寸足りとも先へは進まなかった。
両者のそのあまりの速さに、ポルカとねねの二人は呆然と目を丸くしていた。
「私がお前を殺せないように、お前も私を殺せない」
「そのようですね」
「一つ提案をしよう。私の仲間になれ。過去のことは水に流そうではないか」
「以前もお伝えした通り、私はあなた方の仲間にはなりません。そもそも、白銀騎士団の副団長たる者が犯罪者の手を取れる訳が無いでしょう」
「ハハッ、そう無碍にするな。お前にも利があるのだ。だが……理由が必要というなら、これでどうだ?」
パチン、とオメガが指を弾く。
瞬間、ポルカとねねの真後ろに転移し、二人の首を掴んだ。
ここから力を加えれば、二人の頸椎は容易く砕かれるだろう。ポルカとねねは酷く青ざめた。
「私の仲間になると言うのなら、この二人は解放しよう。どんな奥の手を使ったとしても、お前が動くより私が二人を殺す方が早い。それにだ。私が地に触れるだけでこの街は消えるぞ。学会の悲劇の再来となるだろう」
「卑怯者めっ……!!」
「さぁどうする? 二人の命含めた市民を見捨てるか。あるいは私と共に来るか」
「……少し考えさせてください」
苦し紛れにチヒロはそう言って、思案に耽る。
(二人は冒険者。なら冒険半ばで命を落とすことも承知済みの筈……なら、切り捨てても問題はない)
白銀騎士団副団長の立場からしてみれば、守るべきは一般市民であるため、冒険者は含まれない。
ただの不幸だと切り捨てても問題はない。
しかし、一般市民は守らなくてはならない。たとえ余所の国の者だろうと守らなくてはならない。
(でも内部の構成が窺えるのはメリットですよね)
もし自身が彼らの組織の一員になれば、アジトの場所も構成員の数も分かるだろう。そうすれば博衣こよりが今どんな状況に置かれているのも把握できる。
「一つ聞きたい。あなたはどうやって理想郷を実現させるつもりですか?」
「この世界の神を殺す」
「不可能でしょう」
「いいや、できる。可能だよ」
殺意と確信を持った声音に、否定的だったチヒロも揺らぐ。たじろいだ視線は、我関せずと傍観していたデルタに向かった。
「デルタ。あなたは何故彼に従うのですか?」
「オイなんか急に面接始まったぞ。……まぁ我輩はオメガに救われたから、っていうのが一番かな。うちのイータとシータもそうだ」
「……そう、ありがとうございます」
チラリ、とオメガと彼に生殺与奪を握られている二人を見る。
どちらも、先ほどから一言も声に出さず噤んでいる。何を思っているかは、チヒロからは窺えない。
ただ死への恐怖で越えすら出せないだけかも知れないが。
「返事は決まったか?」
「…………」
「まぁコイツらが居たら聞ける返事も聞けないな」
瞬間、魂そのものを揺さぶるような何かがオメガから解き放たれた。
それは僅か一瞬、瞬き一回分とは言えど、この白銀の世界に静かな歪を起こさせた。
「―――ぁ」
ポルカとねねが零した声は、神ならざる者の悲鳴であり、弱き下等種族が“神”の覇気―――“神威”を受けた証明。
許可の無い者に謁見は許されない。
神の
二人は静かに気を失った。
断罪するようにひれ伏すのは人だけではない。吹雪く空は静まり返り、天さえも神の機嫌を窺ってしまう。
風一つない、まさしく静寂の世界。
「さぁ、答えを聞かせて貰おうか」
その世界に、オメガの声が水面に落ちた雫のように響いた。
―――………
首根っこをガッツリ掴まれて、諦め半分で『アッこれ人生終わったー。尾丸ポルカの次回作にご期待下さい! ~Fin~』と思考を飛ばしていたら、知らんうちに意識もFinしてた。何故かは知らん。ポルカも知りたい。
そんでもって目覚めたのはラミィちゃんのお屋敷だったから、なんだ街のことは夢だったのかー! と思わず額を手の甲で拭ってしまったのもしょうがない。
良かった良かった夢オチだったんだね、ヒュウ!(口笛)と胸をなでおろしたのも刹那。
部屋の安楽椅子に座っている銀鏡さんを見る限り現実のようだった。
「起きました? おはようございます」
「おはようございます」
寝起きの嗄れ声で挨拶を返し、はて、と疑問が首を傾ける。
あの状態からどうやってポルカ達を助け出せたのか。まさか悪の手を掴んだとは考えづらいから、めっっっっちゃ頑張ってくれたのか。だとしたら迷惑をおかけした。
「たいっへんお世話になりました!!」
ベッドの上からジャンピング土下座。謝罪と御礼をセットで繰り出した。寝起きとは思えない程の俊敏さ。我ながら惚れ惚れしちゃうね。
これには思わず銀鏡さんも惚れ惚れしちゃったかな!?
というのが妄想。現実はベッドからカエルのように飛び上がったところで念力で止められた。一体いつからポルカはフェネックからカエルにクラスチェンジしたのか。
「元気そうで何よりです」
銀鏡さんの顔は面で見えんが苦笑いしてそうな声でそう言った。
てかこの人いつもと同じ団服で寒くねぇの? それとも仙人って自然の影響って受けねぇもんなの?
それはさておき、ししろん達はいずこに?
「ああ、安心してください。あなたの仲間は無事ですよ。こことは別の部屋で休まれてます。今もまだ眠っている最中でしょう」
「ふぅ、それは良かった。てっきりポルカだけ
「フェネックなのに?」
「………」
「……ごめんなさい」
いやなんか、反応しなくてごめん。
「んんっ、気を取り直して本題に入りましょう」
「おいくら出せば足りますか?」
「463の話じゃ無いです」
なんだ違うのか。
「まず一つ目ですが、氷漬けにされていた人物を確認したところ『七変化』でした。よってあなた方に二千万の報酬金が渡されます」
「おおっ!」
「彼の死体は私が預かって、然るべき処理をしたのち市民へと発表を行います。そこであなた方の名前も記載されるかと思いますが、構いませんか?」
「大丈夫です。あっでもラミィちゃんはエルフだから……」
「ではそこは第三者の協力としておきましょう」
そこで言葉を切った銀鏡さんは、白の手袋に包まれたほっそりとした指を組んだ。
「二つ目です。この場所に落ちたとされる青い三角形の石を知りませんか? 透き通るような青い色をしています」
「知らないっすね。なんすかそれ」
「詳しくはお伝えできないのですが、とても重要なものです。まぁ知らないならそれで構いません。もし持ってる人がいたら肌見放さず持っておく事をお勧めします」
「へぇ〜」
青い三角形の石ね。了解。
「では私はウェスタに戻ります。それではお元気で」
「さいなら〜ありがとうございました〜」
背を向けた銀鏡さんに手を振って、部屋を出ていったところでポルカは猫のように伸びをした。
フェネック、カエル、猫と。ポルカは一体何を目指しているのか。
とまぁどうでもいいことは置いといて。
「ししろーん! ねねちゃーん!! ラミィちゃーん!!! 今からポルカが会いに行くよぉぉおおおおお!!!!」
雪花ラミィ
二百年前の真実を夢で見ている。次回に続く。
獅白ぼたん
ラミィの告白を受け入れた。
おそらくツンと済ました顔をしながら内心ドギマギするタイプ。
桃鈴ねね
今話の縁の下の力持ち。
幻惑魔法
原理としては可視光を回折することによる対象の不可視化。練度次第では色も変えることができる。
しかし、光というのは四方八方から伝播するものなので、一般的に対象の一部のみの不可視化しかできない。デルタはそれができるようだ。
またねね〜